相良

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国土地理院 北西 北東 地形図表示
南西 南東


#1159 △2.5 四等 相良中

2.5相良中

撮影日 2010年11月7日

今年の一月に訪れた時は、校庭の外側から覗いて、表示杭しか見えなかった。今回も、同様に波津三丁目のショッピングタウンに車を置いて、相良中へと向かう。

前回は草で標石が隠れて見えないと思っていたのが、今回もやはり見えない。近付いて確認するしか無いので校内に立ち入り、部活の指導をしていた先生に許可をもらた。

標石は見えなかった筈で、コンクリートの枡に収まっていて、蓋が載っていたのだ。(点の記には地下と書いてあるのだが、読んでいかなかった)

(「堀之内」(#1160、下欄)に続く)

#1159/#1159〜1160


#1160 △5.6 四等 堀之内

5.6堀之内

撮影日 2010年11月7日

(「相良中」(#1161、上欄)の続き)

相良中学校から川沿いの道路を上流に向かう。橋を通り過ぎると未舗装の農道になった。二百mほど先の道の左は茶畑だった。茶畑の中の標石探しはいやだなと思いつつ、GPSを取り出した。

GPSの示すほうに行くと、茶畑の外側だった。そこはコンクリート舗装がしてあって、シートでなにやら覆っている。シートの下にコンクリート枡があり、蓋を持ち上げると標石が収まっていた。

そのまま菅ケ谷川沿いの農道をいき、473号線に出てショッピングセンターへ戻った。

#1160/#1159〜1160


#1161 △1.9 四等 鹿島

1.9鹿島

撮影日 2010年11月7日

相良から150号線を車で北上しながら、どこから歩こうかなと思っているうちに勝間田川の手前まで来てしまった。急遽、橋の手前で右折して、そこに車を停める。

橋の所からは、堤防沿いの道と、もうひとつ南側に平行して道があった。堤防沿いのほうの道を行きながら右手に注意していたら、下に見える平行している道の行き止りになっているところに表示杭が見えた。

(「勝俣」(#1162、下欄)に続く)

#1161/#1161〜1162


#1162 △70.3 四等 勝俣

70.3勝俣

撮影日 2010年11月7日

(「鹿島」(#1161、上欄)の続き)

三角点「鹿島」から勝俣の三角点を目指す。150号線を渡って道場へ行くと、神社からはお囃子の音が聞こえてくる。今日はお祭りのようだ。

山裾の道路を行くと秋葉公園があったので、そこで休憩してから、更に先へ進む。藤沢から民家の前の狭い農道を登っていくと、茶畑の丘陵に出る。そろそろ上り坂が終わるので道路沿いに注意していると、道路横に標石が見えた。

帰りは途中まで元の道を引き返し、あとは勝間田川の左岸堤防の歩道を歩いて150号線まで戻った。

#1162/#1161〜1162


#1131 △117.9 三等 上原

117.9上原

撮影日 2010年9月10日

「三栗原」(島田#1130)の続き)

「三栗原」の先の交差点を右折し、まだ残暑の厳しい中、235号線をひたすら歩いた。3.5キロほど行って右手の茶畑に入り、南西の縁のほうに行く。

茶畑の中をGPSの示す辺で茶木の株を掻き分けたり、下から覗き込んだりして、やっと標石を探し出した。埋もれてはいないが、茶葉に隠れて外側からは見えない(写真は、周囲の枝を動かして見えるようにしたもの)。南東側の隣の茶畑に給水バルブがあり、その位置の茶の列を約6mほど行った所である。

235号線を戻り、大久保の先でゴルフ場の南東側の境界を通る道に左折した。山林の中を通る道なので木陰が多いのがうれしい。473号線に出て、駐車地点の大澤橋に戻った。

#1131/#1130〜1131


#1033 △112.6 四等 須々木

撮影日 2010年1月16日

「浜通」(御前崎#1032)の続き)

相良公民館西側の道路を数百m波津側に進み、左手に折れて古い町並みを通り抜け、川沿いの道路を北北西に進んでった。

送電線の下を通りすぎた先の分岐は左の急な坂道をとり、携帯電話基地局の塔の横を通ってから、再び元の道路に合流した。その地点から右手の茶畑の縁にある表示杭が見えたので、標石はすぐに分かった。

相良のショッピングタウンへの帰り道、下り坂からは相良の町並や海がよく見え、景色を堪能した。


#859 △135.7 三等 菅ヶ谷村

135.7菅ヶ谷村

撮影日 2008年12月18日

今年の五月に新野原から歩いてきて本点を探したのだが見つけることが出来なかった。(#782「菅山原」参照)同好者からの位置情報があったとはいえ、今回はあまりにも簡単に見つけることが出来た。

