島田

←掛川↑向谷↓相良→住吉

国土地理院 北西 北東 地形図表示
南西 南東


#1274 △29.4 四等 大西町

29.4大西町

撮影日 2011年6月29日

「大洲公民館」(住吉#1273)の続き)

大洲公民館の南側の通りを少し西に行くとスーパーがあったので、昼食と涼を求めて中に入った。そのあと郵便局の所から北の小道に折れ、新幹線下のトンネルを潜って稲荷神社に行き、そこの木陰で休憩する。

稲荷神社からは西に400mほどで、給食センターだ。敷地は金網に囲われているが、道路沿いから三角点を見ることが出来た。ここは金属標である。

(「善左衛門」(#1275、下欄)に続く)

#1274/#1272〜1275


#1275 △31.4 三等 善左衛門

31.4善左衛門

撮影日 2011年6月29日

(「大西町」(#1274、上欄)の続き)

大西町一丁目から善左衛門一丁目に行き、大井川のほうに向かう。日清紡藤枝工場の南西側の道路から堤防のほうに向けて狭い道を行くと、正面の堤防の土手の中腹に白っぽい杭が見えた。

土手を登っていくと、白い杭はやはり表示杭で、すぐそばに標石があった。「三等」の文字の上のほうが欠けており、標石自体も傾いているように見える。

堤防の道路を横切って、河川敷のマラソンコースに降りる。すぐに焼津の境界の目印があり、その先の駐車場に自分の車が見えた。

#1275/#1272〜1275


#1224 △37.8 四等 大柳

37.8大柳

撮影日 2011年3月24日

本点の上流数百mの大井川右岸堤防を起点に、南側の市街地にある三角点を巡ることにした。

その堤防の道の横にある本点は、標石頭柱の四隅が欠けていて、すぐには三角点だと分からなかった。側面の刻字の、覗ける部分を見て標石だと確認出来た。

あとで国土地理院の基準点情報を見ると、平成17年の7月に補修したことになっているから、その後に再び欠けてしまったようだ。

(「中河」(#1225、下欄)に続く)

#1224/#1224〜1229


#1225 △25.2 四等 中河

25.2

撮影日 2011年3月24日

(「大柳」(#1224、上欄)の続き)

「大柳」から新幹線の下を通り抜け、こんどは河川敷のほうを歩いて下流方向へ行く。途中から堤防の上の車道にでて、右手を注意しながら進むと、表示杭はないもののコンクリートの枡が土手の段になっているところに見えてきた。

コンクリート枡には金属プレートが取り付けられていいる。

(「神戸」(#1226、下欄)に続く)

#1225/#1224〜1229


#1226 △16.6 四等 神戸

16.6神戸

撮影日 2011年3月24日

(「中河」(#1225、上欄)の続き)

「中河」からすぐ先の東名高速まで行き、南側の側道を吉田ICのほうに向かって進み、東名出口の大通りを渡ってから、谷川東の路地を通り抜けた。

川沿いに出ると、フェンスに囲われた空地の隅に標石が見えた。

(「船木」(#1227、下欄)に続く)

#1226/#1224〜1229


#1227 △22.7 四等 船木

22.7船木

撮影日 2011年3月24日

(「神戸」(#1226、上欄)の続き)

「神戸」からは川の左岸沿いにある道を、吉田ICの北側からは田圃の中の道を行く。三角点に近付いてからは田圃(地形図記号は田だが、レタス畑が多い)や畦道に注意しながら進むが、それらしい物は見当たらない。

GPSを取り出して、見当たらなかった訳が分かった。田圃・畑の中でなく、民家の生垣に隠れる場所に標石があった。よく地形図を見ると、確かに建物記号に隣り合うように三角点記号が描かれていた。安易にGPSを取り出す癖がついてしまったことを反省する。

(「岡田原」(#1228、下欄)に続く)

