御前崎

←千浜↑相良| ↓海 | →海

国土地理院 北西 北東 地形図表示
南西 南東


#1040 △91.0 二等多角点 18550

91.0,18550

撮影日 2010年2月9日

18456(#1036参照)同様に掛川の同好者の方が三日前に見付けてくれたので、埋もれてしまわないうちに確認して来た。

ここは去年の4月9日に始めて来て、今年の1月23日にはGPSのポイントと周辺にスコップの先を地面に挿して回った。もう少し内側(茶の株側)も探索すれば、コンクリートの蓋に当たっていたはずで、努力不足であった。

位置は、本点北西にあるNo.983電柱の、農道をはさんで反対側の茶の列を1番とすると、10番と11番の列の11番側で、農道から約32m(歩測なので正確では無い)である。


#1041 △68.3 二等多角点 18720

68.3,18720

撮影日 2010年2月9日

ここも18550(上欄参照)と同様に見付けてもらった所だ。といっても、多角点の金属標はなくて、その構造物を含めて残骸のみである。

去年の4月9日に始めて来た時の写真を見ると、コンクリート枡の蓋と思われる残骸があるのが分かる。その時は多角点に関係のあるものとは思い至らなかったのだが、今年になって相次いで見つかった18456(下欄)や18550の構造から推測すれば、多角点の残骸だとして間違い無さそうである。

写真赤矢印の所には、茶色の土管の欠片が残っている。その土管の中にはコンクリートを詰め、上面に金属標を貼付けていたのだろう。土管の中の円柱のコンクリートの欠片も残っている。写真手前のコンクリート枡は、同好者の方が欠片を集めて再現しておいてくれたものだ。


#1036 △71.2 二等多角点 18456

71.2 18456

撮影日 2010年1月25日

ここへは昨年の4月9日にも来ていて、今日が三回目だ。

林光寺から北東に続く破線路横、標高75mあたりにDocomo相良笠名無線局がある。そこから山に入って尾根沿いを行くと、二つ目のコルにあるプラ杭から13.4mのところに本点がある。

一昨日、掛川の同好者の方が埋もれていたのを見付けてくれたのだが、その二時間ぐらい前に、私もプラ杭から8.4mのところを探していた。点の記の要図を書き写す時、最初のコルから84mというのを8.4mと誤記していて、二つ目のコルから8.4mと勘違いしていたのだった。

18721(#909参照)と同様に「国土地理院 多角点」と書かれた陶器標が蓋にあり、中に「二等多角点 基+本 No18456」等が刻字された金属標が収まっている。


#1035 △41.9 四等 大山道

41.9大山道

撮影日 2010年1月23日

浜岡のイオンタウンから歩くことにした。

市役所のほうに向かい、図書館のところで北に曲がる。372号線に出て西に向かい、大山へ行った。本点のある山の北側の道路横には、墓地に登って行く階段があった。階段で最上段のお墓までいき、その横から山に入っていくと、すぐに表示杭が見えた。

帰り道には電子基準点を見に浜岡中に立ち寄った。それから市役所まで行き、四等三角点「池新田」のある屋上を見上げてからイオンタウンに戻る。


#1032 △5.9 四等 浜通

撮影日 2010年1月16日

波津三丁目のショッピングタウンに駐車し、まずは相良中の校庭内にある四等三角点「相良中」へ行った。川側のフェンスから表示杭は見えるのだが、残念ながら標石は見えなかった。

次に小堤山公園の丘の上に登ってから、小堤山トンネルを見学し、現在は自転車歩行者専用道路となっている駿遠線の軌道跡を歩いて須々木のほうに向かった。

相良公民館は想像していたより大きな建物だった。駐車場の植込みに真新しい(H20年)標石を見つける。敷地の隅にある5.7水準点(写真下)も見て来た。

「須々木」(相良#1033)に続く)

#1032/#1032〜1033


#1034 △59.9 二等多角点 18453

撮影日 2010年1月16日

初回は2006年の5月30日だった。配水池であるコンクリートの箱型の建物があり、その時は建物の周囲を探した。昨年の4月9日には、点の記を参考に建物の屋上を探した。梯子があるので屋上には登れたが、そこは草木が茂り笹も密集する薮で、見つけられなかった。

