気賀

←三ヶ日↑伊平↓浜松→笠井

国土地理院 北西 北東 地形図表示
南西 南東


#1483 △44.1 四等 半田山

44半田山

撮影日 2014年6月29日

浜松工高近くのホームセンターから歩くことにした。

東に向かっていき、浜松日体高東の交差点を左折。途中で路地に入り、環状線を跨ぐ陸橋を目指す。

陸橋を渡って右手の法面の草むらを見ると、そこに三角点があった。

(「東見方」(#1484、下欄)に続く)

#1483/#1483〜1484


#1484 △60.1 四等 東見方

60東見方

撮影日 2014年6月29日

(「半田山」(#1483、上欄)の続き)

「半田山」から住宅地を北に行った所は、地形図によると八丁谷で(いま思うと寄り道してくればよかった)、そこから西に折れて坂道を登っていった。

東見方神社の先で左折すると、東見方研修センターがある。その敷地内に日本地図の絵柄の円形蓋が見えた。三角点はその下にある筈だが、素手なので開けるのはあきらめた。後ろに見えるのは防災器具倉だ。

南に続く松林の中の小道を歩いて、起点のホームセンターに戻った。

#1484/#1483〜1484


#1485 △58.2 四等 見方原公園

58見方原公園

撮影日 2014年6月29日

適当な駐車場所が見つからないまま、本点のある見方原霊園まで来てしまった。このあたりは見方原古戦場だったところで、その石碑が建っている。

霊園の駐車場の一画に三角点があったが、今日は道具を持ってこなかったので蓋は開けられない。

このあと、ここから二つの三角点を目指して歩くことになる。まずは三幸町だ。

(「三幸」(#1486、下欄)に続く)

#1485/#1485〜1487


#1486 △66.3 四等 三幸

66三幸

撮影日 2014年6月29日

(「見方原公園」(#1485、上欄)の続き)

見方原霊園から東に向かっていると、巨大な舟の舳先を思わせる建物(天理教の教会だった)が見えてきた。その側を通り過ぎ、北に進路を変えて都田口交差点へ。

交差点を百数十メートル東にいった道路沿いに本点はあるはずだが、見当たらない。やっと生垣の茂みに隠れていた表示杭を探したが、標石は見えない。結局、住人の方の許可をもらって生垣の内側から、枯葉や土を掻き分けて見つけ出したのだが、一苦労であった。

(「東公民館」(#1487、下欄)に続く)

#1486/#1485〜1487


#1487 △61.8 四等 東公民館

61東公民館

撮影日 2014年6月29日

(「三幸」(#1486、上欄)の続き)

「三幸」からは、そのまま道路を西に進み、根洗神社に行く。神社南側を見渡すと、生垣の近くに三角点があった。

正方形に区画整理された農地を、適当に西、南と歩いて行き、起点の見方原霊園に戻る。

#1487/#1485〜1487


#1323 △48.9 四等 前山

48.9前山

撮影日 2012年2月1日

ここへは2009年5月21日に来ていた(#936参照)のだが見つけることが出来なかった。二度目の昨年の8月には、茶畑に人手が入らなくなっていたとみえて、茶の木が伸びたうえに、蔦類や茨類の雑草まで茂っていて、GPS持参で突入したものの、敗退した。

三度目の今回は、雑草の枯れた頃を見計らったうえに、巻尺も二つ用意して点の記の要図をもとに捜索することにした。茶が成長して巻尺がうまく張れなかったものの、幸い写真のように標石は埋もれていなかったので見つけることが出来た。


#1303 △43.3 四等 大平山公園

43.3大平山公園

撮影日 2011年10月27日

桜台ショッピングセンターから、付近の三角点三ケ所を巡ることにした。

まず、店の南側にある片側二車線の大通りを東に向かって行く。坂道を登って行き、右手の通りに入って高台にある住宅地の角地にある公園へと階段を上がった。見晴しのよい公園の、北側の柵の近くに三角点があった。

