掛川

←山梨↑八高山↓下平川→島田

国土地理院 北西 北東 地形図表示
南西 南東


#945 △95.5 四等 和田

95.5和田

撮影日 2009年6月25日

二年前の七月に三角点「本所村」(下平川#656参照)に行く途中に本点を訪れた時は、勘違いして近くだが別の場所を探してしまった。先週、「千駄ヶ原」(下欄)の帰りにここに立ち寄ってみると農道に埋もれているようで、見つけられなかった。

今回は点の記から茶畑のポールから10.33mということは調べて来た。また同好の方が見付けた時の写真も送ってもらっていたので、現地へいくとだいたい予想がついた。スコップで路面を掘り起こしたが、砂利がつまっていて、掘ると言うより表面をこそげるという感じだった。

写真右手には水槽のフェンスがあり、その金網からは1.75m(ポールからの線に直角方向)の位置だ。


#944 △95.7 四等 千駄ヶ原

撮影日 2009年6月17日

(「沢水加」(島田#943)の続き)

茶業試験場を出て数百mほど道路を戻って住宅地横の分かりにくい小道に入り、R473の下を潜ってR79に出た。

丘陵の下り坂を進むとやがて平坦になり、交差点を過ぎて送電線の下を通過する。300mほどいくと右手の茶畑に農道があったので辿っていき、点の記の要図に描かれている崖と似た場所を探すが分からない。結局GPSを使って標石を見付けたのだが、要図の崖の位置とはだいぶ違っていた。(あとで点の記を見直してみると、「旧位置より北東約11mに再設」とある。こういう場合でも要図は書き換えないということか)

送電線先の交差点まで戻り、そこを左折して坂を下り、下倉沢から起点の上倉沢公会堂に戻った。

#944/#943〜944


#942 △24.1 四等 山麓山

24.1山麓山

撮影日 2009年6月12日

掛川城近くの逆川沿いに植えられた百合が見頃だと言うので本点に立ち寄ってから見てくることにした。

掛川市役所から歩き始めて、まず掛川西中学校へ行く。正門横のフェンス越しに表示杭の一部らしきものが見えた。その右の芝生にある白っぽいものがおそらく標石だろう。

西中から逆川の左岸へ出る。川の両岸は逆川遊歩道として整備されていた。瓦橋の先から百合が植っており、ブロック毎に色分けしたり混成させたりしてある。百合の終わりである奥姫橋で右岸に渡り、そこからまた下流に向けて花を見ながら遊歩道を歩いた。

水源橋で左岸に渡り、再び西中の正門横を通ってから市役所へ戻った。


#868 △83.1 三等 宮脇村

撮影日 2009年1月8日

「下垂木」(山梨#867)の続き)

新田からは山を横切って小市へ抜けた。薬師堂・溜め池・手堀のトンネル等のどかな里の風景が続いて楽しめる。静鉄ストアで休憩した後、東名高速の南側にいき、旭ヶ丘団地へと向かった。

昨年の八月七日に点の記にある南側、鉄塔のある西側および北側から本点に近付こうとしたが、夏の薮漕ぎは気持ちが悪い(蛇、ダニ、虫等)ので諦めて引き返した経緯がある。今回は西側の笹薮から分け入ったが、幸い標石の周囲だけは開けていた。

次に旭ヶ丘団地から御所原・弥生町と大通りを西に向かい、倉真川左岸堤から国一、鳥居町を経て細田へ行った。三角点18.7「細田」を見るつもりだったが水路横の墓地にある筈のこの三角点が見つからず、あきらめて起点のオカノ駐車場に戻った。

#868/#867〜868


#812 △85.1 四等 木割

撮影日 2008年8月22日

安養寺の山古神社裏のピークに処置保留になっている三角点「安養寺」があると思い込み、現地の様子を見に来た。(あとで分かったのだが「安養寺」の位置はさらに北西であった)

そのまま車を山古神社の近くに置いて、バイパス南側の管理歩道を東に向かった。薗ヶ谷でバイパスの下を通り抜けて今度は北側の管理道を歩き千羽ICから木割集落のほうに向かう。

