三河富岡

←新城↑三河大野↓三ヶ日→伊平

国土地理院 北西 北東 地形図表示
南西 南東


#1312 △87.2 四等 中野

87.2中野

撮影日 2011年12月19日

バス停「日吉口」近く、大入川の対岸のお寺の前の川沿いの空地に車を停めた。ここから岡の上の中野集落に登って行き、三角点を探したのだが、標石はネットで囲われたぶどう畑と道路のあいだの斜面にあった。

そこから南西の浅間峠に向かう。林道(実は443号線)の先の徒歩道は幅の広い道だったが、橋を渡ってからは狭い山道に変わり、峠の間近は倒木に塞がれていた。峠からは南東に尾根をいき、276峰から東に下って車道に降り、起点の日吉口に戻った。

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#1313 △59.8 四等 岩本

59.8岩本

撮影日 2011年12月19日

392号線沿いにある日吉神社を起点に、本点のある新城青年の家に向かうことにする。

日吉神社は風切山の東登山口と北登山口の中間あたりにある。今回は東登山口から石仏の並ぶ登山道から山頂に行った。そこから素直に林道を経由して青年の家に行くのも面白く無いので、尾根沿いを西に下った(ルートはブログ参照)。

本点は青年の家の屋上にあるので、風切山に最初に訪れた時には、ここには立ち寄らなかった。しかし、「三河富岡」の三角点では唯一ここが残ったので、建物だけでも撮影して、完了させることにした。点の記の要図からすると、写真の赤矢印のあたりに三角点があるはずだ。

建物の撮影をすませて、日吉神社に戻った。

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#1213 △80.3 四等 土取

80.3土取

撮影日 2011年2月26日

「徳定」(新城#1212)の続き)

「徳定」から往路を引き返して片山の集落に戻り、上平井に向かった。途中から豊川用水沿いを歩いたのだが、水を止めてコンクリート壁の補修工事をしていた。

家畜市場の傍まで行くと、通用口への道路には消毒剤がまかれている。崖の上、柵の内側に表示杭らしいものが見えていたので、草の斜面を登って行くと、やはり三角点だった。(写真は柵の外から撮影したので、ちょっと分かりにくい)

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「片山」(新城#1214)に続く)

#1213/#1212〜1214


#1201 △113.0 四等 大原

113.0大原

撮影日 2011年1月27日

富岡に向かって東名の下を過ぎてすぐ、右側に三河材加工流通センター入口のある地点で、左折して水路脇に駐車した。

南の山のほうに続く未舗装の道路を進み、池の南側に回り込むと巡視路の案内札があった。そこを登って行くとすぐに鉄塔で、さらに巡視路を辿ると、ちょうど林道が分岐しているところに出た。

そこから林道東足柿線を西に進み、五葉湖へと行った。駐車場へ行くと、西側の隅に表示杭が見えている。いままで三度、ここの駐車場を利用していたのに、まったく気が付かなかったのが情けない。(手許の地形図に本点は入ってない)

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(「西門沢」(#1202、下欄)に続く)

#1201/#1201〜1203


#1202 △71.4 四等 西門沢

71.4西門沢

撮影日 2011年1月27日

(「大原」(#1201、上欄)の続き)

五葉湖から東名のほうに下り、新城PAの裏手にある道を行き、東名を潜った。そこから東に続く道は薮っぽくて、夏に歩くのは大変そうだ。

水路沿いの堤防には両側に道があって、こちらは薮などなくて、きれいになっている。その道の左側の少し広くなっているところに標石があった。

(「八名」(#1203、下欄)に続く)

#1202/#1201〜1203


#1203 △48.2 四等 八名

48.2八名

撮影日 2011年1月27日

(「西門沢」(#1202、上欄)の続き)

「西門沢」から北に向かって田圃と畑を通り抜けて県道に出、301号線(別所街道)の一つ西側の裏通りに入って八名小学校のほうに向かう。まっすぐな道で、遠くから学校の建物が見えており、なにやら子供の歓声が聞こえて来た。

