住吉

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国土地理院 北西 北東 地形図表示
南西 南東


#1424 △5.4 四等 田尻

撮影日 2013年7月11日

2011年の9月と同様にディスカバリーパークを起点に、2011年の10・11月に設置された三角点四つを巡ってきた。

まずは、この公園内に設置された三角点を探す。駐車場から周囲を見回すと、入口の近くの芝生に表示杭が見えた。地上はこれだけで、残り三つは地下埋設だ。

(「惣右衛門」(#1425、下欄)に続く)

#1424/#1424〜1427


#1425 △3.1 四等 惣右衛門

撮影日 2013年7月11日

(「田尻」(#1424、上欄)の続き)

ディスカバリーパークを出て西に向かい、成道寺で左折して惣右衛門のほうに行く。

栃山川に架かる橋を渡っていると、左前方の土手沿いの道路横に表示杭が見えたので、探すまでもなかった。

(「三和」(#1426、下欄)に続く)

#1425/#1424〜1427


#1426 △6.4 四等 三和

撮影日 2013年7月11日

(「惣右衛門」(#1425、上欄)の続き)

「惣右衛門」からは栃山川の堤防を歩く。両岸とも歩けるが、草の様子をみて左岸を選んだ。

上流に向かって歩いて行くと、堤防の道が工事で通行止めになっていたので、そこから北側の路地に入り、本点のある公園に向かう。

本点は公園のフェンスの外側に設置されていた。

(「大島下」(#1427、下欄)に続く)

#1426/#1424〜1427


#1427 △6.0 四等 大島下

撮影日 2013年7月11日

(「三和」(#1426、上欄)の続き)

「三和」からは南の静浜基地まで一本道で車道が通じている。その道を歩いて基地に近付き、大きな倉庫のような建物のところで右折し百数十mほど行くと、田圃の畦道のようなところに白い杭が見えた。

三角点の回りは草が伸びていて、表示杭がなければ、すぐには見つけられなかったかもしれない。

100mほど北に行くと栃山川の河口に続く水路がある。その水路沿いの道で河口に向かったが、草が深くて歩けない箇所は迂回した。河口から起点のディスカバリーパークに戻る。

#1427/#1424〜1427


#1428 △21.3 四等 上泉東

撮影日 2013年7月11日

2011年の新設三角点を四つ(#1424〜1427)見てきた帰り道、「上泉南」の三角点のある公園に立ち寄り、ここに駐車して三角点まで歩くことにした。

ここの三角点は、水路に挟まれた所にあり、遠回りしないで近付くには水路を飛び越す必要がある。


#1294 △4.2 二等 田尻村

4.2田尻村

撮影日 2011年9月8日

ディスカバリーパークを起点に、栃山川の両岸にある三角点五つを巡ることにした。

ディスカバリーパークを出て西に向かい、すみれ台一丁目の方に右折してから、また西に左折して和田神社へと行った。

三角点はすぐには分からなかったが、境内の北東の、枯木などを置いてある所で、頭だけ出ている標石を見つけた。

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(「治長請所」(#1295、下欄)に続く)

#1294/#1294〜1298


#1295 △14.5 四等 治長請所

14.5治長請所

撮影日 2011年9月8日

(「田尻村」(#1294、上欄)の続き)

和田神社をあとにし、木屋川を渡って三和に行き、あとはまっすぐ西に2キロほど行くと、本点がある。「中新田第14号水源」がフェンスで囲われていて、その横に表示杭があった。

杭の手前の草を手で引き抜いていると、ごっそりとまとまって草が抜けた。標石の上の土が薄いので、簡単に抜けたのだろう。とにかく、それで完全に埋もれていた標石が顔を出した。

(「大島西」(#1296、下欄)に続く)

#1295/#1294〜1298


#1296 △12.7 四等 大島西

12.7大島西

撮影日 2011年9月8日

(「治長請所」(#1295、上欄)の続き)

「治長請所」のすぐ西側は東名高速で、その側道を通ってから栃山川を渡って大島に入る。

地形図にはないが、三角点の横は水路になっている。

(「大島」(#1297、下欄)に続く)

#1296/#1294〜1298


#1297 △9.5 四等 大島

9.5大島

撮影日 2011年9月8日

(「大島西」(#1296、上欄)の続き)

ここは「大島西」からは東に1キロほど離れているだけだ。民家の裏門へ通ずる小道に、砂利で隠れた標石があった。保護石が飛び出ているから、このお宅の人には迷惑に違いない。

