新居町

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国土地理院 北西 北東 地形図表示
南西 南東


#1432 △81.2 四等 ポンプ場

81ポンプ場

撮影日 2013年8月15日

八年前にこの辺の三角点を巡った時にも尋ねている(#386参照)。三角点の見えない所は建物の写真を代わりにして掲載することにしたので、前回同様におんやど白須賀から、わずかな距離だが歩いた。

建物は当時と何も変わらないようだが、標高は80.6から81.2になっている。60センチ隆起した?


#1433 △1.7 四等 スズキ

87スズキ

撮影日 2013年8月15日

ポンプ場(#1432、上欄参照)を見て、いったんおんやど白須賀に戻り、今度は畑地の中の道を東に向かった。

坂道を登っていくと右手の高台に建物が見えるが、残念ながら閉鎖されていて近付けない。写真では空の色と建物の区別がつかないのだが、矢印の辺に三角点が設置されているはずだ。

ゴルフ場の横の道路を下ってから、元町の昔の面影のある街道を歩き、蔵法寺のほうに折れてからまた坂道を登っていき、昔の潮見坂を通っておんやど白須賀に戻る。


#1186 △32.8 四等 神明

32.8神明

撮影日 2010年12月18日

日の岡から太田に301号線を下っていく坂の途中、左手に空地を見付けたのでそこに駐車した。

坂を少し戻って西側の小道に入り、丘陵の尾根にある農道を行くと、200mほどで三角点のある三叉路だ。果樹園の生垣の隙間から表示杭が見えた。コンクリートの蓋に国土地理院の陶器標があり、開けると金属標があった。

そのまま西に300mほど行き、左に坂を下って太田川のほうに向かった。

(「太田」(#1187、下欄)に続く)

#1186/#1186〜1187


#1187 △30.6 四等 太田

30.6太田

撮影日 2010年12月18日

(「神明」(#1186、上欄)の続き)

太田川沿いの道から301号線に出て太田交差点へ行き、若磯神社横の小道に入った。天浜線を潜って狭い路地を進むと分岐がある。左の未舗装のほうに行くと、感じのよい尾根道となり、すぐ左手の先の斜面に表示杭が見えた。「神明」同様の作りで、こちらには保護石がある。

301号線に出て、駐車地点に戻った。

#1187/#1186〜1187


#1188 △1.7 四等 北弁天

1.7北弁天

撮影日 2010年12月18日

渚園の駐車場は有料だったので、中之島橋を渡った先の無料駐車場から歩くことにした。

西風が強くて中之島橋の歩道では体が飛ばされそうになる。明月橋を渡り、観月園から乙女園に行き、北西の角地へ向かった。三角点は目の先に見えて来て、探すまでもなかった。

そこは弁天島公園になっていて、「友愛の塔」という高い塔がある。展望台で景色を見てから千島園のほうを回ってから中之島橋を渡った。


#1189 △3.3 四等 舞阪養魚場

3.3舞阪養魚場

撮影日 2010年12月18日

浜名湖南高の南側の道路に入り、道路沿いで駐車スペースを見付ける。ここの三角点は、同好者の方から立ち入り禁止だらけで、近寄れないという情報を聞いていたので、下見のつもりであった。

現地にいくと、池は養魚場ではなく、蓮根(?)の田だったり、荒れていたり、埋め立てていたりしていて、情報通りに鉄条網やら柵やらで囲われている所があった。

南側から湖岸線を歩いて近付く計画だったのだが、その通りに実行出来て、突端に近付けた。岸壁を登ると、三角点の周囲だけは薮もなくて、容易に見つけることが出来た。

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#1099 △8.1 四等 和田給水塔

8.1和田給水塔

撮影日 2010年7月1日

先週(#1097、下欄参照)は道具無しで立ち寄って、掘りだせなかったので、今回は車にスコップと巻尺を積んで、直接、庄和町公民館に乗り込んだ。

点の記の要図を見て、巻尺で位置を特定してスコップをいれると、7センチほどの深さのところに標石が埋もれていた。周りはコンクリートだ。先週、あと数十センチ南(写真の左方向)を探していたら見つけられたのに・・。


#1097 △30.2 四等 乙君(おとぎみ)