#1227/#1224〜1229


#1228 △27.0 三等 岡田原

27.0岡田原

撮影日 2011年3月24日

(「船木」(#1227、上欄)の続き)

「船木」から川沿いの道などを歩いて、初倉南小学校へ行った。敷地の外から見えなければ諦めるつもりである。

フェンス越しに校内を覗いてみると、プールの横に標石が見え、フェンスの隙間からなんとか撮影出来た。

(「井口溝」(#1229、下欄)に続く)

#1228/#1224〜1229


#1229 △28.1 四等 井口溝

28.1井口溝

撮影日 2011年3月24日

(「岡田原」(#1227、上欄)の続き)

初倉南小の北側のJAのところで右折して、あとは道なりに進んだ。途中、地を這う幹をもつ松の大木があり、立ち寄って見学した。「のたり松」というそうだ。

大柳南で左折して、本点に近付く。地形図の三角点記号から、道路の路肩あたりに標石があるかと思ったのだが、見当たらない。道路の横はコンクリートの水路になっていて、あれば見落とすことはないはずだ。

そういえば「船木」(#1227)は生垣の内側だった。もしかして・・・、と民家の生垣を覗き込む(写真の赤矢印から)と、内側の庭の隅に標石が見えた。

大柳から大井川右岸堤防に出て、起点に戻る。

blog

#1229/#1224〜1229


#1130 △155.2 四等 三栗原

155.2三栗原

撮影日 2010年9月10日

牧之原ICのほうから473号線で東萩間に下り、ゴルフ場に向けて左折。すぐ先の大澤橋のところに駐車可能な場所があった。

そこから坂道を登って行き、ゴルフ場入口を通り過ぎ、坂の上に出る。送電線を目印に本点に近付いたが、表示杭などの目印はなく、GPSを取り出した。それでもすぐには見つけられなかったのだが、結局、標石は写真のように道路側から少し入った所に埋もれていた。

「上原」(相良#1131)に続く)

#1130/#1130〜1131


#1065 △179.1 三等 金谷

179.1金谷

撮影日 2010年4月8日

二軒家北側の造成地にから歩くことにした。まず二軒家の大カヤを見てから、南の山側に続く破線路を行く。すぐ先の民家横の茶畑のところは、草が伸びていて分りにくかったが、通過して山林に入ると道跡がはっきりして来た。ほとんど人は歩いてないようで、古道の面影の有る山道は荒れて来ていた。

台地の茶畑に出て、本点の方向に向かう。農道から4.9メートル茶畑に入ったところで標石を見つける。本点は平成12年に今より北側から移転してきているのだが、なぜか基準点成果一覧の配点図から抜けていた。先月、配点図に復活していたので位置が分かった。

本点の北西にある破線路で戻るつもりが、見付からない。近くにいた農家の方に聞いてみたが知らないというので、大カヤのほうの破線路を再び歩いて台地を下った。

(「新金谷」(#1066、下欄)に続く)

#1065/#1065〜1067


#1066 △73.1 四等 新金谷

73.1新金谷

撮影日 2010年4月8日

(「金谷」(#1065、上欄)の続き)

二軒家から大井川鉄道線路横を歩き、東に折れて二軒屋橋から大井川の堤防に向かう。

ここの三角点には、珍しく、コンクリート上面に金属プレートが取り付けられていて(写真、赤矢印)「基本三角点 国土交通省国土地理院 中部地方測量部 電話052-961-5638」と刻字されていた。

(「道上」(#1067、下欄)に続く)

#1066/#1065〜1067


#1067 △73.0 四等 道上

73.0道上

撮影日 2010年4月8日

(「新金谷」(#1066、上欄)の続き)

大井川鉄道の線路横の本点は、是非ともSLをバックに撮影したかったので、時刻表で時間を調べておいた。新金谷は11時58分発だ。大井川右岸河川敷を歩いて時間調整をしてから本点に向かう。