ショッピングセンターに戻り、開店時間直後の店鋪で行動食を買ってから、次の三角点に向けて歩き出した。

(「和地」(#1304、下欄)に続く)

#1303/#1303〜1304


#1304 △38.4 四等 和地

38.4和地

撮影日 2011年10月27日

(「大平山公園」(#1303、上欄)の続き)

ショッピングセンターから花川沿いの道路に出て、東名高速のほうに向かう。高架下から350mほどで路地に折れて、北側の高台に登って行った。

東名の側道を100mほどいくと左側は畑地となった。ここに三角点がある筈だ。畑の奥の方に入って行くと表示杭が見えた。このあと畑地を北東に進み、最後の三つ目の三角点「西大山」へ向かった。

「西大山」に続く地形図の軽車道は途中から消えていたので、荒れた山に入るはめになった。おまけに「西大山」は、とうとう見つけることが出来なかった。また山に入って近道し、起点のショッピングセンターに戻る。

#1304/#1303〜1304


#1299 △2.1 四等 鵜ノ毛

2.1鵜ノ毛

撮影日 2011年9月29日

浄化センターを起点に湖岸の近くにある三角点三ケ所を巡ることにした。まずは細江大橋から浜名湖周遊自転車道(以下自転車道)に行き、左手の防潮堤の上に注意しながら西に向かう。

そろそろ三角点があってもおかしくない位置まで行っても、まだ三角点が現れない。GPSを出そうかなと思い始めると、防潮堤の切れている箇所が行く手に見えた。

その切れ目の、湖側に突き出たコンクリート面に陶器標があり、隣に金属標が埋まっていた。

blog

(「伊奈」(#1300、下欄)に続く)

#1299/#1299〜1301


#1300 △34.5 四等 伊奈

34.5伊奈

撮影日 2011年9月29日

(「鵜ノ毛」(#1299、上欄)の続き)

「鵜ノ毛」三角点から自転車道を引き返して、細江大橋を渡り、引き続き湖岸沿いの自転車道を行く。先日の台風15号のせいか、岸辺には大量の流木等のゴミが漂着していた。

伊目の小さな半島を過ぎ、伊奈の集落を過ぎたところで左手の軽車道に入る。ここも台風のせいか、路肩が半分崩れて車は通れない。その先に軽車道と平行するように右手に山道があったので、そこを通って三角点の南側の車道まで行った。

そこから三角点の方向はセイタカアワダチソウ等の密集する荒れ地だった。しかたなく荒れ地と接する山林側の斜面を時計周りに近付いた。荒れ地に大きな石灯籠(上欄ブログに写真あり)が見えたので、ちょっと寄り道もする。

三角点は荒れ地の中でなく山林側にあったので、草薮を掻き分けずにすんでよかった。そこから湖岸に続く尾根を下っていったら、廃道跡が現れ、薮漕ぎもなく自転車道に降りられた。

(「細江役場」(#1301、下欄)に続く)

#1300/#1299〜1301


#1301 △1.9 四等 細江役場

1.9細江役場

撮影日 2011年9月29日

(「伊奈」(#1300、上欄)の続き)

三角点「伊奈」から自転車道で細江大橋まで戻ったが、伊奈の小さな半島は近道して、車道を歩いた。

細江大橋からは左岸の自転車道を通って澪つくし橋まで行き、対岸に渡ってから旧細江役場である北区役所へ。三角点を見てから気賀関所に立ち寄り、澪つくし橋から今度は右岸の自転車道を通って浄化センターに戻った。

#1301/#1299〜1301


#1291 △47.8 四等 図書館

47.8図書館

撮影日 2011年8月4日

葵西一丁目の姫街道沿いの食品スーパーから歩くことにした。図書館は南に800mほどのところにある。

三角点は生垣の下にあった。

(「高丘」(#1292、下欄)に続く)

#1291/#1291〜1292


#1292 △44.7 四等 高丘

44.7高丘

撮影日 2011年8月4日

(「図書館」(#1291、上欄)の続き)

図書館から西に路地を抜け、ホンダの工場西側の通りから自衛隊通りに出、浜松基地沿いの歩道を西に向かって本点まで歩いた。横断歩道の信号機のすぐ横にある。

見ると、すぐに異常に気が付いた。四等の「等」の字がない!標石製造の業者・設置の測量会社・管理する国土地理院、みんなの目は節穴か?それとも、特採(製造業にいたころ、こんな言葉を使っていたっけ)で使用が認められたのか?

