精神病の原因について

なかでも遺伝の問題について考えます。

従来、私が卒業した30年前から精神病の原因については主に3つの種類に分けられて考えられてきました。

1つ目は外因性といわれるもので、例えば交通事故などのけがを頭部などに受けて直接中枢神経を損傷した場合に精神の働きが低下した場合を言います。

2つ目は心因性といわれるもので、例えば肉親の突然の死が起こったときにその家族が深い悲しみを受け止められず、鬱状態になる場合などがあります。

3つ目が内因性と名付けられてきたもので、現在のところ原因はわからないが遺伝(生来のものつまり生まれつき持っているもの)が原因に関係していると考えられてきたものです。その代表的な疾患が精神分裂病や、鬱病とされてきました。そのような考えから、精神病は特別な遺伝を持つ家族に発病するとされていました。精神病が社会から隔離される元凶になったとも言えます。この安易な考えは根強く残っています。

そのため、長い間分裂病や躁鬱病の原因を遺伝から研究することが精神医学の中心を占めてきました。むしろ現在の方が盛んに研究されていると言っても良いかもしれません。

その中の研究で従来から遺伝の根拠とされてきたことは、一卵性双生児と二卵性双生児の発病率の比較を中心に行うものでした。つまりその中で一卵性双生児の人が二人とも精神病になる率が、二卵性双生児の人が二人とも精神病になる率より高いというものです。簡単に言うと遺伝形質が100%同じ一卵性とそうでない二卵性を比較したのです。しかしここに矛盾があり、ふたりとも発病する率が高いといってもその率は40%程度であり100%にはほど遠いのです。このため遺伝を主張する人は、この矛盾を遺伝は関係するが他の要素(例えば環境等)も関係していると言い訳するか、いつかは遺伝であるという証拠が見つかると言って研究を続けてきたのです。そして現在でも、この間開催された1999年度の精神神経学会の中で、内因性というシンポジウムが持たれ、遺伝を研究している人からは、今までと同じ主張を繰り返し、またポリジーン(多遺伝性とでも言うのでしょうか)といって高血圧などの疾患と同じように、いろいろな遺伝子が関係して複雑な遺伝が起こっていると考えられると主張していました。なぜここまで遺伝に原因を求めることに固執し続けるのでしょうか。日本の大学の精神科の研究の多くは遺伝を中心に研究していると言っても過言ではないと思います。大学の研究室では多くの精神科の医師が試験管や機械に向かい合って精神の病気の研究に明け暮れています。代わりに多くの患者さんは地域の病院で少ない医師によって薬物療法といわれるものでしか治療されていません。遺伝と言うことで精神病の原因が考えられてきたせいで、患者さんの心を理解するという時間のかかる大事な治療は残念ながら多くの精神科医師によって省みられず、簡単に行える薬物治療を中心にさせてしまったのです。そのやり方が、現在多くの精神病院で長期の入院を余儀なくさせられた患者さんを作り出したのだと言うことをすべての精神科の医師は自覚しなければなりません。そして、長期入院することになった患者さんへのその責任の重さを感じる必要があります。多くの患者さんに答えるためにも日本の精神医療を変える責任があるのです。

 私は先ほど書いた今年の6月に行われた精神神経学会に久しぶりに参加しましたが、外国からの招待された医師から「日本の精神医療はこのままでは世界に取り残されたままになる。変化の遅いのは日本の特徴だ等と言ってはいられない。今こそTake off ! すべき時です。」と痛烈な批判がされました。それは長期の入院が非常に多数を占め、社会復帰や治療の内容が非常に不十分だと言うことを指摘されました。精神科の医師が一人で100人も200人も受け持つことができるわけがないのにそれが当たり前のことのようになされている精神病院の現実があります。私は、精神科医はまず研究室の中に隠れず、患者さんの前にゆっくりと座るところから治療を始めなければならないのだとあえて言います。精神医療の原点に戻って患者さんと時間をかけて向き合うことから始めないと行けないのです。

こんな事はどの科でも同じだと思いますが、現実にはそれがないがしろにされていることが多いのではないでしょうか。医療の基本は患者さんの心、気持ちを一番に考えることにいつの時代も変わらないはずです。

精神科医の数は少なすぎます。しかも大学の中に隠れている精神科医が多すぎるので余計精神科医が病院では圧倒的に不足しています。精神科の治療をしてゆくには内科医や外科医よりも、一人の精神科医が診察できる患者さんの数は時間がかかるので少なくなるのです。

遺伝のことに戻りますが、今言われているポリジーンについて高血圧などの遺伝と同じような形式の遺伝が精神病でも推測されると言うのです。しかし高血圧でもそのポリジーンという遺伝が証明されているわけでもなく、推測なのです。推測の上に推測を重ねたものです。また、遺伝に関係して多くの要素、環境や、社会文化的なもの等が関与しているとも言います。こんな言い方をしたら人が生きていく上で、生まれながらに持っている性質は当然あり、その上に成長の中で獲得してゆく性質が合わさって人は生きていくのですから、その途中で病気になったときそのすべてが関係していると言っても何も言っていないことと同じだと思います。DNAの研究が盛んになされ人間の遺伝子の配列がすべて何年か後にはわかってくると言われています。たぶんそれに近い状態にはなると思います。しかし、人間はDNAという遺伝子だけですべて生きているわけではなく、その人自身のすべての部分と全体が関係して存在し、また社会の中で複雑な関係を持って生きているわけですから、むしろ心と身体の関係の微妙さ複雑さが今よりももっと認識されることになるだろうと思います。

私は、人は生まれたときに持っている性質も大事だけれども社会を構成して共に生きている人は生まれた後に獲得する性質もそれに劣らず大事で大きな意味を持つものと考え、その中にこそ進歩もあり、また様々な病気が生まれることもあるのだと思います。

高血圧が引き合いに出されましたが、高血圧も精神病も、その他あらゆる病気が人間の生きている社会の中から生まれてきているのです。胃潰瘍にしても、ついこの間まではストレスや食生活が原因とされてきましたが、この前からはピロリ菌という細菌が関係しているといわれだしましたが、日本の内科医はまだ頑なにその説を受け入れるのに抵抗を示しています。特に大学の教授など従来の説を唱えていた人に抵抗が大きいようです。ここに日本の医療全体の問題が現れてもいます。精神科の遺伝も同じ問題だと思います。従来の説を考え直す事への抵抗が日本では大きいように思われます。

最後に、私は精神科の病気は高血圧などの病気と同じようにどの人にもかかる可能性があると思っています。だからこそ精神科の医療を変えていかなければならないのだというのです。このホームページを読んだあなたが精神的な病気、心の病に罹ったときに安心して治療をしてもらえる病院が身近にあるように精神科の医療についてもしっかりと見つめてください。

 

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