
| 国土地理院 | 北西 | 北東 | 地形図表示 |
| 南西 | 南東 |
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(「大洲公民館」(住吉#1273)の続き) 大洲公民館の南側の通りを少し西に行くとスーパーがあったので、昼食と涼を求めて中に入った。そのあと郵便局の所から北の小道に折れ、新幹線下のトンネルを潜って稲荷神社に行き、そこの木陰で休憩する。 稲荷神社からは西に400mほどで、給食センターだ。敷地は金網に囲われているが、道路沿いから三角点を見ることが出来た。ここは金属標である。 (「善左衛門」(#1275、下欄)に続く) #1274/#1272〜1275 |
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(「中河」(#1225、上欄)の続き) 「中河」からすぐ先の東名高速まで行き、南側の側道を吉田ICのほうに向かって進み、東名出口の大通りを渡ってから、谷川東の路地を通り抜けた。 川沿いに出ると、フェンスに囲われた空地の隅に標石が見えた。 (「船木」(#1227、下欄)に続く) #1226/#1224〜1229 |
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(「船木」(#1227、上欄)の続き) 「船木」から川沿いの道などを歩いて、初倉南小学校へ行った。敷地の外から見えなければ諦めるつもりである。 フェンス越しに校内を覗いてみると、プールの横に標石が見え、フェンスの隙間からなんとか撮影出来た。 (「井口溝」(#1229、下欄)に続く) #1228/#1224〜1229 |
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牧之原ICのほうから473号線で東萩間に下り、ゴルフ場に向けて左折。すぐ先の大澤橋のところに駐車可能な場所があった。 そこから坂道を登って行き、ゴルフ場入口を通り過ぎ、坂の上に出る。送電線を目印に本点に近付いたが、表示杭などの目印はなく、GPSを取り出した。それでもすぐには見つけられなかったのだが、結局、標石は写真のように道路側から少し入った所に埋もれていた。 (「上原」(相良#1131)に続く) #1130/#1130〜1131 |
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「鳴沢平」(#669参照)の時と同様に勝間田城跡の駐車場を起点に歩くことにした。城跡から茶畑に出てからは、車道を通らずに茶畑と谷側の山林の境を歩く。途中から道が出てきたが、すぐ行き止まりになり、フェンスで行く手を遮られた。初めから車道を回ったほうがよかったかもしれない。 小山段に下るのに、車道北側の実線の道のほうを行くと、地形図では繋がっているのに行き止まりになった。藪の急斜面なので突破を諦め、引き返す。 三角点は急カーブの内側にあった。見晴らしのよい場所で、ベンチがあり、花壇の整備もしてあった。 |
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ここには昨年の六月に倉沢の棚田からハイキングの途中に立ち寄った(#943「沢水加」参照)が、猛烈な薮で撤退した。五ヶ月後の11月21日には南側の二重フェンス沿いから近付いたが、フェンス内側の笹薮は掻き分けたくても出来なくて、表示杭さえ見えなかった。 その後、当サイトの掲示板で、掛川の山麓山さんから、12月27日に西側フェンスから接近して、高枝切り鋏で内側の笹を刈り、表示杭と石垣の穴を確認した、との知らせを受けた。さらに、翌々日には釣り竿の先にカメラを取り付けてセルフタイマーを利用するという離れ業で、石垣内部にある標石の撮影に成功したという。 新年早々に私も訪れてみた。現場に続く笹薮は刈り払われていて、撮影した地点はすぐに分かった。釣り竿の離れ業は無理なので、 山麓山さんの写真を使わせてもらうことにする。 |
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(「坂口」(#1027、上欄)の続き) 「坂口」から柿ヶ谷に下り、県道に出た。28標高点のところから勝田へと折れ、田圃の中の農道を歩いて行くと、右手に表示杭が見えて来た。 その先、土手の道を進み、川幅の狭くなっている所を飛び越えて勝間田川の対岸に渡り、起点の坂口分岐の所に戻った。 #1028/#1026〜1028 |
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2003年1月17日に榛原公園から高根山に向かう途次本点を探した(#180、「宮ノ谷原」参照)が見つけられなかった。それが初回で、その後、2007年2月17日、同年12月15日にも近くの三角点ハイキングの帰りに立ち寄って探した。 今回は四度目だが、巻尺・スコップ持参で、時間もたっぷりある。意気込んで通い慣れた茶畑に近付くと、防霜ファンの柱(写真、右に白く写っている)に赤テープが巻いてあり、そばに緑の棒が挿してあるのが見えた。 緑の棒の根元の枯葉や土を掻き分けていると標石の天面が姿をあらわした。 |
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倉沢の棚田見学を兼ねて周囲の三角点を巡ることにした。 上倉沢公会堂の道路反対側の広場に駐車。少し南にいって左折し坂道を登って行くと左手に目指す棚田が見えてきた。荒れ地になっていたのを復元させたということだ。 そのまま坂道を登っていき中腹で右折して台地の上に出た。R473の陸橋を渡って旧道に出、道路を南下して無線中継所にある四等三角点「無線塔」に行った。しかし二重フェンスがあって中に入れず三角点を見ることは出来ず、再び旧道に戻って茶業試験場へ向かった。 茶業試験場もフェンスに囲われていたが、中にいた人に三角点を見たいと言うと親切にも案内してくれた。標石は、場内の茶畑の中にさらにフェンスで囲われた一画があって、その中にあった。 (「千駄ヶ原」(掛川#944)に続く) #943/#943〜944 |