本点へは南西尾根に茶畑から取付いて登っていった。踏み跡はないが、薮もなく難無く到達出来た。

帰りは工業団地のほうに回り、運動公園横から山古神社のほうに戻った。


#673 △158.5 四等 大野

158.5大野

撮影日 2007年8月20日

事任八幡宮から日坂宿を歩く。宿場町の面影が残る旧道を麦藁帽子をかぶって歩むが、こんな暑い日に出歩く人は他にはいない。交番の先の橋を渡って右に折れ、茶畑の丘陵へ坂道を登っていった。

道路のすぐ右側に谷がくるようになったので三角点はこの辺だろうと見当をつけたが、そこは笹薮になっている。GPSを取り出して狙いをつけ、笹をかき分けて標石を見付けた。近くに小屋がある。

そのまま尾根沿いの道路を登っていき、右にまわって一つ東隣の尾根沿いにある道路に折れ、日坂宿へと戻った。


#674 △135.3 四等 西尾根

135.3西尾根

撮影日 2007年8月20日

塩井川原の空き地に駐車。公文名へ抜ける坂道を登って、峠で左の農道に折れる。道路脇が山林のところも多く、木陰があるのがうれしい。

なだらかな斜面に茶畑が広がるところに出たら西側の崖に沿って進む。崖には草が茂っているのだが、三角点があると見当をつけたあたりでは草が刈り払われている。そこを登って尾根に出たら近くに標石があった。

帰りは溜め池のほうに下る農道を歩いた。こちらは木陰がないが、ずっと下り坂だ。左手に大きな池が出てくるが、これは奥山中池で、その下が下池、中池の北には上池があるようだ。中池の南の山側は化石層だというので行ってみたが、どこが化石層か分らなかった。

下池にある浮島弁財天を見て駐車場所に戻った。


#655 △80.0 四等 青葉台

80.0青葉台

撮影日 2007年7月8日

東名高速下の菊川堤防から歩く。左岸堤防の歩道を上流に向って行き、団地の北側で堤防と別れて右手の坂道を登って行った。この道は菊川市のハイキングコースのようで、道標があった。

坂の上の茶畑を横切って鉄塔のほうに近付くと茂みの中に踏み跡があって鉄塔に通じていた。標石は鉄塔のすぐ近くにあった。

道路に戻って更に東のほうに向い次の三角点を目指して歩く。

(「本所村」(下平川#656)に続く)

#655/#655〜656


#600 △82.1 四等 大六山

82.1大六山

撮影日 2007年2月22日

掛川市立総合病院東に出来たスーパーの近くに駐車。東名高速の下を潜って、青葉台のほうに向い、JRの線路のところで右折する。新幹線の線路沿いの道路を進むと正面に小さな山が見えてきた。

道路が左にカーブするところで山に取り付いたが、低い山なのですぐに山頂にでる。そこは茶畑になっていて見晴らしがよい。西の急斜面の縁に標石があった。撮影しているとちょうど新幹線の列車が通過して行った。

下山は山の南側の法面を使う。草も刈られているしコンクリートの斜面も歩ける。降りた道路は地形図にはないが西の青葉台の住宅街に続いていたので、そこを通って戻る。

(「下板沢」(#601、下欄)に続く)

#600/#600〜601


#601 △94.6 四等 下板沢

94.6下板沢

撮影日 2007年2月22日

(「大六山」(#600、上欄)の続き)

大六山から杉谷に戻り、葬祭場の道路反対側にある破線の道に入る。左側が崖の小道で、鉄塔を過ぎると笹の茂る箇所も出てくるが幸い刈られていた。そのあたりは崖側にワイヤーロープの手摺がある。

道が広くなると芝の小山が右側に現れた。山頂に登ると「遺業千載傳」と彫られた記念碑があった。東側は茶園で、西側には小笠山がひろがっている。記念碑の南東に標石があった。

往路を引き返して戻った。

#601/#600〜601


#602 △61.4 三等 下俣村

60下俣村

撮影日 2013年5月5日

【2013年5月5日】本点は、昨年またしても60mほど北側に移転した。下欄写真のように、ここはゴルフ場だったが、今は工業団地として造成されていて、その中の歩道に、標石が埋設されていた。

写真は円形の鉄の蓋を開いたところで、中に収まった標石は古びており、元の標石を移設したと思われる。

最初の設置は明治19年と考えられ、その後、東名高速道路が出来て移転している。

61下俣村

撮影日 2007年2月22日

【2007年2月22日】富士見台霊園の北東にある駐車場はお気に入りの場所で、粟ヶ岳や掛川市街を眺めながらよく弁当を食べることがある。この日も「大六山」「下板沢」の三角点を見たあと昼食に立ち寄った。

