三ヶ日

←豊橋↑三河富岡 | ↓新居町→気賀

国土地理院 北西 北東 地形図表示
南西 南東


#1204 △123.6 四等 赤砂里

123.6赤砂里

撮影日 2011年1月27日

52標高点から北西に道路を300メートルほど歩いて行くと、右手の山側は蜜柑畑と山林の境界になっていて、そこから入ることにした。電気柵が山林との境界に設置してあり、それに沿うように登って行った。

電気柵を跨いで山林側に入ると、ステンレス製の水槽がその先に見え、コンクリート舗装の小道が続いていた。水槽を過ぎるとしっかりした山道が山頂手前まで続いた。

山頂には岩があり、その岩には注連縄が張ってある。そして岩陰には石像がある。標石は岩から五メートルほど低いところに設置されていた。

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#1205 △48.0 四等 只木

48.0只木

撮影日 2011年1月27日

道路近くの三角点だけでは面白みがないので、近くに何かないか調べていたら、三ヶ日人只木遺跡があった。その遺跡の位置は本点南にある神社(神明宮)のすぐ東側だ。

遺跡を見学してから、道路に戻らず蜜柑畑を横切って三角点のほうに向かうと、囲いの有るグラウンドがあった。そこを通り抜けて道路に降りると、すぐ前の小さな公園の片隅に標石があった。


#1175 △0.6 四等 津々崎

0.6津々崎

撮影日 2010年12月1日

先週ここに来た時は(#1173「西天」参照)、猪鼻湖の汐が満ちていたのに、今日はだいぶ引いていて、用意した長靴はいらなかった。今回は点の記の要図をメモしてきたので、さっそく巻尺で位置を特定した。

何度もこんなふうに掘り出したことがあるのだが、そのつど、ほんとうに埋まっているのかと心配になる。貝殻の多い砂を掻き分けていたら固いものにシャベルの先が当たった。保護石のようだ。少しずつ堀進むと標石が現れた。

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#1176 △56.0 四等 向山

56.0向山

撮影日 2010年12月1日

西気賀駅の東、約400mの362号線の天浜線側に駐車スペースがあったので、そこから二つの三角点と宝渚寺平を回ってくることにした。

西気賀駅から三ヶ日方向に362号線を400mほど行った所に天浜線を潜るトンネルがある。その道に進み、三社神社のところを右折。百数十m先の三叉路まで行く。

山側は蜜柑畑で、無人の民家の横から畑に入っていく小道があったので登って行った。左の山林との境のほうに行くと表示杭が見えた。標石は蜜柑畑の斜面にあり、電気柵の支柱がそばにある。そこからは東の宝渚寺平が望めた。

「西気賀」(気賀#1177)に続く)

#1176/#1176〜1177


#1172 △6.2 四等 岸場

6.2岸場

撮影日 2010年11月25日

都筑駅前は狭くて駐車出来なかったが、東側の船戸踏切近くに空地を見付けた。そこから川の堤や田圃の農道を歩いて、本点へ行った。

さきほどの船戸といい、本点の点名「岸場」といい、この辺の田圃、以前は間違い無く湖だったんだろう。

西側の103峰の山腹に、東名横を通る破線路の農道で入り、大明神山とのコルへ行った。蜜柑畑の農道で、舗装されている。コルから山林に入り、大明神山に登ってから362号線に下り、道路向側の50峰を目指す。

(「西点」(#1173、下欄)に続く)

#1172/#1172〜1174


#1173 △1.7 四等 西天(にしてん)

1.7西天

撮影日 2010年11月25日

(「岸場」(#1172、上欄)の続き)

蜜柑畑を登って50峰に行く。山頂は神社の森で社がある。石段の参道で集落に下って岬の先端に行き、三角点「津々崎」を探した。しかし岸辺の貝殻の堆積に埋もれているようで見つけることが出来なかった。あきらめて、三ヶ日の町のほうに向かう。

本坂峠方面に進んで、釣橋川の堤防の道に曲がり、三ヶ日高校に行く。校内に入らないと三角点「三ヶ日高校」は見えないのを確認し、引き返して三ヶ日駅の南に回った。

線路沿いなどを探したが、結局、自転車置き場のそばに表示杭を見付けた。

(「下尾奈」(#1174、下欄)に続く)