近付くと学校の手前には人も大勢集まっていて、太めの男の子が先生に励まされながら苦しそうに走っていく。どうやらマラソン大会中で、その子がビリのようだ。少し歩みを遅らせて学校に近付いた。

幸い校庭の回りのフェンスは金網で一メートルぐらいの高さだったので、すぐに三角点は分かった。校長先生の大会終了の挨拶を聞きながら、三角点を撮影した後、301号線を通って駐車地点に戻る。

#1203/#1201〜1203


#987 △215.4 四等 登ノ元

撮影日 2009年10月11日

県道81号線の多利野方面入口(153標高点近く)から歩くことにした。

刈り入れの終わった田圃沿いの道路を南に歩いて行く。坂道になり、何軒か民家の横を過ぎると神社が見えて来た。その麻木神社の裏手に山道が続いていて、行き止りに祠があった。三日前の台風のせいか近くに木が倒れている。

祠の回りを探したが三角点は見つからず、倒木の下敷きにでもなったのかと心配した。さらによく探すと、祠の北側の薮になった山林との境あたりで標石を発見した。


#988 △255.7 四等 竹ノ輪

撮影日 2009年10月11日

牛丸集落から竹ノ輪方面に車を走らせながら山側を観察したのだが、山道や入り易そうな場所がない。引き返して南側の山裾にある農道に行くと、山の方に続く林道を見付けた。

草の茂るその林道を歩いて行くと数百mもいかないうちに行き止りになった。林道は諦めて尾根(南尾根)に取付いた。羊歯やその他の下草、それに台風が残して行った生木の枝・葉や倒木などで歩き難いものの、薮は無い。山頂は東西に長く、東に少し行くと標石があった。


#870 △131.2 四等 小畑

131.2小畑

撮影日 2009年1月15日

吉川分岐のある小畑公民館近くに駐車。周辺の未踏三角点五つを繋いで歩く予定。

道路を東のほうに向かって行くと集落の外れに「ボーイスカウト吉川野営場」の道標がある。そこから左手に柿園に向かう小道があり、辿って柿園にいくとすぐに標石が見えた。

野営場道標に戻り、その方向に道路を進む。「希望の池」(湖面はきれいなエメラルドグリーン色だった)という溜め池を通りすぎ、舗装された林道を登って196標高点まで行く。そこには石仏があり、その横から下草のない山に入った。

(「長田」(#871、下欄)に続く)

#870/#870〜874


#871 △208.2 四等 長田

208.2長田

撮影日 2009年1月15日

(「小畑」(#870、上欄)の続き)

吉川方面に続く196標高点からの破線路は途中から尾根を外れて谷沿いに向かうが、そこを尾根伝いに直進する。すぐに踏み跡は北東の尾根のほうに下っていくので引き返し北に軌道修正したが、羊歯の薮で尾根筋も分かり難かった。

209ピーク近くからは落葉樹が多くなる。そして209ピークには吉川集落が望める開けた箇所があったが、日当たりがよいので潅木が茂り、そこから百mぐらい潅木の薮が続いた。

薄暗い山林の中の三角点からは北西の尾根道を下って吉川集落に降りた。

(「中宇利村」(#872、下欄)に続く)

#871/#870〜874


#872 △152.2 三等 中宇利村

152.2中宇利村

撮影日 2009年1月15日

(「長田」(#871、上欄)の続き)

吉川から小畑まで谷間の道路を南下し、峠から西側の山に取付いて276ピークを目指した。276ピークからは幅の広いしっかりした山道が尾根に続いている。そのまま破線路を進み270超ピークは北をまいて実線の林道に出、破線と実線の交点からは西に尾根を下って(下りはじめに南側の開けた好展望の道が続く)国京に降りる。

国京から南側の農道を登っていき、建物横から山に入って踏み跡を辿ってコルに出、西に少し登って本点に至った。

本点からは東に尾根を進んでから南斜面の巻き道を辿り、富賀寺の奥に下った。

(「曽根川」(#873、下欄)に続く)

