袋井

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国土地理院 北西 北東 地形図表示
南西 南東


#1429 △15.4 四等 福田中学校

15.4福田中学校

撮影日 2013年7月14日

ぼう僧川の東橋からハマボウの花を見ながら右岸堤防の道を上流のほうに行き、約1キロ先で南に折れて福田中学校に行った。

屋上には金属標があるのだが、その場所を下から見上げて校舎を撮影する。

住宅街を適当に通り抜けて、東橋に戻った。


#1366 △26.8 四等 消防署

26.8消防署

撮影日 2012年9月1日

(「山科」(山梨#1365)の続き)

東名袋井ICからは、まっすぐ取付道路を南に下る。途中、大型電気店に立ち寄り、涼しいところで少し休んだ。

国道一号線を渡り、消防署へ行くと、三角点のある訓練塔を間近から見ることが出来た。ここに掲載しているのは塔の東側を撮影したものだ。

(「袋井」(#1367、下欄)に続く)

#1366/#1364〜1370


#1367 △26.9 四等 袋井

26.9袋井

撮影日 2012年9月1日

(「消防署」(#1366、上欄)の続き)

袋井西小学校は、消防署から東に500メートルほどしか離れていない。三角点は正門から見て、建物正面の矢印辺りにあるはずだ。

(「三門町」(#1368、下欄)に続く)

#1367/#1364〜1370


#1368 △18.9 四等 三門町

18.9三門町

撮影日 2012年9月1日

(「袋井」(#1367、上欄)の続き)

西小からは、袋井駅のほうに向かう。

本点は、睦橋を渡って信号のある二つ目の交差点近くの袋井建設業協会の建物の屋上にある。

(「高尾」(#1369、下欄)に続く)

#1368/#1364〜1370


#1369 △33.3 四等 高尾

33.3高尾

撮影日 2012年9月1日

(「三門町」(#1368、上欄)の続き)

天理教会の横を通って袋井駅へ行き、中央公民館へと向かう。

公民館を正面から見て、ちょうど中央付近(三階側)に三角点があるようだ。

(「国分寺」(山梨#1370)に続く)

#1369/#1364〜1370


#1114 △2.8 四等 五十子村(いかごむら)

2.8五十子村

撮影日 2010年7月31日

(「千手堂村」(磐田#1113)の続き)

「千手堂村」から南東約300mの八雲神社へ行って木陰で休憩し、東に進み十輪寺を経由して下太へ渡る橋のほうに向かった。

地形図にあるその橋は跡形も無くて、下流200mほどのところに新しい橋が架かっていた。その橋を渡り、堤防の道を上流に進み、八王子神社で休憩。案内板によると、ここでは「米とぎまつり」(磐田市無形文化財)が行われるそうだ。

北側の工場横を通り、農道を行くとカメが横切っているところだった。その先の田圃の中に鎮守の森(写真、上)が見える。そこが三角点のある藻山神社だった。保護石の二個が、他に比べて新しい。

下太から南田を経て起点の健康福祉会館に戻った。

#1114/#1112〜1114


#994 △3.6 四等 沖之須

3.6沖之須

撮影日 2009年10月25日

(「雨垂西」(千浜#993)の続き)

「雨垂西」から国道の一つ北側の農道を歩いて西に進む。沖之須集落の南西の外れに行って防火水槽のある角地で足を止めた。

防火水槽横の草地にコンクリート枡の蓋があり、持ち上げてみると土が見えているだけだ。土を一cmほど払うと標石が現れた。

大須賀支所のほうに行ってから横須賀街道に戻ると、「ちっちゃな文化展」の客で賑わっていた。のんびり見学しながら三の丸駐車場に戻る。

#994/#992〜994


#946 △6.9 四等 中野

6.9中野

撮影日 2009年6月27日

浅羽のショッピングセンター・パディを起点に富里周辺の三角点を巡る。

パディから裏道を通って二瀬橋に向かい、橋の手前で左岸堤防の道路に入る。河川敷の公園では少年たちがサッカーの練習をしていた。

中富を経て下富に行き、松秀寺のスイレンを見てから堤防に出ると、道の両側は背の高い夏草が茂っている。注意しながら歩いて行くと左側の草むらに少し隙間があって、奥に保護石に囲われた標石が覗けた。

