
| 国土地理院 | 北西 | 北東 | 地形図表示 |
| 南西 | 南東 |
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かぶと塚公園から歩くことにした。最初に、南に下って中部小学校に向かう。 中部小には校庭に四等三角点「久保」があるのだが、現地に行くと道路沿いは比高二m以上の土手と背の高い生垣であった。さすがに、この中を覗くのは憚られ、ここの三角点を見るのは断念した。 住宅街を西に進み、次は国府台平公園に行った。砂場の近くに表示杭があり、マンホール型の蓋の側にはプレートもあったので三角点はすぐに分かった。鉄蓋も素手で開けることが出来た。 (「下万能」(#1265、下欄)に続く) #1264/#1264〜1265 |
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今回は、すぐ隣の大型ショッピングセンターに駐車し、南の相生に行ってから、浜松アリーナを経由して戻るというルートで、途中五ケ所の三角点に立ち寄る計画だ。 最初に原島変電所に行く。三角点は道路から金網越しに見ることが出来た。 (「蒲」(#1259、下欄)に続く) #1258/#1258〜1262 |
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(「原島」(#1258、上欄)の続き) 原島変電所からは西に800mほど行ってから、川沿いの道路を南下した。 蒲小学校の南側にいくと、校庭に表示杭と三角点が見えた。百葉箱と三角点は写真のよう仕切られている。校庭を囲う金網の隙間から写真を撮った。 (「佐藤」(#1260、下欄)に続く) #1259/#1258〜1262 |
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(「蒲」(#1259、上欄)の続き) 蒲小学校からは西に向かい、労災病院の西側の路地を通り抜け、佐藤小学校へと行った。 佐藤小では運動会が行われており、父兄も大勢いて賑やかだった。門が開放されていたので、ちょっと内側に入って標石の写真をとらせてもらった。 (「相生」(#1261、下欄)に続く) #1260/#1258〜1262 |
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立野町のイオンから裏通りを歩いて南陽公民館へ行った。途中、けっこう農地が残っていて、畑だけで無く田圃もあった。 公民館の入口右手に三角点はあったが、日本地図柄の鉄蓋があって、標石そのものは確認できなかった。 (「大柳村」(#1256、下欄)に続く) #1255/#1255〜1257 |
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(「浜部」(掛塚#1112)の続き) 「浜部」から鮫島へ行き150号線を渡ると、押切まではまっすぐ車道が続いている。突き当たりの丁字路を右に折れ、すぐ先の水路沿いのほうに行くと、草地の空地がフェンスで囲われていて、フェンス内側に表示杭が見えた。 水路を飛び越して、フェンスに近付くと、表示杭の左に標石が見えた。フェンスは低くて、乗り越えられないことはないが、立ち入り許可を得て無いし、内側に入るのは止めた。 (「五十子村」(袋井#1114)に続く) #1113/#1112〜1114 |
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見付の自動車販売店に車検のため車を預け、袋井の自宅(可睡斎近く)に歩いて戻るあいだに三つの三角点に立ち寄ることにした。 まずは富士見町を通って東大久保運動公園のほうに行く。東側窪地にある運動公園沿いに住宅街外れの道路を北西に歩いて行くと、右手の小高くなっている所に本点があった。 運動公園から国道に出て、岩井の交差点から明ヶ島へ向かう。 (「明ヶ島」(袋井#927)に続く) #926/#926〜928 |
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(「城ノ腰」(#780、上欄)の続き) 見付公民館から城山球場へ行く。 正面右側の駐車場の北西の端に表示杭とマンホールの蓋があった。ここも素手では蓋をあけられずに中までは確認できない。 球場の内野席にいって暫く少年野球の練習を見てから起点の三菱自動車販売に戻った。 #781/#778〜781 |
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池田の天竜川左岸河川敷が熊野の長フジまつりの駐車場になっていた。そのあたりが池田の渡船場だったのだろう。堤防の道を少し行くと池田橋跡で、フジを見に行く観光客が大勢行き来していた。 そこから北東に路地を歩いていくと新町不燃物集積所があり、その横に三角点があった。三角点「大池」(#482 参照)と同様の日本地図が描かれた蓋があり、素手では開けることが出来なかった。 行興寺の熊野の長フジを見てから磐田原台地にある次の三角点を目指した。 (「匂坂下村」(#630、下欄)に続く) #629/#629〜631 |
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(「豊田」(#629、上欄)の続き) 池田から歩いて豊田を通り、東名の橋脚近くの坂から磐田原に出る。すぐに右に折れて、最初の民家の裏手の草地に入って三角点を探した。ほどなく周囲より一mほど盛り上がったところに露出した標石を見つける。 引き続き次の三角点「宮東」へ向けて磐田原を台地の西端に沿って北上した。 (「宮東」(笠井#631)に続く) #630/#629〜631 |
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車の定期点検を待つ間に、三角点を巡りながら町を散策することにする。 見付の国道、権現の信号近くから歩き始め、富士見町東の交差点から善導寺のほうに向って路地に入って行った。地形図で茶畑となっているところも住宅地になっていて、道も入り組んでいる。 善導寺との位置関係で推測した箇所には三角点がなかった。うろうろして不審者と思われるのもイヤなのでGPSを取り出して位置を確認し、10メートルほど離れたフェンスの内側に標石を見付ける。 (「大山」(袋井#553)に続く) #552/#552〜553 |
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(「二之宮」(#481、上欄)の続き) 二之宮から大和田に向い、西に曲って土堤に沿うように大池まで歩く。 ここの三角点は2004年に池の東側から南西の角に移転されている。池を一周している遊歩道を反時計回りに歩いて南水門(写真の後に見えている)まで行き、近くの草地を探したが標石は見付からない。捜索範囲を広げたら水門横の公園の端にマンホールのようなものを見付けた。道路より下がっていて、視界にはいらなかったのだ。 ここの蓋は「今之浦」「二之宮」のものとは違って日本地図が描かれている。取っ手の構造も変っていて、押し下げると開くが力を抜くと戻って塞がってしまう。道具がないと開けられないと覚り標石を見るのは諦めた。 #482/#480〜482 |