三河大野

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国土地理院 北西 北東 地形図表示
南西 南東


#1181 △138.4 四等 布里

138.4布里

撮影日 2010年12月5日

布里の堰堤から、短い距離だが歩くことにした。この堰堤、落差は小さいが幅が広く、豊川がちょっとした湖のようになっている。山の錦が川面に映えてきれいだ。

白鳥神社にあるということは調べてあるので、地図は持たずに、ぶらぶら布里を散策した。道路のほうから、神社らしい建物が見えたので、行ってみる。やはりそこが白鳥神社だった。

三角点は金属標であった。


#1044 △408.0 三等 只持村

408.0只持村

撮影日 2010年2月14日

R257を只持に向かって走っていると広見ヤナ場の駐車場(ちょうど140標高点の所)にたくさん車が入っている。その駐車場の山側が林道作角線の入口ということが分かり、車を停めてそこから登ることにした。

林道入口はチェーンで閉鎖されている。そこを通り抜けて林道を登って行った。尾根に近付くと分岐が現れ、そこを右に曲がる。尾根に出ると、左方向は作業道藤上げ線、右は林道松峯線に分かれる。

松峯線の方に少し行って山道に入り、いったん山の北側を巻いてから山頂に向かって尾根を登る。植林帯から落葉樹の明るい林に出た所に標石があった。少し先の山頂には大きな岩があり、その上に登って休憩した。

(「只持」(#1045、下欄)に続く)

#1044/#1044〜1045


#1045 △128.0 四等 只持

128.0只持

撮影日 2010年2月14日

(「只持村」(#1044、上欄)の続き)

「只持村」三角点から尾根沿いの破線路を下る。明瞭な山道だが倒木で塞がれている所もあって、あまり歩かれている様子はない。

高度計が325mのところで、まだ出来て間もないように見える林道に出た。松峯線がここまで伸びているのだろう。どこまで、どのように繋がっているか分からないので、予定通り破線路を行くことにした。

しかし等高線の標高を読み間違えていて、標高290辺の破線分岐地点のつもりで一つ手前の標高320辺の支尾根を下ってしまった。結局、只持集落の交番の所に出る予定が、交番から800mほど先の道路(R257)に降りてしまう。

R257を只持集落に向かい、交番の手前で右手の畑に降りて行った。すぐにコンクリート枡に気付いたが、穴の中は土だし、標石は近くの別の場所だと思い周囲を探した。結局GPSに頼ると、先ほどのコンクリート枡に戻った。土をかき分けると金属標が現れた。

また同じ所を通って、広見ヤナ場の駐車場に戻る。(松峯線は交番の北、R257が東に曲がる辺(看板あり、ゲートはなさそう)に通じていた。)

#1045/#1044〜1045


#984 △103.3 三等 有海村

撮影日 2009年10月11日

長篠城跡(無料駐車場あり)から付近の三角点を巡ることにした。

まずは西に進んで長篠大橋を渡り、交差点を左折してから南西の丘の上に続く道に右折。飯田線を越して坂の上に出ると給水タンクへの入口があったので登っていった。

タンクはフェンスで囲われている。左側の山林に入ると、すぐにモミジの枝の下に三角点を見つけた。保護石はコンクリートでしっかり固定され、中心の標石は天面だけが露出していた。

タンク正面右側のほうに何やら看板が見えるので近付くと「信長賞詞地コロミツ坂」と書いてあり、文字の判読出来ない石柱が建っていた。

(「本久」(#985、下欄)に続く)

#984/#984〜986


#985 △83.8 四等 本久

撮影日 2009年10月11日

(「有海村」(#984、上欄)の続き)

「有海村」の南の工場横の道路を東に下る。無人駅の鳥居駅を過ぎ、ほぼ一直線の道を行くと牛淵橋だ。ここから上流側をみれば豊川(寒狭川)と宇連川が出会っていて、崖の上には長篠城があったわけだが、まさしく天然の要塞だったことが分かる。

本久の集落に向かって坂道を進んでから鳶ヶ巣山案内図のあるところから林道本久線に入る。すぐ先の坂の途中の道路左手の植え込みに表示杭があり、横に標石があった。(ウォッちずの林道本久線は入口・三角点周辺が違っているが、国地院に連絡すると、修正するそうだ)何もこんな場所にと思うくらい狭苦しいところだった。