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小仁田薬師から石段を登ってその上の神社へ行き、そこから尾根に取付いた。山林に入り込むと尾根筋は明瞭で歩きやすい。 ピークに出ると林道がきており、林道を西に向かっていくと小さな茶畑に出た。正面にはなにかの電波塔が見える。その茶畑の東隣、林道横の崖の上が地形図の三角点のあるピークのようなので登ってみたら標石があった。 |
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八ヶ月ほど前に旧東海道の石畳などを歩いてから本三角点に立ち寄った(#618、「下原」参照)のだが、GPSがありながら見付けることが出来なかった。今回は静岡の山の帰り道に立ち寄って再度試みることにした。 GPSが指定の緯度・経度を示した地点の周囲で、狭い茶列の間を匍匐前進しながら両側を観察していく。すると古びた板切があって「牧・・(読めない)」と書いてあった。その横の地表の枯葉などを払うと標石が出てきた。 同じ列の北側奥に防霜ファンがあり、手前の南端から標石までは約4メートルだ。写真にあるように青色の棒を立てておいた。 |
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勝間田城跡に麓の駐車場から農道を登っていき、畑地から山に入ると曲輪の跡地が現れた。本丸の手前には見晴らしのよい場所があり、静岡空港造成地の奥には富士山も望めた。 本丸跡地の先は山道となるが、遅くとも平安時代からこの細道を人は通っていたのだろう。そんなことを思いながら踏み跡を辿ると明るい茶畑の広がる台地に抜け出た。 谷をぐるっと左回りにまいて、農道から道路に出て分岐のところで左の茶畑に入る。茶畑と山林の境の茶畑側で標石を探したが見付からない。山側の笹を端からかき分けていたら標石が出て来た。 道路に戻って分岐を右に折れて2キロ以上先の送電線手前で右の農道に入り、三等三角点「静谷村」に到達。そのあと上庄内へ下ろうと送電線の先の分岐へ向うが、ここは地形図が違っていて上庄内への分岐は送電線の下にあった。 その上庄内へ下っている時にどうも歩いたことがある道だと思い始め、以前勝間田公園から「静谷村」に来たとき帰りに通った道だと思い出した。 (「切山」(#670、下欄)に続く) #669/#669〜670 |
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(「鳴沢平」(#669、上欄)の続き) 「鳴沢平」から「静谷村」(#303)を経て上庄内に下り、勝間田川左岸に渡り、最明寺に向って炎天下を歩いた。 最明寺千手観音堂入口から参道を登って仁王門を潜り、観音堂へ。近くにあった市天然記念物のイスノキも見てから山の上に続く農道を登って行った。 峠には地形図にない農道が通じていて三叉路になっている。そこから茶畑の先の小ピークに登ると標石があった。 下山には南西の農道を使い、道路に出て起点の勝間田城跡駐車場に戻った。 #670/#669〜670 |
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(「下原」(#618、上欄)の続き) 「下原」から牧ノ原公園に向う。公園はカタクリの花を見に訪れるた人で賑わっており、花も見頃であった。 公園を下って473号線を横切り、坂の町中を適当に通り抜けてJRを跨ぐ陸橋を目指す。陸橋の北側は大覚寺の墓地で、その先の小山にも墓が見える。地形図によればその小山に三角点があるはずだ。 小山の上は狭いところに墓が密集していて、標石は墓石の裏の目立たないところにあった。 線路沿いを歩いて金谷駅に向い、金谷宿の一里塚跡のところで線路の下を潜って473号線にで、すぐ近くの石畳茶屋第二駐車場に戻った。 #619/#618〜619 |
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(「鳴子原」(#598、上欄)の続き) 未確認三角点「小屋原」を探しているうちに雲行きが怪しくなった。そこから南東に農道(地形図で60標高点のある道)を飯室乃神社のほうに下って行き、途中で左折して本三角点の南側に回った。 ゴルフ練習場の西にある神社の前を農道が通っていて、そこから茶畑になっている山に登っていった。雨も降り出しそうなのでGPSを使って早いところ見付けないと。 GPSの示す場所は茶畑の横の農道だった。なのに標石が見当たらない。探しているうちに 草に隠れた三角点を見付けた。通常、保護石は周囲に四つあるのに、ここには紛らわしくいくつも似通った石があってすぐには気がつかなかったのだ。 「吉田たんぼ」の中の道路を歩いて山の根に向い、林泉寺の長藤の横を通って小山城に登り、能満寺のソテツを見て能満寺山公園の駐車場に戻った。直後に雨が降り出す。 #599/#597〜599 |
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(「仁田村」(相良#179)の続き) 榛原公園から茶畑の台地のまんなかをはしる農道を北上する。周囲に視界を遮るものはなく、富士山、南アルプス、牧ノ原台地など眺めながら歩く。 運動公園に下る道の角あたりに三角点があるはずで、道路横の茶畑のなかを探していたが見付からない。道路に戻って、思わず苦笑してしまった。写真のように路上にあったのだ。 さらに農道を先にすすみ、東名を跨ぐ陸橋の手前の茶畑に行く。そこに80.7「小屋原」があるはずなのだがとうとう見つけることが出来なかった。 (「坂部村」(#181、下欄)に続く) #180/#179〜181 |