標石を真上から見ると真四角でなく、形が歪んでいる。よくみると石の欠けた部分をモルタルで補修してあり、真四角に仕上がらなかったようだ。補修したのは浜名湖でも見たけど、あれも上手ではなかったな・・。

(「堀込」(#947、下欄)に続く)

#946/#946〜949


#947 △2.4 四等 堀込

2.4堀込

撮影日 2009年6月27日

(「中野」(#946、上欄)の続き)

「中野」から道を引き返して松秀寺のほうに戻る途中に磐田用水散歩道の起点があってベンチもあったので、そこで一休みした。

下富の五叉路を南南東に向かう田圃の中の一直線の道路に折れる。二つ目の交差点に行くと角地にコミュニティ防災センターがあり、その敷地に標石があった。

(「富里村」(#948、下欄)に続く)

#947/#946〜949


#948 △1.5 三等 富里村

1.5富里村

撮影日 2009年6月27日

(「堀込」(#947、上欄)の続き)

防災センターの交差点を西ヶ崎方面に進む。二つ目の水路のところで、水路沿いを北に行くとすぐに白い杭があった。文字は欠けているが表示杭に違い無いと思い、周囲を探した。

堤防のコンクリートに四角く枡型に開いている所があやしいと思い、掘り起こすために棒・杭を探すがなにも無い。仕方なく近くにあったコンクリートの欠片で掘り起こし始めたが、土が詰まっていてなかなか進まない。そのうち白っぽい金属面が現れ、次第に形を表すものはピストルのようだ。COLTの文字もある。近くの田圃で農作業をしているご夫婦らしい人に声をかけ、鎌を使って掘り出すのを手伝ってもらったところ掘出した物は材質・表示などからオモチャと判明した。やれやれ、警察を呼ばなくて済んだ。

さらに掘り続けて、やっと標石の頭が現れた。写真(下)は標石と、おさわがせなピストルのオモチャだ。こんな風にしてビニールの袋に入れた埋めてあった。

(「浅羽北小」(#949、下欄)に続く)

#948/#946〜949


#949 △3.7 四等 浅羽北小

3.7浅羽北小

撮影日 2009年6月27日

(「富里村」(#948、上欄)の続き)

人騒がせな「富里村」をあとにして、田園地帯を北東に進む。途中、牛舎もあった。

浅羽北小へは南側から向かい、敷地の南側フェンス沿いを歩きながら探していると、幸い外側から見えるところに標石があった。

日本ハイパック東側の水路横を通って起点のパディ駐車場に戻る。

#949/#946〜949


#927 △35.2 四等 明ヶ島

35.2明ヶ島

撮影日 2009年5月9日

(「大久保」(磐田#926)の続き)

東大久保運動公園から岩井交差点を経由して明ヶ島原の新興住宅街にはいる。

住宅地の外れの空地へ行くと草地に表示杭が見えたが、杭の周囲に標石は見当たらない。傍に手のひら大の丸石二個の置いてある所があり周囲より窪んでいる。数cm掘ると標石の天面が顔をだした。

住宅街北側に出来た新しい道路を下って新明ヶ橋を渡り、太田川左岸堤防を歩いて国道に出、木原へ向かう。

(「土橋」(#928、下欄)に続く)

#927/#926〜928


#928 △8.4 四等 土橋

8.4土橋

撮影日 2009年5月9日

(「明ヶ島」(#927、上欄)の続き)

明ヶ島から木原に行く。許禰神社から一里塚跡に行くと復元拾周年ということで木原一里塚まつりが行われていた。許禰神社に戻り袋井の名木古木だというクスノキを見る。このへんは木原畷(なわて)という古戦場だったそうだが袋井に何年も住んでいて訪れたのは初めてだ。

路地を北の方に進み、田圃の畦道を行くとビニールハウスの横に本点があった。(写真の奥に見えるのは磐田バイパス)

このあと土橋の熊野神社に立ち寄ると、ここにも袋井の名木古木があって、こちらはマキだった。掘越を横切り自宅へと戻る。

#928/#926〜928


#690 △4.1 四等 長溝

撮影日 2007年10月2日

諸井の原野谷川スポーツ公園から堤防の道を歩いて長溝まで往復してきた。

小笠沢川は公園から400メートルほどで原野谷川に合流する。左岸堤防には未舗装の道が続いているが河川敷には草木が茂っていて川の流れが見える箇所は少ない。

新屋を過ぎると右側の河川敷は稲刈り前の水田になった。長溝院の墓地のところで堤防の道から逸れて住宅地に下り、少し北に行った道路横に三角点があった。(写真中央の木の根元にあるのは地蔵で、右の小さい木の枝の下に保護石に囲まれた標石が見える)