いちおう中部地方測量部へは知らせておいた。

#1292/#1291〜1292


#1293 △52.7 四等 不動平(ふどうびら)

52.7不動平

撮影日 2011年8月4日

一昨年の五月に見つけられなかった所だ。(#936「油田給水塔参照」

巻尺で位置を特定したところをよく見ると、うっすら標石の石の面が白っぽくなっている。土が、ほんの少し被さっていただけだった。


#1177 △2.5 四等 下気賀

2.5下気賀

撮影日 2010年12月1日

「向山」(三ヶ日#1176)の続き)

向山の三角点から往路を引き返し、西気賀小の東200mほどの362号線道路横の駐車地点に戻る。道路反対側の湖岸で弁当を食べてから、湖岸沿いの自転車道路を行くと、すぐに本三角点のある場所に着く。

道路横の電柱近くに表示杭があるが、標石は見当たらない。アスファルトの路上にコンクリート枡と蓋があるので、その下だと思ったが、素手では蓋を起こせない。周囲を探して鉄パイプを見付け、それを梃子にして蓋を開けた。中は土で埋まっていて、今度は土管の欠片を探して来て、それで土をかき出した。

北側の路地から362号線を渡り、天浜線も渡って宝渚寺平に登った。山頂はお墓だ。西尾根に踏み跡があったので、そこを下って、駐車地点に戻った。

#1177/#1176〜1177


#1124 △38.9 四等 東向

38.9東向

撮影日 2010年8月26日

「佐浜」(浜松#1123)の続き)

「佐浜」から丘の畑の中に続く道路を進む。木陰が無く暑い。湖東中の先の分岐を右折し、200mほどで左折して、三角点に近付いた。

民家の生垣と西側の山林の斜面の間を歩いてみたが標石は見当たらない。生垣の内側にあるようだ。民家の正面入口のほうに戻り、そのお宅の立ち入り許可を得る。

生垣内側、民家の裏手の畑に標石はあった。

(「和地村(一)」(#1125、下欄)に続く)

#1124/#1123〜1126


#1125 △44.2 三等 和地村(一)

44.2和地村(一)

撮影日 2010年8月26日

(「東向」(#1124、上欄)の続き)

「東向」三角点のある民家の前の道路をそのまま東に直進し、「和地向」の交差点をさらに東に行って「谷上」交差点で左折する。

その交差点から100mほど先の道路沿いに三角点があるはずなのだが、GPSで調べると高いフェンス内側(会社敷地)の、フェンスのすぐ傍にあるようだった。

中に入って写真を撮ったが、会社の人によると無断で立ち入っていく人が多いそうだ。これから訪れる方には注意していただきたい。

「北原」(浜松#1126)に続く)

#1125/#1123〜1126


#934 △3.7 四等 運動公園

撮影日 2009年5月21日

ここを起点に時計回りに湖東不動平、東平、油田と歩いてくることにする。

本点は野球場と駐車場の間の道路横にあった。

(祝田」(#935、下欄)に続く)

#934/#934〜936


#935 △4.0 四等 祝田(ほおだ)

撮影日 2009年5月21日

(「運動公園」(#934、上欄)の続き)

運動公園から茂塚橋を渡って左折し、「お仙勝」の案内板を見てから田圃の中の農道に入る。左手の休耕田に私設の(そのへんの石を種置いただけに見える)保護石に囲われた標石が見えた。物が置かれていたり、空缶やゴミが捨てられていたので片付けて撮影する。