天気も持ちそうだし本三角点の位置も調べてあったので急遽行ってみることにした。駐車場から南側の法面を下っていくと農道があり、東高校のテニス場の横に出た。東名の側道を回って高校の西側に行き、ゴルフ場の敷地に入らせてもらう。

ここの三角点は平成10年に北西約200mの場所から移設してる。


#557 △62.7 四等 秋葉山

62.7秋葉山

撮影日 2006年11月9日

JR沿いの道路を堀田地内の歩道橋のところで曲って線路を潜ると、左側の水路の横に駐車スペースがあったのでそこを本日の起点にした。

先ほどの歩道橋を渡ってコンビニの横の裏道を小学校の方に向って行く。登れそうな所を探しながら小学校の横を通り過ぎると、すぐ右側の民家と民家の間に見付けた。山側はコンクリート壁で、そこに階段があったのだ。

階段を登ると茶畑で、右の山側の縁を登って行った。ほどなく山頂で正面に祠が建っている。その横(写真矢印の箇所)に標石があった。

(「高田ヶ原」(#558、下欄)に続く)

#557/#557〜559


#558 △61.5 四等 高田ヶ原

61.5高田ヶ原

撮影日 2006年11月9日

(「秋葉山」(#557、上欄)の続き)

堀田の起点に戻り、水路(寺田川)沿いを進んでから東側の路地に入ると地形図にはないが山の上に続く道があった。帚を持った人が先を歩いているので、神社へ通じているものと確信した。

山の上は公園になっていて園児が遊んでいた。北側のピークには電波塔とテレビの中継所があり、そのすぐ東側の斜面に菊川神社があった。そのピークを一回りしたが三角点が見付からない。地形図を良く見ると、電波塔は北の尾根のほうにある筈で、神社は南側のはずだ。ちょっと混乱したが、地形図の同じ箇所に三つのマークを書き込めないのでそうなっているのかと理解した。

もう一度じっくり探したら、枯葉に埋もれていた標石を見付けた。

(「招魂神社」(下平川#559)に続く)

#558/#557〜559


#549 △102.8 四等 潮海寺

102.8潮海寺

撮影日 2006年10月26日

四等三角点「吉沢」(#550 下欄参照)から南西に300mほど離れたところにある神社の横に駐車して、そこを起点にゴルフ場の周囲を右回りに歩くことにした。

道路を西に百メートルほどいって右折し、新幹線の下のトンネルを潜る。小さな谷間の農道で周囲の水田は先にいくほど狭まってきて、やがて丘陵の茶畑に登っていく。すぐに山の中に続く道に入って行くが、簡易舗装はしてあるものの落葉などで山道のようだ。

送電線が樹間に見えると、すぐ先の右手に小道があり巡視路の案内札があった。そこを辿って鉄塔までいき、更に倒木を乗り越えて尾根沿いに北に進んで標石に至った。

(「吉沢」(#550、下欄)に続く)

#549/#549〜550


#550 △68.8 四等 吉沢

68.8吉沢

撮影日 2006年10月26日

(「潮海寺」(#549、上欄)の続き)

「潮海寺」からの坂を下ると池があって、向こう側にはゴルフ場の芝が見える。道なりに進むとゴルフ場との境界に抜け出るのだが、そこにあった道標によるといままで歩いてきた道は「町道 富田−潮海寺線」というようだ。

道路を西富田に向って進み、あとは富田川沿いの道路を歩いて吉沢に向う。新幹線のトンネルを潜ってからは菊川の左岸堤防上の道を行く。橋を渡って200メートルほどで右の小道に入る。新幹線が見えてきたら右の農道に折れて茶畑の横を登って丘の上に出た。

北側の崖の上が目指すピークのようだ。崖が低くなって登れるところまで東に下った。崖の端は草が刈ってあったが、ピークまで10メートルほど手前からは薮となった。強硬突破する気になれず、いったん元に戻ってピーク西から北を調べたうえ北側から登った。標石は崖のすぐ近くで、崖下には茶畑が見える。