#1173/#1172〜1174


#1174 △19.1 四等 下尾奈

19.1下尾奈

撮影日 2010年11月25日

(「西天」(#1173、上欄)の続き)

三ヶ日駅から湖岸沿いの301号線を歩き、鵺代から下尾奈へと向かった。下尾奈ではいったん尾奈駅に入って時刻表を見た。掛川行がくるまであと30分もない。

駅の向側の道に入り、200mほどで左折。お寺の横の坂道を登って行き、もう一度左折する。すぐ先に中年の女性が一人いて、その連れらしい男性が草付きの崖を降りてくる所だった。拡げた地図を手にしている。ひょっとして、と思い、「三角点ですか」と声を掛けたら、そうだという。同好者に出会うのは、11年やってて初めての事だ。いろいろ尋ねてみたいのだが、天浜線の時間もあり、聞けなかったのが悔やまれる。

標石は崖に上がってすぐの所で、先行者が見えるようにしてくれていたので、すぐに分かった。天浜線で尾奈駅から都筑駅に戻る。

#1174/#1172〜1174


#1098 △2.1 四等 舩岩

2.1舩岩

撮影日 2010年6月24日

寸座のマリーナから歩いてみることにした。東名の側道を行き、高速道路を潜るトンネルを出ると、そこから湖岸に降りる小道があった。湖岸に行き、三角点まで歩いて行けそうか観察すると、難しそうに見えるところがある。

あきらめて道路を歩いて浜名湖SAへ向かう。従業員用駐車場の奥、レストランのすぐ近くが一般客用の駐車場になっていた。そこからSAの公園を抜けて、西側の山林の斜面から湖岸へ降りた。

標石にはコンクリートの台座にあり、対空標識用に放射状の三本白のラインが描かれていた。

東名の浜名湖橋のある崎山に続く湖岸を見ると、干潮で岸が見えているのでマリーナまで歩くことにした。砂浜はなく、石と岩ばかりであったが、問題なく歩いて行けた。


#1037 △22.2 四等 大崎

22.2大崎

撮影日 2010年2月4日

三ヶ日から浜名湖レイクサイドウェイを瀬戸に向かって行くと、リゾートタウンへの出口を通り越してすぐの所にトイレのある駐車場があった。そこから大崎半島にある三つの三角点を巡ることにする。

そのトイレの裏にある小道が地形図の破線路にあたり、辿って行くと果樹園の中の農道に繋がり、左手には浜名湖も望める気持ちのよい道が続いた。車道に出て右折し、広い敷地の邸宅横の蜜柑畑から本点を目指して登って行った。(戻る時に知ったことだか、もう少し先に農道があった)

三角点はマキの生垣の道路側にはみ出すようにあって、保護石の二つは舗装の時にでも除去されたようだ。

(「南平」(#1038、下欄)に続く)

#1037/#1037〜1039


#1038 △30.6 四等 南平

撮影日 2010年2月4日

(「大崎」(#1037、上欄)の続き)

「大崎」から元の車道に引き返し、海岸沿いの道路を少し北に行って、すぐ右折して海岸線の道(浜名湖周遊自転車道)に出た。浜名湖や対岸の景色を眺めながら半島の南端を目指す。

「首なし弘法」という岩の所で岩に登って一休みした。それから先、右手の山側は険しくなっていく。大きな岩壁のある源助鼻にくると、正面の浜名湖には礫島が見える。そこにある案内板によれば、岩壁の大岩は鏡岩で、礫島は浜名湖唯一の島だそうだ。

案内板の近くから山に取付き、蜜柑畑に出、鏡岩に北側から回り込んで行く。潅木で薮っぽいところを抜け出ると、岩壁の近くに標石があった。行者大菩薩寒行記念の碑と、行者の石像も近くにある。

(「本城」(#1039、下欄)に続く)

#1038/#1037〜1039


#1039 △11.9 四等 本城

撮影日 2010年2月4日

(「南平」(#1038、上欄)の続き)