30.2乙君

撮影日 2010年6月24日

村櫛舘山寺道路を庄和町でおりて、最初の丁字路近くに空地を見付けたので駐車した。ここを起点に近くの三角点三ケ所を巡るつもりだ。

まず庄和町の公民館に行くと、遊具のある一画に表示杭が見えたが標石(四等三角点「和田給水塔」)は見えない。周囲の砂地を、落ちていた棒切れで掘っていると、コンクリート面が出て来たのだが、蓋ではなく構造物のようだ。暫く頑張ったが諦めて、白州町へと向かう。

三等三角点「白須村」へは海岸線ではなく、尾根を横切る最短ルートで行った。「白須村」も表示杭はあるのだが、標石は埋もれているようだ。竹のヘラをみつけて、それで近くを掘ってみたが、ここもダメだった。

少し戻って尾根の道路に出て北に進み、32標高点から500mほど先で西に折れ、いったん谷に下ってから、また尾根に出る。本点に近付いたので注意しながら歩いていると、道路から標石が見えた(表示杭はない)。


#950 △71.5 三等 浜名村

71.5浜名村

撮影日 2009年7月5日

港町の「みなと運動公園」から新居町の三角点三ケ所を巡ることにした。

公園西側から大元屋敷跡に出て、ホルト通りを西に進む。町役場の横から小学校の西側の路地に入り、内山を通って焼却場へ向かった。

焼却場入口手前の左手に立札と石柱があり、石柱には平次ヶ谷と刻字されていた。立札によると、そこは「新居町地内では見晴しのよい高所である」そうだが見晴しはよくない。高所というのはほんとうで、私が以前調べたところによれば、ここの三角点は新居町では最高標高地点にある

その三角点だが、石柱の横から山に入り込むと薄い踏み跡が山頂に続いていて、なだらかな頂に標石があった。

(「中之郷」(#951、下欄)に続く)

#950/#950〜952


#951 △3.1 四等 中之郷

3.1中之郷

撮影日 2009年7月5日

(「浜名村」(#950、上欄)の続き)

平次ヶ谷を引き返して田圃のほうに下り、こんどは北に向けて進む。新幹線の線路下を潜ると景色が一変して住宅街になった。

R301を横断し、次はJRの踏切を渡る。次の五叉路を横切って道なりに進み、養魚池を斜に湖岸に向かう小道で三角点のほうに近付いた。

湖岸の堤防は激薮で歩けないので養魚池東縁の中間辺にある小屋のところから湖岸に降り、滑りやすい石を伝って堤防の北東の角へ行った。堤防上はびっしりと篠笹や夏草が密集していたが、意を決して岸壁を登り薮の中に入り込んだ。しばらく闇雲に薮を掻き分けていたが、結局GPSを使って表示杭を見付け、枯草等で隠れていた標石を探り当てた。(事前に点の記を見ておけば、もっと簡単だったのにと後から後悔した)

(「郷北」(#952、下欄)に続く)

#951/#950〜952


#952 △3.0 四等 郷北

3.0郷北

撮影日 2009年7月5日

(「中之郷」(#951、上欄)の続き)

「中之郷」の三角点を脱出し、郷北を通り抜けて競艇場のほうに左折する。橋の手前で堤防に降りて、潮干狩りを楽しむ人たちを見ながら休憩した。

競艇場は賑わっていて駐車場はどこも満車だ。道路と駐車場の間には植込みがある。表示杭をみつけたので近くのつるや葉っぱを掻き分けていたら保護石が出て来て、標石を発見。

ところが三角点と刻字のある面に金属プレートが張り付けてあり、「新居町1級基準点 郷北」と書かれていた。こんなの始めて見るが、国土地理院の許可を得てるのか?

JR新居町駅のほうに行き、線路沿いを東に進んでから跨線橋を渡り、起点のみなと運動公園に戻った。

#952/#950〜952

【09年7月17日】プレートについて国土地理院に問い合わせていたのだが、新居町と調整して撤去したとの回答を得た。


#854 △28.9 四等 村櫛

28.9村櫛

撮影日 2008年12月13日

半年前にガーデンパークから歩いて来た時には南の村櫛舘山寺道路側から登ろうとして入り込む余地のない薮で諦めた。今回は、その道路の550mほど北東から西側の農道を歩いて行くことにした。

その道は、南に向きが変わる所が地形図では実線から破線に変わっているが、実際はそれまでと同じ道幅の舗装路が続いている。辿って行くと柿畑のところで行き止りになっていた。

