浜松

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国土地理院 北西 北東 地形図表示
南西 南東


#1290 △40.4 三等 平山

40.4平山

撮影日 2011年8月4日

去年の今頃、この周辺のハイキングの途中に立ち寄った時には、埋もれている本点を見つけることが出来なかった。(#1126「北原」参照

今回は、直接車で乗り付ける。私道を掘り起こすことになるので、敷地内のお宅に断ってから作業開始。写真の電柱と、道路反対側の電柱から巻尺で点の記にある距離を測る。もとめた位置の所をバールで掘り起こした。スコップだと、砂利が固くしまっていて、バールのほうが効率がよいのだ。

結局、標石は地表から数センチのところにあった。


#1286 △3.1 四等 宇布見養魚場

3.1宇布見養魚場

撮影日 2011年7月30日

カインズモールを起点に、四ケ所の三角点を訪ねる。まずは、すぐ西側の新しい住宅街へ行き、南側の川沿いの歩道から本点に近付いた。

しかし、宇布見マリーナとの境界はフェンスがあり、表示杭は見えるのだが三角点は見えない。ぐるっと回り込んでマリーナの入口から入り、再び本点に近付いた。

雑草の茂る土手に表示杭はあり、傍には刈り払われた枯草があって、その下に日本地図柄の鉄蓋が隠れていた。蓋は開けられなかった。

(「村西」(#1287、下欄)に続く)

#1286/#1286〜1289


#1287 △2.9 四等 村西

2.9村西

撮影日 2011年7月30日

(「宇布見養魚場」(1286、上欄)の続き)

宇布見マリーナをあとにして、とびうお大橋を渡ってから新幹線線路の南側にある小道に入る。直進して池まで行くと、そこの交差点近くが本点のある場所だ。

池の反対側の道路沿いは篠などで深い薮になっている。GPSで調べると、その薮の中に標石はあるようだ。篠を掻き分け始めると、白いものが目に入った。表示杭だった。おかげで、標石を見つけることが出来た。

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(「篠原村」(#1288、下欄)に続く)

#1287/#1286〜1289


#1288 △3.0 三等 篠原村

3.0篠原村

撮影日 2011年7月30日

(「村西」(1287、上欄)の続き)

「村西」から篠原町の住宅地の路地を通り抜け、篠原中学校へと向かった。

正門から学校の敷地の南西にある庭を覗いたが、三角点らしいものは見えない。こんどは南の道路沿いから生垣越しに探してみると、表示杭と標石が見えた。写真では分かりにくいが赤の矢印のところに標石がある。

(「浜田」(#1289、下欄)に続く)

#1288/#1286〜1289


#1289 △2.7 四等 浜田

2.7浜田

撮影日 2011年7月30日

(「篠原村」(1288、上欄)の続き)

篠原中学校から南に行き、国道を横切ってすぐ先の工場のところで東に向かった。その道は水路沿いにまっすぐ続いており、周囲には農地が広がっている。

見方原病院の三百mほど手前の交差点に本点があるのだが、その交差点の周囲に三角点は見当たらなかった。GPSの準備をしていると建物横の草むらにあった表示杭に気が付いた。草を掻き分けて、標石を見つける。

帰りは篠原町から新幹線の線路北側にある養魚場に行ってから、新川を渡り、右岸の歩道を歩いて起点のカインズモールに戻った。

#1289/#1286〜1289


#1282 △3.5 四等 揚子公園

3.5揚子公園

撮影日 2011年7月24日

北寺島町のパレマルシェを起点に中区の三角点を巡る。まずは南に下ってから馬込川の左岸に渡り、揚子公園に行った。

馬込川の堤防は両岸とも芝で、綺麗に整備されている。その堤防横にある揚子公園も、芝生の広場になっていた。三角点は表示杭の横の、日本地図柄の鉄蓋の下だが、開けることは出来なかった。