このあと岡ノ平から細江テクノランドの北側へ登って行き、テクノランド東端から「どうたく公園」に立ち寄る。300mほど道路を西に進むと左の斜面に道があったので登って行くと住宅街に抜け出た。200mほど東にある瀧峯不動尊へ行き、そこで休憩する。

(油田給水塔」(#936、下欄)に続く)

#935/#934〜936


#936 △43.6 四等 油田給水塔

撮影日 2009年5月21日

(「祝田」(#935、上欄)の続き)

瀧峯不動尊から四等三角点「不動平」に行くが標石が見つからない。あきらめて次の目標である四等三角点「前山」目指して歩いた。

結局「前山」も見つけることが出来ず、途中、千日堂で休憩してから油田に向かった。中央配水地の大きなタンクを過ぎ、果樹園と山林の中の農道を進むと墓地があり、その近くにフェンスに囲われた中央排水場がある。この施設は使用されて無いようで荒れている。フェンス北西の角に落葉で埋まった標石を発見。

油田に下り、市場から都田川堤防の道を歩いて運動公園に戻った。

#936/#934〜936


#773 △50.2 二等 有玉村

50.2有玉村

撮影日 2008年5月12日

医大に家人を送って、待ち時間に駐車場から本点を往復した。

往路は医大の南側の小山の西を回ってから有玉団地を通り抜ける。現地は農地で温室が並んでいる。地形図では温室の角に標石が描かれているが、実際は中程にあり、ちょうど農家の人が隣で作業していた。

復路は有玉団地を抜けてから医大の南側の小山の東の歩道を歩いて駐車場へ戻った。


#768 △104.9 四等 向山

104.9向山

撮影日 2008年4月12日

都田総合公園の南側駐車場を出て通りを西に進み、分岐を左に行って右手の農道に折れた。農道を登って行くと蜜柑畑の山の上に出た。

そこから北側に露岩の多い小さなピークが見えるが、タラの木や茨の薮に囲われている。地形図の破線路は見当たらないが、薮の中に一筋の踏み跡を見付けたので辿ってみるとピークに通じていた。

ピークには小さな火口のような穴があり、外縁に標石がある。見晴しのよい所で隣にはベンチが設置してあった。


#769 △124.1 三等 丸山

124.1丸山

撮影日 2008年4月12日

向山(#768、上欄)から都田総合公園に一旦戻り、こんどは公園を横切ってテクノランド東の丸山緑地へと向かって歩いた。

テクノロードと平行する北側の道路の歩道を進み、362号線の跨橋を過ぎて550mほどいくと右手に丸山緑地に登る階段があった。園内の歩道を高みに向かって登っていくと鉄塔横の広場に出た。

丸山緑地の尾根の東側は蜜柑畑でフェンスで仕切られている。三角点は鉄塔の少し北のフェンス横、蜜柑畑側にあった。


#679 △47.4 四等 瑞穂小

47.4瑞穂小

撮影日 2007年9月8日

【三方原基線歩き(1/6)】
ゴール地点の都田浄水場近くに車を置き、自転車を降ろした。そこからは分かりやすい大通りを走ってスタート地点である神原町の一等三角点「神ヶ谷」に到着。コンビニの駐車場に標石があるのだが、一昨年の七月に訪れたばかりなのでよく覚えている。ここからはゴール地点まで自転車を押して歩くことにする。

「神ヶ谷」から航空自衛隊浜松基地までの1.8キロの道路はピッタリ「都田村」にむけて地図上に引いた直線(基線)と重なる。基地の西側をフェンス沿いに回りこんで北基地の門の前に出ると、ここから東名高架下までの1.3キロも基線に重なるように道路が続いた。

その東名高架下の少し手前で左折して瑞穂小学校に立ち寄った。標石は道路側からすぐ近くの所にあったのだが、校庭は金網で囲われネットまであって撮影し難かった。

(「和合村(一)」(#680、下欄)に続く)