起点の神社に戻ってゴルフ場を一回りするハイキングを終えた。

#550/#549〜550


#494 △221.4 四等 青木原

221.4青木原

撮影日 2006年6月14日

金谷駅の真北、洞善院の道路の反対側に駐車可能な場所があるので、今回もそこから歩く。洞善院の墓の西側に回り込むと農道が上に続いている。周囲は茶畑で、牧ノ原第一トンネルの上を横切る少し手前では眼下に国道一号線が見える。

丘の上にでてから分岐を左に曲り、100mほど先の道が直角に曲る所で南側の茶畑に入る。4日前に来た時には標石を見付けられなかったのだが、今回は具体的な位置情報があるし目印の赤テープもあるはずだ。というのは、同好の士がGPSで探してくれて教えてくれたのだ。(上の写真の右側に小屋があるのだが、その小屋から6列目にあるということだった)

目印の赤テープはすぐに見付かり、その内側に掘り当てられた標石が見えた。

(「志戸呂」(#495、下欄)に続く)

#494/#494〜495


#495 △246.0 三等 志戸呂

246.0志戸呂

撮影日 2006年6月14日

(「青木原」(#494、上欄)の続き)

青木原の三角点から茶畑の農道を進み、いったん広い道路(473号線)に出る。350mほどで右の農道に入り右前方の茶畑に向う。

青木原で茶畑の中の三角点の難しさを思い知らされていたので、今回は事前に点の記を見ておいた。おかげで周囲の小屋や防霜扇の位置関係からすぐに標石が分かった。

そこから茶畑の中の農道を東に下って行くと、古びた石の道標(治世五年八月建立)があり、そばにオリエンテーリングのフラグも立っている。そこを過ぎると山の中になり、いかにも古道という感じの道になった。さらに用水路の下を潜り国道一号線の橋脚の下を通って藤薮に出た。右手に牧ノ原台地を見ながら医王寺を過ぎてスタート地点の洞善院に戻った。

#495/#494〜495


#496 △178.8 四等 神谷城

178.8神谷城

撮影日 2006年6月14日

本三角点から500mほど北にホロンゴルフ場に向って伸びている道は峠の切通しの先は廃道になっていた。峠から山の東側を捲く山道があったので進んで行くと中腹のお茶畑に通じていた。その先にも幽かに踏み跡は続いていて、すぐコルに出る。

150超ピークは同様に東を捲いて(赤テープあり)いて、コルに出てからはずっと尾根に沿って歩く。途中東側が崖で笹薮の深いところがあり四日前に来た時はそこで諦めて撤退した。

今回は長靴、長袖、軍手それに選定鋏も持って再挑戦。笹薮地帯は笹や茨を切りながら抜け出た。その先、暫くは立ち木がじゃまするものの薮というほどではない。しかし最後のピーク目前でまたもや笹薮になった。標石の周りの笹を切っていると薮蚊が何匹もやってくる。急いで撮影して引き上げた。


#497 △105.2 四等 富田

105.2富田

撮影日 2006年6月14日

神谷城から菊川駅方面に向い、吉沢から北に進んで、西富田と東富田の分岐のところで車を停めた。ここから北へ尾根沿いに道があり、道の入口には「火剣坊参道」の道標がある。

参道は舗装されていて両側は茶畑である。鉄塔の先から山の中の道となり、未舗装となる。梅雨にしては晴れて暑い日だったので木陰の道はありがたい。

前方にガードレールが現れ、その外側に小さな茶畑が見えた。三角点はその少し手前の右手の崖の上である。登っていくと、ピークではなく斜面に設置されていた。

更に参道を進み、「赤子石」のある分岐まで行って引き返した。


#425 △98.4 三等 五明村

98.4五明村

撮影日 2005年12月11日

上西郷のSプラザを起点に周辺の三角点を巡り歩くことにした。

Sプラザからすぐ北西の交差点を西に進み、橋を過ぎて丁字路を左折。150mほど進んで民家の間の小道(破線路)を山側に登っていく。峠から北西に尾根を歩いたが、下のほうから猟銃の発砲音がしてヒヤヒヤした。ちょっとした薮を抜けると茶畑が広がっており、このどこかに95.3「飛鳥山」(亡失)の三角点があったはずである。

飛鳥のほうに下って道路にでて、交差点を北に進む。周囲は里山の続く田園地帯で懐かしい感じがする。小さな石の道標(右上五明、左ねむの木G)のある分岐を右に折れると正面に本三角点があると思われるピークが見えてきた。