(「馬込」(#1283、下欄)に続く)

#1282/#1282〜1285


#1283 △5.1 四等 馬込

5.1馬込

撮影日 2011年7月24日

(「揚子公園」(1282、上欄)の続き)

馬込川堤防の道を、最初は左岸、途中で右岸に渡って上流に向かう。鉄道線路の下を潜り、国道を渡って、東小学校に行った。

校庭の南西の角に三角点はあるのだが、幸い生垣の隙間から標石を見ることが出来た。

(「山下」(#1284、下欄)に続く)

#1283/#1282〜1285


#1284 △5.5 四等 山下

5.5山下

撮影日 2011年7月24日

(「馬込」(1283、上欄)の続き)

東小学校から中央一丁目、元浜町、山下町を経て北小学校へ行った。南西の校門から表示杭は見えたが、三角点がどうなっているのかは分からない。

西側の大通りを跨ぐ歩道橋に登ってみると、表示杭の周囲がよく見えた。ここの三角点も地下埋設で、写真矢印のところにマンホール様の蓋があるので、その下にあるのだろう。

歩道橋を渡り、中沢町の信貴山で開かれている骨董市に立ち寄る。思ったより小規模で、興味をひく物もなかった。

(「曵馬」(#1285、下欄)に続く)

#1284/#1282〜1285


#1285 △6.3 四等 曵馬

6.3曵馬

撮影日 2011年7月24日

(「山下」(1284、上欄)の続き)

中沢町から高林一丁目に入り、今日の最終目的地である曵馬小学校に行った。ここの三角点は外から見える位置にないし、地下埋設なのは点の記を見て分かっていたから、様子だけは見ておこうというつもりだった。

西の道路側はプールで、その東側に三角点がある。校門にいたプールの監視員の方に、訳を話すと、立ち入ることが出来た。しかし、表示杭の前の土を足で掻き分けたが、道具がないことにはやはり無理だ。点の記の要図もメモしてこなかった(あとで点の記を見ると、この写真のもっと手前左側だった)。いつもなら、車に道具を積んで再訪し、見付かるまで通うのだが、校内につき、ここはこれで終了とする。

学校横を流れる水路(blog)を馬込川まで辿ってから、起点の北寺島町へ馬込川右岸の道を歩いて戻った。

#1285/#1282〜1285


#1279 △2.6 四等 西部排水機場

2.6西部排水機場

撮影日 2011年7月16日

イオン浜松西を起点に、JR沿線に点在する三角点を巡る。

最初に尋ねた入野小にある四等三角点「入野町」と入野中にある三等三角点「入野村」は、校内にあって外から見ることは出来なかった。

blog

そのあと南に掘留川まで下って、新川との出会いにある本排水機場へ行った。立入禁止なので、門から中を覗くと表示杭のようなもの(写真、矢印の所)が見えた。そこに三角点があるものとして、排水機場をあとにした。

(「若林」(#1280、下欄)に続く)

#1279/#1279〜1281


#1280 △4.3 四等 若林

4.3若林

撮影日 2011年7月16日

(「西部排水機場」(1279、上欄)の続き)

掘留川右岸の道を1.5キロほど東にいってから新幹線、東海道線と線路を越え、R257に出る。そこからは道路沿い左手の公共施設を目標に、東に歩いて行った。

可美市民サービスセンターは、すぐに分かった。三角点の標石も、探すまでもなく建物前に他の記念碑等と並んであった。

(「西伊場」(#1281、下欄)に続く)

#1280/#1279〜1281


#1281 △2.2 四等 西伊場

2.2西伊場

撮影日 2011年7月16日

(「若林」(#1280、上欄)の続き)

可美市民サービスセンターからは裏道に入り、旧長崎屋(現在はMEGAドン・キホーテ)へ行った。屋上駐車場には給水塔(#1279のブログ参照)があり、そこに四等三角点「長崎屋」があるはずなのだが、見ることは出来なかった。