#679/#679〜684


#680 △51.4 三等 和合村(一)

51.4和合村(一)

撮影日 2007年9月8日

(「瑞穂小」(#679、上欄)の続き)

【三方原基線歩き(2/6)】
高丘から東名高速の下を通り葵西にはいるとすぐにロックタウンが見えた。30度を超える真夏のような日だったので、そこで暫く休憩をとることにした。

ロックタウン横の道路もほぼ基線に重なる。数百メートルほどで右折して葵西小学校に立ち寄った。校庭はやはり金網に囲われていたが金網の隙間にレンズをいれて標石を撮影する。


(「見方原(四)」(#681、下欄)に続く)

#680/#679〜684


#681 △62.3 三等 三方原(四)

62.3見方原(四)

撮影日 2007年9月8日

(「和合村(一)」(#680、上欄)の続き)

【三方原基線歩き(3/6)】
葵西から変電所の北隣を進んでから257号線を横切り、三方原小学校の南側を通る。このあたりは基線に重なる道はなくて直角に左折して直進するという道のりだ。区割りも変則的で分かりにくいが、基線に近い道を選んで歩いた。

三方原中学校にも三角点があるので立ち寄った。道路沿いからはネット越しに標石が見えたのだがネットの目が細かくて撮影は出来ない。クラブ活動の指導にあたっていた最寄の教師に断って校庭内に立ち入らせてもらった。

(「豊岡」(#682、下欄)に続く)

#681/#679〜684


#682 △71.8 四等 豊岡

71.8豊岡

撮影日 2007年9月8日

(「見方原(四)」(#681、上欄)の続き)

【三方原基線歩き(4/6)】
三方原は南北に整然と区画整理されている。しかし中学校から東に一区画離れたところには区画を 斜めに横切る道路が640メートルほど続いていて、これがきっかり基線と重なる。基線の名残に違いないと思うのだがどうだろう。

テクノロードを横切り、東に一区画行ったところで三角点「豊岡」に立ち寄る。大原浄水場の南西、道路沿いの草むらの中だ。周囲の草が刈られていたのですぐに見つけることが出来た。

(「白昭」(#683、下欄)に続く)

#682/#679〜684


#683 △77.5 四等 白昭

77.5白昭

撮影日 2007年9月8日

(「豊岡」(#681、上欄)の続き)

【三方原基線歩き(5/6)】
大原町を北、東、北と進んだところで三角点「白昭」に立ち寄る。なんと道路上に陶器標があったが、大丈夫なのだろうか。(コンクリートの下に本来の標石があったのかもしれない。こんど近くを通ったら確認してくるつもり。)

近くの畑の生垣のわずかな日影に入って暫し休憩する。暑い上に風がなくかなり疲れたがゴールの都田浄水場はもう目と鼻の先だ。

(「都田村」笠井#684に続く)

#683/#679〜684


#626 △30.3 四等 平松

30.3平松

撮影日 2007年4月12日

本点の北西200mほどの三叉路近くに駐車。温室の並ぶ農道を行き、温室の跡地のような農地に入り三角点を探しはじめた。小さな蜜柑畑が隣り合っていて、木陰に標石を見つける。

そこから東側の山の斜面に踏み跡を見付けたので、そこを辿ると民家の裏手から道路に出た。次の三角点「平松村」を目指して県道319号線を東に歩いた。

(「平松村」(#627、下欄)に続く)

#627/#627〜628


#627 △34.2 三等 平松村

34.2平松村

撮影日 2007年4月12日

(「平松」(#626、上欄)の続き)

平松町を通り抜けると正面に崖のある小高い山が見えてきた。近付くと山の西から北に回って行く地形図にある道は最終処分場の敷地内で立ち入りが出来ず、県道沿いはずっと背の高い金網で囲ってあり、とても入れそうに無い。いったん「平松」近くの車に戻った。

