興津

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国土地理院 北西 北東 地形図表示
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#1235 △8.9 四等 大山

8.9大山

撮影日 2011年4月7日

「羽衣の松」を起点に三保半島を左回りに歩きながら途中の三角点に立ち寄る。blog

三保の松原の中の遊歩道を抜け、海岸線の歩道に出る。正面に富士山、左手に松原、右手に駿河湾を眺めながら歩くのは気持ちが良い。

松林の隙間に学校らしい建物が見えたので、そちらに向かった。清水第五中学校の校門に行くと、ちょうど通学時間で、生徒たちが続々とやってくる。フェンスの隙間から表示杭は見えるのだが標石は見えない。鉄の蓋が見えるから、その下なのだろう。

学校の先生らしい人を見付けたので、その方に断って校内に入り、鉄の蓋を持ち上げてみる。砂をかき分けると標石が顔を出した。

(「三保村(一)」(#1236、下欄)に続く)

#1235/#1235〜1239


#1236 △3.0 三等 三保村(一)

3.0三保村(一)

撮影日 2011年4月7日

(「大山」(#1235、上欄)の続き)

三保灯台からは海岸線を離れ、三保飛行場の西側の道路沿いの歩道を歩く。飛行場の先から再び海岸線の歩道に行き、博物館の近くで南側の道路に出た。

道路がカーブしている地点の内側に標石がある筈なのだか見当たらない。車が一台停めてあったのだが、GPSを取り出して調べると、ちょうどその車の下あたりらしい。しかし、屈みこんで車の下を覗いたが標石らしいものはない。

傍の民宿の主人に聞いてみると、この辺の筈だといって、その車を動かしてくれた。それでも標石はみえなかったが、砂を払っていたらICタグの付いた天面が出て来た。

博物館の屋上に、もう一つの三等三角点「三保村(一)補点」があるのだが、そちらはパスして次の三角点を目指した。

(「三保貝島」(#1237、下欄)に続く)

#1236/#1235〜1239


#1237 △1.9 四等 三保貝島

1.9三保貝島

撮影日 2011年4月7日

(「三保村(一)」(#1236、上欄)の続き)

博物館前から内浜海水浴場へ行き、裏道を南下して三保造船所の角を西に曲がり、火力発電所の横を通り過ぎた。道路は更に続いているのだが、フェンスは無いものの道路両側が門のような作りになっている。守衛所はないし、先には渡船場もあるのだから通行してもいいのだろうと思い、更に直進した。

海の近くまで行くと、道路脇に表示杭があった。しかし標石は見当たらない。メモして来た点の記を見ると、道路のまん中にある鉄板の下に標石はあるようだ。メモを見たり、GPSで位置を調べたりしていると、工場の人が近付いて来た。ここは工場の敷地なので出て行くようにとのことだ。渡船場も無くなったという。急いで、立ち去った。

「清開」(駒越#1238)に続く)

#1237/#1235〜1239


#1216 △334.9 四等 飯ヶ谷

334.9飯ヶ谷

撮影日 2011年3月10日

「小島村」(蒲原#1215)の続き)

高根山からは林道を通らず、近道して山の西側を下ったが、林道に降りるところが薮だった。この舗装された林道を暫く進み、414標高点の手前200mほどのところから近道して、西側の山林から茶畑に下った。

この辺は、一帯に茶畑が広がっており、見晴しが良く気持ちのよい場所だ。金属票の三角点を確認してから、茶畑の中に続く農道を南に向かう。

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(「川戸」(#1217、下欄)に続く)

#1216/#1215〜1218


#1217 △387.6 四等 川戸

387.6川戸

撮影日 2011年3月10日

(「飯ヶ谷」(#1216、上欄)の続き)

「飯ヶ谷」から茶畑の中に農道を歩き、送電線のところから左の山林に入った。鉄塔までいくと西側が薮であり、標石は薮の中だと面倒だなと思ったが、茶畑のほうに回り込んでみると、茶畑と薮の間に三角点が見えた。

この400mほど先で農道は西に下ってしまう。南に続く尾根は狭まり、そこにあるコルへ、地形図によれば徒歩道が繋がっている。しかし、この徒歩道を見つけるのにちょっと手間取った。(ルート図は「飯ヶ谷」欄のブログ参照)

(「八木間村2」(#1218、下欄)に続く)

#1217/#1215〜1218


#1218 △359.2 三等 八木間村2

359.2八木間村2

撮影日 2011年3月10日

(「川戸」(#1217、上欄)の続き)

上記のコルから道のない尾根を登って上にある茶畑に抜け、農道に出て200mほど行って左の尾根の徒歩道に入った。道を辿って行くと「谷津−清見寺」の道標があり、そこから左折する具合に道があり、直進方向にも踏み跡がある。地形図でちょっと徒歩道が西に膨らんでいる地点だ。ここは左折が正しい。

道は本点のあるなだらかな山頂を巻いているので、適当に左の山林にはいり標石に至った。

399標高点のある茶畑に戻り、根元が朽ちて倒れている「谷津−清見寺」の道標のところを下って行くとコルを通る徒歩道に出る。中腹の車道から谷津に下ったところに横山城の城跡があったので、立ち寄ってから八幡橋に戻った。(ルート図は「飯ヶ谷」欄のブログ参照)

#1218/#1215〜1218


#1190 △244.4 三等 八木間村1(さった山)

244.4八木間村1

撮影日 2010年12月26日

さった峠からの破線路は中腹の蜜柑畑から分からなくなり、歩きやすそうな所を登って行くと舗装された農道の癰壁が行く手を遮った。そこを乗り越えて薮っぽい尾根を行くと、篠笹の密集した山頂に着いた。

GPSを持って篠笹の中に分け入り、標石を見つける。周囲だけ刈り払われていたのは、ICタグを取り付けるためだったのかもしれない。

「立花村2」(蒲原#1191)に続く)

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#1190/#1190〜1193