#660 △2.5 三等 福田村

2.5福田村

撮影日 2007年7月19日

ハマボウの花が咲いている頃ではないかと思い太田川河口のはまぼう公園に行った。期待していた通り花は見頃で、群生地の中を散策する。

河川敷の芝生の公園の上流のほうに行くと四日前の台風のせいか流木類だけでなくペットボトルが散乱していた。そんな芝地と歩道の境に植えられた生垣の陰に標石を見つける。

ハマボウの群生地は*ぼう僧川沿いにもあるようなので、浜松御前崎自転車道路を歩いて西に向った。

(「東原」(#661、下欄)に続く)

*ぼう=人偏に方

#660/#660〜661


#661 △1.9 四等 東原

1.9東原

撮影日 2007年7月19日

(「福田村」(#660、上欄)の続き)

「福田村」から浜松御前崎自転車道路を歩いて東橋にくると上流側の川の右岸にハマボウが群生しているのが見えた。近付いて川原に降り 群生地の中を歩いたが、はまぼう公園より見ごたえがある。

東橋に戻ると「緑道網ウォーキングコース」の案内板があった。偶然にもこれから向う三角点はこのコース内だった。

観音寺駐車場の北側の「すこやか広場」という公園に入る。土で天面が埋もれていたが、周りの四角いコンクリートの囲いで三角点はすぐに分かった。その後ろに黄色い花をつけた木が一本植えられていたが、なんとこれもハマボウであった。

今回は地図を持たずに来たが、帰りは方角を頼りに狭い路地・住宅街を気の向くままに歩いてはまぼう公園に戻った。

#661/#660〜661


#566 △141.4 四等 奥三沢

141.4奥三沢

撮影日 2006年12月10日

奥三沢の祇園神社の裏から農道を登っていき、尾根沿いに奥の茶畑まで行った。そこから山に入ったが、踏み跡はないものの背の低い羊歯が時々出てくる程度で歩き難いというほどではなかった。

しかし、110超ピーク手前からは深い羊歯の薮となった。苦労して抜け出したのも束の間、本三角点のピーク手前からは更にひどい羊歯の薮となった。幸い標石の周囲は伐採されて草もなく、すぐに見つけることが出来た。

そこから西に分岐する尾根方向にも羊歯が密生していたので往路を引き返すことにした。110超ピークの薮では西尾根のほうに少し行き過ぎてしまったが、薮漕ぎのため挽回するのに一汗かいてしまった。

(「見晴山」(#567、下欄)に続く)

#566/#566〜567


#567 △81.8 四等 見晴山

81.8見晴山

撮影日 2006年12月10日

(「奥三沢」(#566、上欄)の続き)

「奥三沢」から祇園神社の裏に降りてきて、次に北の小川沿いの道路にまわった。西に道路を進み船明ダムが水源だという調整池のところで右に曲り、農道や茶畑の中を歩いて見晴山に向う。

崖に近付くと、崖に沿って急な道があったのでそこを登った。上にも茶畑が出来ていて、一番奥の茶畑の西側の崖のところまで行った。GPSを取り出して位置を測ると、ほとんど三角点の位置と同じだった。木の根や潅木、蔓などを頼りに崖を登ると草むらの間に標石があった。(写真の奥はすぐ崖である)

崖を降りて、祇園神社へと戻った。

#567/#566〜567


#565 △47.2 四等 柏木

47.2柏木

撮影日 2006年12月7日

三沢公会堂のある交差点を過ぎ、市道を柏木公会堂のところで左折し、すぐ右の道にはいると茶畑の丘陵を登っていく農道になる。茶畑から山に入る辺が小ピークになっていていかにも三角点のありそうな感じだった。周囲を探していると茶畑の端の枯枝の下に四角の石が見えたが糠喜びで、天面に×印のある境界標だった。