車で県道沿いを調べながら走り、左側にあった狭い道に入って山の上の畑に出た。最終処分場に沿って進み農道の行き止まりに駐車。あとは金網のフェンスに沿って歩いて行くと竹林になった。さら進むと行く手をフェンスで阻まれるが、地面との隙間の広い箇所があったので入らせてもらう。

やがて竹林から薮になった。薮の無い山の斜面を行き、近付いてから薮の尾根に戻る。GPSを持ちながら草をかき分けるが、茨を掴んだり足にひっかけたりしつつ標石を探し当てた。

#628/#627〜628


#615 △117.9 四等 出ヶ谷

117.9出ヶ谷

撮影日 2007年3月21日

宝林寺の駐車場の横の道路を奥に歩いて行き、分岐で沢沿いの道に入る。破線の道だが簡易舗装してあり、平行する沢は露岩の河床だ。

小屋のところで直角に左折するのだが、現地はなんと五叉路になっている。地形図に有る道の一つ北側の道に入り、蜜柑畑の外れから鬱蒼とした桧林に入り込んだ。すぐに荒れた自然林となり、ほどなく山頂に到達する。

さきほどの蜜柑畑に引き返し、出ヶ谷地区に通ずる地形図の実線の道に行ってみた。しかし峠の先の道が消えていて山道といえるものもない。竹林を抜けて出ヶ谷地区の道路に出る辺だけ道の形跡が認められた。

道路を下って工場横から左手の小道を行くと宝林寺の境内に出たのだが、拝観料が必要だと注意されて急いで寺を出た。


#616 △57.4 四等 金指

57.4金指

撮影日 2007年3月21日

金指の狭い道を駐車出来る場所を探しながら走っているうちに、本三角点近くの実相寺まで来てしまった。地形図の記念碑だと思われる忠魂碑からの歩測では柵に囲われた給水施設の中に三角点がありそうだ。

施設南側の柵が無かったので立ち入らせてもらい、敷地内を探したが見付からない。建物の上の可能性もあると思い立ち、鉄の梯子を登ってコンクリートの水槽の上に出た。すると水槽の南端近くに土饅頭のようなものが見え、金属標が埋まっていた。

(「上野」(#617、下欄)に続く)

#616/#616〜617


#617 △100.1 四等 上野

100.1上野

撮影日 2007年3月21日

(「金指」(#616、上欄)の続き)

「金指」から丘陵の先に続く道路を歩いていく。両側に点在する民家の庭などを見ながら進むと左の分岐に「馬場平古墳」と書かれた案内板があった。あとから見学することにし、さら200mほど直進して十字路に行く。正面の山に蜜柑畑の横を通って登っていくと、山腹の見晴らしのよい尾根に露出した標石が見えた。

引き返して「馬場平(ばんばのひら)古墳」へ向う。分岐からは300mほど先、民家の広い芝生の横に古墳(前方後円墳)があったが、周囲の山の地形と区別がつかないほど目立たないものだった。

#617/#616〜617


#595 △125.4 四等 小森

125.4小森

撮影日 2007年2月10日

金地院の山門から左手に登って墓地に行き、北側にある道路に出て、また山に入った。杉の植林帯で下草が多いが深くはない。そのうち草もなくなって平坦になってくると正面に標石が見えた。

下りも元の尾根を引き返したが、少し西側をいくと蜜柑畑で、その境界にある電気柵に沿って歩いた。


#596 △133.9 四等 正楽寺

133.9正楽寺

撮影日 2007年2月10日

小野調整池東側のオレンジロードに通じる道路から分岐する道路は工事中で閉鎖していた。近くに駐車して、その道路を登っていく。八幡神社の横を通り過ぎてすぐ先の分岐を左に200mほど進むと蜜柑畑で、道路はそこで終わっている。蜜柑畑の上まで登ると地形図の破線の道と思われる山道があって峠まで続いていた。