(「藤守」(#1298、下欄)に続く)

#1297/#1294〜1298


#1298 △4.9 四等 藤守

4.9藤守

撮影日 2011年9月8日

(「大島」(#1272、上欄)の続き)

「大島」から南西に進んでから、暫くは水路沿いの道路を東に向かう。大島新田で静浜基地のほうに折れ、基地沿いの道路を歩いた。

基地の南東角から下小杉に入り、則心寺の前を通ってから海岸線のほうに向かった。海岸線のほうは松林で、少し小高くなっている。ゆるい坂をのぼって、松林沿いの道路に出た。

三角点はその道路沿いで、消化用水や道路標識に囲まれた所にあった。

松林を抜けて海岸に出、堤防の道を通ってディスカバリーパークに戻った。

#1298/#1294〜1298


#1272 △18.5 四等 大東町

18.5大東町

撮影日 2011年6月29日

大井川左岸の堤防にある道路を、新幹線線路から600mほど下流に行くと、河川敷に駐車場があったので、そこを起点に四つの三角点を歩いて回ることにした。

河川敷にあるマラソンコースを南下してから、日清食品の北側の新しい道路(造成工事中)に入り北東に向かう。途中から、その道路と平行している左側にある道に入ると、生垣や建物で少しは日陰があって、風も少し涼しく感じられた。

栃山川の右岸堤防に行くと、川と平行している水路の横に表示杭が見えた。横に標石がある。

(「大洲公民館」(#1273、下欄)に続く)

#1272/#1272〜1275


#1273 △24.8 四等 大洲公民館

24.8大洲公民館

撮影日 2011年6月29日

(「大東町」(#1272、上欄)の続き)

栃山川の右岸堤防の道を進み、川が右にカーブするところで栃山川と分かれ、大洲公民館に向かった。

公民館の入口の、向かって左側の生垣に表示杭があった。三角点は、写真では少し黒っぽくなって金属標のようにも見えるが、標石のあたまが円形に黒っぽくなっているせいだ。

「大西町」(島田#1274)に続く)

#1273/#1272〜1275


#1143 △22.2 四等 上泉南

22.2上泉南

撮影日 2010年10月14日

日清食品の工場正門前にある公園を起点に、旧大井川町の三角点六ヶ所を巡る。

ここの標石は公園に入ってすぐ右手のトイレの先にあり、プラス刻字の中心に小さく赤の塗料が付いていた。

工場正門前の通りを東名の方に向かい、高架下を潜って、まっすぐ進んだ。

(「道下」(#1144、下欄)に続く)

#1143/#1143〜1148


#1144 △13.3 四等 道下

13.3道下

撮影日 2010年10月14日

(「上泉南」(#1143、上欄)の続き)

相川から西島へ向かい、150号線を横断してひとつ先の細い道を左折。田圃の中の道を進み、二つ目の工場を通り過ぎると、左手の水路(地形図には描かれていない)の土手に表示杭が見えたので、簡単に三角点は見付かった。

その先の通りを右折して、大井川中学校へと向かう。

(「大井川中学」(#1145、下欄)に続く)

#1144/#1143〜1148


#1145 △8.6 三等 大井川中学

8.6大井川中学

撮影日 2010年10月14日

(「道下」(#1144、上欄)の続き)

大井川中学校へ南側の細い道を通って近付いた。学校の校庭は金網で囲われていて、国旗掲揚台の裏側までいくと、金網越しに標石を見ることが出来た。

その先の道路を右折して南小学校に向かう。道路は歩道が広くとってある。平和通りというらしい。途中、養鰻池(?)があり、鴨がたくさん休んでいた。

(「南小」(#1146、下欄)に続く)

#1145/#1143〜1148


#1146 △4.5 四等 南小

4.5南小

撮影日 2010年10月14日

(「大井川中学」(#1145、上欄)の続き)

南小学校の南東側の路地に入ると、学校の体育館からは子供達の歓声が聞こえてきた。金網越しに学校敷地内を覗いていると、表示杭と標石が見えた。金網の隙間から撮影をする。

(「東小」(#1147、下欄)に続く)

#1146/#1143〜1148


#1147 △7.0 四等 東小

7.0東小

撮影日 2010年10月14日

(「南小」(#1146、上欄)の続き)