線路横は水路で、標石は水路に近いほうにある。アングルを決めたり、雑草を抜いたりしてSLを待った。いざ近付いてくると慌ててしまい、シャッターを押すのが少し早すぎたのが悔やまれる。

#1067/#1065〜1067


#1046 △139.5 四等 静谷

139.5静谷

撮影日 2010年2月20日

静谷の、三栗川に架かる橋(牧之原SAに通じている)の近くに駐車。

三栗川沿いの道を上流に向かい、二俣の分岐を左の破線路に入る。破線だが、しっかり舗装されていた。分岐から350mほどで右手の小さな谷に小道があったので行ってみた。荒れてはいるが谷筋にU字溝が続いていて、結局、地形図130m超の実線の道の終点に繋がっていた。

その実線の道に入って370mほどで地形図にない農道に左折する。すぐ前方の農道横に表示杭が見えてきた。

(「十の耕地」(#1047、下欄)に続く)

#1046/#1046〜1047


#1047 △173.6 四等 十の耕地

173.6十の耕地

撮影日 2010年2月20日

(「静谷」(#1046、上欄)の続き)

「静谷」から尾根に続く農道を通って、碁盤の目状の広い農地に出、外周の道路を歩き本点に至る。この三角点は平成20年の設置で地形図にはまだ載ってないのだが、近くの道路は地形図とはだいぶ様子の違う。

帰り道は東名沿いの道路のほうへ回った。牧之原SAを裏から覗くのは初めてだ。東名の120標高点の先が去年の地震で崩落した箇所だと分り、東名下り車線側の側道に回って見てこようと思ったが、通り抜け出来ないようなので引き返す。坂道を下って、静谷に戻った。

ところで、点名の「十の耕地」というのは地名からきているのだろうか?

#1047/#1046〜1047


#1048 △140.0 四等 勝田大沢

140.0勝田大沢

撮影日 2010年2月20日

「鳴沢平」(#669参照)の時と同様に勝間田城跡の駐車場を起点に歩くことにした。城跡から茶畑に出てからは、車道を通らずに茶畑と谷側の山林の境を歩く。途中から道が出てきたが、すぐ行き止まりになり、フェンスで行く手を遮られた。初めから車道を回ったほうがよかったかもしれない。

小山段に下るのに、車道北側の実線の道のほうを行くと、地形図では繋がっているのに行き止まりになった。藪の急斜面なので突破を諦め、引き返す。

三角点は急カーブの内側にあった。見晴らしのよい場所で、ベンチがあり、花壇の整備もしてあった。


#1025 △186.9 四等 無線塔

186.9無線塔

撮影日 2010年1月3日

ここには昨年の六月に倉沢の棚田からハイキングの途中に立ち寄った(#943「沢水加」参照)が、猛烈な薮で撤退した。五ヶ月後の11月21日には南側の二重フェンス沿いから近付いたが、フェンス内側の笹薮は掻き分けたくても出来なくて、表示杭さえ見えなかった。

その後、当サイトの掲示板で、掛川の山麓山さんから、12月27日に西側フェンスから接近して、高枝切り鋏で内側の笹を刈り、表示杭と石垣の穴を確認した、との知らせを受けた。さらに、翌々日には釣り竿の先にカメラを取り付けてセルフタイマーを利用するという離れ業で、石垣内部にある標石の撮影に成功したという。

新年早々に私も訪れてみた。現場に続く笹薮は刈り払われていて、撮影した地点はすぐに分かった。釣り竿の離れ業は無理なので、 山麓山さんの写真を使わせてもらうことにする。


#1026 △98.7 四等 大沢

98.7大沢

撮影日 2010年1月3日

勝間田川沿いの県道の、坂口への分岐を起点に近くの三角点三ケ所を巡ることにした。

坂口方面に400mほど行って、右手の農道に入る。ほぼ直進する道が右にカーブする地点で、そのまま直進して茶畑の間を登って行った。茶畑の奥は、すぐ尾根で、尾根沿いに山道らしき跡が続いていた。そのまま辿り、本点のあるピークに到着。標石の北側が、狭い角度で開けていて、空港の管制塔が見えた。標石は少し傾斜しているように見える。