#872/#870〜874


#873 △72.2 四等 曽根川

72.2曽根川

撮影日 2009年1月15日

(「中宇利村」(#872、上欄)の続き)

富賀寺から曽根へは最短ルートで道路を歩く。豊川用水の地表再出地点は道路からは7,8m高い土手になっていて、そこに直接道路から取付いて登った。事前予測では道路南側に用水が見えて、すくなくとも道路より標高の低い所を用水が通っていると思っていたので、意外だった。

三角点は用水の左岸の堤にあり、冬枯れですぐに見付けられた。写真奥の山は雨生山。

(「中宇利」(#874、下欄)に続く)

#873/#870〜874


#874 △86.6 四等 中宇利

86.6中宇利

撮影日 2009年1月15日

(「曽根川」(#873、上欄)の続き)

曽根から起点の小畑に向かう。市場の交差点を過ぎて右手の小高くなっている丘をまいていくと丘に登って行く小道があった。

丘の上は柿園で、北側の縁を歩いて行くと標石があった。角が欠けており、また近くの木の根の影響なのか、持ち上げられて傾いているように見える。

丘を下って道路に出、小畑公民館に戻った。このあと車で市場北の風越峠へ行き、峠の破線路などの様子を見てきた。

#874/#870〜874


#843 △119.3 四等 谷沢

撮影日 2008年11月13日

方広寺門前の無料駐車場から狩宿に向かう。陣座川沿いを進むと前方に第二東名の高架道路が見えてきた。その下を通り過ぎ、陣座川を渡り本点のすぐ西側に通じる細い道路に入る。周囲は里山のあるのどかな農村風景だ。

本点西側の道路沿いは急斜面で草木が茂っていたので南側に行くと、建物の東側に入山しやすい場所があった。果樹林から山林に入り込み、周囲を探しているとほどなく標石が見つかった。

(「門前」(#844、下欄)に続く)

#843/#843〜844


#844 △206.9 四等 門前

撮影日 2008年11月13日

(「谷沢」(#843、上欄)の続き)

三角点「谷沢」西側の道路を更に先に行き、広い道路に出たら南下し、忠魂碑の近くの道路から陣座川の対岸に渡る。対岸の道路を右に曲がって70mほどで左手の山側に続く道(地形図実線)に入る。

舗装はしてあるが落葉が積もり、轍の跡もない沢沿いのその道は分岐から先は舗装が無くなり、道も山道のように細くなった。やがて踏み跡も怪しくなりとても実線の道とは思えない。

道が集中している地点に抜け出してから尾根沿いの道路に行き、少し登ったところでGPSで「亡失」とされている本点の位置を確かめる。道路南側の低い崖の上、写真の赤いザックのあたりに三角点があったと思われるが痕跡は無い。

その道路の50mほど先にドコモの引佐奥山中継局があり、さらに進むと蜜柑畑だ。道路はそこで途切れ、あとは山林の中の山道を歩いて奥山高原に行き、門前に下った。

#844/#843〜844


#798 △76.2 四等 馬渡

76.2馬渡

撮影日 2008年7月12日

鳳来側から豊川左岸の県道を走り、塩沢で左折して墓地の近くの駐車場に近付くと駐車場内に表示杭が見えた。横に日本地図が描かれた丸い鉄蓋がある。素手では蓋を開けられず中まで見ることは出来なかった。

今日はここを起点に設楽原古戦場を歩き、途中の三角点二つを巡るつもりだ。車を置いて坂を下り、塩沢の住宅地を抜けて県道を渡る。豊川のほうに坂道を下り早滝橋を渡った。

(「断上山」(#799、下欄)に続く)

#798/#798〜800


#799 △97.3 四等 断上山

97.3断上山

撮影日 2008年7月12日

(「馬渡」(#798、上欄)の続き)