行き止りから山の中を数十m進むと、2mほどの斜面の下に標石が見えた。近くの立木にピンクリボンがある。


#855 △3.1 三等 和田村

3.1和田村

撮影日 2008年12月13日

この三角点は平成6年に移転していて、半年前の六月に来た時には移転前の場所(セイタカアワダチソウの密集する草むらだった)を探して見つけられなかった。

埋立地の空き地は草むらになっているが、この時期なのでほとんど枯れている。それでも歩き難いので護岸壁のコンクリートを伝って行くと湖から5、6mの草むらに三角点があった。移転前の古い標石を再使用したようで、モルタルで角を補修してある。しかし外枠の継ぎ目からはみ出したと思われるモルタルのラインが目立ち、上手とはいえない。保護石もモルタルで補強してあった。


#857 △2.8 四等 白州

2.8白州

撮影日 2008年12月13日

(「人見村」(浜松#856)の続き)

三角点「人見村」から尾根の農道を更に北上し、400mほどで古人見町のほうに下ってからはまゆう大橋へと向かった。

はまゆう大橋は有料道路で、橋の北側が自転車と徒歩用になっていた。料金箱がゲートに設置してあって、自転車・徒歩は20円だ。浜名湖の景色を見ながら、十数分で対岸の白州側に着いた。

三角点は金属標で、防波堤の内側、饅頭型のコンクリートの上面にあった。

再びはまゆう大橋を渡り取付道路と県道の交差点を右折し、県道を500mほど歩いてから東の山側に入り込んだ。そこは竹林で、斜面を登って尾根の農道に出、起点の神社前に戻った。

#857/#856〜857


#789 △3.7 四等 村櫛新開

3.7村櫛新開

撮影日 2008年6月14日

ガーデンパークを起点に村櫛の三角点を巡ることにした。

南駐車場から浜名湖沿いの道路を西に向かう。潮干狩渡船場のところに行くと歌碑があり、その後ろを覗くと草むらに表示杭が見えた。周囲に標石があると思い草を掻き分けて探した。

結局、標石ではなくコンクリートの上の金属標を見つけたが、草が深くて手間取ってしまった。

(「臨海」(#790、下欄)に続く)

#789/#789〜790


#790 △3.2 四等 臨海

3.2臨海

撮影日 2008年6月14日

(「村櫛新開」(#789、上欄)の続き)

村櫛の海水浴場の横を歩いて北上を続ける。黄色いホテルを通り過ぎてからは三角点を見落とさないように注意して進んだが、それらしいものはなく自転車道路の分岐まで行ってしまった。

GPSをセットして指定の緯度・経度まで引き返すと、なんとそこは歩道・自転車道の路上で標石と思われる石の天面だけ見えていた。先ほどそこを通った時はまったく気が付かなかったのだ。

このあと村櫛館山寺道路を歩いて三角点「村櫛」へ行くが、薮で撤退。次に半島の東に回って三角点「和田村」を探したが、移設しているのに古い地形図を持参していたため失敗。起点のガーデンパークへと引き返した。

#790/#789〜790


#758 △17.7 四等 雉子田

撮影日 2008年3月22日

ここは二年前に薮であきらめた(#537「大沢」参照)三角点だ。前回は動物病院隣の畑側から篠の密集する中を登ったのだが、あまりの薮に撤退した。今回は畑の北側から回り込んで三角点の東側に行ってみた。

すると、写真上のようにやはり薮だったが目標までの距離はずっと短いはずだ。中に入り込んで篠を掻き分け探してると表示杭があった。周囲の枯葉を払うとコンクリートの蓋が出てきて、白色の陶器の円盤には「地理調査所」(写真下)と書かれている。蓋を開けると金属標があった。

(地理調査所:昭和20年発足、同35年に国土地理院になる)


#759 △33.1 四等 新古

撮影日 2008年3月22日

電子基準点「湖西」のある湖西運動公園の駐車場から歩くことにした。

東側の道路に出てからJR線路をレンガのトンネルで潜り抜け、すぐに左折する。のどかな風景が続くゆるやかな坂道となり、途中に水神様の石碑があったので立ち寄った。

坂の上の畑地に出てから県道を右折、200mほどで左折して直進すると岡崎中学校で、グランド整備工事のためトラックが何台も行き交っていた。工事中のグランド横を通り抜けて山林に入り歩測による推定位置まで行ったが見当たらず、GPSに頼ることにした。そこから数十m離れたところに三角点があり、コンクリートの蓋を開けると金属標が確認できた。

(「新所村2」(#760、下欄)に続く)