道路の峠手前から適当にピークを目指すが、茶畑の縁や農道があるので歩きやすい。山頂は雑木林の中で、標石の周囲は少し薮っぽい。

(「小和田前」(#426、下欄)に続く)

#425/#425〜427


#426 △89.3 三等 小和田前

89.3小和田前

撮影日 2005年12月11日

(「五明村」(#425、上欄)の続き)

「五明村」から五明に下って道路を東に直進し、信号のある交差点を居尻方向に進む。150m程で右折して東に進み、源作集落を過ぎると道は左に折れる。小和田前集落から北の山側に続く農道を登るが、斜面は茶畑なので適当に近道してピークを目指した。

小さな崖を登って山頂に出るとそこも茶畑である。ざっと見渡してもそれらしい目印はなく、茶畑の中を端から探索することにした。枯れ草の下や株の中にないことを祈りつつ探すこと10分ぐらいだろうか、幸運にも露出している標石を見つけることが出来た。(北西端から6列目と7列目の間、写真参照)

(「石畑」(#427、下欄)に続く)

#426/#425〜427


#427 △93.1 四等 石畑

93.1石畑

撮影日 2005年12月11日

(「小和田前」(#425、上欄)の続き)

「小和田前」を下って道路に出て、田圃の中の道を南下して熊ヶ谷の大通りに入り、西に350m程いって左折する。地図では200m程先から細い道になるはずだが、広い道路に変っていた。坂の両側はコンクリートの法面になっていて、峠から南西に繋がる尾根道に行けない。

峠の南側から尾根に入ろうとしたが薮で引き返し、また峠に戻って乙星側に少し下り、法面を登ってみた。少し先に小さな池があり、手前に階段のある小道を見付けた。登っていくとお墓で行き止まりだったが、更に進むと地形図にある建物の横に抜け出ることが出来た。

その建物は牛舎で、西側にある溜め池の北斜面では牛が放牧されていた。その溜め池の堰堤側に回り込み、茶畑と山の境界を登り、山に取り付いて山頂にたどり着いた。

帰りは溜め池から西に下る農道を歩き、大通りに出て起点のSプラザに戻った。

#427/#425〜427


#423 △108.5 四等 五百済

108.5五百済

撮影日 2005年11月23日

東名高速の南側に平行している道路の、つま恋南ゲートへの侵入口のところから歩き始める。その道路を東に一キロ程進み、東名下のトンネルを潜って茶畑に出て、茶畑の北の奥から尾根に取り付いた。ここの取り付き、地形図には破線があるが現地は笹薮になっていた。

薮の斜面を登って山に入り込むと照葉樹の自然林の中、尾根には境界標とつま恋を囲う鉄条網がずっと続いてる。しかし鉄条網は所々穴があって人が通れる。狭い尾根の中央に鉄条網があるので歩き難いし、着ているものをひっかけて穴を開けてしまった。

三角点のあるところまで尾根には小さなピークが10以上あり、次第に笹薮のところが多くなる。標石も笹で覆われていた。(写真の青い棒状のものは鉄の支柱で、分りにくいが鉄条網が張られている。標石はつま恋敷地の外側だ。)


#417 △92.0 三等 桶田山

92.0桶田山

撮影日 2005年11月4日

桶田の宝住寺の東側にある谷沿いの農道を奥のほうに歩いていき、大井川用水路が道路の上を横切ると間もなく行き止まりで茶畑がある。山側は崖で笹などの草が密生していて登れない。周囲にも登れるようなところがなく数百メートルほど引き返したところにある茶畑の縁からやっと山に入り込んだ。

尾根に乗ってしまうと薮もなくなり歩きやすくなった。進行方向が北から北西に変ると樹林帯から抜け出て北側が崖の笹の茂る尾根道になった。しだいに笹が深くなり三角点のピーク目前では身動き取れないくらいになる。仕方なく北側の茶畑に下り(ここも笹薮だが小道があった)、農道から左の崖上を見上げながら取り付きやすいところを探した。結局適当なところがなく、あきらめて笹薮の崖にとりつき三角点の北西200mほど先の茶畑に出る。幸いそこから三角点までは笹薮もなかった。

