北尾光司の歴史(でも細かい年代は覚えてないので省略)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


・その恵まれすぎた有り余る体を生かして、大関まで昇進。ただその間、勝手に弟子がファミコンやった(年代的にゼルダ?)ことで弟子を殴り、あまりにマヌーなので親方に怒られること数度

・で、当時小錦絶好調のときで、どうやら小錦抹殺指令を受けたよう。で、ある日の対戦で小錦にさば折りをきめ、小錦はヒザを大けがし、結局初の外人横綱とはなれなかった(その後さば折りは危険すぎるため、本場所では見た事ナイことからも、相撲協会の確信犯的行動と思われる)。

・(その行為の礼もアルのかも)北尾くん、優勝もしてないのに横綱になる。しこ名も双葉山と羽黒山の二つを合わせた双羽黒と改名。土俵入りも近年誰もやってない方の不知火型とする。

・が、横綱になってもそのやる気の無い高野俊二のような取り口はかわらず、優勝しないまましばらく過ごす。

・そしてあの親方のおかみさん蹴った事件勃発。ちゃんこがまずいとか相撲が嫌いとかいろいろ言われたが、予想では多分付き人がFFIIIセーブデータを消しちゃった説が濃厚(丁度その時期)。で、そのことを親方のおかみさんにおこられ(「たかがファミコンで弟子を殴るな」とかなんとか言われたんだろうと)、そのまま大脱走。以来不知火型は不幸を呼ぶ土俵入りということで半ば封印され(ここ何年かで、おこなったのはあの隆ノ里だけ)、横綱昇進の条件として2場所連続優勝が課せられ、双羽黒(北尾)の名は日本相撲協会にとって未だにTABOOとなったのであった(歴代取り組み名場面集でも、取り組み流すだけで(力士については)ノーコメント)。

・しばらくして(その間家でファミコン三味だったと予想される)プロレス転向か、はたまたボクシングか(「世界チャンピオンになれる」とか言ってたバカコーチがいた)と言われてたが、珍妙な職業スポーツ冒険家として復活。でも記憶ではいまの長島一茂より仕事してなかった(こなかった)。せいぜい1〜2回なんかの外国のアスレチック施設等の紹介してたような。そもそもしゃべりヘタだしこいつ、実際問題身長2m120kgの体形では、そう紹介出来る施設・スポーツなんかないナイ(一茂は仮にも普通の人よりちょっと大きめな体形なので、たいがいのスポーツにチャレンジできる)。そもそもこいつの悪名(かみさん蹴った)は未だに全国に轟いてたので、よけいどの局も使いづらかったのではと。

・あとやった仕事といえば、金曜ロードショーで「サンダー 怒りの復習」とか言う映画の吹き替え(主役のサンダー)くらいかニャー。内容は……ランボーの3番煎じ映画。ただ、主役がバズーカ持って街で暴れるだけの木偶の坊だったので、実はイメージぴったり(笑)。

・又、とあるドキュメンタリーで、筋トレの際、そこのトレーナーの言う事に反抗して、結局自分勝手にトレーニングしてた。ナレーションでは「妥協を許さない頑固さが彼の持ち味」とかいってたけど、ただのワガママだとおもうぞ。

・で、まあ結局、こんだけの仕事じゃあ食ってけないので、結局2年後くらいにプロレスラーになることに。そのため新日本プロレスに入団(ひょっとすると、全日の「輪島」に対抗したのかもしれない)。わざわざルーテーズの所に半年修行にいく。いちおう元横綱で身長2mもあったので、実は新日的には大きな期待をかけていたらしい。

・伝説のでびゅう戦。デーモン小暮作曲の「超闘王のテーマ」にのって、皮ジャンにグラサン、角刈り頭にメッシュで登場。相手はクラッシャー・バンバン・ビガロ先生。コールされたら彼、切れ目のついたランニングをやぶってデモンストレーション。いきなりのホーガンの真似に失笑が漏れる。