福祉センター東側から東小学校のほうに向かった。学校の裏門に行き、右手のフェンス沿いから中を探していたら、表示杭があり、横に草に半分隠れた標石が見えた。フェンス越しに撮影する。

学校の南西側の道を上新田方向に歩いていたら、水路沿いに青く塗った保護石四個に囲われた金属標の多角点(位置 34度48分25.7秒、138度17分26.9秒)を見付けた。さらに僅か50mほど先にも同様の多角点(位置 34度48分26.6秒、138度17分25.1秒)があった。

(「上新田」(#1148、下欄)に続く)

#1147/#1143〜1148


#1148 △15.4 三等 上新田

15.4上新田

撮影日 2010年10月14日

(「東小」(#1147、上欄)の続き)

東小から裏道を通って宗高まで行くと、着陸体勢に入った自衛隊の飛行機が真下から見上げられた。大通りに出て、大井川高校入口のコンビニまで行き休憩。

上新田の公民館は小さな建物で敷地も狭い。標石は倉庫の裏にあるのだが、狭くて近付けず、道路側のフェンスから覗くしかなかった。

上新田公園に行き、西小学校のほうに向かう。田中川のところで右折し小学校の正門に行くと、おもわず「ナニコレ!」という言葉が出た。正門はまるで お城か神社仏閣の門のようなのだ。撮影してから、東名側道に行き、起点の日清食品前の公園に戻った。

#1148/#1143〜1148


#504 △12.7 四等 飯渕

12.7飯渕

撮影日 2006年7月6日

【2006年7月4日】 大井川左岸の富士見橋河口側の河川敷にある運動公園から歩き始める。堤防上の草の生えた道を進んで行くと、やがて車道と合流する。富士見橋と大平橋が同じくらい遠くに見えるようになったら中間地点だ。

地形図には寺院記号が二つ近くにあるが、現地でも寺の屋根と墓地が見えたので、周囲の道路等から三角点の地点を特定した。

しかし道路横と堤防斜面は夏草に覆われていて、暫く草を掻き分けて探したが見付からない。諦めて、さらに河口に向う。

(「河口」(#505、下欄)に続く)

#504/#504〜506

【2006年7月6日】 長靴を履いて鎌と初登場のGPSを持って標石を探す。GPSの示す辺の草を刈り始めると白い表示杭が現れ、近くに上部の欠けた標石を発見。二日前には草が深くて敬遠していた箇所にあった。土手を降りたところにイボ取り地蔵がある。


#505 △4.0 四等 河口

4.0河口

撮影日 2006年7月6日

(「飯渕」(#504、上欄)の続き)

【2006年7月4日】 「飯渕」からは河川敷におりてレンガ色のマラソンコース「リバティ」を歩く。大平橋を潜るとコースの起点があり、その先の河川敷は草が覆っていて歩けない。

堤防の上の舗装された道に登り、河口に向って進む。左側には大井川港が見えてきて、大きな建物やタンクがある。堤防の道をゲートまで進み、その先の川側、葦原で三角点を探した。結局、草が深すぎて諦めて大平橋に引き返す。

(「代官島」(#506、下欄)に続く)

#505/#504〜506

【2006年7月6日】 点の記を見て自分の勘違いに気がついた。堤防上の道を地形図の道路記号の道と思い込んでしまって土手の反対側を探していたのだ。再訪して、環境管理センター横の道路と土手の間の草地に青く塗られた保護石に囲まれた標石を難無く確認する。

標石からさらに河口のほうに行くと野鳥園と展望台があった。


#506 △16.2 四等 代官島

16.2代官島

撮影日 2006年7月6日

(「河口」(#505、上欄)の続き)

【2006年7月4日】 「河口」から大平橋に行き、長い橋を渡って大井川右岸に渡り、堤防の道を歩いて上流に向う。橋の近くの河川敷は公園になっており、その先は荒れ地で夏草が茂り葛が覆っていたり、自然に生えた樹木で小さな森になっていたりする。

大きな工場を通り過ぎて、左側からの堤防に登ってくる道と合流する所に標石があるはずである。足で草を掻き分けて暫く探したが見付けられなかった。結局諦めて、富士見橋を渡って出発点の運動公園に戻った。

#506/#504〜506

【2006年7月6日】 GPSのおかげで二日前に見つけられなかった謎が解けた。点の記の図にある土手から分岐する道路は廃道になって草に覆われており、100mほど河口側に新たな舗装道路が出来ていたのだった。その新しい道路のほうを探していたのだから見つかるはずが無い。