茶畑に戻り宝住寺西側に出る破線路を探していると「冒険の森、いざターザンロープへ」と書かれた看板が見えた。下山方向と同じなので案内に従って下っていくと確かに高い木の枝にロープが吊り下げてある。更に下って山からぬけ出ると、 動物達(豚、羊、ウサギ、ポニーを見た)のたくさんいる農園(キウイフルーツ・カントリーJAPAN)があり、その中を通らせてもらって桶田の住宅地に出た。


#372 △256.1 三等 小鮒川

256.1小鮒川

撮影日 2005年4月16日

小夜の中山トンネルの金谷側出口のすぐ先を小鮒川に向い、白津倉の分岐に空き地があったので駐車した。ここから三角点を二つ経由して粟ヶ岳山頂に向うことにする。

川沿いの道路を進み、次の分岐(粟ヶ岳方面の道標あり)を直進して200mほど先で左手の尾根に続く農道に入る。お茶畑の広がる丘陵のゆるやかなピークの端、農道の終点から草が茂った破線路の方向に少し行ったところに本三角点を発見。ピークの茶畑のほうを捜し回った末だった。

北西に進み、農道に出て安田に向う。そこには294.8の三角点があるのだが、茶畑の中を捜し回ったが見付からず諦めて安田の集落に向った。「安田の大シイ」は帰り道に立ち寄ることにして集落の外れから破線路のある谷に向う。

破線路は農道になっているのだが茶畑の奥で途切れた。山との境界の薮を抜けると歩きやすい尾根となり、林道に抜け出る。蛇行する車道は歩かず、尾根にとりついて484標高点を経て山頂へ行った。満開を少し過ぎた桜の下で昼食をとる。日曜日とあってたくさんの人で賑わっていた。


#366 △108.0 四等 満水

108.0満水

撮影日 2005年3月19日

国1から39標高点の北の道路に入り、公会堂の近くに駐車させてもらう。ここから道路の奥にいけば破線の道があって本三角点の近くまで行けると思っていた。

ところが、その道路は造成地の斜面で行き止まりになっていて、斜面に手摺のある階段が出来ていた。階段を登りきると広い道路があり、工業団地のようになっている。西の奥のほうは建物と道路がまだ工事中で、その先に小高いピークが見えた。方角からするとどうもそこが三角点のあるピークのようだ。

真新しい道路を歩いてそのピークに近付き、削られた山の斜面を適当に登って尾根に取り付くと、尾根には踏み跡もある。高いほうへと進んでいくと予想通り三角点が現れた。


#367 △102.0 三等 西方村

102.0西方村

撮影日 2005年3月19日

掛川市と菊川市の境界を少しは歩いて本三角点にいくつもりが、この日は気温も高く、藪漕ぎになると大変そうなので、西方川沿いの道路の三角点に近いところまで車で行ってしまった。

三角点のすぐ東にある地形図実線の道に入って歩いて行くと西の山側に茶畑があり、農道が出来ている。そこを登って茶畑の際から尾根に出て、多少の薮を潜ると左側に下から登ってくる別の農道があった。その農道に降りて坂を登って上に出ると枯れ草の原っぱがあり、そのまん中に三角点があった。

あとくちの農道をそのまま下ってみると、西方川沿いの道路の、登り始めに通った実線より南西に150mほどのところに出た。そこには発泡スチロール製(?)で赤とピンク色に彩色された大黒様(たぶん)が設置してあるので目印になる。


#300 △108.4 二等 板沢村

108.4板沢村

撮影日 2004年4月1日

掛川市民病院の道路を隔てたところに小笠教育会館がある。この西側の斜面に「塩の道」の道標をみつけた。すぐに見晴しのよい小高い丘に出るが、そこが陣場峠だ。桜がたくさん植えてあって、3分咲きというところ。

ここから直接となりの三角点のあるピークに行こうと、周囲をいろいろ調べたが、どこも薮が深すぎて断念。いったん農道を南に下って上板沢の集落にでた。

旧道を北に進みレンガ造りのトンネルをぬけると、左側に小道をみつけたので登ってみた。狭い茶畑の先、山にはいると道は消えたが急斜面を這い登る。

尾根に出ると山道があったが、山頂に近付くと篠が密集していた。かき分けていくと、標石の周囲は刈られていたので見付けることが出来た。


#117 △259.5 四等 西山

259.5西山

撮影日 2002年3月2日

青田から西山の集落に入る手前の分岐で左の「粟ヶ岳」方面に進む。(道標あり)