その三日後には巻尺を持って行った。屋上なのに土が深く、石ころやコンクリート片が混じっている。位置を特定し掘り起こしたが、持参した小さなスコップでは無理だった。

四度目の今回はシャベルで再挑戦した。前回掘った跡を、さらに掘りすすめる。建物の屋根と思われるコンクリート面(土の表面から37センチの深さだった)が出て来て、白い陶器面も見えてきた。なにか文字が書いてないかと期待していたのだが、結局写真のように+の刻字がある四角い陶器がコンクリート面に埋め込まれているだけだった。

この陶器、標石の下に置く磐石に相当するものではないか。点の記には「自柱石上面 至磐石上面 0.47m」との記述がある。


#998 △12.9 四等 新野川

撮影日 2009年11月3日

去年の7月19日に始めてここを訪れた(千浜#801「浜岡」参照)。砂地に草の茂る丘で、見つけることは出来なかった。草の枯れるのを見計らって同年の12月18日にスコップ・長靴姿で再訪。西からの強風で砂が吹き付けて痛いうえ寒くて敗退。次には今年の6月25日に再々挑戦。数m四方を標石の幅ぐらいでスコップの先端を片端から挿していったがだめだった。

今から思うと見つかる訳がなかった。なにしろ地中1mのところにあったのだから。

国地院は最近この辺の三角点にICタグを付けているようで、そのためか昨日ここを訪れた同好者の話では穴の跡があったという。その方も、その後を掘ったのだが見つけられなかった。そこで私が後を引き継ぎ、発見に至ったという次第。標石にはICタグがなく、国地院は失敗したと思われる。なお、もう一人の同好者の方は2006年1月にこの標石を確認しているそうで、地表すれすれに標石が見えていたという。

#908 △45.3 四等 新谷

45.3新谷

撮影日 2009年4月12日

サンロードと平行するひとつ北側の道路、広沢の少し西に空地があったのでそこから歩き始める。まず薄原に向かう途中の畑にある多角点18722に立ち寄り、GPSを取り出して金属標を探した。畑の境界辺だが地面が見えないくらいに植物が密生していて結局見つけられなかった。

北上して新谷に向かう。目標に近付くと茶畑の角に石が数個あり中央にはコンクリート片がある。それを取り除き、土を掻き分けたら標石の天面が見えて来た。石は予想通り保護石だったわけだ。

引き返して駐車地点に戻る途中で白羽神社の神輿の巡行に出会う。神主・御子、神輿などの行列で騎馬の人も一人いた。


#909 △35.1 二等多角点 18721

35.1 18721

撮影日 2009年4月12日

三日前にここより北にある御前崎の多角点八ケ所を歩いて回ったが一つも見つけられなかった。今日も一つ、別の多角点だが見つけられず、ここが最後のチャンスだった(全部で十一あり残りは二つだが、そのうちの一つは白羽小学校屋上なので除外)。

地形図では周囲は茶畑で、ここも見つけるのはまず無理だろう。そう思いつつ探し始めたのだが、茶畑の横にコンクリート枡があり、蓋を見ると 多角点と書かれた陶器標があって、蓋を持ち上げると中に金属標が現れた


#744 △50.9 四等 新野

撮影日 2008年2月14日

木ヶ谷(千浜#743)から新野川を渡って長ヶ谷に向かう。本三角点のある山の南側の峠に行くと、道路から山側に階段があった。階段からほんの少し先で山道は終わっていて、あとは薮っぽい尾根を歩く。

三角点はピークの南側に少し下がったところにあった。元のルートで峠まで下り、次の宮ヶ谷へと向かう。

(「宮ヶ谷」(#745、下欄)に続く)

#744/#743〜746


#745 △58.1 四等 宮ヶ谷

撮影日 2008年2月14日

(「新野」(#744、上欄)の続き)

長ヶ谷から道路を北東に進み、途中で右折して池のほうに向かう。池の北側でまた右折して茶畑の丘の上に出て、すぐに下るとまた池がある。そこから東の田圃のほうに下ると正面の山の中腹が宮ヶ谷の集落だ。

民家の横に伐採跡があったのでそこから山に取付き、尾根に出てから少し南に行ったところに三角点があった。さらに南に尾根を下って道路に抜け出た。

(「天窓山」(#746、下欄)に続く)

