山梨

←笠井↑森 | ↓袋井→掛川

国土地理院 北西 北東 地形図表示
南西 南東


#1364 △25.1 四等 袋井北小

25.1袋井北小

撮影日 2012年9月1日

袋井市役所を中心に、東西に約四キロ、南北に約二キロのエリアに、屋上にあるため、まだ未訪の三角点が七箇所ある。それらの三角点を確認するのは難しいので、建物だけでも見て回ることにした。

市役所駐車場からは旭町、泉町の体育館を経て袋井北小学校に行った。学校南側の道路のほうから三角点のある辺りを見上げる。おそらく写真の矢印のあたり金属標があるのだろう。

(「山科」(#1365、下欄)に続く)

#1364/#1364〜1370


#1365 △22.3 四等 山科

22.3山科

撮影日 2012年9月1日

(「袋井北小」(#1364、上欄)の続き)

北小からは西に進んで、三共の工場の南側から東名の取り付け道路に出た。

東名の袋井の出口から、料金所の北側にある東名管理事務所を撮影する。矢印あたりが三角点の位置と思われる。

(「消防署」(袋井#1366)に続く)

#1365/#1364〜1370


#1370 △26.0 四等 国分寺

26.0国分寺

撮影日 2012年9月1日

(「高尾」(袋井#1369)の続き)

公民館からは、新幹線線路沿いの道路を通って原野谷川親水公園へ行く。ちょうど昼になったので、そこで昼食をとってから、広愛大橋の西側にある歩道橋で対岸に渡った。

下貫名からは、田圃の中の道を通って袋井東小学校へ行った。校庭側から正門のほうに回り、撮影ポイントを探す。

東海道の街道跡を歩いて起点の市役所に戻った。

#1370/#1364〜1370


#1132 △21.6 四等 宇刈西

21.6宇刈西

撮影日 2010年9月17日

地元で道路沿いということで、なんとなく敬遠していたのだが、行ってみることにした。

可睡から可睡の杜を経て田園の中の農道を進み、宇刈川沿いの道から本点に近付いた。支流が合流する地点の堤は草が茂っている。足で背の高い草を踏み倒して標石を探し出した。

(「宇刈」(#1133、下欄)に続く)

#1132/#1132〜1133


#1133 △23.3 四等 宇刈

23.3宇刈

撮影日 2010年9月17日

(「宇刈西」(#1132、上欄)の続き)

「宇刈」の三角点からここまでは、700mほどしか離れていない。車道(271号線)沿いに土地改良の記念碑があり、その一画にあることになっている。

記念碑はタマツゲの生垣で囲われているのだが、それが茂り過ぎていたため、すぐには標石を見つけられなかった。標石の背後の石碑は三角点用のもので、「四等三角点 標高22.99M 東経137.5546度 北緯34.4728度」と刻字してあった。ここは平成元年の設置であり、前の測地系による表示である。また、標高は現時点では23.33mだ。

そのまま東に向かってから最初の交差点を右折し、油山寺の山頂に登ってから山門に下り、村松から可睡に戻った。

#1133/#1132〜1133


#972 △22.8 四等 川会公会堂

撮影日 2009年9月6日

(「太陽の家」(笠井#971)の続き)

【磐田用水歩き(2/4)】
杜山隧道出口から磐田用水沿いの道を進む。敷地川にくると用水はその下を通り、人は近くの橋を歩くことになる。その先の車道を横切り田園地帯の中を東に進むと天浜線に突き当たった。用水は線路下を通り、線路反対側で再び地中に潜った(山田暗渠)。

磐田用水からいったん別れ、川会交差点北の公会堂に向かった。公会堂の敷地内を探し回るが標石は見つからない。(写真は、当日帰宅して点の記の略図と巻尺、スコップを持って出直し、探し当てたもの)諦めて磐田用水出口を見に、一宮川堤防を上流に向かった。

(「北島」(#973、下欄)に続く)

#972/#971〜974


#973 △18.2 四等 北島

撮影日 2009年9月6日

(「川会公会堂」(#972、上欄)の続き)

【磐田用水歩き(3/4)】
一宮川堤防を米倉に向かい、天浜線の下を潜って集落の中を進むと左手の山裾に山田暗渠から繋がる井山隧道の出口が見えた。近付いて写真に収め、用水沿いに歩き始める。すぐに一宮川なので下流の橋を回って、川の下を通った用水出口に行った。

そのあとは田園地帯の中、用水沿いをひたすら歩く。三川小に続く道路と交差するときに、磐田用水は地下を通った。そこから500mほど先の道路で、いったん用水から離れ、西に向かう。100mほど先の路肩に表示杭が見え、横に廃タイヤが積んであった。タイヤ内側の草をむしり取ると標石があった。