休憩後、旧長崎屋を出て線路沿いを西に進み、東海道線と新幹線の線路を越えてから、本点のある西伊場第三公園へ行った。

点の記の要図をもとに標石を探し始める。しかし、見付からないだけでなく、GPSが示す位置は点の記の要図と違っていた。結局、偶然見付けた小判型の穴が標石が収まったコンクリート枡の蓋のもので、暑い中、掘り起こすのに苦労した。

blog

#1281/#1279〜1281


#1123 △20.5 四等 佐浜

20.5佐浜

撮影日 2010年8月26日

伊佐地川に架かる河口から二番目の橋(恵光橋)の近くに駐車スペースを見付けたので、そこを起点に周辺の三角点を見て回ることにした。

佐浜町から湖東中学校のほうに通ずる道路に入り、坂を登ったところで左の小道に折れる。すぐ先、左手のビニールハウスの南端のほうに行ってみると表示杭が見えた。

「東向」(気賀#1124)に続く)

#1123/#1123〜1126


#1126 △39.6 四等 北原

39.6北原

撮影日 2010年8月26日

「和地村(一)」(気賀#1125)の続き)

「谷上」の交差点に戻り、364号線で浜松基地のほうに行き、基地沿いに道路を歩く。それから住宅街に入って、三等三角点「平山」まで行ったが、未舗装の砂利道に埋もれていて、確認することが出来なかった。

碁盤目状の道路を北西に進み、緑ヶ丘団地の裏を通る地形図実線の道を通り抜けようとしたが、その道には草が茂って通れそうもないので諦め、住宅街の縁の道路から舘山寺街道に出た。伊佐見橋を渡り、坂道を登って左手の畑の中を見渡すと標石が見えた。

環状線の一つ北側の道路を西に向かい、西江院手前で右折して坂を下り、湖東病院の横を通って佐浜町の恵光橋に戻った。

#1126/#1123〜1126


#1100 △2.1 三等 白須村

2.1白須村

撮影日 2010年7月1日

一週間前に庄和町から歩いてここを訪れ、薮蚊に刺されながら、暫く探したのだか見つけられなかった。

点の記によれば、ナラの根元から3.8m、ナツメの根元から2.6mの交点にあることになっている。巻尺で測って割り出した位置は薮になっている。前回は、その左側(写真の画面左)、表示杭に近いほうを探したので、この薮の中は探さなかった。

薮を掻き分けるとコンクリートの蓋が出て来た。すぐに周りの枡も現われた。蓋を開けると標石があり、隙間から「三等」の刻字も確認出来た。


#953 △43.1 四等 和合公園

撮影日 2009年7月11日

泉町のショッピングセンター(ピアゴ)を起点に周辺の三角点四つを巡る。

ピアゴの裏から北西に進むと段子川を渡ってほぼ一直線に和合公園へと道が続いている。「ウォッちず」によれば、この道が浜松基地沿いの道路に出会う地点の北側の角地に三角点記号がある。現地のその地点は公園と地続きの草の生えている空地で、標石は見当たらなかった。

GPSを出して指定の緯度・経度に向かうと、道の南側の角地(和合公園の看板あり)に標石があった。道の北側も公園のようだったし、「ウォッちず」も間違えていたので少し手間取ることになった。

(「富塚公園」(#954、下欄)に続く)

#953/#953〜956

【09年7月14日】「ウォッちず」のミスを国土地理院に指摘しておいたら早々に回答があり、紙地図も含め次期更新時から対応するということである。


#954 △35.6 四等 富塚公園

撮影日 2009年7月11日

(「和合公園」(#953、上欄)の続き)

和合公園からオートレース場方向に数百m進んでから南に折れて和合町の住宅街の中を通り抜け、ゴルフ場東側の坂道を下っていると「和地往還」の立て札があった。この道は現在の湖東町から犀ヶ崖で姫街道に通じていた古道のようである。