そこから山の中に続く農道を少し進んで、羊歯の茂る山に分け入り尾根を行くと、そこだけ開けたスポットがあって標石が中央に据わっていた。

更に尾根を行くと茶畑となり、その先の南斜面に蜜柑畑のあるところからは薮であった。地形図では破線が続いているので歩いてみたかったのだが諦めた。北側の谷沿いの道に抜け、その道を遡って柏木山観音寺を左手に見ながら奥まで行くと養豚場跡地で行き止まりだった。左の崖を登ると茶畑があって、そこから農道を下って三沢公会堂のほうに戻った。


#553 △23.3 三等 大山

23.3大山

撮影日 2006年11月2日

(「富士見台」(磐田#552)の続き)

「富士見台」から住宅街を抜け、大通りに出てヤマハスタジアムの前を通ると中ではジュビロ磐田の練習が行われているようだった。

スタジアム南側の駐車場の外れに池がある。その池の西側のフェンス沿いに山に入り込み、薮を避けながら斜面を登ってピークに出た。現れた標石は角が欠けているうえに、かなり露出していた。

安久路の公園や住宅街を気の向くままに通り抜け、見付の起点に戻った。

#553/#552〜553


#523 △47.3 四等 愛野公園

47.3愛野公園

撮影日 2006年8月26日

袋井市図書館横の高尾町公園から原野谷川の堤防にある遊歩道を東に向う。和橋の下を通り抜けると小野田河川公園で、堤の芝生が綺麗に刈られていた。ここは市のウォーキングコース「原野谷川水辺の路」でもある。

親水公園からJRの線路下の道を潜って愛野公園に入り、坂道を登って行く。見晴らしのよい丘で遠州の山々が望める。大きな貯水タンク(水道の配水池)入口の道の向かい側に三角点があった。


#522 △3.3 三等 水神森

3.3水神森

撮影日 2006年8月25日

ここから東の大野と中新田地区に命山(いのちやま)という津波時の避難用としてつくられた塚があることを袋井市の広報で知った。山と名がつくと気になったので、中新田の寄木神社まで車で行き、二つの塚を見てから、本三角点まで歩いて往復してきた。

東同笠までは150号線の南側にある道路を歩き、あとは前川の川沿いの道を歩いたのだが、川では亀をたくさん見かけた。川といっても水量は少なく流れは亀なみの早さだ。川沿いには木陰もなくて暑い。しかし西同笠にいくと桜が植えてあって僅かだが木陰もあった。


#363 △43.9 四等 岡崎

43.9岡崎

撮影日 2005年2月27日

地形図を見る限りでは破線もないし薮山かなと思っていたのだが、実は観音巡拝の山だった。

龍巣院の広い駐車場から歩くことにして、そこから西側の枝尾根に行ってみた。お墓がありその先には道がなかったが、そのまま突破すると本堂のほうから通じていると思われる簡易舗装の道に出た。その道を辿って行くとお墓があり、次は赤い鳥居が並ぶ稲荷神社、その横に奥の院がある。

奥の院から道は南下して、少し先のなだらかな坂の上に三角点があった。ここで引き返したが、三角点から先(南)にも道が続いていた。

後から龍巣院のホームページを見ると、航空写真があってこの道の全容が分かった。これは三十三番観音巡拝の道で、本堂を囲んで山を一回りするようになっていたのだ。


#364 △89.9 二等 篠ヶ谷

89.9篠ヶ谷

撮影日 2005年2月27日

本三角点のある尾根は、上欄(#363、岡崎参照)の43.9ピークと道路で分断されているものの尾根続きである。ということで△43.9から尾根を伝って本三角点まで歩くつもりが、奥の院から先の薮を見て断念。

その道路のほうに車でまわり、道路横の切土斜面を偵察していると、登り易そうなところ(54標高点の真南あたり)があったのでそこから登ることにした。

登り始めは大したことはなかったが、鉄塔の先からは羊歯の薮がひどくなり、古びた鉄条網も尾根に沿って設置してある。なかなか羊歯も無くならなかったが、三角点に近付いてくるとようやく減って、踏み跡もはっきりしてきた。

帰りは少し尾根を引き返してから西に下る踏み跡を辿ってみた。すぐに茶畑になり、農道を下り、ついでに五ヶ山(68m)に登ってから戻った。


#353 △41.4 三等 団子塚

団子塚

撮影日 2013年4月14日

【2013年4月14日】本年の2月7日、本点で古墳調査の発掘が行われているという地方紙の報道を読んで現場を見に行ったところ、標石のあったピークは削られて跡形も無い。

