笠井

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国土地理院

北西

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南西

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#971 △38.3 四等 太陽の家

撮影日 2009年9月6日

【磐田用水歩き(1/4)】
豊岡南小入口の交差点まで車で送ってもらった。そこから山裾を歩いていくと神増分水工が現れる。天竜川からの水がここで分けられ山側にある杜山隧道に流れ込む。

神増分水工の先、お寺の横の坂道を登っていくと杜山公園分岐だ。そこを下って広い車道に出、太陽の家に向かった。入口から右手の土手を登ると草地に表示杭が見え、その近くの枯草をかき分けると、日本地図の描かれた三角点標石の蓋がでてきた。(素手では開かなかったので標石自体は確認して無い。)

引き返して、杜山隧道の出口を探しに行く。それは住宅のすぐ裏側にあり、ちょっと意外な感じだった。

「川会公会堂」(山梨#972)に続く)

#971/#971〜974


#937 △62.6 四等 安井谷

62.6安井谷

撮影日 2009年5月30日

東名磐田IC入口の数百m南の空地に駐車。ここからスポーツ交流の里「ゆめりあ」へ歩いて行くと、途中から小雨が降り出した。

「ゆめりあ」のサッカーグラウンド西側はシラカシの生垣とネットで囲われていた。内側から生垣沿いを探したが三角点は見当たらず、生垣外側の斜面のほうに行ってみると表示杭とお馴染みの日本地図の蓋が見えた。

(「井戸ヶ谷」(#938、下欄)に続く)

#937/#937〜938


#938 △74.8 四等 井戸ヶ谷

74.8井戸ヶ谷

撮影日 2009年5月30日

(「安井谷」(#937、上欄)の続き)

「ゆめりあ」を出て今之浦川の上流に向かって道路を歩いて行くうちに雨は止んだ。

市民病院からの道路を横切り、正面の丘の東側に回って坂道を登ると茶畑に出る。そこから南に少し下ってから茶畑の東側に出てみると保護石に囲われた標石が見えた。

帰り道は丘の西側に下ってから、東名入口南の駐車地点に戻った。

#938/#937〜938


#918 △100.8 四等 藤野

撮影日 2009年4月24日

大海から大谷幕ヶ谷の中間辺にある工場地帯の近くに駐車する。工場横の坂道の道路を登って藤野へ向かった。

三角点は墓地の隣の公園にあり、表示杭があるのですぐに分かった。

(「向陽中学校」(#919、下欄)に続く)

#918/#918〜920


#919 △80.7 四等 向陽中学校

撮影日 2009年4月24日

(「藤野」(#918、上欄)の続き)

以前の地形図によると、藤野の交差点(99標高点)と南の樋口の三叉路は「標石のある標高点」だったので、多角点が残っているかも知れない。そう思ってよく探して見たのだ何もない。

そのまま道路を南に向かい、向陽中学校へと歩いて行った。近付いて構内を覗いていたら、生垣の隙間から標石が見えた。

「藤の木」(山梨#920)に続く)

#919/#918〜920


#684 △85.9 一等 都田村

85.9都田村

撮影日 2007年9月8日

(気賀#683「白昭」の続き)

【三方原基線歩き(6/6)】
神原町の「神ケ谷」からスタートした基線歩きも残り僅か。北、東、北へと歩みを進め、都田浄水場が正面右手に見えてきた。

標石は柑橘試験場の中なのだが、試験場と浄水場の間の排水路沿いを試験場の生垣に沿って20メートルほど行くと生垣の隙間から盛り土の上の表示杭と標石が覗ける。

「神ケ谷」からの直線距離は10.8キロだが基線上を歩けたのは4.0キロほどで、寄り道した三角点への往復を除外して13.4キロの道程であった。(カシミール3Dによる測定)

#684/#679〜684


#676 △48.9 四等 平口

48.9平口

撮影日 2007年9月2日

サンストリート浜北から不動寺に歩いて行く。寺は中腹にあり、そこから階段を登っていくと万葉の森だ。のんびり公園内を散策した。

公園の北側から外に50mほど小道を進むと左側は茶畑だ。畑に入って標石を探しはじめると、まだ新しい表示杭の白色が目にとまった。

次に公園の南側の駐車場から西に道路を500mほど進んで左折し、次の三角点「内野」に向けて台地を南下した。

(「内野」(#677、下欄)に続く)