写真奥の赤いものは鉄塔。標石はお茶畑の道路側から三列目、向かって左端から10.1メートル(巻き尺による簡易測定)の位置にあり、上部が少し露出している。


#784 △71.9 三等 波津村

71.9波津村

撮影日 2008年5月22日

須々木原のほうからR69で近付き、茶畑のある小さなピークに登る。思いがけずピークの東側は法面で下は広い道路になっていた(写真参照)。

狭い尾根を南に行って山林の中を探したが標石はない。GPSによれば写真の中央あたりに三角点があったのだろう。

(道路は手持ちの地形図だけでなく、最新のインターネットの国土地理院の地形図にもまだ載って無い)


#782 △144.7 四等 菅山原

144.7菅山原

撮影日 2008年5月22日

新野原の交差点の近くの神社(白羽・諏訪神社)に駐車して、近くの三角点三ケ所を巡ることにした。

はじめに東の須々木方面に向かい135.7「菅ヶ谷村」に行く。茶畑の下を探し回ったが見つからず西原まで引き返した。

西原から菅山原にいくと、幸いここの標石は茶株の外に露出していたのですぐに分かった。

(「布引原」(#783、下欄)に続く)

#782/#782〜783


#783 △150.1 四等 布引原

150.1布引原

撮影日 2008年5月22日

(「菅山原」(#782、上欄)の続き)

菅山原から高橋原にいき、道路を北上して赤土原へと向かう。

150標高点あたりから歩測しながら進み、だいたいのところで西側の茶畑を横切って畑の縁に行く。縁沿いを探していると民家の近くで標石を見付けた。

新野原に引き返し、駐車場所に戻る。

#783/#782〜783


#704 △110.1 四等 東萩間

110.1東萩間

撮影日 2007年11月8日

10日前に「萩間」(#699参照)から歩いて訪れた時には三角点を見つけられなかったが、国土地理院の基準点情報でも不明('05/7/15)となっいる。同好者の一人は'96年に確認しているそうで、GPSを持参して再度探してみることにした。

点の記によれば山頂に設置したことになっている。現地の山頂だと思われる場所(GPSの経緯度と一致する)には尾根沿いに鉄条網のフェンスが続いており、東側が数メートル削られている。暫く周囲を探したが結局見つからなかった。この工事の時に亡くなったのかもしれない。

写真上は北側から山頂を撮ったもの、下は南側から撮ったもの。青く写っているのがフェンスの鉄の支柱だ。


#705 △145.3 四等 室沢

145.3室沢

撮影日 2007年11月8日

「さがら子生れ温泉」から南側の道路を歩いて西に200メートルほどで左折、すぐに右側の坂道を登って行った。茶畑の広がる丘陵の上にでると少し広い道路にぶつかる。地形図(平成9年版)によればそこを左折してそのまま進めば道路上かすぐ近くに三角点があるはずだ。

しかし見つからない。GPSをセットすると、なんとそこから別の方向を指示するではないか。訳がわからないままに指示する方向に進むと給水施設の金網のフェンスの中に標石があった。

あとで点の記を見ると、この三角点は昭和50年に南方43メートルに移転されたと記されていた。つまり平成9年版の地形図は修正されていなかった訳で、地形図だけを頼っていたら絶対見つかるはずはなかったことになる。

(「大寄村」(#706、下欄)に続く)

#705/#705〜706


#706 △136.3 三等 大寄村

136.3大寄村

撮影日 2007年11月8日

(「室沢」(#705、上欄)の続き)

「室沢」三角点から西に道路を300メートルほどいったところを左折して谷沿いの道を歩いて大寄に下った。

R473パイパスに入る道路の陸橋の手前で山側の道に折れて登って行くと倒木が道を塞いでいた。車は通れないが人はその下を潜れる。分岐を過ぎて坂の上に出るあたりで右側は山林から茶畑にかわる。

山林のほうに携帯電話の基地局があり、初めはその周囲(薮である)を探した。次に茶畑のほうに移ったが目印等なにもなくGPSに頼ることにする。

北から一列目と二列目の間に入って行くと幸いにもすぐに標石が見えた。東端から約4メートルのところだ。

大寄に引き返し、室沢地区を通り抜けて西荻間の「さがら子生れ温泉」に戻った。

#706/#705〜706


#698 △99.5 四等 西萩間

撮影日 2007年10月28日

R473を南下しながら駐車出来るところを探していたら「さがら子生れ温泉会館」が賑わっていたので行ってみるとバザーが行われていた。そこに駐車してから道路を400メートルほど戻り、ななめ左の細道を進むと祭の屋台が道を塞いで半天を着た人たちが休憩している。