#759/#759〜760


#760 △35.4 三等 新所村2

撮影日 2008年3月22日

「新古」(#759、上欄)から県道に戻り、日の岡のほうに向かって道路を歩く。地形や距離、道路のカーブ具合などでこの辺りかなと推定した地点は畑で奥の小高いところに小屋がある。近付いてみると、その小屋の前(南側)に標石かあった。

いったん日の岡の交差点のほうに行ってから、起点の湖西運動公園に戻った。

#760/#759〜760


#761 △18.3 四等 天神様

撮影日 2008年3月22日
岩松寺の駐車場から道路の向側の小山へ行くと、山の上に向かって小道が続いていた。山の上は墓地になっていて、手前は大きな墓石の墓地だが奥のほうに行くと質素な野辺の墓で、その一画に標石があった。

#762 △32.0 二等 新所村1

撮影日 2008年3月22日

「天神様」(#761、上欄)から道路を北のほうに進むと東小学校入口にあった桜は満開だった。「女河浦」バス停の手前で右手の山の方に上っていく道に折れる。

左手の山の様子を見ながら入り込めそうな場所を探していたが、山道は無いようだし竹林等でどこも薮っぽい。峠から少し下ったところから山に入ったが尾根に出るまでは荒れた竹林で歩き難かった。

標石からは木の間越しに浜名湖が望めた。北側に下ろうとしたが、民家の裏庭に出そうなので元のルートを引き返した。


#537 △48.9 四等 大沢

48.9大沢

撮影日 2006年9月28日

湖西市役所を起点に、反時計周りに市内を一周し、途中で湖西高校の近くにある三角点に立ち寄ることにした。

市役所南側の道路を西に進み、交差点を右折して350mほど先の動物病院の手前まで行く。病院横はハーブ園で近くに三角点「雉子田」があるはずなのだが、薮がひどくて諦めた。

次に南に向い山口地区に向って歩く。道路横には彼岸花が咲いていた。豊田佐吉記念館の前を左折して峠の反対側の工場横の小道に入り、本三角点へ通ずる道があるか探索しようとしたが、草が深くなったので再び佐吉記念館まで戻った。

そこから300mほど道路を南に進むと左手の山の上にタンクが見えた。取付道路(ゲート有り)があったので登っていく。タンクは水道の配水池で、その横から尾根に入り込むと踏み跡が百数十m先の送電線の鉄塔まで続いていた。その先は少し草が深くなるが薮というほどではなく、50mほどで三角点に到達した。

(「富士紡」(#538、下欄)に続く)

#537/#537〜539


#538 △3.5 四等 富士紡

3.5富士紡

撮影日 2006年9月28日

(「大沢」(#537、上欄)の続き)

三角点「大沢」から南東尾根を行けばすぐに道路に出られるはずだが、踏み跡もなく薮が予想されるので元の道を引き返して山口地区に戻った。

そこから地形図で最短と思われるルートで鷲津駅まで歩く。駅の北西側の踏切を渡り、湖岸の歩道、湖西高校の前を通って突端の三角点に近付いた。湖岸は篠笹が密集し、葛の葉が覆っていてジャングル状態だ。

三角点南側に行ってみるとの畑の横から岸壁に向って篠笹の中にトンネルがあって、抜け出ると岸壁に階段があった。階段を降りて水際を行くとまた階段があって、登っていくとそこだけ篠が刈られて三角点があった。再測量があったのだろう。新たに保護石をコンクリートで固定したようで、木枠が残っていた。

(「鷲津」(#539、下欄)に続く)

#538/#537〜539


#539 △24.0 四等 鷲津 

24.0鷲津

撮影日 2006年9月28日

(「富士紡」(#538、上欄)の続き)

【2006年9月28日】 三角点「富士紡」から往路を鷲津駅の方に引き返し、踏切の手前で右折して線路北側の住宅街の中の道路を進む。左前方に小さな山が見えてきて、近付くと八幡神社である。この裏山の工場のある崖側に三角点があるはずだ。

すぐに見付かると思っていたのに見付からない。GPSを取り出して目標地点に行くと、そこは狭くて小さい尾根筋でとても標石を設置するような場所には見えない。近くに古びたコンクリート柱が傾いていた。事前に見ておいた点の記では「頂」にあることになっているのだが、範囲を広げて周辺を見て回ったが結局見つけることが出来なかった。(写真の建物の左奥に三角点があったはずだ。)