塩沢から豊川を渡って坂道を登って行くと田園地帯となった。この辺は勝楽寺前激戦地だったということで看板がたっている。勝楽寺に立ち寄り木陰で小休憩。

R151に出て、三河東郷駅の西で右折して歴史資料館方向へ向かった。建設中の道路の先で左折して連吾川を渡る。この辺は竹広激戦地で、川を挟んで両軍が対峙していたところだ。

川沿いを北に進み、突き当たりの道路を左に登って行くとすぐに左の山側に小道があった。入って行くと草が伸びた整備の行き届かない遊歩道が続いていて、そこだけ日当たりのよい草むら(写真下)に出た。そこが古墳で、標石は古墳の南西隣の山林の中にあった。

「富永村」(三河大野#800)に続く)

#799/#798〜800


#700 △356,4 二等 日吉村1(風切山)

撮影日 2007年11月3日

桜淵公園からレストハウスの前を通って池のほうに行くと「うでこき山参道」と刻字された石碑がある。南側のくねくねした道を登るつもりだったのが直登できた。

うでこき山を降りて林道玉の木線を歩いて池の反対側に行くと山側に踏み跡があったので辿って行き標高180のところで林道に出る。あとは鋪装された林道を歩いた。

分岐から先も未舗装だが広い道で、反射板などの施設の横を過ぎてからやっと山道になった。薄暗い植林帯を抜けると南側の開けた山頂で先客が弁当を広げていた。

山頂から浅間峠方向に300メートルほどいって南西の221標高点のある尾根に下ろうとしたが、踏み跡もなく薮っぽいので諦めてまた山頂に戻った。

(「一鍬田村」(#701、下欄)に続く)

#700/#700〜701


#701 △142.4 三等 一鍬田村

撮影日 2007年11月3日

(「日吉村1」(#700、上欄)の続き)

風切山から尾根伝いに行くのを諦めて、林道で原川上流に下った。二つある道の西側のほうを歩いたが荒れていて車が通っている形跡はない。下り切った所には国の重要文化財の薬師如来座像のあるお堂があり、そこで暫し休憩。

のどかな秋景色の里を歩き、大脇から荻平野に通ずる新しい道路に折れて峠に向かう。峠の200メートルほど手前で左側に林道があったので行ってみた。草の生い茂った林道は南にビニールハウスの見おろせる場所の先で終わっていた。

そこからは薮っぽい尾根を枝をかき分けながら進み三角点のあるピークに至った。大脇に戻りウォーキングコースになっている原川沿いの小道を通って桜淵公園に戻る。

#701/#700〜701


#573 △427.0 三等 日吉村2(船着山)

427.0日吉村2

撮影日 2006年12月29日

吉川集落から作業路小川路線に入るとすぐに墓地があったのでそこに駐車する。400mほど進んで左手の山道から尾根に乗ったが(さらに500mほど先に道標のある登山口がある)、あまり歩かれてない様子で廃道化しつつある。

破線の合流しているところから先はしっかりした山道が山頂まで続いた。山頂南側直下にある秋葉大権現の祠に寄り道してから尾根伝いに常寒山に向う。地形図では352ピークの前後破線が無いが現地には踏み込まれた道があって、道標もある。

常寒山は広くて平な山頂で、小さな祠が三つ並んでいる。見晴らしは悪く南東方向が木立の隙間から望めるだけであった。

(「乗本村」(#574、下欄)に続く)

#573/#573〜575


#574 △450.1 三等 乗本村

450.1乗本村

撮影日 2006年12月29日

(「日吉村2」(#573、上欄)の続き)

常寒山を東に下るとすぐ鳥居で、その先山道も続いているが南側にも平行して林道が通じていた。山道を辿ると450の小ピークを北に巻いていき420のコルに出た。そこから大平に下る道はあるが、正面の破線のあるべき尾根は激薮で進めない。少し北に迂回してから尾根に取り付いた。