「南平」からは半島を縦断するように道をとり、猪鼻湖側に行った。こちらにも自転車道路が湖岸に整備されていて、そこを歩いてリゾートタウンに向かった。

ホテルやマリーナのある海岸線は立入り出来ないので、そこは迂回して猪鼻湖東岸に突き出たところにある佐久城址に行った。入口にいくと、案内板と見取り図がある。土橋を通って主郭へ行くと、佐久城址の碑と並んで保護石に囲われた標石があった。

駐車地点へ車道で戻ろうとしたが、レイクサイドウェイに歩いて入るのは危険なのでやめる。リゾートタウンの住宅地奥へ行って薮を抜けると、ちょうどそこが駐車地点だった。

#1039/#1037〜1039


#966 △290.9 三等 只木村

290.9只木村

撮影日 2009年8月23日

扇山林道の富幕山細江コース登山口のところに駐車する。林道を西に1キロほど行くと只木コース登山口(397標高点)のある幡教寺跡で、芝生の広場が気持ちよさそうなので立ち寄った。

更に林道を進むと355ピークのある支尾根の峠で、ここから南に分岐する林道(地形図記載なし、ゲート有り)に進む。その林道は短くて、すぐに355ピークの西斜面を巻く山道になった。蜘蛛の巣を払いながら尾根に抜け、そこから100mほど下ったところで標石を見つけた。

扇山林道に戻り、支尾根の破線路を登る。破線路の入口には朽ちかけた道標があり「愛知県境の稜線に達する」と書いてあった。下草の少ない見通しのよい尾根だ。

県境尾根を東に向かって富幕山へ。山頂には日曜日だが誰もいない。マツムシソウが幾輪か咲いていた。細江コースを下山する。


#849 △81.6 四等 三ヶ日町

撮影日 2008年12月4日

宇志川右岸の道路を北上し東名高速の下を潜ってすぐ先の送電線の真下あたりにスペースがあったので駐車した。

27標高点から西側の山に続く農道を登って行くと、上にある道路が見えるあたりで行き止りになった。適当に斜面を登って摩訶耶への分岐のところに出、道路を三ヶ日方面に下って本点に到達した。道路から表示杭が見えるのですぐに分かる。

道路を引き返して行くと、西の山側に「鯉山砦 順路」の案内札があったので辿ってみると163ピークに着いた。そこが鯉山砦跡らしいが、薄暗い林で、案内板も何もない所だった。尾根の東150mほどの所は浜名湖側が開けていて見晴しがよい。

(「津々崎村」(#850、下欄)に続く)

#849/#849〜850


#850 △257.8 三等 津々崎村

撮影日 2008年12月4日

(「三ヶ日町」(#849、上欄)の続き)

鯉山砦から東尾根を下って道路に降り、摩訶耶の分岐を右に進む。尾根に近い中腹に舗装道路が続いていて、紅葉や浜名湖の眺めなどを愛でながら歩いた。途中、左の山側に「観音岩 眞萱堂跡」があったので立ち寄る。

264ピーク西側の分岐で左に折れて、山を回り込むように進むと「三ヶ日高山ふれあいの森」案内板が現れた。264ピークは高山というようで、散策路がいろいろ整備されている。

直登ルートをとり山頂に着くと360度の展望が開け、展望台もある。南の一角には 保護石に囲われた図根点があった。高山から本点までは尾根道が続いていて、コナラの落葉が盛んだった。

三角点からは南下する尾根を歩いたが、境界標が続いており、薮も無いので歩きやすかった。鉄塔からは西側に下る巡視路を歩いて工事中の道路に抜け出た。

#850/#849〜850


#851 △80.9 三等 都築村

撮影日 2008年12月4日

東都築駅の横から東名高速の下を潜り、左折した側道に駐車スペースがあった。そこから都築神社に行って階段を登る。見上げる階段は先端が見えないくらい長く、数えながら登ると284段だった。更に拝殿まで16段あったので合計300段だ。