このあたり、地形図を見てもらうと分かるように送電線が非常に多い。鉄塔があちこちに見え現在地の確認には便利だ。

道路の右手、似たようなピークが続き、ちょっと迷うところだが、三角点のあるピークへは道路から小径が続き、草の斜面で見晴しもよい。

(「東山村」(#118、下欄)に続く)

#117/#117〜118


#118 △385.6 三等 東山村

385.6東山村

撮影日 2002年3月2日

(「西山」(#117、上欄)の続き)

西山の三角点から林道を北に粟ヶ岳方向を目指して歩く。道路は途中からダートになるが、歩くにはこのほうがよい。

倉真温泉と粟ヶ岳の分岐を右に進む。東の山の上の鉄塔近くに三角点があるはずなので、どこから取り付くのがいいか山の地形を見ながら歩く。

鉄塔のほぼ真西、林道から右側の茶畑に下り、小さな沢を渡って、杉の植林帯を登った。道はないが、下草は少ないので歩きやすいほうだ。

鉄塔から先は、はっきりした尾根道が出来ている。三角点は半分埋まっていて、標示杭等もないことから、うっかり見落としそうだ。東側視通良好。

#118/#117〜118


#116 △131.4 四等 青田

131.4青田

撮影日 2002年2月27日

青田から西山へ道路を車で走りながら左側の様子を見ていたら、杉の植林帯で下草がきれいに刈られているところがあった。

距離的にも三角点に近かったので、そこから登ることにした。杉の植林帯の上は竹林で、以前は畑でもあったらしく、段々畑状になっている。登りつめてピークに立ったが三角点がないので、一つ隣のピークだったことに気付く。

そこから北東にある隣のピークに三角点があった。同好者(菊川のYさん)の残していった竹が標石の横に立っている。


#100 △224.4 二等 初馬村

224.4初馬村

撮影日 2002年1月24日

昭和55年版の地形図を使用したため、さんざん捜し回ることになった。

駿遠変電所の西側から入る。山頂に近付き、道がおおきく左にカーブするのをコンパスで確認しながら、道の向きが南西方向になったところで止まる。

この北側に三角点があるはずである。そこはお茶畑で、標示杭などの目印はない。しかたなく端から順にお茶の木の列を探したが見付からない。小一時間ほど探してあきらめた。

帰り道、近くに小高いピークがあったので道からそれて入ると、なんとそこに三角点があるではないか。

家に帰って「点の記」を見て、謎がとけた。平成4年に南東約77m(地形図では3ミリ)に移転されていたのだ。地図読みには間違いがなかったことになる。


#99 △205.3 三等 本宮山

205.3本宮山

撮影日 2002年1月24日

事任(ことのまま)八幡宮の駐車場の道路の向かい側に渡ってみると、小道があったので登ってみた。

中腹に「ことだまの杜」と書かれた立札があり、ちいさな神社がある。その裏からさらに道が続いていた。

右手にお茶畑があらわれ、牧ノ原・粟ヶ岳が望める。急な坂になり、登り切るとテレビの中継所があった。そこからほどなくピークに到達。

笹が密集していてすぐには三角点が見付からなかった。北西と南西の尾根の交点を見極め、そのあたりの笹をかき分けたところ標石を発見した。


#85 △154.5 四等 石上

154.5石上

撮影日 2001年12月26日

石上から東のなだらかなお茶畑の丘の農道を進む。見晴しがよいが、風当たりも強い。

道の左側に小ピークが連続して出てくるが、三角点は三つ目の小ピークの茶畑の縁にあった。


#32 △282.6 二等 菊川村(火剣山)

282.6菊川村

撮影日 2001年3月30日

【2012年7月9日】道の駅掛川が出来て7年たつ。今回は、ここから海老名経由で火剣山に登り、三角点にも立ち寄った。相変わらず、夏場は草に覆われているし、見晴しもよくない。

帰りは、小夜の中山から日坂に下り、道の駅に戻る。

【2001年3月30日】日坂から東海道「小夜の中山」を歩く。途中、大松にあるはずの240.9三角点を探すが見付からなかった。

新茶屋の南東のピークが火剣山。去年の10月に来た時は三角点の回りは草が深く茂り、手袋を持っていかなかったものだから近寄ることを断念した。