その先の尾根には薮こそないが道らしい道は無く、冬枯れの今だから歩けるが夏場は難儀しそうだ。途中にある450超ピークから東南東に下る破線の道も不明であった。

三角点を見てから常寒山に引き返し、467峰に行った。

(「吉川村」(#575、下欄)に続く)

#574/#573〜575


#575 △312.3 三等 吉川村

312.3吉川村

撮影日 2006年12月29日

(「乗本村」(#574、上欄)の続き)

常寒山から467峰へ行って南の尾根を探ると石の祠があって、その先に踏み跡が続いている。三角点までは標高400あたりで薄の薮があったのと、若い植林帯で日当たりのいいところが多少歩き難いぐらいであった。

三角点のあるピークの周囲は落葉樹が多く、明るい林になっている。そこからは東に下ったが民家が見える辺からルート選択を過って茨のある潅木地帯に踏み込んでしまったが、なんとか抜け出して田圃の横を通って道路に出た。

吉川峠にデポしておいた自転車で吉川集落に戻る。

#575/#573〜575


#514 △280.2 三等 奥山村

280.2奥山村

撮影日 2006年7月30日

2006年6月28日 奥山小学校の南に富幕川に架かる狭い橋がある。そこを渡って小斉藤の集落の西、山腹へ農道を車で登っていくと左の山側に小さな神社があり、そこが行き止まりだった。

その先は地形図の破線の通りに山道が続いており、途切れてからは植林帯の斜面を適当に登った。登りきったところは林道の終点になっていて、NHKのアンテナが建っている。その辺に三角点がありそうだが、日当たりがいいので草が茂っていて見つけることは出来なかった。

2006年7月30日 富幕から尉ヶ峰の中腹に向う林道に車で入る。見晴らしのよい峠に出ると怪しげな教会風の建物がある。その横を北西にさらに林道を進むと二つ目の370超ピーク東側辺は道路が隠れるくらい草が伸びていた。

終点まで行き、今回はGPSで位置を特定。長靴、軍手に選定鋏という出で立ちで臨んだおかげでほどなく草薮の中に標石を見つけ出した。


#502 △355.9 四等 風越峠

355.9風越峠

撮影日 2006年6月28日

風越峠から奥山林道を歩いてこの三角点のあるピークの東尾根まで行ったが、山道は無いようなので適当に尾根に取り付いて登った。潅木の密集地帯を避けたが、歩き難い山である。

山頂にでると主尾根には草や潅木がなくて歩きやすい。標石を確認してから尾根を南下し、風越峠に下って行くと富幕山からのハイキングコース道と合流した。峠には奥浜名自然歩道の道標があり、南に尉ヶ峰の登山口がある。


#503 △144.7 四等 富幕

144.7富幕

撮影日 2006年6月28日
この山の東側に山頂近くにある簡易水道施設の手前まで農道(?)が通じている。未舗装で伐採された木が道を塞いでいたりしているが歩くには問題ない。

#277 △304.3 四等 陣座峠

304.3陣座峠

撮影日 2004年1月15日

陣座峠の静岡県側にある林道入口に駐車。その道路の反対側あたりに県境尾根への取り付きがある。登ってみるとしっかりした踏み跡が続いていた。

最初のピークの手前から尾根の西側を捲くようになる。すぐに理由がわかった。パワーショベルの先端のほうが尾根越しに見えたのだ。尾根の東は採石場で、山の上のほうでも作業していた。

そのとなりのピークから東の尾根に下ることになるので、分岐に注意して歩く。

分岐はわかりにくいし、踏み跡も薄い。少し歩くと有刺鉄線が現れ、ずっと尾根沿いに続いている。採石場へ立ち入り出来ないようにしたのだろう。三角点はその有刺鉄線の内側にあったが、ちょっと中にいれてもらって撮影した。

(「狩宿村」(#278、下欄)に続く)

#277/#277〜278


#278 △474.1 三等 狩宿村

474.1狩宿村

撮影日 2004年1月15日

(「陣座峠」(#277、上欄)の続き)