神社の南側には展望台が迫り出していて浜名湖側の景色が一望できる。

拝殿の裏に行くと、そこは広いグラウンドのようになっていて北側は蜜柑畑だ。中に入らせてもらって登って行くとピークに標石があった。

神社の下までは車道もあるが、帰りも長い階段を使った。


#624 △30.7 四等 南砦

30.7南砦

撮影日 2007年4月12日

駐車場を探しながら走り、結局本三角点から北東300mほどの農道に停める。

本点は道路横、背の高さぐらいのコンクリート壁の上にあった。ここから道路を舘山寺温泉に向って歩いて行った。

(「鳥冠岩」(#625、下欄)に続く)

#624/#624〜625


#625 △1.7 四等 鳥冠岩(とさかいわ)

1.7鳥冠岩

撮影日 2007年4月12日

(「南砦」(#624、上欄)の続き)

「南砦」(上欄参照)から内浦のほうに下っていき、遊園地の横を通って温泉旅館街へ行く。西の海岸線から鳥冠岩へ行こうとしたが、ロイヤルホテルの敷地内を横切ることになるし、見た限りではその先は崖で歩けそうも無い。

温泉旅館街奥の舘山(たてやま)遊歩道を恋人岬のほうに向い、岩の多い海岸線へ下ると松の枝のあいだから標石が見えた。少し離れたところにあるトサカのような形の岩が鳥冠岩なのだろう。

海岸線の少し上を通る遊歩道を右に一回りし、曹洞宗舘山寺を見てから「南砦」近くの車に戻る。

#625/#624〜625


#593 △38.2 四等 横山

38.2横山

撮影日 2007年2月10日

横山で幹線道路から湖岸沿いの狭い道路に入って行くと300mぐらい先に駐車場(15台程)があり「こでまりの館」と書かれた公衆トイレがあったので、そこから歩くことにした。

洲ノ鼻に向ってから右に折れて坂道を登っていくと畑に葉を落とした小低木が多くなった。ビニールハウスも何棟かあって中では同様の木が栽培されており、こちらは葉をつけている。小手毬の木だったのかと思い当たった。

周囲で一番標高の高い辺にもビニールハウスがあり、その隣の草地をざっと探したが三角点は見当たらない。GPSに頼ることにし目的の位置に向うと、ビニールハウスとビニールハウスの間の通路を少し下ったところでコンクリートに埋没している標石の天面が見えた。

北側の幹線道路に下って右折し百数十mほどで湖岸に下る小道に入り、「こでまりの館」に戻った。


#594 △300.8 四等 上尾奈

300.8上尾奈

撮影日 2007年2月10日

五年前に「下尾奈村」三角点を訪れた時と同様に狭石林道の起点のある峠に駐車。西側の尾根に蜜柑畑の間を農道を登っていくとすぐに山に入る。尾根道が続いていて草は刈られているし紅白の金属杭も所々にあって251ピークの近くまでは歩き易かった。

その先はひどい薮こそないが、道といえるほどでもない。巻き道らしき踏み跡もあるが獣道なので尾根を辿ったほうがいい。椿の木がいくつもあって、赤い花をつけていた。

山頂手前のコルは北側から伸びてくる林道の終点になっている。ここからの登りは低潅木の枝が多くなって歩き難いところも出てきた。山頂の北側は落葉樹なので、樹間から山々が見渡せた。

元のルートを引き返し、251ピーク東のコルからは南側の蜜柑畑に降りて道路に出た。


#452 △135.4 三等 横山村(本城山)

135.4横山村

撮影日 2006年2月11日

瀬戸側から瀬戸橋を歩いて渡り、地形図の破線にはどこから登ればいいのか正面のコンクリート法面と崖を調べたが登れそうなところはない。北に遊歩道を進むと瀬戸トンネル横に公衆便所があり、その裏手の急斜面にロープがぶらさがっていたので登ることが出来た。

尾根には踏み跡もあり、そのまま行くとなんとシーソーが設置されている。しかし、利用されている気配はまったくない。小さなピークを過ぎ、羊歯の茂る地帯を抜けると東側から明瞭な山道が合流してきて、その先山頂まで続いていた。

