新城

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国土地理院 北西 北東 地形図表示
南西 南東


#1505 △15.5 四等 江島

15江島

撮影日 2014年12月18日

愛知県は雪の予報もでていたが豊川の平地なら大丈夫だろうと思って出掛けたら、三ヶ日から宇利峠を越えると天気が一変。

一度撤退している東名高速沿いの三等三角点「賀茂村」を探しているうちに雪が本降りになってきた。予定を切り上げ、引き上げることにした。

しかし、せめて一つは三角点を訪ねることにして、車で豊川の堤防沿いにある田圃のビニールハウス横にある本点近くまで行った。


#1478 △26.6 四等 大木

26大木

撮影日 2014年6月16日

篠田神社横に駐車スペースを見付けたので、本日はここを起点に5ケ所の三角点を巡ることにした。

このあたりは南北に区画整理された田圃だ。東に農道を二ブロック半行って北に折れ、一ブロック行ったところから道路沿いの草の茂った畦を注意しながら進んだ。最初は気付かなかったが引き返して探していると白い杭が少し見えたので、その近くの草をかき分けると金属標が現れた。

(「憩いの家」(#1479、下欄)に続く)

#1478/#1478〜1482


#1479 △36.1 四等 憩いの家

36憩いの家

撮影日 2014年6月16日

(「大木」(#1478、上欄)の続き)

「大木」から二ブロック半北に行って、西に二ブロック。そこから北に車道を西原町のほうに進む。

町に入ってほどなく右手に「豊川市一宮西部憩の家」があり、建物はフェンスで囲われている。その南西の角に三角点が設置してあった。

(「大木村」(#1480、下欄)に続く)

#1479/#1478〜1482


#1480 △80.1 三等 大木村

80大木村

撮影日 2014年6月16日

(「憩いの家」(#1479、上欄)の続き)

「憩いの家」からは地図で最短ルートを選んで本点に向かった。

大きな工場の横を北方の山林に向かい、農業用ハウスと山林の間の草の茂る小道を通って本点に近付いた。しかし、このあたりの山林は妨獣ネットで厳重に囲われていて、三角点もネットの内側にあるようだ。

一ケ所ネットの下を潜っていける箇所があったので、そこから中に入り、あとはGPSを使って本点に辿り着いた。なお、この三角点の設置は明治20年だ。

(「長草」(#1481、下欄)に続く)

#1480/#1478〜1482


#1481 △36.5 四等 長草

36長草

撮影日 2014年6月16日

(「大木村」(#1480、上欄)の続き)

「大木村」から500メートルほど南に下って車道に出、西から南に自衛隊演習場を回り込むように進んだ。

東名に近付いてくると、長草揚水場がある。ここの三角点は屋上だったと思い出し、三角点の見える場所を探した。フェンス北側の田圃の畦が、揚水場より地面が高くなっていて、そこに行くと屋上に饅頭型にもりあがっているものが見えた。

(写真、建物の奥に見えるのが東名の壁)

(「篠田」(#1482、下欄)に続く)

#1481/#1478〜1482


#1482 △23.3 四等 篠田

23篠田

撮影日 2014年6月16日

(「長草」(#1481、上欄)の続き)

長草揚水場からは、東名の側道を本点の近くまで歩けると思ったのだが、佐奈川に橋はなくて、北に周りこんだ。これは失敗で、南側の側道に行くべきだった。おかげで遠回りになってしまった。

そんなことを悔やみながら本点に近付く。三角点は生垣に囲われた墓地の片隅に設置されていた。

ここから駐車地点の篠田神社までは、北に田圃を二ブロックほどいくだけだった。

#1482/#1478〜1482

#1211 △253.1 四等 稲木

253.1稲木

撮影日 2011年2月26日

近くに大洞山があるので、合わせて歩いて来た。

泉龍院の墓近くに駐車。お寺を見てから裏山である大洞山に登った。147標高点の山頂はただの山林で、目印も何もない。西に下って道路に降りた。

本ピークの東尾根の始まる所まで行ってみると、踏み跡があった。そこから登って行ったが、薮もなく歩きやすい。川田原側からの巡視路と合わさると、すぐに見晴しのよい鉄塔に出た。三角点の周囲は樹木で眺望はきかない。

同じ東尾根を下り、田圃と集落の間を通り泉龍院に戻った。

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#1212 △292.6 四等 徳定

292.6徳定

撮影日 2011年2月26日

片山の神社裏の公民館に駐車。ここを起点に近くの三角点を巡ることにする。

谷の上流のほうに道路を行くと、池のところから左の山に小道が続いていた。辿ってみると、その先の谷を横切り、150メートルほどまいたところにある祠(二つある)で道は終わった。