三角点「陣座峠」から県境尾根に戻り、黒松峠へ向う。最初のコルの先に鉄塔があり、そこからは竜ヶ石山がよく見えた。

高低差の少ない遊歩道みたいな尾根道が続くが、風が強く冷たい。南側の日当たりのよい斜面におりて休憩する。

三角点はなだらかな尾根道のまん中で見落としようがない。近くに豆柿がまだ実を枝に残していた。

黒松峠を経て浅間山(479)、その東にあるもう一つの浅間山(519)に登ってから引き返した。黒松峠から浅間山(479)までは尾根が防火帯になっているようで幅5m以上の山道だった。

#278/#277〜278


#232 △423.4 三等 福長村(金山)

423.4福長村

撮影日 2003年7月17日

宇利峠から尾根にいく登山口をみると草で覆われていたので宇利林道を行くことにした。

雨生山東のコルにでる破線道がわからず、少し先までいくと登山口の道標があった。そこを登っていくと348ピーク西隣のなだらかなピーク(ケルンがある)に抜けた。

金山への尾根道ははっきりしており歩きやすいが、ずっと樹木のなかで見晴しはよくない。

金山山頂から引き返して雨生山に向かう。雨生山手前のピークは、樹木も少なく見晴しがよくて休憩には最高の場所だ。

雨生山の山頂に行ってからコルまで戻り、破線道のコースを下ったが、草が深いし、少し下ると道なのか沢なのか区別がつかなくなった。


#90 △236.7 四等 黄柳(つげ) 

236.7黄柳

撮影日 2002年1月10日

陣座峠を下り、左手側の田圃を横切る農道から入る。

山道の両側には石垣やそんなに古くない廃屋、井戸などか残っている。

ピークはその廃屋から少し先で、三角点の横には倒木が横たわっていた。


#91 △414.4 三等 小畑村

414.4小畑村

撮影日 2002年1月10日

福津峠から尾根沿いに行けるかどうか、道路から薮の中を登って尾根までいってみたが道はなく断念。

林道の入り口には鎖がかかっており、ここに車を駐車していくことにする。

林道をそのまま進み、ピークから西に延びる尾根に近付いたところで薮の少ないところを見計らって尾根まで直登する。

尾根道はあまり人が入ってないようだが、通れないほどの薮ではない。しかし、夏場は難儀することだろう。

三角点の回りはそれでも草が刈られていた。展望はない。


#92 △478.1 四等 瓶割峠

478.1瓶割峠

撮影日 2002年1月10日

2001年9月20日に富幕山からここに来て三角点を探したが見つけられなかった。今回は瓶割峠から登る。登山口には案内板があり、道もよく踏まれている。

ピーク付近の木に、黄色いテープが巻いてあり「扇山頂上」と書いてある(頂の字が違ってはいたが)。そこから60mほど富幕山方向に進んだところに標石はあった。


#46 △356.8 四等 掘越

356.8掘越

撮影日 2001年9月20日

奥山高原の第三駐車場横の登山口からほんの少しのところで、明るく開けた場所にある。

ここから富幕山に向かって登っていくとマツムシソウの群落のある第二眺望所がある。オミナエシもまだ少し残っていた。

(「富巻山」(#47、下欄)に続く)

#46/#46〜47

#47 △563.2 一等 富巻山(富幕山)

563.2富巻山

撮影日 2001年9月20日

(「掘越」(#46、上欄)の続き)

奥山高原から初秋の草花を探しながらのんびりと登った。山頂は広く、浜名湖方面が遠望できる。休憩所もりっぱで、日時計も置いてあった。三角点はマツムシソウ、ススキなどの秋の草花に囲まれていた。

引き続き尾根道を瓶割峠に向かう。道は広いが樹林帯で眺望はきかない。蜘蛛の巣がひどく、先頭は棒切れを振り回しながらの歩行であった。

四等三角点「瓶割峠」は同行者二人と共に辺りをくまなく探したが薮もあり見つからず、引き返して奥山高原の第三駐車場に戻る。

#47/#46〜47