#745/#743〜746


#746 △59.5 四等 天窓山

撮影日 2008年2月14日

(「宮ヶ谷」(#745、上欄)の続き)

宮ヶ谷からは下に向かう道路を歩いた。天窓山へは東にある神社から山に取付く。山に入り込むと薮もなく、尾根伝いに西に向かって標石に到達した。

そこから南西方向に下れば最短で道路に出られるのだが、様子を見に少し行ってみるとなんとか行けそうだった。結局、建物の裏手(みかんの無人販売所がある)に抜け出たが、最後のところは薮と傾斜で難儀した。

新野川を渡り、駐車地点の木ヶ谷に戻る。

#746/#743〜746


#639 △43.9 四等 上岬

43.9上岬

撮影日 2007年5月31日

県最南端の岬にある市営駐車場から階段を登り灯台の横を素通りして直進し、交差点を左折して150mほど進む。民宿の裏手に三角点があると思われる草木の茂るこんもりした小いさなピークが見えた。しかしそこに行けそうな小道がない。

ピークの北側へ回り込み、畑を通って民宿の裏に行き、薮をかき分けて中に入り込んだ。すぐに小道が現れて、そこがピークなのだが草木や放置された枯竹などで標石を見つけるのは難しそうだ。GPSを取り出して三角点を探し当てた。標石は天面だけ露出していて周囲に保護石はあるが表示杭はない。

三角点からは小道を辿って東側の民家横から小さい畑を横切って地形図にはない路地に抜け出た。

(「御前崎」(#640、下欄)に続く)

#639/639〜641


#640 △47.1 四等 御前崎

47.1御前崎

撮影日 2007年5月31日

(「上岬」(#639、上欄)の続き)

「上岬」から北に進み、本三角点西南の路地の突当りへ行った。北の崖側はずっと金網のフェンスで立ち入り出来ないようになっていたが、出入口もあって幸い開いていた。

その出入口からは踏み跡が続いていたが、三角点近くの草むらで消えた。ここの緯度・経度は「処置保留」ということで国土地理院のデータが得られなかったのでGPSは使えない。広い草むらをかき分けるのは難儀だと思っていたが、表示杭があったおかげで短時間で探し当てることが出来た。さきほどの「上岬」でもそうだったが、撮影をしているとすぐに薮蚊が何匹も襲って来た。

ここの三角点は金属標だが盤石は珍しくコンクリートの円柱だった。金属標には「この測量標を移転き損すると測量法により罰せられます」と刻字されている。

(「西尾高」(#641、下欄)に続く)

#640/639〜641


#641 △31.6 四等 西尾高

31.6西尾高

撮影日 2007年5月31日

(「御前崎」(#640、上欄)の続き)

「御前崎」から南下して広い道路にでてから西に向う。自衛隊分屯基地の横を通って緑色のドームをもつレーダーサイトに立ち寄り、さらに西に進んだ。

交差点を尾高海岸へ通ずる道に折れて海岸沿いの道路にで、右折して歩道を150mほど行った。三角点のある辺は道路の左側の擁壁の上だったので、少し戻って山に入り込んだ。ちょっとした薮をかき分け、標石に到達した。

道路の斜向いには一等水準点、万葉歌碑、白羽の風蝕礫産地があるので立ち寄ってから灯台に向って歩いた。左手は緑の丘、右手には海。ここの道路からの景色は相変わらず素晴らしい。

#641/639〜641


#569 △108.2 三等 比木村

撮影日 2006年12月16日

06年9月21日に比木周辺をハイキングしたとき(#535「中田原」参照)本三角点に立ち寄ったが標石を見付けられなかった。その時はGPSも使ったし、点の記にある図を見て、一m毎に印をつけたタコ糸で写真中央奥の小さな祠および農道からの距離を計りもした。

今回はGPSのみ持参で再度挑戦した。最初にGPSの示す場所には周囲も含めて標石が見付からなかった。バッテリーの警告が表示されていたので、新品の電池に交換してやり直したら最初とは少し離れた位置を示した。不思議に思いながらも、とにかくその場所の周囲のお茶の木の下を覗きこんだり掻き分けてりしてやっと発見できた。