山頂は低木が茂って眺望はきかないが、ここは「尾奈の砦 本城山城遺蹟跡」であったというから昔は見晴らしが良かったのだろう。その西側に標石があったが、潅木や草で夏には苦労しそうな場所である。

下りは先ほどの東側から合流してきた山道を辿ってみた。明瞭なのはわずかな距離ですぐに分りにくくなるが、テープが短い間隔で付けられていて、結局、三ヶ日温泉の第二駐車場に抜け出た。


#453 △53.6 四等 宇津山

53.6宇津山

撮影日 2006年2月11日

正太寺の入口には山頂の墓地まで続く車道と、寺横から八十八ケ所霊場を巡る順路に通ずる階段がある。階段を登って順路を行くが、南斜面なので暖かい。振り返ると浜名湖が見渡せて、トンビが周囲を飛び回っていた。

山頂の南側は墓地で、北側に宇津山城跡の散策コースがある。その道標近くに測量棒が立っていた。ここの三角点は「亡失」となっているが、もしかして標石が転がってやしないかと探してみたが見付からなかった。

点の記によれば設置当時にはバンガローがあって、その便所横に標石があったという。カシの木も近くにあったようで、測量棒はその跡地に立てられたのかも知れない。


#454 △285.9 三等 大知波村

285.9大知波村

撮影日 2006年2月11日

知波田から豊橋に向う道路に入り、900mほどで右折して51標高点のすぐ先の実線の分岐の所に駐車した。

実線の道は蜜柑畑に続く農道で、行き止まりの蜜柑畑と山の境界に測量棒が立っていた。そこが破線路の入口とみて入り込んでみると山道が続いていた。枝道もあるが、破線の方向に忠実に進むと、東京営林署の杭と赤ペンキが現れたので辿ったが涸沢で途切れる。その涸沢を詰めたところが峠で、薄い踏み跡が尾根方向に続いていた。

尾根にはテープも短い間隔で付けてあったが、低木が多くて歩き難い。三角点の周囲は比較的開けているが、眺望はきかない。往路を引き返して下った。


#455 △88.3 四等 カン寺

88.3カン寺

撮影日 2006年2月11日

本三角点の北西にある蜜柑畑に続く農道を行ける所まで車で詰めたら、回転の出来ない行き止まりで、坂の下りをバックで戻る羽目になってしまった。

収穫の終わった蜜柑畑の中を東の尾根に向い、尾根では北側の果樹園と南の山林の境界あたりを歩いて山頂に行った。ここの三角点は金属標でコンクリートの蓋がしてあり、蓋には陶製の円盤に「三角点 国土地理院」と記してあった。


#428 △130.7 三等 釣村

130.7釣村

撮影日 2005年12月17日

山の南側の道路脇に駐車して、カメラだけ持って農道を登って行った。蜜柑の山で、収穫作業の最中である。農道は舗装されていて、山頂まで続いている。南側には遮る物が何も無いので、登るにつれて浜名湖方面の見晴らしがよくなった。

山の上には西側に一つと東側に一つ電波塔がある。東のほうに向かって行くと北側は山林が残っていて藪がある。ピークに向かって蜜柑畑の中を進み山との境にいくと電気柵が設置してあり、その柵の先に表示杭と標石が見えた。


#429 △196.9 四等 三軒家

196.9三軒家

撮影日 2005年12月17日

ことしの二月にここを探索したときは藪の斜面を探索したが見つけることが出来なかった。あとから点の記を見ると、斜面でなくピークに設置していることが分かった。

今回はこの山の北側に有る広域農道に駐車し、破線路を探した。しかしそれらしき山道は見つからなくて、またそこは伐採跡地で草が多かったので、山林側に入り適当に登った。伐採した木が放置されて歩きにくかったが、すぐに林道(地形図に無い)に出た。少し林道を進んでまた崖を登って山側に入り破線の峠付近と思われる尾根にのった。

この尾根にも伐採された木が放置されたままで歩き難かった。二つ目のピークに着くと南側はひどい藪である。しかし、どうもその中にありそうだ。藪の中に入ったらすぐに古びた紅白の杭と標石を見つけた。