そこから尾根の向きが変わるが、尾根道はまだ続いていた。山林を抜け出るとポンプ場があり、その先からは茶畑が広がっている。

(「坂口」(#1027、下欄)に続く)

#1026/#1026〜1028


#1027 △119.8 四等 坂口

119.8坂口

撮影日 2010年1月3日

(「大沢」(#1026、上欄)の続き)

ポンプ場から送電線の交差する鉄塔を目指して、更に尾根を行く。尾根の北東側は急傾斜の山林で、南西側の緩やかな斜面が茶畑だ。目標の鉄塔の200mほど手前に塚があり、案内板が見えるので登ってみた。案内板によれば、そこは智生寺経塚で、智生寺山の山頂であるそうだ。しかし標高は、鉄塔のあるほうが高そうだ。

鉄塔横の巡視路案内札のある所から本点に続く狭い尾根に入るのだが、入口は薮っぽくて、そこから尾根が続くようには見えない。中に踏み込むと、すぐに明瞭な尾根が現れた。

再び茶畑に出、正面の小高くなっている茶畑のピークに出ると、三角点があった。

(「勝田小路」(#1028、下欄)に続く)

#1027/#1026〜1028


#1028 △29.7 四等 勝田小路

29.7勝田小路

撮影日 2010年1月3日

(「坂口」(#1027、上欄)の続き)

「坂口」から柿ヶ谷に下り、県道に出た。28標高点のところから勝田へと折れ、田圃の中の農道を歩いて行くと、右手に表示杭が見えて来た。

その先、土手の道を進み、川幅の狭くなっている所を飛び越えて勝間田川の対岸に渡り、起点の坂口分岐の所に戻った。

#1028/#1026〜1028


#981 △92.1 四等 下原

92.1下原

撮影日 2009年9月27日

並木の坂口谷川に架かる唐木田橋近くに駐車。山裾の道を山脇に向かって300mほど行ったところで右手に農道があったので登っていった。

目標に近付くと、茶畑境界のマキの生垣に赤テープが付いている木があり、近くの電柱にも赤テープがあった。三角点の目印のようだ。そこから茶畑の中に入り、本点の緯度・経度のほうに近付くと園芸用の棒に赤テープをつけたものが地面に落ちていた。その周囲のお茶の木を掻き分けて標石を探し出した。(写真は、棒をあとから標石の横に挿して撮影したもの)


#982 △80.7 四等 小屋原

80.7小屋原

撮影日 2009年9月27日

2003年1月17日に榛原公園から高根山に向かう途次本点を探した(#180、「宮ノ谷原」参照)が見つけられなかった。それが初回で、その後、2007年2月17日、同年12月15日にも近くの三角点ハイキングの帰りに立ち寄って探した。

今回は四度目だが、巻尺・スコップ持参で、時間もたっぷりある。意気込んで通い慣れた茶畑に近付くと、防霜ファンの柱(写真、右に白く写っている)に赤テープが巻いてあり、そばに緑の棒が挿してあるのが見えた。

緑の棒の根元の枯葉や土を掻き分けていると標石の天面が姿をあらわした。


#148 △152.1 四等 大旗

152.1大旗

撮影日 2009年9月27日

【新】配転図を眺めていたら、本点の位置が以前と違うことに気が付き、移転されたことを知った。最新の地形図を見ると、富士山静岡空港から歩いて行けることが分かった。

空港の見学者用駐車場から最初の交差点まで戻り、左折してすぐ右手にある丘の上に続く道を登る。これはタンクの所で行き止りで、引き返すと新規開店のレンタカー店の横に進むべき道があった。