権現橋を渡って交差点を過ぎ、曙の住宅街を高みに登って行くと、高台の南側が公園になっていて標石がロープに囲われていた。

(「静岡大学地上」(#955、下欄)に続く)

#954/#953〜956


#955 △35.5 四等 静岡大学地上

撮影日 2009年7月11日

(「富塚公園」(#954、上欄)の続き)

富塚公園の三角点の所から南側に階段の歩道があり、下の住宅に通じていた。段子川を渡り、斜面の住宅街の坂道を登り、文丘町を経て姫街道沿いの静大工学部正門へ行った。

守衛所に断って立ち入り、植え込みの中を探した。三角点は、周囲に表示杭等の目印はなにもなく、芝生に埋もれていて、標石の天面だけが露出していた。

(「高林村」(#956、下欄)に続く)

#955/#953〜956


#956 △40.2 三等 高林村

撮影日 2009年7月11日

(「静岡大学地上」(#955、上欄)の続き)

静大工学部を出て姫街道を北上し、和合町の交差点を右折。城北工高を過ぎた交差点から高台中にむかい小道に折れる。

学校の南東の角、フェンスの道路側はランタナやオシロイバナなどが茂っていた。かき分けると標石が現れたが、写真のように下部がかなり露出していた。

和合町の交差点に引き返し、起点のピアゴに戻った。

#956/#953〜956


#856 △32.1 三等 人見村

32.1人見村

撮影日 2008年12月13日

雄踏町山崎から古人見町のほうに尾根が続いていて、その中程に本点があるので、山崎側から尾根歩きをすることにした。老人ホーム南側の神社前の広い空き地(道路向側はソテツの畑?になっている)に駐車する。

老人ホーム山崎園の先からは未舗装の農道となる。尾根を貫く農道沿いは山林や畑、ビニールハウスなどである。見晴しのよい所を期待していたが、なかった(山崎園からは浜名湖が見える)。

篠竹の薮の横を通ると下から車の走行音が聞こえたのでトンネルの上と分かり、少し引き返して西側の畑のほうに折れた。奥のビニールハウスの横で三角点を見つける。

(「白州」(新居町#857)に続く)

#856/#856〜857


#822 △32.7 四等 大久保新田

32.7大久保新田

撮影日 2008年9月14日

志都呂町のジャスコから東に700mほど先の結婚式場に家人を乗せて行き、待ち時間を利用して本点まで歩くことにした。

志都呂団地から浜松技術工業団地に行き、その東側の小川沿いの農道を北東に向かう。分岐で右手の丘陵のほうに登って行き、畑の中の道路を南下した。特徴のない場所なのでGPSを使ったが、目標に近付くと道路から表示杭が見えた。

さらに130mほど道路を南下してから右手に地形図の破線路らしい農道があったので辿ってみる。はじめは畑の間を通っていたが山に入る手前は道に草が茂っている。そこを抜けるとあとは竹林の中に明瞭な小道(巡視路でもある)が続いていて、やがて工業団地横の道路に出た。山里を思わせる趣のある小道であった。


#808 △6.0 三等 米津村

撮影日 2008年8月9日

まつり広場駐車場から西に住宅地を進み、団地北側の水路に沿って歩く。水路の左岸(北側)は防砂林で右岸には地形図ではわからないが道があって、そこを歩く(ただし草が伸びて歩けない所もある)。

三角点は大きな建物南側の防砂林の中で、標石の周囲にはツユクサが咲いていた。

次に南の米津の浜のほうにいき海岸林に入る。林の中程を通る歩道を東に向かったが、まるで山の中の林道にいるような雰囲気だった。

(「中田島村」(#809、下欄)に続く)

#808/#808〜809


#809 △9.0 二等 中田島村

撮影日 2008年8月9日

(「米津村」(#808、上欄)の続き)