その時には気が付かなかったのだが、代わりの三角点を近くに設置したことを知り、早速見に行った。

標石は真新しいものに置き換えられている。

41団子塚

撮影日 2005年1月17日

【2005年1月17日】柳原バス停の南、橋を渡ってすぐ左折し狭い道路に入る。ここから路地を通り抜けると川沿いの遊歩道になった。南の山側斜面が雑木林でその上はゴルフ場の敷地のようだ。

浅羽町との境界に沿って登ろう思ったが、ゴルフ場の敷地内に入り込んでもめたくないので、養護学校のほうに回って行くことにした。

団子塚南側の道路を歩いて近付くと右手の茶畑の上にこんもり茂った塚が見える。その西側では造園工事をしており、工事用のウマで立ち入り出来なくなっている。

茶畑のほうから登って、塚の中央にある標石の撮影をした。写真右側の小さいほうが三角点。大きいほうには文字が刻んでないように見えたが、薄くて分からなかったのかもしれない。


#292 △35.4 四等 小谷田

35.4小谷田

撮影日 2004年3月3日

横須賀城址は玉石の石垣で有名だそうだ。その公園の駐車場から王子神社へ向い、神社の裏を登った。道はなかったが、三角点のあるピークの近くに多少の薮があるくらいで、標石は直ぐに見付かった。それでも夏は草がのびて分りにくいかもしれない。

選要寺に立ち寄ると、城主のお墓があるところだけに、入り口の辺は玉石の石垣になっていた。

公園に戻り、いまが見頃の梅園を通って、松尾山に登ってみた。発掘調査中とみえて幾つもの穴にビニールシートが被せてあった。


#233 △3.7 四等 豊浜

3.7豊浜

撮影日 2003年7月25日

同笠海岸から松林の中の大平洋自転車道路を歩いていくと、まもなく松林を抜けて砂浜と松林の境のまっすぐな道になる。

岩瀬牧場入口から浜辺の自転車道と平行して、松林の中に遊歩道ができている。このあたりは「しおさいの森」といい、案内板が所々に設置されていた。小さな池もあって、波の音が聞こえなければ、山の中にいるようだ。

遊歩道を歩いて福田荘へと向かう。三角点は福田荘の隣の公園内にある。

福田港に立ち寄って引き返した。


#231 △66.8 四等 樹木ヶ谷(じゅきがや)

66.8樹木ヶ谷

撮影日 2003年7月16日

普門寺に行ってみたら、案内板によりここには西大谷三十三番観音堂があることを知った。とにかく尾根に出たかったので、正面の階段を上がって右の三十二番に向かい、適当に斜面を登っていくとお茶畑に出た。

お茶畑のあいだに尾根を南に下る農道がのびており、進んで行くと左側道横に九番観音堂があった。さらに進むとDocomoの無線局が正面に見えてくる。

三角点は無線局の手前、道沿いの生垣の端の目立たないところにあった。

帰りは九番観音堂から、案内に従って整備されたコースを下る。


#185 △217.4 三等 三沢山

217.4三沢山

撮影日 2003年1月30日

西大谷ダム公園から歩くことにした。

公園入口から道路を東に100メートルほどいくと左側に農道がある。少し進むと中部電力の巡視路と分岐になっている。農道はその先から荒れており、巡視路のほうに進む。

直ぐに鉄塔が現れ、さらに続く巡視路を進むと三角点へと続く尾根にでた。風花も舞うこの日は、標高200メートルほどではあるが、風は冷たい。

尾根道ははっきりしており、薮もなく、歩きやすい。三角点は尾根道から30メートルほど西にいったところにあった。

(「西大谷(2)」(#186、下欄)に続く)

#185/#185〜186


#186 △126.8 三等 西大谷(2)

126.8西大谷(2)

撮影日 2003年1月30日

(「三沢山」(#185、上欄)の続き)