その道を進むと地形図破線路の起点のところに「榛原ふるさとの森 ふくろうの森」の道標があった。破線路の草は刈り払われていて、時節柄蜘蛛の巣は多いものの、快適な尾根道だ。茶畑と山林の境あたりに出、左手のところに長い柱が見えたので近付くとそれは供養塔で、そばに移転された標石があった。

157.7大旗

撮影日 2002年9月11日

【旧】勝間田川を遡り、中島の新幹線の高架橋の手前を右折するとお茶畑が広がる。地形図では、その周囲で一番高いところに三角点があり、直ぐに見付かるだろうと楽観していた。

しかし、ピークの周囲もお茶畑であり、一画は放置されて茶木が密集して入り込めない場所もある。一回りしても見付からなかったが、古びた棒が立っているのに気付いた。

近付くと、棒は紅白のペンキ跡がかろうじて残っている。そばに白いプラスチックの破片が散乱していて、拾い上げると文字の断片から表示杭であることが分かった。すぐそばに、お茶の木に覆われてた三角点を発見できた。

(旧位置データ 標高157.7 N34°47′31″ E138°09′34″)


#943 △189.1 三等 沢水加

撮影日 2009年6月17日

倉沢の棚田見学を兼ねて周囲の三角点を巡ることにした。

上倉沢公会堂の道路反対側の広場に駐車。少し南にいって左折し坂道を登って行くと左手に目指す棚田が見えてきた。荒れ地になっていたのを復元させたということだ。

そのまま坂道を登っていき中腹で右折して台地の上に出た。R473の陸橋を渡って旧道に出、道路を南下して無線中継所にある四等三角点「無線塔」に行った。しかし二重フェンスがあって中に入れず三角点を見ることは出来ず、再び旧道に戻って茶業試験場へ向かった。

茶業試験場もフェンスに囲われていたが、中にいた人に三角点を見たいと言うと親切にも案内してくれた。標石は、場内の茶畑の中にさらにフェンスで囲われた一画があって、その中にあった。

(「千駄ヶ原」(掛川#944)に続く)

#943/#943〜944


#722 △73.3 三等 谷口

73.3谷口

撮影日 2007年12月15日

敬満神社に駐車して北側の小道から台地の縁にある道に出る。大井川対岸の町や山並が見え、富士山もきれいだ。東に進んで分岐のところから左手の茶畑奥の山林へ入り込んだ。

すぐに竹林となり、高さ三、四mの塚のようなものが正面に出てきたので登ってみると標石があった。

先ほどの分岐に戻り、谷口橋のほうに下ってから弁天山へ向かう。弁天山の周囲の川原は砂利採取場かなにかでダンプカーが砂埃を巻き上げて何台も通過する。

弁天山の南側へは建物や砂利などがあって行けそうもなく、北側から登る。神社にお参りしてから次の三角点「阪本」を目指した。

(「阪本」(#723、下欄)に続く)

#722/#722〜723


#723 △68.2 四等 阪本

68.2阪本

撮影日 2007年12月15日

(「谷口」(#722、上欄)の続き)

弁天山をあとにして再び台地に登り、さきほどの「谷口」三角点に行く時に通過した分岐に戻る。そこには愛宕塚古墳があり、見学してから南西に向かった。

法林寺の横を通って阪本に向かい、茶畑の中の道路を通ってから南側の谷沿いの農道を注意しながら歩いた。農道脇の草は刈られていたので天面が露出しているだけの標石もすぐに見つかった。引き返して、起点の敬満神社へと戻る。

#723/#722〜723


#724 △114.8 四等 中

114.8中

撮影日 2007年12月15日

小仁田薬師から石段を登ってその上の神社へ行き、そこから尾根に取付いた。山林に入り込むと尾根筋は明瞭で歩きやすい。

ピークに出ると林道がきており、林道を西に向かっていくと小さな茶畑に出た。正面にはなにかの電波塔が見える。その茶畑の東隣、林道横の崖の上が地形図の三角点のあるピークのようなので登ってみたら標石があった。