そこから尾根を登って行くと古道が現れたので、それを辿る。しかし、古道は三角点のピークの東側を巻いていたので、ピークに気が付かず行き過ぎてしまった。引き返して、今度は尾根を歩いて行くと、間伐して明るい小ピークに標石があった。

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「土取」(三河富岡#1213)に続く)

#1212/#1212〜1214


#1214 △66.4 四等 片山

66.4片山

撮影日 2011年2月26日

「土取」(三河富岡#1213)の続き)

家畜市場をあとにして、田圃の中の道路を西に向かっていたが、コンビニの看板が見えたので国道に行く。コンビニで昼食を買って、近くで休憩した。

国道に面した新城設楽建設事務所の門は開いていたが、立ち入り許可を求めるのも面倒で、外から見えなければ諦めるつもりで裏に回った。

敷地は擁壁と金網で囲われている。擁壁を登って内側を見ると、表示杭とコンクリート枡が見えた。コンクリートの蓋は開けられないが、内側は間違いなく三角点だろう。そのまま裏道を歩いて公民館に向かっていると、今年はじめてヒバリが空で鳴いているのを聞いた。

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#1214/#1212〜1214


#1193 △549.3 三等 雨山村

549.3雨山村

撮影日 2011年1月2日

宝地池の石碑のあるところに駐車する。すぐ近くに池の北側の尾根に向かうと思われる階段があったので、そこを登って行った。第二東名の工事現場を横切ると巡視路が尾根に続いていた。

250標高点の先で巡視路は左に巻いていったが、直進して尾根を行く。道はなく、少し薮っぽいところもあったが、鉄塔のあるところに出ると再び巡視路になり、上まで続いていた。

境界尾根に出ると、尾根は薮で東斜面に巻き道が五六百メートル続いた。尾根に出ると幅の広い山道になる。558標高点あたりから雪が残っていた。破線路は明瞭で、その先の林道を通って本点のすぐ東に至る。

山頂近くの東斜面は薄と笹の薮で、破線路も薮に消えていた。標石の周囲も同様の薮だが、北東側から近付くと薮が少なく簡単に見つけられた。下山も北東尾根には薄がなく比較的歩きやすかった。

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(「風越峠」(#1194、下欄)に続く)

#1193/#1193〜1194


#1194 △482.5 三等 風越峠(西蔵)

482.5風越峠

撮影日 2011年1月2日

(「雨山村」(#1193、上欄)の続き)

「雨山村」から引き返す。558標高点のあるピークを下り、広い山道をハイペースで歩いていたら巻き道に入るのを忘れ行き過ぎてしまった。

西蔵の手前、標高370超のコルからは林道が西蔵方向に続いていたので、そこを歩いた。途中から左の山道に入り山頂に至る。東側が開けていて見晴しがよい。

先ほどの標高370超のコル近くの立木にゴルフ場と書いてあり、踏み跡が続いいたので、辿ってみた。すると、分岐があったのかもしれないが、ゴルフ場ではなく宝地池南西の尾根に入った。羊歯が多いが、目印と踏み跡はある。やがて尾根に第二東名工事の柵が現れ、そこを過ぎると池の端に下る踏み跡があったので、駐車地点に最短ルートで戻れた。(上欄「雨山村」の「ブログ」にルート図有り)

#1194/#1193〜1194


#805 △475.3 三等 豊栄村

475.3豊栄村

撮影日 2008年8月2日
北側の水田から農道(地形図実線の道)を進むと突き当たりには茶畑があった。茶畑から山に入り込み、南に向かって歩きやすい所を登って行くとすぐに尾根に出る。植林帯で薮がなく、東に少し行くと標石が見えた。

#662 △309.2 四等 東上

撮影日 2007年7月26日

一宮の本宮山表参道から傘を持って登りはじめる。参拝者が多いとみえて登山道はよく踏み固められているし、実際、雨の降りそうな平日にも関わらず何人もの人とすれ違ったりした。

尾根にそった登山道には登山口の一丁目から奥宮の五十丁目までの里程標がある。またちょっとした坂には名前がついていた。

鶯峠を過ぎ平坦な道からまた坂道になって林道に合流したが、その位置は地形図の破線より北ですぐ先には登山道と林道の分岐が見えている。登りの途中で本三角点を探すつもりが、林道を少し下ることになった。

標石は林道を100mほど南下した道路横にあった。その位置の等高線から読み取れる高さは320なので三角点の標高と10mほど差がある。

(「三本宮山」(#663、下欄)に続く)

