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国土地理院 |
地形図表示 |
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(「太陽の家」(笠井#971)の続き) 【磐田用水歩き(2/4)】 磐田用水からいったん別れ、川会交差点北の公会堂に向かった。公会堂の敷地内を探し回るが標石は見つからない。(写真は、当日帰宅して点の記の略図と巻尺、スコップを持って出直し、探し当てたもの)諦めて磐田用水出口を見に、一宮川堤防を上流に向かった。 (「北島」(#973、下欄)に続く) #972/#971〜974 |
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(「向陽中学校」(笠井#919)の続き) 向陽中学校の北側の小道から寺谷浄水場のほうに行き、坂道を向笠へと下ってから新豊院の横を通って笠梅へ行く。敷地川の東側の用水路脇を歩いて行くと保護石に囲われた標石が正面に見えて来た。 敷地川の土手に上がり、上村橋を渡って中沢川沿いの道を歩いて起点の工場地帯に戻る。 #920/#918〜920 |
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昨年の五月に撤退した所で、その時と同様にオカノから歩くことにした。 新田の製茶場の横の路地を奥に進んで右手の茶畑に登り、茶畑の中の尾根道を南から東に向かうとピークにTV局のアンテナがある。近付くとフェンスの西横にある標石にすぐ気がついた。五月には草薮に隠れて見えなかったのだろう(蛇を近くで見たので、薮を掻き分けるのが躊躇われた)。 南側の道路を東に向かって、次の目標である旭ヶ丘の三角点を目指した。 (「宮脇村」(掛川#868)に続く) #867/#867〜868 |
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板築橋の下流側、大田川左岸の堤はめだか公園として整備されている。そこを通り抜けて公園南の出入口から堤上の道路に出た。 少し道路を進んでから土手を降りて周囲を探すとセンダンの木の隣に表示杭が見え、近付くと横に標石があった。 |
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天浜線原田駅から森方向に道路を歩いていくと600メートルほどで 一等水準点(点名5262、53.8m)がある。その先の坂の途中から養鶏場のほうへ右折し第二東名の新しい側道を行く。 側道から分岐する農道を登っていくと茶畑に出た。近くに小屋がある。第二東名工事で地形が変ってしまっていて確信はないが三角点はそのあたりにありそうだ。しかし小屋近くの笹薮や農道脇の茶畑を探しても見付けられなかった。寺田に下ってから原野谷中学の横を通って原田駅に戻る。 家に帰って点の記を調べ、緯度経度のメモとGPSを持って再び出かけた。結局小屋近くの笹薮の中に標石があったのだが、伐採された桜の幹や枝の横だったので先ほどはしっかり確認しなかった所だった。帰り道、第二東名の橋脚のある原っぱにキツネがいるのを見た。 |
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(「棚ヶ谷」(#546、上欄)の続き) 「棚ヶ谷」から馬ヶ谷、三沢と宇刈川沿いを歩いてから、春岡南側の田園地帯を通り抜けて可睡の杜へと向った。 公園と宇刈川の間の土手の上の標石を見てから、可睡斎門前に戻った。 #547/#545〜547 |
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東組の公民館の北側にある狭い路地に入っていくと素堀のトンネルがある。いまにも崩れるのではと心配になるが、ここは天井に貝の化石がみられるという化石のトンネルだ。 そこを抜けてゴルフ場の取り付け道路に出てから北の丸の方に向う。トンネルを抜けて直ぐ右側に急な農道があったのでそこから山に入ってみた。尾根沿いに三角点に向ったが、あと少しの所で薮が深くなって断念。 道路に戻って坂を登っていくと右側に鉄塔の案内札があって、そこからゴルフ場のフェンスに沿って道がある。その道を進むと突き当たりは茶畑で横に鉄塔があった。茶畑の西側は斜面になっていて、そこに三角点の表示杭がころがっていた。地形図には送電線の真下あたりに三角点記号が描かれているので、送電線の下を重点的に探したが見付からなかった。 別の日、今度は「点の記」で位置を調べ、長さを計った紐を用意して現地に向う。基準の国調杭から紐を伸ばして茶畑の中を探し、ようやく株の中ほどにあった標石を見付けた。茶の列は北から五番目で、西端から4.3mのところである。 目印に竹ざおを立てておいた。 |
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ここ知連に浜岡町にあった「ねむの木学園」が移転してきた。その「ねむの木村」の南側の小高い山に三角点がある。 山頂から西の尾根と道路の交差するあたりから入る。シャガの群生する斜面から尾根にのると、「ねむの木村」が見渡せた。 山頂からの展望はない。 |
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加茂荘南側の神社脇の農道を登ると、お茶畑があらわれる。 そこから左側の農道を進み、山と茶畑の境界までいったら、林のなかに入る。すぐに小ピークがあらわれるが、三角点はさらに北西に少しいったところである。 ここは「山梨」の地形図のなかでは一番標高が高い三角点ではあるが、展望は無い。 |
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本郷西から東に坂道をのぼり、八幡神社の先からお茶畑の中の農道を進む。 三角点は農道からすぐのところにあり、横にはりっぱな石像があった。 |