隣の工場横を進み、JRの線路を渡って起点の市役所に戻った。

#539/#537〜539

【2008年2月】国土地理院の情報ではいつのまにか「現況不明」から「亡失」となっていた。


#393 △2.3 三等 舞坂宿

2.3舞坂宿

撮影日 2005年7月16日

舞阪駅を降りて路地を曲ると製氷所があって大きな氷の塊を運んでいた。梅雨明けを思わせる暑い日でこれから書入れ時になるのだろう。大通りに抜けるとそこには旧東海道の松並木が続いていた。

松並木を西に進んでいくと南側に河合楽器工場の看板が見えたので、そこを目指して歩く。工場の西側に周り込んで海に向って進むと舞阪中学校のグランドがあり、球児の歓声が聞こえる。

グランドの角地に三角点があるはずだがフェンス越しに見えるのは表示杭と保護石らしきものだけだ。低い柵のところを乗り越えて入り込み、保護石のそばの土をつま先で掘り起こすと標石の天面が見えてきた。

「宇布見村」(浜松#394)に続く)

#393/#393〜395


#386 △63.3 二等 白須賀宿

63.3白須賀宿

撮影日 2005年6月18日

おんやど白須賀(白須賀宿歴史拠点施設)に駐車して、浜名湖ゴルフ場の周りを右回りに三角点を巡ることにした。

中学校の横を曲ってすぐのところにある△80.8「ポンプ場」は揚水機場で、フェンスに囲まれ施錠してある。網越しに三角点を探したが見えなかった。

西側の広い道路にでて、北に向う。町工場とアパートの多い路地をぬけ、三角点のある雑木林に近付いた。道路横は草が茂っているが、適当なところから入り込むと下草が無くなった。薄暗くて湿った斜面を登っていくと笹薮になり、その中に紅白の測量棒が倒れている。標石は見えなかったが、保護石の頭が見えていたので笹の枯葉を払うと標石の天面が現れた。

(「丸河山」(#387、下欄 )に続く)

#386/#386〜389


#387 △50.6 四等 丸河山

50.6丸河山

撮影日 2005年6月18日

(「白須賀宿」(#386、上欄)の続き)

三角点「白須賀宿」から道路を一キロほど北上したところに本三角点がある。

三角点西側の崖を道路から直接登ってみようかとも思ったが、壁も高いし草も茂っているのであきらめた。北側に行ってみると山に入りやすくなっている所があったので、そこから入り込んだ。

蜘蛛の巣を払いながら登っていくと、すぐに三角点が見付かった。

(「坊瀬」(#388、下欄)に続く)

#387/#386〜389


#388 △61.9 四等 坊瀬

61.9坊瀬

撮影日 2005年6月18日

(「丸河山」(#387、上欄)の続き)

三角点「丸河山」から坊瀬川のほうに坂を下り、川沿いの道路を南下する。お寺(妙源寺、佐吉翁習学寺子屋跡)に立ち寄り、その裏山に三角点があるので山道とか歩きやすそうな所がないか探したが見付からなかった。

再び道路を南下し、すぐに左折。山の南から東にかけて登れそうなところがないか探しながら歩いた。東側に入りやすいところがあったので、そこから山に踏み込んだ。下草は少なく、適当に湿った斜面を登って行った。

表示杭と測量棒のまわりの枯葉を掻き分けて、三角点を見つける。

(「光頭」(#389、下欄)に続く)

#388/#386〜389


#389 △69.8 四等 光頭

69.8光頭

撮影日 2005年6月18日

(「坊瀬」(#388、上欄)の続き)

三角点「坊瀬」から道路を東に進み、新幹線の線路近くの池に向った。そこから道路を南下し、一キロほどのところにある池の手前で東側の蜜柑畑の中の農道を登っていく。ここから尾根道につながる破線路は廃道のようで、低木と薮を掻き分けて尾根に出た。

周囲は荒れた雑木林だし、尾根にある道もほとんど使われていないようで、草が伸びている。ここの三角点はピークにあるわけではないので、慎重に歩測をしつつ道の両側に目を配った。幸い表示杭があったし、そこは日も当たって明るい場所だったので見落とすことなく見つけることが出来た。

新町に抜けて、大鎮神社からお稲荷様に立ち寄ってから旧東海道を歩き、蔵法寺、うないの松を経て、潮見坂横の点燈山に登り、出発点のおんやど白須賀に戻った。

#389/#386〜389