#676/#676〜678


#677 △40.7 四等 内野

40.7内野

撮影日 2007年9月2日

(「平口」(#676、上欄)の続き)

「平口」から道路を南に下って本三角点の北側あたりに来ると、周囲は手持ちの地形図(平成12年版)とはだいぶ様子が変っていて、道路も違っているものだからちょっと戸惑った。

標石はちいさな茶畑の中で(南隣に民家が一軒ある)、#676「平口」同様に新しい表示杭があったのですぐに見つけることが出来た。

(「尾島」(#678、下欄)に続く)

#677/#676〜678


#678 △14.1 四等 尾島

14.1尾島

撮影日 2007年9月2日

(「内野」(#677、上欄)の続き)

「内野」から坂を下り南に向って狭い道を行くとすぐに「御陣屋跡」というのが山側にあった。しかし跡地は荒れていて立ち入れそうにない。

その「御陣屋」からきていると思われる御陣屋川を渡ってから東の尾島ヘと田圃の中の道路を進んだ。152号線を渡り、馬込川の堤防に着いたところで標石を探す。

その周辺は畑と雑草の茂った場所や薮の深い荒れ地になっていた。はじめは野菜や草の茂った所ばかり探していて見付けられなかったのだが、なにも植えられてない畑地に標石と保護石があった。

152号線に戻り、起点のサンストリート浜北へと歩いた。

#678/#676〜678


#631 △69.5 四等 宮東

69.5宮東

撮影日 2007年4月29日

磐田#630 「匂坂下村」からの続き)

茶畑の広がる磐田原の西端を歩いて行くと茶摘みをしている畑もあった。岩田神社参道入口のある道路を横切ると高見ヶ丘公園で、浜松方面を望むように展望所が出来ていた。

さらに200mほど北上して西側の崖の近くで三角点を探す。あたりは茶畑で崖側には金網のフェンスが張り巡らされている。崖の斜面は道路法面工事が施されて低木が植樹されていた。GPSで調べると標石は法面工事で削られたところにあったようだ。(写真黄色いのがGPSでその左側あたりが指定の緯度経度だが、国土地理院の基準点情報では成果状態「正常」となっている)

岩田神社に立ち寄ってから池田の天竜川河川敷の車に戻る。

#631/#629〜631


#265 △99.1 三等 見取山

99.1見取山

撮影日 2003年12月13日

見取橋の近くから歩きはじめる。谷沿いの道路を進むと分岐があり、左に進む。まもなく堆肥小屋が現れ、その横が巡視路になっていた。

放置されて薮状態の茶畑の横に鉄塔があり、そこから南に少し離れて三角点がある。古いものらしく、角が欠けていた。

分岐まで戻り、左折して道路の奥に進むと牛舎があり、さらに進むと山道になった。踏み跡を辿っていくと、別の鉄塔のところにぬけた。ここから地形図の破線路を下り、敷地川の堤防沿いの道路に出た。

あとで「点の記」を調べると、この三角点は明治19年に埋標されたとある。


#264 △105.2 三等 合代島村

105.2合代島村

撮影日 2003年12月10日

この三角点の南にある杜山公園から歩いてみたかったのだが、尾根は第二東名で分断されていた。

合代島下の磐田用水横から、地形図の破線路を辿ることにした。しかし、途中出会った地元の人の話では荒れていて歩けないとのこと。

破線路の南のもう一つの谷沿いに路があったので行ってみたが、すぐに行き止まりになった。そこで左の山側に登り、すぐ尾根にとりつくと、歩きやすくなっている。

そのまま進むと三角点のあるピークにでた。周囲の草が刈られてはいるが、見晴しはよくない。


#43 △124.9 三等 上神増村(血松塚古墳)

124.9上神増村

撮影日 2001年4月22日
ここが4-7世紀の前方後円墳で「血松塚古墳」と呼ばれていることは現地にあった看板によって知った。

#44 △117.5 三等 風切松

117.5風切松

撮影日 2001年4月22日
地形としては特徴がなく、道の近くにあるはずだとは地形図を見て分かっていたにもかかわらず、一度は見過ごしてしまったくらい目立たない三角点だった。

#45 △99.9 二等 上原(銚子塚古墳)

99.9上原

撮影日 2001年4月22日
磐田原台地の下から登って来るとか、上記の三角点等を巡りでもしないとハイキングとしては物足りないかもしれない。