峠に出ると東側は蜜柑畑である。そこから三角点までは北西の尾根沿いに一登りであった。


#442 △274.1 三等 萬城寺山

274.1萬城寺山

撮影日 2006年1月19日

本三角点の北東にある峠から登る。

登山口には巡視路「三河遠江線、引佐分岐線」の案内札がある。よく踏み込まれた山道を登っていくと、すぐに最初の鉄塔があらわれた。二つ目の鉄塔の横を通るとすぐに山頂で、ここにもう一つ鉄塔があり、見晴らしがよい。

少し南にいったところに三角点の標石があり、そばに対空標識が残されていた。


#294 △75.4 三等 稲荷山

75.4稲荷山

撮影日 2004年3月7日

稲荷山のすぐ東側の道路から見上げると、そこから山頂に行けそうだったので登ってみた。始めは問題なく歩けたが、すぐに薮となった。

とてもそのまま進めそうにないので、左側の蜜柑畑に入らせてもらい南に捲いていくと小道がある。その山側には朱塗りの鳥居のトンネルが見えていた。

稲荷神社から蜜柑畑の間を通り、中継所の先のピークに三角点を見つける。

帰りも同じルートを下ったが、鳥居の小道を下れば道路に出られるし、山の南西にある寺(普門院)側にも道があるそうだ。


#287 △98.3 三等 恩塚山

98.3恩塚山

撮影日 2004年2月12日

山の北側にある神社への参道(巡視路でもある)入り口は、道路から鳥居が見えたのですぐに分かった。社まで登って行くと、西隣に大きな鉄塔があり、南の尾根沿いに巡視路が続いていた。

コルへ下るあたりから農道となり、左側は蜜柑畑である。その畑の中に恩塚山古墳があり、フェンスに囲われている。コルの近くには古墳見学者用の駐車場があり、下から車でくることも出来る。

コルから先は尾根道がなく、西の山側(東側は荒れ地)を歩く。少し進むと踏み跡がはっきりしてきて、まもなく笹が現れたが薮というほどでもない。三角点の周りも笹であった。


#263 △129.0 三等 深萩村(根本山)

129.0深萩村

撮影日 2003年12月10日

山の西端から尾根を歩くつもりでバス停の正面の畑の横を登っていった。しかし、山は薮と樹木で、入り込めそうな場所がなく諦める。

山の南側の県道から車の窓越しに様子を伺うと、蜜柑畑に入る道はいくつかあったが、怪しまれそうなのでパス。根本山荘の横から上に行けそうなので近くの駐車場に車を停めた。

根本山荘の先は伐採された斜面で、そこを通らせてもらい、直登した。尾根にでると、期待していた踏み跡はなく、樹木は荒れ放題。歩きやすい場所を求めながら、やっと山頂へ。

草が枯れていたので、難無く三角点を発見する。横には井戸の跡のようなものがあった。


#141 △222.1 三等 気賀村(二三月峠) 

222.1気賀村

撮影日 2002年8月22日

気賀の国民宿舎前の「奥浜名自然歩道・細江コース入り口」からスタート。自然歩道は直ぐに道路と合流し、再び右手に道標「二三月峠入口」が現れる。ここからすぐに見晴しのよい二三月峠(にさんがつとうげ)に着く。

そこに天面を青く塗られた三角点があり、下部の露出も多かった。

そのまま尾根を進むと、再び道路に出て、すぐに三叉路になる。

(「太田」(#142、下欄)に続く)

#141/#141〜144


#142 △271.9 四等 太田

271.9太田

撮影日 2002年8月22日

(「気賀村」(#141、上欄)の続き)

三叉路に自然歩道の道標があるので、それに従い再び尾根に乗る。まもなく「夕陽台」に着くが、まわりの木で見晴しはそれほど良くない。

その先も道標の整備された広い尾根道が続く。三角点は二股に別れた尾根側の小道にあり、楽して巻き道を歩くと見落としてしまうことになる。

少し進むと、北側に展望が開けている場所にでる。そこには「南アルプスの見える所」と書かれた板が木に架けてあった。残念ながら、今日は見えない。

(「嬢ヶ峠」(三ヶ日#143)に続く)

#142/#141〜144