横を通り抜けてすぐ先の左手の茶畑の小山に登った。標石は茶畑のピークにはなく、近くの東側の立ち木の残る狭い尾根にあった。

(「萩間」(#699、下欄)に続く)

#698/#698〜699


#699 △113.2 四等 萩間

撮影日 2007年10月28日

(「西萩間」(#698、上欄)の続き)

「西萩間」から茶畑の中の小道を通って大倉の道路に出てから荒川のほうに向かう。すぐ先を右折し、もう一度右折して山の上に向かう破線路に入った。

茶畑から山林にはいると薄暗い山道となり、右に尾根が分岐するところに「金比羅山入口」と手書きされた板がある。それに従って尾根道を行くと小ピークに金比羅神社があり、裏手に標石があった。

南西に向って鳥居があり参道が続いていたので辿って下るとすぐに荒れた竹林となった。そこを過ぎると倒木と沢に浸かった道で、通り抜けるとR473沿いの民家の横に出た。(No.492電柱があり、根元に「金比羅」と書かれた板がある)

その足でスズキ相良工場北西にある三角点「東萩間」へ行ったが、鉄条網で仕切られた尾根を暫く探したが見つけることが出来なかった。

#699/#698〜699


#666 △141.2 四等 丹野

151.2丹野

撮影日 2007年8月1日

丹野池の北側にある駐車場から歩く。

駐車場の横から古谷原に登っていく道は見晴らしがよくて、丹野池も見下ろせた。坂の上に出たら右折して中丹野方面に向う。送電線の下を過ぎてすぐ左側の農道を進むと狭い茶畑で、奥の小高いところに鉄塔が見えた。

山に入り込むと尾根には踏み跡もありすぐにピークに到達した。そこは狭いところで笹に覆われていて、東側の一段低い所に鉄塔がある。笹をかき分けて標石を探し出した。

(「棚草村」(#667、下欄)に続く)

#666/#666〜668


#667 △154.8 二等 棚草村

1548棚草村

撮影日 2007年8月1日

(「丹野」(#666、上欄)の続き)

「丹野」から古谷原に引き返し、丹野原を西の谷側の狭い道路のほうを歩いて北上する。大通りに合流する手前で西側の茶畑のほうに向った。

このあたりではという場所に表示杭や紅白棒等の三角点の目印が見付からないのでGPSを取り出した。しかし目標の緯度・経度の地点に行って周りの茶畑を探しても標石は見付からずに、一つ隣の茶の列の端のほうに標石が見えた(民家の生垣の北側で、茶畑の合間にある菜園の近く)。GPSの精度は残念ながらこんなものだ。

(「小沢」(#668、下欄)に続く)

#667/#666〜668


#668 △159.8 四等 小沢

159.8小沢

撮影日 2007年8月1日

(「棚草村」(#667、上欄)の続き)

「棚草村」から大通りに出て、丸尾原を過ぎ峠原へと炎天下に道路脇を歩むが日陰がなくて一息つく場所もない。

道路が二股になっているところを左に行き、茶畑を横切って西の谷側にある山のほうに向う。三角点の少し手前まできている地形図実線の道は途中からなくなり茶畑の隅を歩いて山に入った。

山に入ると踏み跡が続いていて、先には地形図にはない鉄塔があった。鉄塔の下や周囲は、もしそこに三角点があったら諦めるしかないほどの猛烈な薮だった。GPSで調べると薮地帯よりは東の山の中のようで、周囲を探して標石を見つけ出す。

最短ルートの道を通って丹野池に戻った。

#668/#666〜668


#605 △133.4 三等 篠ヶ谷

133.4篠ヶ谷

撮影日 2007年3月3日

新野の想慈院の裏山には城跡があって「八幡平城跡のハイキングコース」として整備されていた。広い駐車場があったので、ここから三角点「篠ヶ谷」へ行くことにする。

道路を三百メートルほど南に下り東側の山を回り込むと奥に溜め池がある。堤防に向って右の茶畑と山の境の薮の無いところから尾根に取り付いた。そこは山道だったようで、倒木などはあるが問題なく歩けた。

茶畑に抜け出て、すぐ横の道路の西側を注意しながら歩く。地形図では道路のすぐ東側に標石があることになっているが、先にここを訪れた人の情報では西側の笹の中にあるはずだ。篠ヶ谷展望台の約50メートル先、白ビニール紐をまいた桧の近くに情報通り三角点があった。