標高の196.9というのは国土地理院の基準点情報の値だが、標石を見付けたピークは200m超である。どんな訳で、こんなミスが起きたのだろか?(「地形図も間違える」参照

(「平山村」(#430、下欄)に続く)

#429/#429〜430


#430 △382.1 三等 平山村

382.1平山村

撮影日 2005年12月17日

(「三軒家」(#429、上欄)の続き)

「三軒家」から北西に尾根を下るとすぐに林道が尾根を横切っている。そこから進行方向の尾根の北側を捲いて林道が伸びていたので行ってみた。もしかしたら中山峠東の林道まで繋がっているかもしれないと思ったのだ。しかし数百メートルで行き止まりになった。

そこから薄い踏み跡が伐採跡地を捲いて先に続いていたので辿っていき、最後は適当に尾根に登った。尾根を忠実に中山峠東の林道まで歩けばよかったのだが、南の谷側にあった踏み跡を辿るとだいぶ荒れていた。

林道の終点に抜け出て、林道を少し北に進むと左の山側に登山口を見つけた。そこを登ると小さな土の崖がありロープが設置してあった。境界尾根に出ると明瞭な山道がずっと続いている。464ピークには「平尾山」と書かれた手書きの山名札があった。杉・桧の多い混生林でアオキが多い。鉄塔二箇所からの見晴らしがいいのと、三角点手前の360超ピークの南側に展望のよい場所があった。

三角点手前のコル周辺だけ笹が多いが、人の通るところは刈り取られていた。標石を見て休憩してからまたこのコルに戻り、ここから南に下る破線を歩いた。踏み跡はすぐに消えたが、藪のない斜面なので適当に下り、林道を横切ってからまた尾根の破線を歩き広域農道の崖の上に出た。

#430/#429〜430


#358 △224.9 四等 本坂山

224.9本坂山

撮影日 2005年2月3日

本坂トンネルに向ってR362を進み、途中で右折して本坂の集落に入る。山の南東斜面には中腹まで蜜柑畑があるのを見て、そこから山頂まで行くことにした。「李下の冠」収穫期なら別のルートにしただろう。

蜜柑畑の間を抜け、樹林帯に入る。道はないが自然林で下草・薮がなくどこでも歩ける。

山頂にはところどころうっすらと雪が残っていた。ここから尾根を北上して中山峠へと向う。

(「中山峠」(#359、下欄)に続く)

#358/#358〜359


#359 △392.3 四等 中山峠

392.3中山峠

撮影日 2005年2月3日

(「本坂山」(#358、上欄)の続き)

本坂山を下りコルのあたりから踏み跡がはっきりしてきた。東に分岐する道があったので、地形図の破線の捲き道かと思い進んでみると谷のほうに下ってしまう。引き返しながら捲き道を探すが羊歯が深いし、山道は見付からなかった。

コルに戻って尾根伝いに登っていく。319標高点あたりから残雪が多くなってきて踏み跡も雪で消えた。たまに赤テープがあるが、それほど歩かれている様子はなく、400超ピークのあたりは潅木で歩き難い。

三角点から北のコルに下ると東の谷に沿って山道があり、「奥平山」と書かれた手書きの道標があった。雪で滑りそうだったがロープがあったので下ることにする。200mほど進むと南東の枝尾根に道があるように見えたので行ってみた。結局、山道ではなかったようだが、左側の谷に下れば破線に出るはずなのでそのまま進んだ。

谷に降りてみると道らしいものはなく、倒木などで荒れている。そのまま沢沿いに下ってから196.9三角点を探すためにいったん左側の尾根に出た。しかし、これは失敗。見当をつけたところは薮が深かった。あるいは現在地の確認が正確でなかったのかもしれない。再び谷に降りて、沢沿いを下ると林道に出た。

#359/#358〜359


#283 △137.4 四等 摩訶耶(千頭峯)

137.4摩訶耶

撮影日 2004年1月29日

摩訶耶(まかや)寺の駐車場から道路を北に歩いていくと、右側に「千頭峯(せんとうがみね)城址」の案内板がある。そこから細い道路を登っていくと、新しい農道にで、さらに進むと登り口の看板があった。そこからは山道で階段がつくられている。

