- 「広野沢」(八高山,266.5,四等) '09/11/21, '07/3/29
- 現地は眺めのよい茶畑の斜面で、二回訪ねて探した。点の記によれば、保護石があってモルタル舗装の仕様になっている。国土地理院の基準点情報では「現況報告なし」になっていたのだが、2010年になり、本点の情報が削除された。(位置 34°53′35″,138°5′10″)
- 「細田」(山梨,18.7,四等) '09/1/8
- 水路横の墓地で地面はコンクリートで覆われている。点の記の要図の位置と思しき辺もコンクリート面が見えるだけだった。2009年9月に国土地理院に三角点が見当たらないことと、地形図の三角点記号の位置が違っていることを指摘しておいたのだが、2010年になって廃点処理をしたようで、基準点情報から消えていた。当方へは連絡無し! (位置 34°46′13″,137°59′4″)
- 「高里村」(高里、728.5、二等)
- 中電の高里中継所の左右の門から3.0m、6.5mの位置にあることになっている。掘り起こしてみたが見付からなかった。保護石もあったはずなので、見落とすことはないはずだ。国土地理院に連絡すると、調査するむね回答があった。
- 「菅山」(畑薙湖、1807.7、三等)
- 登山口からの標高差1100mを苦労して登ったが、標石を見つけられずがっかりした。国土地理院の基準点情報では現況「報告なし」('09/10/19現在)だ。もし見付けた人がいたら情報(現地略図、目印等)を連絡ください。また行きます。
- 「門前」(三河富岡、206.9、四等)
- 最新の地形図からは抹消された。配点図(国土地理院のサイト)に残っているうちにどんな場所だったのか確認してきた。
- 「深沢山」(梅ヶ島、1473.9、三等)
- 国土地理院の基準点情報では現況「正常20020423」('08/11/1現在)であるが、これは近くにある別の標石を見誤った報告を信じたものと思われる。亡失ではないかと国土地理院中部測量部に連絡したところ、調査の結果亡失であるとの回答を2009年6月に得た。
- 「鷲津」(新居町、24.0、四等)
- 神社の裏山で、GPSの示す辺は狭い尾根になっていて標石がありそうな所ではなかった。捜索範囲を広げてみたがだめだった。その後、国土地理院の現況は不明から亡失になった。
- 「宇津山」(三ヶ日、53.6、四等)
- ここは「亡失」となっていて、念のため標石を探してみたが無かった。
- 「上野部村1」(二俣、240.4、三等)
- 2002年2月には国土地理院の基準点情報で現況不明だったのが、2008年11月に基準点情報を見てみると正常に変わっていた。そうなると気になり、五度目の捜索を行ったがやはり見つけられない。深沢山の件とあわせて国土地理院中部測量部に問い合わせていたのだが、彼等も見つけることが出来ずに「不明」となった。
- 「二本松」(二俣、106.2、四等)
- 第二東名工事で広範囲に深く削られている箇所であった。
- 「宮東」(笠井、69.5、四等)
- 磐田原台地の西端にある坂道の法面工事で無くなったと思われる。
- 「坂下」(静岡西部、298.4、四等)
- 現在の配点図には載って無いので「廃点」になったと思われる。現地は放置された茶が密林のようになっていた。二度探しているが、GPSを使っての探索はまだなのでいずれ試したい。
- 「東萩間」(相良、110.1、四等)
- 国土地理院の基準点情報では不明('05/7/15)とされている。スズキ相良工場敷地の境界隣。
- 「波津村」(相良、71.9、三等)
- 配点図に載っていたので行ってみたが、そこは山が削られて道路になっていた。
- 「18453」(御前崎、59.9、二等多角点)
- 点の記の位置(配水池の屋上の角、二点からの交点)を念入りに探したが見つからない。現地の状況から亡失と判断する。
- 「18720」(御前崎、68.3、二等多角点)
- 点の記の位置には多角点構造物の残骸が残っていた。
- 「行田」(梅ヶ島、1999.7、三等三角点)
- 2011年6月9日に行った現地調査により、三角点のあった場所は崩落(大谷崩)が進み、標石は流失したものと判断する。翌日、国土地理院中部地方測量部に連絡した。山梨県のため担当外ということだったが、関係部署に連絡してもらえることになった。
- 「青薙」(井川、1309.7、三等三角点)
- 2011年10月20日に現地調査をした。山頂南側の崩落で、失われたものと判断する。
|