#662/#662〜665


#663 △789.2 一等 三本宮山(みかわほんぐうさん)

撮影日 2007年7月26日

(「東上」(#662、上欄)の続き)

標高330あたりで林道から再び登山道に入るがいきなり見返り坂という露岩帯の坂で、このあとも続けて馬背岩・梯子岩と岩が続いた。そして蛙岩にくると東屋があって、展望台になっている。残念ながらこの日は雲が多くて見晴らしはよくなかったが一休みしていく。

再び林道に出たら左折し、すぐに右の登山道にはいる。石段や鳥居など出て来て参道らしくなってきた。荒羽々気(あらはばき)神社というのがあって、この神様は「東海唯一健歩健脚の守護神」だというのでお詣りして行く。

砥鹿神社奥宮から山頂へいくと、中継施設や携帯基地局に囲まれるようにして一等三角点の標石があった。

(「東上村」(#664、下欄)に続く)

#663/#662〜665


#664 △354.0 三等 東上村

撮影日 2007年7月26日

(「三本宮山」(#663、上欄)の続き)

表参道を標高720まで引き返し、そこの分岐を左に進む。(こちらを歩く登山者には結局一人も出会わなかった。)参道ほどではないがしっかりした踏み跡が続いていて、いったん林道に出る。519ピークへは踏み跡がなく草も多いので林道を捲いた。

519ピークの南側にくると「天狗岩(509.8)」の案内板があり小道が分岐している。500超ピークのことに違いないのでそちらへ登るとケルンのあるピークに出た。ここからの見晴らしも良く、薄曇りだが豊川沿いの町並みが望めた。

天狗岩から北側のコルに戻り、そこからは巡視路で山の東側を捲いた。420超コルからは尾根沿いの破線を歩く。鉄塔の下の草むら以外は歩き難い所はない。鉄塔の先からは紐の目印がずっと続いていた。

320超コルには右側に下るルートがあるようで、紐が結んである。そこを直進し360超ピークから少し南に行くと開けて羊歯の茂るところに出た。対空標識が残っているのでそこに標石があるのが分る。表示杭もすぐ見付け、周囲の羊歯をかき分けて標石を探し出した。

(「本宮の湯」(#665、下欄)に続く)

#664/#662〜665


#665 △99.8 四等 本宮の湯

撮影日 2007年7月26日

(「東上村」(#664、上欄)の続き)

「東上村」から360超ピークに戻ると、先ほどは気がつかなかったが手書きの道標があって南東の尾根方向は「峠の茶屋 紋屋」と書いてある。それが何処にあるのか分らないが、とにかく破線路を下った。

踏み跡は薄くなったが、薮もない尾根道で目印の紐も続いている。180超コルから谷の方に下り沢沿いを歩く。水田が左手にでてくるようになると足元の草が深くなってきた。林道と合流し平地に抜け出ると右手に「峠の茶屋 紋屋」があった。目印の紐はここの人がつけたものかもしれない。

日が射すようになり、傘を日傘のかわりにして本宮の湯のほうに向って歩いた。炭焼古墳群を通り過ぎ、右手の小高い所にある本宮の湯の駐車場へと行く。三角点は入口近くにあった。このあと、本宮山登山口の駐車場へ戻る。

#665/#662〜665


#658 △96.6 四等 旗頭山

撮影日 2007年7月16日

牟呂用水隣の吉祥山長慶寺南側から登る。石垣の多い墓地の中の坂道を進み、墓地の最上段から「旗頭山尾根古墳群」のある尾根に出ると草むらに踏み跡が続いていた。

この山には樹木はほとんどなくて、背の低い草で覆われている。当然見晴らしはよいのだが、台風一過にも関わらずこの日は雲が多く本宮山の上のほうは隠れていた。(写真中央の奥の山は照山)


#654 △382.5 三等 西川村(吉祥山)

382.5西川村

撮影日 2007年7月5日

石巻西川町の吉祥山休憩所から登山道を登る。ここはハイキングコースとして整備されていて、そのAコースにあたる。

ずっとなだらかな尾根道で、日の当るところは鉄塔の周囲ぐらいなので暑さをそれほど感じない。山頂は開けていて、視界は西方向の一部が樹木で隠れるだけだ。遠く南アルプス、富士山も見えるというが、この日は富士山が霞んで見えた。

三角点の標石の近くには菱形基線測点があった。帰って調べるとこれは豊橋基線4点のうちの1点で、全国には16箇所(1箇所につき4点)あるということだ。