・で、試合開始。するといきなり彼、ショッカーの戦闘員みたいなかっこ悪いファイティングポーズをとる。しかも何度も。いちおうそれなりに技(バックブリーカー等)は練習してきたらしいが、相手が180Kgのビガロではそれもだせず、試合内容は実は覚えていない(笑)。ただフィニッシュがこれまたホーガンの真似のダサギロチンドロップだった。もうただただ対戦相手のビガロの(いろんな意味で)健闘が光る試合であった。後年ビガロ先生は、アメリカでこれ又素人同然のアメフト選手と試合するというつらい仕事をこなすこととなる。

・その後2〜3試合めで、遂に幻の必殺技「サンダーストーム」を炸裂させる。技的には、ジャイアントスイングに良く似た技で、相手の足を自分の手で4の字みたいな形にするところが違う(詳しく言うと、テキサスクローバーの形でジャイアントスイング)。ただ、決めたのがジュニアヘビー同然のよくわからない外人だったというのが。まあこれじゃビガロには決められない(笑)。

・でも実はこっそり「スーパーファイヤープロレスリング3」で、北尾をモデルにした『はぐれ一匹狼 ミスターK』とかいう人の必殺技になってたりする。

・で、その後時々輪島くらいのペースで試合には出てたが、誰の目にもうどの大木でした。新日の道場でなんか練習しなかったのが原因らしい(あと、特別扱いにいい気になってた説もあり)。で、レスラー誰とも仲が悪く、ますます孤立すると。

・そして、とある試合でブレーンバスター食らった際に、変に体をひねって受け身を取ろうとしたら、解説のマサ斎藤が「あれはいけませんねえ。あれじゃかえってケガしますよ」と言ったとおり、痛めてやンの(巨体が災いしたらしい)。

・それで彼も練習の大切さを理解したかと思ったらさにあらず。今度は毎試合毎試合「今日腰いたい」「今日腰日曜」とかいって休むようになった。。「他の人はほぼみんなどっかこっか痛めても試合出てる」といっても北尾君には馬耳東風。すると現場責任者の長州力激怒。「だったらもうオマエは試合に出さん!」と、すると北尾君「なんか文句あんのか?だったらリングで決着つけようか」「コワイのかこの朝○人野郎!!(本当に言ったらしい)」などと子供のケンカのような返事。無論長州君は無視。その後しばらくして北尾君新日解雇

・その後吹き荒れたSWS騒動。そのどさくさで北尾君SWSで復帰(背後に、相撲出身者にやさしい天竜君の配慮があった模様)。が、最初は良かったものの、すぐに又やる気レス状態。

・そしてあの「この八百長野郎!」発言が出ると。

・ある日これまた元幕下のアースクウェイク(前、ジョン・テンタ)との闘いの際、試合中に急にサミング(目潰し)を仕掛けるフリをしたりと、業界用語で言うところのセメント(本気試合)を仕掛けようとし、そしリング下に降りると、マイクを握り「この八百長野郎!」と言い、更に客に向かって「こんな八百長試合見ておもしろいのか」と叫ぶとそのまま試合放棄。

・結局、「プロレスを八百長呼ばわりするやつとは試合が出来ん!」「北尾を今後も使うなら俺が辞めさせてもらう」と言う他のレスラーの意見に押されて、北尾君また解雇。ただこのときも、相撲仲間にはやさしい天竜だけはかばってたフシがあった(伏線)。

・その後しばらく音信不通。さすがにもう復帰はないと誰もが思ってました。ええ。

・それがある日、UWFインターに電撃復活。しかも空拳道なる謎のカラテカとして。しかも復帰試合を山崎とやり、圧倒的強さで勝っちゃうからこまったもんだ。

・しかもその時の態度。試合前・後にはリングから4方の観客に向かって深々と礼。インタビューでもかってのようなふてぶてしい態度は全くないという謙虚さ。

・その次の試合で高田にはあっさり負けたが、彼の株は上がりっぱなし

・その勢いのまま団体設立(北尾道場 でも構成員は1〜2人しかいないような)、結婚と順風満帆。ついでに体重もどんどんふえる

・勢いあまってバーリトゥードに挑戦するも、彼グラウンド技が出来ないため、あっさり負け。

・そして現在、おもに天竜の団体(WAR)で戦う日々。かなり危ない必殺技Kドリラー(ジャンピング・パイルドライバーみたいなものだが、彼手加減ナシであの体重で仕掛けるため、かなり危険)。かれも(さすがに)もう大人なため、すっかりプロレスラーが板に付きました。ちなみに体重ももう160kgを越える巨体。以前ブッチャーと組んだことがあったが、黒白ブッチャー合戦といってもいいくらいな素晴らしいデブでした。