往路を引き返して想慈院に戻り、城跡を巡るハイキングコースを歩いた。自然林の気持ちのよいところで、本郭のあった 八幡平は広々した明るい林の中であった。


#507 △25.3 四等 太田

25.3太田

撮影日 2006年7月13日

萩間川河口から二つ目の橋の近くにある大江地区コミュニティ防災センター傍の空き地に駐車。狭い路地を歩いて平田裏山の中腹の寺を目指す。寺が正面に見えたら、参道の方に曲らず東にまっすぐ進む。

すぐに車止めがあり、その先には草の茂る道が続いていて、左側は薮の斜面だ。その道を注意深く探して見たが三角点は見付からない。斜面の薮の中だとすると諦めるほかないと引き返した。車止めのすぐ近くに来た時、薮の疎らな箇所を見付け、入り込んでみた。

すると、笹薮が刈られて一本の道が出来ており行き止まりに標石があった。どうやら再測量があったようだ。南側の潅木も伐採されていて、そこからは海が望めた。

(「大江村」(#508、下欄)に続く)

#507/#507〜511


#508 △80.1 二等 大江村

80.1大江村

撮影日 2006年7月13日

(「太田」(#507、上欄)の続き)

平田の狭い路地を抜けて北側の広い道路に出ると正面に平田寺(へいでんじ)が見えてきた。寺を見学してから丘陵の上に続く道路を登って行った。周囲は舗装道路ということを除けば、山の中にいるような雰囲気のところだ。

坂道の終わり近くなると右からの道路と合流する。その右手の茶畑に標石があるはずだが、ほぼ平坦な茶畑で、点の記を見てもなかなか見つけるのは困難そうだ。GPSに標石の位置を入力して指示する方向に向った。

何の目印もない茶畑の中、GPSのゴール地点の周囲を探す。幸い、茶の木は深く刈り込まれて探しやすい。ほどなく標石を発見する。(写真、傘の所。背景の電柱は道路横のもので「78ト652」の標記がある。電柱からは標石まで約30mだ。)

(「奥原」(#509、下欄)に続く)

#508/#507〜511


#509 △91.0 四等 奥原

91.0奥原

撮影日 2006年7月13日

(「大江村」(#508、上欄)の続き)

「大江村」からは茶畑の広がる台地のほぼ中央に続く道路を北上する。木陰もなく、曇り空でよかったと思う天気であった。

寺河原への分岐からは歩測しながら歩き、同時に道路横の電柱の記号が「76ト222」(点の記によると、その電柱の傍だということになっている)かどうか確認する。しかし、そんな必要もなかった。

前方左側の茶畑は苗木を植えたばかりで、道路から近い位置にある標石が丸見えだったのだ。

(「道場」(#510、下欄)に続く)

#509/#507〜511


#510 △102.6 四等 道場

102.6道場

撮影日 2006年7月13日

(「奥原」(#509、上欄)の続き)

「奥原」からさらに道路を直進すること約一キロ。そこから東の茶畑の中の農道250mほどは迷わず進める。なにしろ先月に二回訪れているのだ。初回は下調べなしで来て空振り、二回目は点の記を参考に自作のたこ糸ゲージで測量し、ここはというところを掘ったのだが、素手だったし、茶畑全体を枯枝や腐葉土などが厚く覆っていて掘り出すことが出来なかった。

今回は、数日前に同好の士の方が掘り起こしてくれていたのですぐに発見。そこはまさしく先月自分で探した場所であった。

(「浜山」(#511、下欄)に続く)

#510/#507〜511


#511 △5.7 四等 浜山

5.7浜山

撮影日 2006年7月13日

(「道場」(#510、上欄)の続き)

「道場」から寺川原のほうに引き返し、道路を左折して大鐘家住宅のほうに下る。坂道の途中に相良梅園があった。

真新しい老人ホーム横を通り過ぎて右折し、大鐘家住宅を外から見学。そこからまっすぐ海に向って歩き、国道、大平洋岸自転車道と横切ると堤防に出た。

コンクリートの堤防上は歩けるようになっている。150mほど進むと饅頭形の土台に金属標の三角点が出入口の近くにあった。さらに南下すると海岸にはサーファー大勢いる。坂井のほうに行くとコンクリートの堤防は、敷石と海へ下る階段や植木のある遊歩道が萩間川河口の水門まで続いていた。