三沢山から南西にのびる尾根道をくだっていくと、やがて林道になり、大きくカーブする道路に出る。

その道路がまた大きくカーブする地点を、そのまま直進し、お茶畑の中の農道に進む。茶畑の東の崖側に沿って進み、正面の雑木の小高いピークに羊歯をかき分けて登った。

そのすぐ先に三角点をみつける。ここからの見晴しはよくないが、お茶畑まで引き返すと、なだらかに南に下る丘陵と、その先に遠州灘が見渡せる。

道路に戻り、西大谷ダム公園へと下った。

#186/#185〜186


#175 △139.7 四等 法多山(はったさん)

139.7法多山

撮影日 2002年12月24日

初詣で賑わう前にと思い立ち、門前の駐車場へと行ってみた。

三角点のすぐ北側から西にかけて、崖になっているあたりを偵察して登れそうな場所を探した。人の通った形跡はどこにもなかったので、適当なところから取り付く。

歩きやすいところを探しながら、とにかく尾根にでたが、写真のような羊歯が一面に生えていて道もない。しかし膝ぐらいまでの高さなので、歩けない程ではない。

ピークに三角点があるが、周りも羊歯で覆われていたので、撮影の為に周囲だけ取り除いた。


#156 △53.9 三等 岩井村

53.9岩井村

撮影日 2002年10月10日

三ヶ野交差点北の桶ヶ谷沼仮設駐車場から歩くことにする。

岩井の狭い道を通り抜け、尾根に入る道を探していると「東部ハイキングコース 尾根コース」と書かれた道標が現れた。

そこからほんの少し登ると「鍋島公陣屋跡」の看板があり、その東20メートルほどに三角点があった。

そのまま尾根道を篠原に向かって進み、東名高速と平行している道路までいって引き返した。

帰りは鶴ヶ池に下る道標(二ヶ所あるが、篠原側の道標)に従って下ることにした。池を左回りに半周して道路に抜けたが、道はよく整備されている。池にはもう渡り鳥が来ていた。


#153 △108.4 三等 愛野村

108.4愛野村

撮影日 2002年10月4日

山田川の上流に向かう林道を進むと、右側に送電線の案内札(国鉄八坂線No54入口)が現れ、その先が巡視路と知る。

その巡視路は谷を登っていき、そのまま尾根に抜ける。すると左側の直ぐ先に鉄塔が見え、右側には南西に伸びる尾根道が続くが、羊歯で覆われており、少し進んでみたが、ひどいので引き返した。

諦めて下ろうとしたが、良く見ると羊歯は尾根だけに生えていて、少し下の斜面に下草はない。その斜面を暫く進むと、尾根道の羊歯もなくなった。深くはないが、痩せ尾根が現れ、すぐに三角点のピークに達した。

山頂からの展望はなく、南側にできた静岡理工科大学も見おろせなかった。


#24 △135.0 三等 菩堤山

135.0菩提山

撮影日 2001年2月4日

豊沢側から長坂峠へ向かい、トンネルのすぐ手前、左側に尾根に続く小道がある。そこを登り、右手に行くとこの三角点にたどりつく。

このトンネルの上には踏み跡のしっかりした尾根道が小笠山山頂方向に続いており、見晴しもよく快適な尾根歩きが楽しめる。


#25 △204.6 四等 百善歩道 

204.6百善歩道

撮影日 2001年2月4日

上の135.0三角点で紹介した尾根道の「本谷」の北側に位置する三角点。写真のように横を尾根道が通っている。この道は小笠山山頂方向へと続き、道路で途切れる。

途中、尾根道を走るマラソンランナー数人とすれ違った。この道がよく踏み込まれているのはそのせいだった。


#22 △215.7 三等 三峯山

215.7三峯山

撮影日 2004年1月26日

2001年の一月に始めて行った時は、南側にある法多山の別院裏の茶畑から支尾根に取り付いた。尾根に出ると踏み跡もあり、三ツ峰山頂から小笠山トンネルの上を経由して小笠山に至った。痩せ尾根で危険な箇所もあって、低山とはいえ侮れない。

2004年の一月に再度おなじルートで登り、今度は法多山に下った。こちらも北側が崖の尾根道である。法多山本堂に向って右側の斜面に抜け出た。(その後172ピークから北の支尾根を下る山道を歩いたが、こちらはエコパの散策路に繋がっている。)

2004年の年末にはエコパスダジアム北東の124ピークから境界の尾根を歩いて山頂に登る。薮もあるが、冬なら問題ない。危険な痩せ尾根が一ヶ所ありロープがあった。ロープなしではたぶん引き返したかもしれない。