・その巨体をいかして、いまじゃセントーン(倒れてる相手にジャンプして背中から落ちる)が得意技。

・つい最近、高田VSヒクソンの前座としてまたもバーリトゥードマッチをして、今度はアームロックで勝ちました。どうやら初めて関節技で勝てたのがよほどうれしかったらしく、嬉し泣きしてた模様。


◎ちょっと深読み

・相撲時代及び新日時代の彼は、体のでかさからくる強さを周りに持ち上げられていい気になってた、精神年齢的には子供だったと思います(長州力も、「あいつはバカの子供だ!」と切り捨ててました)

・ただ、彼なりの主張はありました。いわく「ケガした体ではお客さんに満足な試合が見せられない。だから休む」という。まったく子供の論理ですね。

・が、SWS時代を見るにつけ、実は彼子供であるだけにピュアに強さをもとめてた結果だったと思い始めました。そういえば相撲もプロレスも、真剣勝負とは言えない八百長的な面を持ってますし、彼はそれが気に食わなかったと思うとどうだろう。でも子供だった事は事実

・そして、もう誰だか忘れたが空拳道の師匠のおかげで、ようやく大人になれたようだ(もう大人なんだからお互いいろんな事をして任務完了)

・まあ、実際真剣勝負結構負けたのも、いちおう成長の役にはたったのであろう。

・今では、きっちり大人の態度で毎日プロレスで頑張ってる事だし(実際、そうでないと結婚なんかできなかったと思うし)。

・結論 平成の北尾光司=いらぶ君。(笑)


その後の北尾君
・その後しばらく足首まで埋まるマットの上を主戦場にしてしばらく戦っていたが、98年夏、東スポ紙上にて突然の引退表明。理由は「プロレスはもう自分の目標とするところはやり遂げ、後継者(望月)もできたので、やめまっする」とのことだ。引退後は「青年実業家」になるとのこと(笑)。
・その言葉どおり、98年10月11日、PRIDE4のリング上で10カウントゴングを聞くことに。これにより彼は前代未聞のデビューと引退共に東京ドームで迎えた男となったのだった。あらゆる意味で大物であった(この時のPRIDE4、他にもアレクがマルコ・ファスを破るわ、高田がヒクソンにまた負けるわと、じつに濃い大会でした)。
・が、彼はこの少し前、第2回L1グランプリのメインイベント、「神取VSグンダレンコ」戦の、神取のセコンドに付いていたのだった(試合後、高々と神取を抱き上げる北尾くんが印象的)。でもなぜ?
・実は、北尾くんは神取のスパーリングパートナーとして、対グンダレンコ戦に協力していたのだった。おそらくはその巨体を見込まれて(体重130キロはあるグンダレンコと同じ体格のレスラーは、日本人では彼をおいて他には)。
・その際の試合直前のインタビューが『紙のプロレスRADICAL 12号(1998/10/15発行)』に載っているのだが、そこで彼が大変な発言を。
 