山頂は見晴しがよく、公園のように整備されていた。この城は鶴翼型の典型的な山城だそうだ。「本曲輪」に三角点があった。

「井戸曲輪」に下って井戸の跡を見学し、まき道を進むと「荷馬街道」だった南東尾根に出た。ここから谷沿いに下って摩訶耶寺に戻った。

摩訶耶寺から千頭峯城址へ登るコースにも、途中に登り口の看板がある。


#284 △260.3 四等 大福寺

260.3大福寺

撮影日 2004年1月29日

千頭峯城(上欄参照)のことは大福寺の古記録に記されているそうで、その大福寺の裏山の山頂を目指す。

大福寺本堂の裏に回り様子を見たが、登山口らしいものは無い。山に入ってみたが踏み跡もなかった。しかし、照葉樹の自然林で薮もないのでここを直登することにした。

傾斜はかなり急だったが、最後まで薮もなく尾根に出ることができた。なだらかな尾根を進むとすぐに山頂に到着。

このところの寒波が緩み、日だまりは暖かかった。

山頂からは北尾根へ山道がのびていた。


#224 △112.7 二等 呉松村(大草山)

112.7呉松村

撮影日 2003年6月3日

国民宿舎に向かう道路から農道に入り、道路脇に駐車する。

大草山の南側を捲く遊歩道に入るとアカマツの多い自然林となった。ロープウェイの下あたりから山頂にいく道があり、そこを登った。

山頂からは舘山寺側と東名の浜名湖橋側に展望が開けている。

ここは大草山森林公園となっていて、山の周囲に遊歩道があり、案内標識も整備されていた。


#182 △259.9 四等 引佐峠

259.9引佐峠

撮影日 2003年1月25日

下気賀から奥浜名湖オレンジロードにはいり、引佐峠の駐車場に車を置いた。

峠の登山口から奥浜名自然歩道を尉ヶ峰に向かって登る。よく整備されたコースで、ところどころにベンチもある。三角点は道の中ほどにあり、下部がかなり露出していた。

(「岩根」(#183、下欄)に続く)

#182/#182〜184


#183 △234.6 四等 岩根

234.6岩根

撮影日 2003年1月25日

(「引佐峠」(#182、上欄)の続き)

「引佐峠」からは高低差も少なく、快適な尾根歩きとなる。289のピークが目標なので、地形図で現在地を確認しながら歩いた。

289ピークから自然歩道を外れ、東の尾根にはいるのだが、幸い道がある。すぐに踏み跡が分からなくなるが、またしっかりした道にでた。道標によれば、西気賀へ下るハイキングコースのようだ。

三角点のある場所は、そのコースからは外れていて、下刈した枝・草が放置されて歩き難い斜面をピークに向かって登った。ピークから少し下った目立たない所に三角点を見つける。

(「天狗岩」(#184、下欄)に続く)

#183/#182〜184


#184 △235.3 三等 天狗岩

235.3天狗岩

撮影日 2003年1月25日

(「岩根」(#183、上欄)の続き)

「岩根」からは元の道を引き返し、引佐峠の駐車場まで戻った。このあたりは細江奥浜名湖展望公園となっている。

トイレのある広場から石畳の姫街道を引佐峠まで行き、そこから南の尾根道に入る。そのまままっすぐなだらかな尾根道を進むと、すぐに三角点が現れた。赤いペンキが塗られていた。

#184/#182〜184


#143 △423.9 三等 嬢ヶ峠

423.9嬢ヶ峠

撮影日 2002年8月22日

(「太田」(気賀 #142)の続き)

「太田」三角点から南アルプスの見える所を過ぎると、その先は私有地を通る旨書かれた看板が現れ、「北大路コレクション」の白い建物みえてくる。

横を通らせてもらい、尾根を進むと、今度は「中央アルプスの見える所」がある。北隣の富巻山の左手に天気によっては見えるのだろうが、今日は生憎見えなかった。

広い尾根道の登りが続き、これで登り切ったかと思うところに三角点が現れた。

ここからなだらかな道を250メートルほど進んだところが尉ヶ峰(433)である。ここからは、浜名湖側に展望が開けている。

(「大谷」(#144、下欄)に続く)