そのまま林道を進み、鳶ヶ巣砦まで足をのばした。戦没将士の墓から少し下ると長篠城側を見おろせる見晴しのよい広場があった。

(「本郷」(#986、下欄)に続く)

#985/#984〜986


#986 △94.1 四等 本郷

撮影日 2009年10月11日

(「本久」(#985、上欄)の続き)

本久から県道にでてから宇連川対岸へ文化橋を渡って行く。路地裏の道を通り抜けて富永神社に向かい、そこから小学校の裏を通って本点に近付いた。

大通りと左の住宅地に登って行く道の交点に三角点記号がある。現地では、その辺に携帯電話のアンテナが建っていて、まずそこへ行ってみた。しかし標石は見当たらず、GPSを取り出した。結局、その北東70mほど先の大通りの法面近くのフェンス横に三角点があった。(国地院に指摘したところ、本点は平10年設置・15年移転になっていて、地形図は旧位置のままになっていたそうで、修正するとのことだ)

起点の長篠城跡に戻り、ゆっくり城跡を見学する。

#986/#984〜986


#969 △476.8 三等 一色村1

476.8一色村1

撮影日 2009年8月27日

塩瀬から林道愛郷本線に入ろうとしたら、通行止めになっていた。御岳山に登ったあとで、歩いて行くにはきついので、島田の分岐のほうにある林道に行ってみた。ダートだが通れそうなので車を乗り入れると、道路に草が茂ってはいるものの崩落などはなくて無事に愛郷本線(舗装道路)に出た。数百m走ったところで駐車する。

山側を観察しながら林道の坂を登って行くのだが、崖や薮で入り難いところばかりだ。結局、本点の真東あたりの小さな谷のところに、獣道みたいなものを見付け、そこから登った。急斜面にあえぎながら尾根に出、少し南に行ってみたら標石があった。


#800 △134.6 三等 富永村(茶臼山)

134.6富永村

撮影日 2008年7月12日

「断上山」(三河富岡#799)の続き)

「断上山」から大宮に下り、大宮川を渡って川上へと向かう。茶臼山公園の案内板のところで右折して坂道を登って行った。

三角点は石碑の近くの草むらにあった。その奥の駐車場横から山道を登って山頂の神社へ行った。ここは信長戦地本陣跡だそうだ。今は樹木で囲まれて眺望はきかない。

茶臼山公園をあとにして、草部、大坪を経て三河東郷駅のほうに行き、勝楽寺の横を通って起点の塩沢へと戻った。

#800/#798〜800


#753 △571.0 二等 布里村

撮影日 2008年3月6日

route

七久保川上流の三叉路を南に三百mほど行ったところにある破線路から入る。谷筋の破線路上に新しい道が出来ていて、破線より手前で登り出したので辿ってみると中腹で行き止りになってしまった。あとは適当に登って支尾根に出ると、標高460辺で破線路に合流した。

532ピークを経由して本点に向かった。尾根を巻くように杣道が続いており、小さなアップダウンがないので歩きやすい。防火水槽があったりして手入れの行き届いた杉・檜の山林が続くが本点ピーク手前の尾根は落葉樹林だった。

三角点を見てから引き返して、雁峰山を目指した。

(「須長村1」(#754、下欄)に続く)

#753/#753〜755


#754 △628.2 三等 須長村1(雁峰山)

撮影日 2008年3月6日

route

(「布里村」(#753、上欄)の続き)

「布里村」から532ピークを経て標高460の破線路が東に折れるところまで戻った。そこからは南西に巻き道が続いている。

その巻き道は573ピークの南側にある破線路(林道)のところに通じていた。すこし先で林道と別れ、南側のピークを直登して雁峰山山頂に至る。そこには三角点を中心にして測標が建っていたのだが、同様のものが532ピークにもあった。

南東の境界尾根を下り、コルにある林道に出て再び尾根を登った所(境界線が鋭角に曲がっているあたり)から少し南斜面を下った 鏡石に立ち寄った。昔、浜名湖でここからの太陽の光の反射がまぶしかったという謂れがある岩だ。確かに浜名湖が望めた。

(「横川」(#755、下欄)に続く)