ここから引用
(北尾)引退のことを話題にして

神取(以下神)「…ただ、逆に惜しまれながら引退するのもカッコイイかなあ(笑)」
北尾(以下北)「だけど、おれは戻らないよ(笑)。これからはお助けマンでいいよ。誰かが困ってたらちょこっとアドバイスをしてあげるようなね。」
神「ハッハッハ、困ったときの北尾さんだ(笑)。」
北「今の自分の状況を言い表すいいたとえが見つかったんだけど…マニアックすぎるからいうのやめようかな〜。言っちゃおうかな〜」
インタビュアー(以下解)−どうぞ、もったいぶらずに言っちゃってください(笑)。プロレスファンはマニアックな人が多いですから。
北「そう?何か俺、『赤ずきんチャチャ』に出てくるセラヴィみたいだね(笑)」
神「え〜,『赤ずきんちゃん』のセラビー?知らない、知らない(笑)。どんな人なんですか?」
北「先生なんだけど、ちょこちょこっと出てきて、ちょこっとしゃべってすぐ帰るという。非常に面白いんだ」
イ −北尾さんのそういうマニアックな面はすごく面白いですよ(笑)。あまりマスコミに出てないですけど。

<中略>

神取の「女子の格闘技をもっと広めたいが、現状では場がない」という発言を受け
北「その状況を変えるためにも、俺が力になれることがあればね『赤ずきんチャチャ』のセラヴィとして、ちょこちょこっと力をお貸しできればと思いますよ(笑)」

それはマニアックとは違うぞ。ヲタクって言うんだ神取。
当時すでに北尾君は結婚してたはずだが、にもかかわらず『赤ずきんチャチャ』を見てる事をさらっとカミングアウトするだけでなく、自身をそのキャラに例えるとは流石と言えよう。

※赤ずきんチャチャ 当時放映してた魔法少女ギャグアニメ。セラヴィは主人公のチャチャのお師匠さま。修行中の身であるチャチャを影から見守り、時に正体を隠してサポートしてくれる存在。
 

2000年くらい

・なんでも鑑定団に出演。ランボーナイフの限定版を出品。
・ナイフに関しては実は一家言あるらしく、とあるナイフ雑誌に連載を持っていたらしい。
 

TBSのある番組で北尾くんの名を発見

・とある地方の村祭りで、神社の境内で100kgくらいある大鏡餅を運ぶ競技があり、そこに参加するという企画にが抜擢。
・元横綱という経歴で(その他は一切無視)村祭りにきた彼を見て、小さな村はちょっとした騒ぎに。なにせあの体格だ。
・練習で10mほど鏡餅を運んで曰く「ああ、こんなの楽勝ですね、100mはいけますよ」と大口をたたく。
・それを見て張り切ったのは前年優勝者の親父(50歳くらい)。ていうかこの親父は24年間連続優勝してるのだが、元横綱とは言え余所者に負けちゃいられねえ、ってな感じで、前年の記録を10mも上回る記録(40mくらい)を叩き出す
・遂に北尾くんの出番。15mくらいで餅落下
・なんとかフォローしようと「初めてにしては立派ですよ」などと語りかけるレポーターを無視して足早に立ち去る彼。小声で「チキショー、チキショー」とつぶやきながら。
・引退後も変わらぬピュアハートっぷりを見せつけられました。
 

2003/9/6 北尾氏角界復帰!!

京都新聞より

記事引用http://www.kyoto-np.co.jp/news/flash/2003sep/06/CN2003090601000225F1Z10.html
 
1987年12月に師匠の先代立浪親方(元関脇羽黒山)との対立から角界を去った大相撲の元横綱双羽黒の北尾光司氏(40)が、先月新装なった立浪部屋のアドバイザーに就任。6日に東京都墨田区の同部屋を訪れた。

 同氏の横綱時代に付け人だった部屋の現役力士が提案し、現立浪親方(元小結旭豊)も「横綱まで行かれた方。誤解されていたこともあったはず。大変心強い」と快諾。けいこ場での指導や新弟子のスカウトを行うという北尾氏は「自分は相撲が嫌いで辞めたわけじゃない。今はわだかまりも全くない。まわしもあるし、胸も出します。名門の復活を全力で応援したい」と、約100人近い報道陣の前で晴れ晴れとした笑顔で話した。

・筆者が2003/4に目撃してから、最近どうしてるのかと思ったが、まさかの角界復帰。素直におめでとうと言いたい。
・相撲人気も騰落して久しいこのご時世、うれしいニュースでした。がんばれ北尾光司


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