海岸林の歩道を出ると遠州灘海浜公園だ。今度は浜辺側、海の見える歩道を歩いて中田島砂丘に向かう。陽射しを遮るものがなく暑い。

砂丘入口の観光客が行き来している階段を横切って東側の林に登っていくと、尾根の先に表示杭が見えた。

すぐ北側のまつり広場の駐車場に戻り、大汗で濡れた長袖シャツを着替えた。

#809/#808〜809


#394 △31.1 三等 宇布見村

撮影日 2005年7月16日

「舞坂宿」(新居町#393)の続き)

舞坂宿をあとにし再び旧東海道の松並木に戻って、東進する。馬郡町の春日神社にくるとそこはセミ時雨であった。木陰で休憩してから高架橋になっている道路を北進して東海道線を越え、宇布見橋を渡る。

日陰のありそうな路地を適当に進むと和菓子屋があったのでわらび餅を注文して休憩させてもらう。

田端の保育園のところから西にいくと西ノ谷公園の入口があり、山の上に向って歩道があった。山頂は公園になっていて、一番高い所に慰霊塔がある。その周囲は生垣で、その一画に三角点の標石があったのだが、すぐには気がつかず周辺をあちこち探してしまった。

公園には展望台もあって西の浜名湖側が見渡せる。

(「神ヶ谷」(#395、下欄)に続く)

#394/#393〜395


#395 △37.2 一等 神ヶ谷

撮影日 2005年7月16日

(「宇布見村」(#394、上欄)の続き)

西ノ谷公園を下り、東側の道路に出て、つるが丘団地の南から東を巻くように歩いた。大通りを横切って浜松技術工業団地の西側の道路にいき、少し北に歩いて山側の狭い道路に右折する。そこは宮坂という坂道で木陰になっていた。

坂を登りきるとまた日当たりの良い台地が続いた。ビニールハウスが多くて、なにやら野菜の苗が見えている。

直線道路が続き、神久呂中学校、小学校を過ぎ、配水場の横を通り過ぎると前方にコンビニの看板が見えてきた。

コンビニの駐車場の一画がフェンスで囲まれていて、周りよりも高くなっている。立札もあって、この一等三角点について書かれていた。

帰りは、近くのバス停からバスに乗って浜松駅に向った。

#395/#393〜395


#321 △41.9 二等 浜松

撮影日 2004年7月1日

「家康の散歩道」をたどりながら、浜松城の三角点を訪れることにした。スタートは遠鉄の遠州病院前駅横の交番の裏にある「秀忠公誕生の井戸」である。

浜松城では天守閣の周囲を一回りしたが三角点が見付からない。天守閣に登って、小窓から外を覗くとお城の中庭のような場所に標石が見えた。そこは立ち入り禁止だし、石垣を登らないと行けない場所だったので直接触れるのは諦めた。

軽便鉄道「奥山線」の通っていた亀山トンネルを潜り、遊歩道を進んで犀ヶ崖古戦場へ。再び浜松城公園にもどって作左山の森でお弁当。

いくつかのお寺を巡って、コース終点である西部医療センター前のバス停横にある「太刀洗の池」に到着。帰りも歩いてスタート地点に戻る。暑い日でTシャツに塩がふいていた。


#165 △33.2 三等 富塚村

撮影日 2002年11月2日

ここの三角点は地形図では道路脇にあることだし、簡単に見付かるはずなので、佐鳴湖を一周することにした。

丘の上の佐鳴湖公園の駐車場からスタート。すぐに道路の右側の植え込みの間に表示杭が見えた。撮影は後にして、そのまま湖の回りを反時計方向に歩く。

湖の北西の一部を除いて、湖畔にそって遊歩道が整備されている。歩きながら眺める湖の景色は美しく、ここが水質ワースト2とは思えない。

一回りして再び三角点まで行き、撮影する。写真のように下部がかなり露出していた。