#715 △213.7 四等 牧ノ原

撮影日 2007年11月22日

八ヶ月ほど前に旧東海道の石畳などを歩いてから本三角点に立ち寄った(#618、「下原」参照)のだが、GPSがありながら見付けることが出来なかった。今回は静岡の山の帰り道に立ち寄って再度試みることにした。

GPSが指定の緯度・経度を示した地点の周囲で、狭い茶列の間を匍匐前進しながら両側を観察していく。すると古びた板切があって「牧・・(読めない)」と書いてあった。その横の地表の枯葉などを払うと標石が出てきた。

同じ列の北側奥に防霜ファンがあり、手前の南端から標石までは約4メートルだ。写真にあるように青色の棒を立てておいた。


#669 △161.6 四等 鳴沢平

161.6鳴沢平

撮影日 2007年8月9日

勝間田城跡に麓の駐車場から農道を登っていき、畑地から山に入ると曲輪の跡地が現れた。本丸の手前には見晴らしのよい場所があり、静岡空港造成地の奥には富士山も望めた。

本丸跡地の先は山道となるが、遅くとも平安時代からこの細道を人は通っていたのだろう。そんなことを思いながら踏み跡を辿ると明るい茶畑の広がる台地に抜け出た。

谷をぐるっと左回りにまいて、農道から道路に出て分岐のところで左の茶畑に入る。茶畑と山林の境の茶畑側で標石を探したが見付からない。山側の笹を端からかき分けていたら標石が出て来た。

道路に戻って分岐を右に折れて2キロ以上先の送電線手前で右の農道に入り、三等三角点「静谷村」に到達。そのあと上庄内へ下ろうと送電線の先の分岐へ向うが、ここは地形図が違っていて上庄内への分岐は送電線の下にあった。

その上庄内へ下っている時にどうも歩いたことがある道だと思い始め、以前勝間田公園から「静谷村」に来たとき帰りに通った道だと思い出した。

(「切山」(#670、下欄)に続く)

#669/#669〜670


#670 △109.8 四等 切山

109.8切山

撮影日 2007年8月9日

(「鳴沢平」(#669、上欄)の続き)

「鳴沢平」から「静谷村」(#303)を経て上庄内に下り、勝間田川左岸に渡り、最明寺に向って炎天下を歩いた。

最明寺千手観音堂入口から参道を登って仁王門を潜り、観音堂へ。近くにあった市天然記念物のイスノキも見てから山の上に続く農道を登って行った。

峠には地形図にない農道が通じていて三叉路になっている。そこから茶畑の先の小ピークに登ると標石があった。

下山には南西の農道を使い、道路に出て起点の勝間田城跡駐車場に戻った。

#670/#669〜670


#618 △193.6 四等 下原

193.6下原

撮影日 2007年3月29日

【2010年3月】2010年1月5日に本点を見に行った人から、三角点が無いという報告があった。三月になって国土地理院の基準点成果一覧から消えたので、廃点となった模様。

【2007年3月29日】石畳茶屋の第二駐車場から歩き始める。旧東海道石畳を登ってから牧ノ原台地の茶畑の中にある四等三角点「牧ノ原」に向った。近付いたところでGPSをセットし茶畑の中を探したが見つけることが出来なかった。

次の目的地である本三角点に向けて茶畑を横切って二軒家原のほうに向う。地形図の三角点記号のあるあたりは旧金谷中学校跡地で、この日はカタクリの臨時駐車場になっていた。空き地で草地でもないので三角点はすぐに見付かると思ったが見当たらない。

塀に囲われた「種苗管理センター金谷農場」が隣り合っていて、その塀の内側かもしれないと思い入口から中を覗いてみた。それらしいものが見えたので中に入らせてもらって近付くと間違い無く標石であった。

(「天王」(#619、下欄)に続く)

#618/#618〜619


#619 △91.9 四等 天王

91.9天王

撮影日 2007年3月29日

(「下原」(#618、上欄)の続き)