#754/#753〜755


#755 △332.5 四等 横川

撮影日 2008年3月6日

route

(「須長村1」(#754、上欄)の続き)

おおまかに言えば、鏡石(#754、上欄参照)から本点に引いた直線に沿うように山を下った。

この山には地形図には無い作業道や林道、杣道などが多くて、それらを繋いで降りて行くと小屋久保史跡に出た。更に下って雁峰林道に抜け出たところは出沢への破線路始点の100mほど北だった。その破線路始点にいくと西の山側に小屋久保登り口の看板があった。

破線路の先の尾根にも踏み跡が続いており、三角点の手前には露岩帯の見晴しのよい場所がある。帰り道にはそこで今日歩いてきた峯々を眺めながら休憩した。

林道に戻り、七久保の起点に向け林道を歩く。

#755/#753〜755


#740 △217.3 三等 井代村

撮影日 2008年1月31日

R151を車で走りながら谷間を西に向かっている道を探していて、それらしい道があったので行ってみた。その道は林道井代細川線で、周囲の地形から探していた道のはずだ。

林道起点近くから南東の尾根に取付き、山の上にでたら東に少し行けば三角点があるはずだ。しかしどうも方角とか地形が地形図と合わない。GPSをセットしたら標石は北東の方角だと判明。ともかくGPSの指示する方向に薮の多い尾根をかき分けて進んだ。

林道井代細川線を横切った先の羊歯の茂るピークが目指す山頂だったが、標石は倒木と羊歯で隠れていてすぐには見つからなかった。ここまでの状況から何が起こったのか全て判明した。

この山の南側の谷間にある地形図にない林道を、山の北側の地形図にある林道と取り違えたのだった。300mほどしか離れていない同じような地形の谷間に同じ方向に道が出来ているとは!


#731 △376.8 三等 玖老勢村2

376.8玖老勢村2

撮影日 2008年1月14日 

葛の海老川土手に駐車。

地形図の破線路の起点は防火水槽と民家の間の小道で、山に入るとすぐ先の鳥居まで石の階段になっていた。その先の道は明瞭とはいえず、低木や羊歯で歩き難い所もある。途中からTVアンテナケーブル用の鉄柱が現れ、それと平行して登るようになった。

山頂にはアンテナ用のコンクリート柱が二本立っている。東側が少し開けていて鳳来寺山が望めた。往路を下って車に戻った。

#732 △324.8 三等 門谷村

324.8門谷村

撮影日 2008年1月14日

鳳来寺のバス停から参道を200mほど行くと右の山側、寅の石碑の横に朽ちた木の階段があった。(参道左側には荒れたテニスコートが有る)そこを登って行くと草薮の中をジグザグに薄い路跡が続いたがやがて途絶えたので280超ピークまで適当に進んだ。

その先は歩きやすい尾根だ。山の北側が伐採されていたので鳳来寺山と門前の家々が見える。下山は北東に下ったが倒木の多い薮っぽい尾根だった。コルから少し登ると山の西を巻く道があったので行ってみると破線路に合流した。

そのまま破線路を下っていくと参道沿いの「なんじゃが池」の横に抜け出た。

#733 △196.7 三等 富保村

196.7富保村

撮影日 2008年1月14日

この山の南西の尾根は愛宕神社参道になっていて山の上には本宮が、県道の横に愛宕神社がある。その参道を登って本宮に行ったが標石はそこには無く、さらに奥に進んだ。

本宮から先は人が入らないようで荒れている。標石を探しながら歩いたが見つからない。猛烈な羊歯の薮が一ケ所あって、そこだけ避けていたのだが意を決して分け入ったら標石が現れた。

なお、県道横の愛宕神社記には「山頂からの眺望は絶景である」と書いてあるが、ちょっと大袈裟な気がした。

#719 △277.0 四等 玖老勢

277.0玖老勢

撮影日 2007年12月6日

本ピークの北西麓が林道野口線起点で「町ごと屋根のない博物館コース」看板がある。その先に見える作業小屋の手前が登山口だが、「利修仙人コース」の道標は少し登った所にあった。

標高200のコルに着く前に右手に薄い踏み跡があったので登って行き、尾根にでてからピークを目指した。低木が茂って歩き難いところもあった。

撮影後、標高200のコルを経由して鳳来寺山へと向かった。

(「瑠璃山」(#720、下欄)に続く)