#511/#507〜511


#499 △87.2 四等 西側

97.2西側

撮影日 2006年6月22日

黒子のJA萩間支店正面の神社に駐車する。蛭ヶ谷から北西に折れて谷の奥に通ずる道に進むが、地形図の実線の道(旧道)と平行して西側に出来ている新しい道を歩いた。

貯水地のところで旧道を少し戻ると山側に巡視路の案内札がある。巡視路は茂った草や露出した土が濡れていて滑りやすい。電柱のある尾根から捲き道に入り、もう一つの電柱の横を登っていくとすぐに山頂だ。見晴らしは良く無い。


#500 △11.9 四等 女神

11.9女神

撮影日 2006年6月22日

「女神」三角点を見る前に女神山に登ることにした。

女神から沢木に向う道路の途中に山腹に通ずる道路(私有道)がある。そこを歩いて行くと茶畑となり、なだらかな丘の上には墓地もある。東に伸びる道路を少し進むと、茶畑と山の境に小道があり、山に入り込むとコンクリートの道が続いていた。

山頂には女神社という神社がある。そこの案内板によるとこの山は石灰山(いしばいやま)・女神山といい、天神山(男神山)に対して帝釈山とも呼ばれているそうだ。南側が開けていて、ベンチが設置されていた。

東に下る道路を辿って行くと住宅街の路地からR473のガソリンスタンド横に出た。R473を南に少し下った事業所の敷地内に三角点がある。コンクリートの蓋がしてあって一寸見には気がつかないが、穴の中に金属標が埋まっていた。

この石灰山、東側を除いて崖になっており、西側の茶畑に周り込んで近付いて行くと、 迫力のある岩壁だった。


#501 △108.2 三等 大江

108.2大江

撮影日 2006年6月22日

女神から歩いて萩間川に架かる女男橋を渡り、前方に見える天神山男神石灰岩を目指す。山の南側の集落から東の丘に続く農道を登って岩の南側、すぐ傍まで行った。そこから岩の東側へ回り込むように小道をいくと行き止まりで、そこから岩に取り付くことが出来る。

農道に引き返して丘の上に向って歩いていき、広い道路に出た所からは歩測しながら進む。150mほどで右側の茶畑に入り、周囲を捜し回ったが標石は発見出来なかった。

二日後、点の記の略図と一m毎に印を付けたタコ糸を持って再度その茶畑に立った。道路側からタコ糸を伸ばしてどの列にあるか特定し、次に端から60センチぐらいのところで茶の木を掻き分けたところ角の欠けた標石が現れた。(写真赤矢印の位置に標石がある。横の白いのがタコ糸)


#327 △146.3 三等 有ヶ谷

146.3有ヶ谷

撮影日 2004年9月9日

塩の道を調べていて「塩買坂」が気になっていたので、この三角点を探しながら歩いてみることにした。

小笠東小から歩きはじめる。路地裏を通り抜け、切り通しの道路の峠から左側の狭い農道を登っていくとお茶畑になる。正林寺の手前で丘を下り、道路を横切って再び農道を登っていく。

広い道路にでて、左の坂道(塩買坂)を登った峠の右側のお茶畑が目指す地点と思われる。農作業をしていた人が、三角点は分かりにくい場所だからと案内してくれた。畝の下、目印もないし、一人だったらまず見つけられなかっただろう。

要所には塩の道の案内札があるし、起伏が多く、景色もよいところなのでハイキングにもお薦めである。


#262 △149.4 四等 神尾

149.4神尾

撮影日 2003年12月9日

久しぶりに訪れた丹野池は、すっかり整備されており、池の周りには散策デッキも所々に出来ていた。池の水の色はコバルトブルーで、季節のせいか水量は少ないものの美しい。もっとも、色が美しいのは好ましくない理由もあるようだ。

駐車場から池を半周して、池の西側の農道を登っていくと茶畑が広がる。そこから南西へ続く尾根道を進むと、また茶畑が現れる。

三角点はその茶畑の西側の隅にあった。見晴しのよい場所で、遠州灘も望める。


#179 △87.1 三等 仁田村(龍眼山)

87.1仁田村

撮影日 2003年1月17日

「龍眼山城」の城址は榛原公園となっており、山頂にも駐車場があるが、下の神社前の駐車場に車を置く。

公園の展望台に上り景色を眺めてから、茶畑の農道を高根山に向かって歩き始めた。

農道が分岐する地点を確認して、50メートル程戻り、周囲の茶畑の中に三角点を探したが見付からない。しかし、すぐに畑と西側斜面の雑木林の境に表示杭を見つけた。

その横に保護石に囲まれ、さらに名前は知らないが、写真中央の植物に覆われて、三角点があった。

(「宮ノ谷原」(島田#180)に続く)

#179/#179〜181