「下原」から牧ノ原公園に向う。公園はカタクリの花を見に訪れるた人で賑わっており、花も見頃であった。

公園を下って473号線を横切り、坂の町中を適当に通り抜けてJRを跨ぐ陸橋を目指す。陸橋の北側は大覚寺の墓地で、その先の小山にも墓が見える。地形図によればその小山に三角点があるはずだ。

小山の上は狭いところに墓が密集していて、標石は墓石の裏の目立たないところにあった。

線路沿いを歩いて金谷駅に向い、金谷宿の一里塚跡のところで線路の下を潜って473号線にで、すぐ近くの石畳茶屋第二駐車場に戻った。

#619/#618〜619


#597 △41.0 四等 横山

41.0横山

撮影日 2007年2月17日

能満寺山公園の駐車場から原に向って坂道を歩いて行き、「杉の子園」の前の三叉路から西側の茶畑に入った。その周囲の茶畑で一番標高が高いところに三角点がありそうだったが、ざっと見た限りでは見当たらない。

茶の木をかき分けることになりそうなのでGPSを取り出した。結局標石はその標高が高いところから東南東に目測で10メートルほどのところにあった。(写真左奥の青い色をしているのは「杉の子園」の建物)

(「鳴子原」(#598、下欄)に続く)

#597/#597〜599


#598 △59.6 三等 鳴子原

59.6鳴子原

撮影日 2007年2月17日

(「横山」(#597、上欄)の続き)

「横山」から北西に道路を進み、東名の陸橋を渡って二百数十メートルほど先の農道に左折する。この辺だろうと推定した場所は平坦な茶畑だ。GPSで特定した地点の周囲を探したが標石は見付からない。

北側の道路に出ると期待した通り境界の石垣に赤ペンキで「△16.0m」と書かれている。その茶木の列の16mほど先でようやく標石を確認出来た。

そこから西に坂道を下り万代から東名の側道へ向う。側道を西に歩いていき、坂を登って東名の陸橋の左の道から鉄塔の横にある茶畑に出た。そこには四年前に見つけることが出来なかった四等三角点「小屋原」があるのだが、今回もGPSを持ちながら失敗に終わった。

(「白羽」(#599、下欄)に続く)

#598/#597〜599


#599 △38.9 四等 白羽

38.9白羽

撮影日 2007年2月17日

(「鳴子原」(#598、上欄)の続き)

未確認三角点「小屋原」を探しているうちに雲行きが怪しくなった。そこから南東に農道(地形図で60標高点のある道)を飯室乃神社のほうに下って行き、途中で左折して本三角点の南側に回った。

ゴルフ練習場の西にある神社の前を農道が通っていて、そこから茶畑になっている山に登っていった。雨も降り出しそうなのでGPSを使って早いところ見付けないと。

GPSの示す場所は茶畑の横の農道だった。なのに標石が見当たらない。探しているうちに 草に隠れた三角点を見付けた。通常、保護石は周囲に四つあるのに、ここには紛らわしくいくつも似通った石があってすぐには気がつかなかったのだ。

「吉田たんぼ」の中の道路を歩いて山の根に向い、林泉寺の長藤の横を通って小山城に登り、能満寺のソテツを見て能満寺山公園の駐車場に戻った。直後に雨が降り出す。

#599/#597〜599


#303 △113.4 三等 静谷村

113.4静谷村

【2004年4月17日】 勝間田公園のミヤマツツジを見るだけでは物足りないので、北西にあるこの三角点を訪れることにした。

公園の駐車場から歩いて伏方の集落に入り、西側の山に向う農道を登っていった。尾根の道路にでると日射しが強く、暑い。

そのまま道路を北西に進み、送電線のあたりから左手の茶畑の小道に入り、茶畑の奥まで行った。幸い三角点は畑の内側でなく、縁の石垣の間にあったのですぐに見つけることが出来た。