#143/#141〜145


#144 △417.3 四等 大谷

417.3大谷

撮影日 2002年8月22日

(「嬢ヶ峠」(#143、上欄)の続き)

尉ヶ峰を下っていくと鞍部に道標があり、左手に「大谷キャンプ場」に降りる小道が続く。その鞍部を登っていくと急に展望が開ける。南西に緩やかに下る尾根と、その先に広がる浜名湖の景色が素晴らしい。尉ヶ峰からの展望よりもずっとよい。

その南西の尾根は草で覆われ、パラグライダーの飛行場所となっているようである。

樹木に囲まれた尾根をさらに進むと、ピークとも言えないような場所に三角点が保護石に囲まれていた。

(「白谷」(#145、下欄)に続く)

#144/#141〜145


#145 △305.7 四等 白谷

305.7白谷

撮影日 2002年8月22日

(「大谷」(#144、上欄)の続き)

尉ヶ峰から先へ行く人は、ほとんど風越峠から富幕山へ向かうとみえる。風越峠への分岐につくと、そちらへの道は、はっきりと続いているのが見える。しかし、そのまま尾根を西に進む人はほとんどいないとみえて、地形図にある破線道の踏み跡が確認できない。

それでも薮はないようだから、行くことにしたが、蜘蛛の巣には閉口した。棒切れで払いながら進む。方向を確認しながらしばらく進むと、三角点を発見。

そこからは薮となった。ひどいものではないので歩測で200メートルほどそのまま進み、適当な所から南に向きを変えて林道目指して下った。

林道に出てから、国民宿舎へは2時間ほどかかった。

#145/#141〜145


#102 △139.5 四等 小板築山(こほうづきやま)

139.5小板築山

撮影日 2002年1月31日

乎那(おな)の峯のマンサクが開花したというので立ち寄ってみたが、ほんの数本だけでまだ早かった。

そこから板築山の東側斜面の蜜柑畑へと続く農道を登る。農道の終点近くで蜜柑畑と山の境界に入り、板築山と小板築山のコルあたりに出た。

尾根には道がなかったが、草が枯れているので歩けない程ではない。

三角点のあるピークからは葉を落とした木立の間から浜名湖方向が望める。


#103 △114.2 四等 日比沢

114.2日比沢

撮影日 2002年1月31日

板築山の北西斜面に広がる蜜柑畑には農道があちこち走っていて迷ってしまう。送電線を頼りに車を走らせる。

送電線と道路の交差するあたりを調べると、案の定、鉄塔の巡視路と思われる道があった。

その鉄塔からほんの十数m北側に三角点はあった。展望はない。


#104 △245.3 三等 下尾奈村

245.3下尾奈村

撮影日 2002年1月31日

日比沢三角点(#103、上欄参照)から道路を南下して、峠に向かう。峠から東へ延びる狭石林道は、入り口が閉鎖されていた。

そこで、峠からなだらかに山頂へと続く尾根沿いに登ることにし、蜜柑畑から尾根に取り付いた。

始めは多少歩きにくかったもののたいしたことはない。尾根道だけでなく山頂からの展望もなかった。

帰りは北東の尾根を狭石林道へ下ることにした。登りのルートよりは歩きやすいが、林道に抜け出るあたりは植物が密生していた。


#105 △131.9 四等 利木(としぎ)

131.9利木

撮影日 2002年1月31日

これこそ蜜柑山という感じで、周囲も山頂もすべて蜜柑畑だ。

上尾奈のお寺の横から南に蜜柑山につづく農道を進む。三角点のあるピークから南に二つ目のピークにまず登る。

ここから見晴しのよい尾根を歩く。隣のピークには貯水タンク(?)があり、その横に大きな石がある。ちょっとした岩登り気分で登ると、周囲になにも視界を妨げるものはなくすばらしい展望であった。

その先のピークに三角点がある。農道の上にコンクリートと保護石に囲まれ鎮座していた。ここから浜名湖側の展望は防風用のマキの生垣や蜜柑の木がじゃまして、いまひとつである。