#719/#719〜721


#720 △684.2 三等 瑠璃山(鳳来寺山)

亡失大瑠璃山

撮影日 2011年4月29日

2010年4月に亡失となった本点の跡がどうなっているのか見てみたくて、アカヤシオ見学も兼ねて再訪してみた。三角点のあった痕跡はなく、あたりまえながら周囲に標石も欠片も見当たらなかった。

どうせならルートも変えてと、槙原川の支流の上流のほうから入ってみたが、往きも帰りも酷い羊歯の薮尾根で難儀した。(入山は261と335標高点のある尾根の南側の尾根、下山は鳳来寺山東尾根の577標高点から北東に伸びる支尾根)

blog

684.2瑠璃山

撮影日 2007年12月6日

(「玖老勢」(#719、上欄)の続き)

標高200のコルからは明瞭な山道が続いていた。やがて大岩をくり抜いた護摩所が現れるが「利修仙人コース」の折り返し地点だという。

そこからは露岩帯も多くなり、険しい所もでてくる。岩のせいもあり踏み跡は明瞭とは言えない所もあるがテープ等の目印は続いていた。(神社記号の先、430超ピークは一瞬東に行きそうになった)

三角点は写真のようにかなり露出して盤石まで見えていた。

瑠璃山の岩のてっぺんに登って景色を堪能した後、棚山へ向かって東海自然歩道を歩く。

(「玖老勢村1」(#721、下欄)に続く)

#720/#719〜721


#721 △687.6 三等 玖老勢村1

687.6玖老勢村1

撮影日 2007年12月6日

(「瑠璃山」(#720、上欄)の続き)

鳳来寺山から棚山への東海自然歩道はよく整備されていた。何ケ所も大きな岩が立ち塞がるのだが、鉄製や丸太の梯子がかけてある。道標、ベンチも要所にあった。

玖老勢峠からはほとんど上り坂で、最後の坂を登り切ったところから南西の尾根を少し下ったところに三角点がある。しかし南西側は笹が茂って踏み跡もないし尾根というには頼りない。方向を定めて下ってみると笹はすぐに途切れてはっきりした尾根筋が現れ、ほどなく標石に辿り着く。

元に引き返して棚山高原のほうに向かい、瀬戸岩で休憩する。その後、玖老勢峠に引き返し西の谷筋から玖老勢に下り、田口線跡を歩いて出発点に戻った。

#721/#719〜721


#692 △507.5 三等 下吉田村(大村山)

撮影日 2007年10月11日

高野に車を置いて(神社記号の南の尾根上、道路西側に駐車スペース有り)大沢に向かった。途中、鳳地峠のほうからの破線路と出会う場所で面白い物を見た。そこには狭い棚田があって、 近くの木に稲掛けしていたのだ。

大沢からは林道大沢大田輪線を歩いたが、かなり荒れているので普通車では立ち入らないほうがよい。峠には西に向かって山の南側に作業路高野線があったので少し先に行ってみたが、すぐに下りだしたので峠に引き返した。

峠から山に入り込む所だけは伐採されて放置された木と薮で歩き難い。尾根の破線路は不明瞭で靴の跡より獣の足跡が目立った。

山頂からは破線路を西に下り、標高380ぐらいで北西の支尾根に入って高野集落へ降りた。


#688 △337.5 三等 豊岡村

撮影日 2007年9月21日

愛知県民の森のモリトピア愛知の西側の斜面にBキャンプ場がある。そこの「南尾根遊歩道登り口」から南尾根を目指して登り始めた。

不動滝上展望台を過ぎて西に続く尾根に出ると所々に露岩のある日当たりのよい道になった。彼岸の入りとは思えない暑い日で、腕時計の温度計は34度を超えていた。

340超ピークから北へはしっかりした尾根道が続いていたが、南への道は羊歯が茂っている。それでも踏み跡はあるし羊歯の背も低い。コルに下ると左側(東)に駅方面へ通ずる小道があった。

コルの先の小ピークから右(西)に折れ羊歯の茂る小ピークにいくと錆びた棒が見えた。近付くと根元に標石があった。

往路を引き返してキャンプ場へと下る。