帰りは鉄塔の近くから東に下る農道を利用した。公園の駐車場に戻り、ミヤマツツジを見るために山頂(三栗山)を目指す。盛りは過ぎたようだが、花のトンネルも楽しめた。

【2007年8月9日】 一度訪れていることを失念して勝間田城跡から歩いて再び訪れた。写真を見比べて茶畑の通路がわにあった石垣が無くなっているのに気がついた。露出していた下部が土に埋まってすっきりとしている。


#180 △71.6 四等 宮ノ谷原

71.6宮ノ谷原

撮影日 2003年1月17日

(「仁田村」(相良#179)の続き)

榛原公園から茶畑の台地のまんなかをはしる農道を北上する。周囲に視界を遮るものはなく、富士山、南アルプス、牧ノ原台地など眺めながら歩く。

運動公園に下る道の角あたりに三角点があるはずで、道路横の茶畑のなかを探していたが見付からない。道路に戻って、思わず苦笑してしまった。写真のように路上にあったのだ。

さらに農道を先にすすみ、東名を跨ぐ陸橋の手前の茶畑に行く。そこに80.7「小屋原」があるはずなのだがとうとう見つけることが出来なかった。

(「坂部村」(#181、下欄)に続く)

#180/#179〜181


#181 △150.9 一等 坂部村(高根山)

150.9坂部村

撮影日 2003年1月17日

(「宮ノ谷原」(#180、上欄)の続き)

東名の陸橋を渡ると、要所には標識があり、山頂に至る東の尾根は雑草が刈られ、雑木が切られて歩きやすい道になっていた。

山頂には高根白山神社があり、地元ライオンズクラブ寄贈のベンチも設置されていた。

ここは昨年9月に高根山の南西、法士から入って谷間の破線道から崖沿に登るルートから登ろうとしたが険しくて断念、南側のお茶畑に回ると山頂近くの薮がひどくて諦めたという経緯がある。その後、「高根山古道、往時の姿に 三角点への標識設置」という新聞記事がでて、今回の再訪となった。記事によると龍眼山頂から古道が続き、戦前は多くの参拝者でにぎわったそうだ。

#181/#179〜181


#136 △118.3 三等 地獄沢

118.3地獄沢

撮影日 2002年7月4日

低山ともいえない台地の三角点なので、コースを工夫して、ハイキングとして楽むことにする。

島田から蓬莱橋を渡ると、正面は最終処分場で網に囲われている。点名でもある地獄沢とは、ここに違いない。

そのまま坂道を登ると、権現原である。
道路のすぐ横、お茶畑の角に保護石に囲まれた三角点がすぐに現れた。

(「下湯日」(#137、下欄)に続く)

#136/#136〜138


#137 △106.3 四等 下湯日(しもゆい)

106.3下湯日

撮影日 2002年7月4日

(「地獄沢」(#136、上欄)の続き)

権現原全体が茶畑になっていて、防霜ファン用の電信柱が林立するものの、日陰はない。

地形図では茶畑の中に三角点があることになっている。このあたりだという地点まできて、勝手に畑に入るわけにもいかず、近くにいた農家の人に尋ねることにした。

写真のように、何も目印もなく、一人で探していたら時間もかかるが、怪しまれてしまっただろう。

(「鎌塚」(#138、下欄)に続く)

#137/#136〜138


#138 △141.3 四等 鎌塚

141.3鎌塚

撮影日 2002年7月4日

(「下湯日」(#137、上欄)の続き)

下湯日の三角点をあとにして、次の目標は、直線にして北西に1.7キロほどの先である。南側の谷を隔てた静岡空港の造成地を見ながら、お茶畑の農道を汗をかきながら進む。


三角点は、大きな道路の北側が大井川へ下る斜面と接するあたりなので、道路横を注意深く見ながら進むと、すぐに発見できた。

蓬莱橋に戻る帰り道、最終処分場の西側にある破線道を下って近道しようと思ったが、草が深くてとても歩ける状態でなかった。

#138/#136〜138