#568 △52.3 四等 玄保

撮影日 2006年12月16日

この三角点から北に約400mほど先の尾根を横切る道に半年ほど前(#492 「牛飼山」参照)に来てみると峠の西側は廃道になっていて、尾根も踏み跡はなく歩けるような状態ではなかった。その時は工場と山の境界にある通路を通って三角点南側の道路に回ってから、三角点西側の参道(道路の法面の階段が入口で、山の上の祠まで道がある)を登った。しかし、祠の南側の篠笹の薮を見て引き返した。

今回は初めから薮漕ぎするつもりで参道を登った。用意した剪定鋏では篠が太くていちいち切ってられなくて、ひたすら掻き分けて進んだ。標石は急斜面の縁の近くにあり、そこには篠も生えてなくて近くにあるのは細い笹だった。


#534 △88.6 四等 宇洞

88.6宇洞

撮影日 2006年9月21日

大兼の、新野川の橋のところから北に向う道路は地形図では500mほどで行き止まりになっている。とにかくそこまで行って、現地で登れるところを探すつもりで車で入っていった。

道路はさらに山側に延長されていて、両側から草が車に擦るほどだが、舗装はしてある。尾根の林道に出た所で駐車した。

林道を西に140mほど行くと行き止まりでテレビの中継局(三基)がある。周囲を探したが三角点は見当たらない。結局、東側の一基から北東の山の際に笹で覆われた白い色の際立つ標石を見付けた。(写真は周囲の笹を刈ってから撮影したもの)


#535 △98.5 四等 中田原

98.5中田原

撮影日 2006年9月21日

比木の信号のある交差点(GSあり)のすぐ北側の筬川に架かる橋の近くに駐車し、ここを起点に周囲の三角点を巡りながら一回り歩いてきた。

まず宮木谷の分岐を山側に折れて、舗装された農道を登っていく。左側に送電線が接近してきて、坂の上に出た。その南側に小さい茶畑があり、位置的にはそのあたりに三角点があるはずだと判断して、茶畑を一回りして標石を探した。

見付からないのでGPSを取り出してセットしてみると、その茶畑と南側の山の境の草むらあたりを示した。草むらをかき分けて標石を探し当てる。

さらに中田原から西原へ向い、老人憩の家のある交差点を南下して△108.2「比木村」を探すが失敗した。

(「山田」(#536、下欄)に続く)

#535/#535〜536


#536  △38.4 四等 山田

38.4山田

撮影日 2006年9月21日

(「中田原」(#535、上欄)の続き)

中田原の三角点から西原に行き、会下谷に下ってから山田に向う。この三角点の北側の住宅地に、三角点に通ずる小道を探したが民家の敷地内で行き止まりになるような小道ばかりである。

団地二棟の南側に行ってみると三角点のある山のほうに道が通じていた。その道を進んで、次に茶畑の山側崖沿いを奥まで行くと標石が近くの茶畑の中に見えた。

#536/#535〜536


#492 △40.9 三等 牛飼山

40.9牛飼山

撮影日 2006年5月30日

この山の北北東側の道路脇に立札があって「↑三角点 京松稲荷 白浜まちづくり委員会」と書いてある。そこから山の上にある小さな祠まで小道が続いていた。三角点は少し離れた所にあったが、そこまで足を運ぶ人は少ないとみえ踏み跡は無かった。

次に150号線にでて北東に800mほど歩き、北側の工場(NOK)横の道に入って、丘陵の上にある二等多角点(18453,18455)と電子基準点を探した。18453は茶畑と建物の周囲を探すが見付からず、18455は茶畑の斜面でこれも見付けられなかった。あとで「点の記」を読むと18453は建物の上にあるという。

更に西に向って歩き、今度は52.3「玄保」三角点を探しに行く。山頂までは参道があり簡単に行けるが、そこから三角点のある南側は猛烈な笹薮で入るのを諦めた。

堀野新田を通って牛飼山に戻る。


#154 △88.4 三等 池之山

88.4池之山

撮影日 2002年10月5日

桜ヶ池の池宮神社の北側に山に向かう小道があった。右手に池を見ながら進むと、途中で尾根に向かう分岐があり、そちらに進む。

すぐに尾根道にでるが、あまり人が歩いている様子はない。しかし踏み跡はしっかり続いている。

山頂は広いが、展望はなく、三角点の回りには写真のように笹が生えていた。