(「丸の内」(#974、下欄)に続く)

#973/#971〜974


#974 △17.8 四等 丸の内

撮影日 2009年9月6日

(「北島」(#973、上欄)の続き)

【磐田用水歩き(4/4)】
「北島」の三角点から磐田用水に戻り、用水横(一部、暗渠の上)を歩く。交差点を過ぎ、斜に田圃を横切るところは用水横の道が薮状態になっていて、そこは稲刈りの終わった田の中を歩いた。川を横切って、用水は工場地帯の横を通り、丸島水門の先で太田川の土手に消えた。

工場横から深山橋に回り、堤防沿いの県道を上流に進むと、太田川の下を通った磐田用水の出口が見えた。県道から降りて、その用水沿いを歩く。途中ジャスコに立ち寄って休憩し、引き続き用水沿いを歩いて十五社神社へ行った。神社横の道路路肩にある筈の標石(以前確認済)は埋もれていて見つけられず、用水歩きを続ける。

平宇までくると用水の両側にあったフェンスは、蒲鉾型に全体を覆うものに変わる。住宅街の中の用水沿いを、東名高速まで行って磐田用水歩きを終了した。その後、自宅から点の記の略図と巻尺をもって車で引き返し、埋もれた標石を掘り起こした。

#974/#971〜974


#920 △14.3 四等 藤の木

撮影日 2009年4月24日

(「向陽中学校」(笠井#919)の続き)

向陽中学校の北側の小道から寺谷浄水場のほうに行き、坂道を向笠へと下ってから新豊院の横を通って笠梅へ行く。敷地川の東側の用水路脇を歩いて行くと保護石に囲われた標石が正面に見えて来た。

敷地川の土手に上がり、上村橋を渡って中沢川沿いの道を歩いて起点の工場地帯に戻る。

#920/#918〜920


#867 △54.6 四等 下垂木

撮影日 2009年1月8日

昨年の五月に撤退した所で、その時と同様にオカノから歩くことにした。

新田の製茶場の横の路地を奥に進んで右手の茶畑に登り、茶畑の中の尾根道を南から東に向かうとピークにTV局のアンテナがある。近付くとフェンスの西横にある標石にすぐ気がついた。五月には草薮に隠れて見えなかったのだろう(蛇を近くで見たので、薮を掻き分けるのが躊躇われた)。

南側の道路を東に向かって、次の目標である旭ヶ丘の三角点を目指した。

「宮脇村」(掛川#868)に続く)

#867/#867〜868


#791 △109.0 三等 五川村

撮影日 2008年6月19日

上山梨の板築橋近く、めだか公園の駐車場から歩くことにした。

森市街に続く田園地帯の中の道路を進み、中川上で左折して坂道を登っていき、ヤマハ発動機の横を通り過ぎ広域農道にでて右折する。すぐ東側の山の上に三角点があるはずなのだが、道路沿いは藪になっている。道路法面の手前に藪のない所を見つけて入り込み、尾根沿いを登っていくとピークに標石があった。

帰りは同じ道を引き返したが、中川上は集落の中の道路を通った。


#792 △20.8 四等 上山梨

撮影日 2008年6月19日

板築橋の下流側、大田川左岸の堤はめだか公園として整備されている。そこを通り抜けて公園南の出入口から堤上の道路に出た。

少し道路を進んでから土手を降りて周囲を探すとセンダンの木の隣に表示杭が見え、近付くと横に標石があった。


#785 △14.5 四等 国本

14.5国本

撮影日 2008年5月30日

袋井市街とその周辺の三角点を調べると建物の屋上にあるものが五ケ所もあった。ここは道路沿いのようなので、自宅(可睡斉近く)から歩いて行くことにした。

地元なので地形図もGPSも持たずに行くと、現地のバイパス側道の道路法面は草が茂っていてざっと見渡したが標石は見えない。路上ということもありえると思いながら周囲を探し続けているとコンクリートのトンネル天井(下に道がある)に金属標があったので近付いてみると三角点だった。

結局ここも建造物の上ということになるので、六ケ所が屋上ということになる。


#772 △67.2 四等 一色

撮影日 2008年5月6日

大池IC南のオカノから歩き始める。

道路を北に進み新田で右折。左側の山の上の三角点「下垂木」に通じていそうな小道を探しながら大行事神社まで行った。神社の裏にも山道がなく、その北側の住宅街のほうに回り、茶畑から三角点方向に行こうとしたが薮で撤退。蔵人のほうに降りて一色に向かう。

桜木小学校の横を通ってから本三角点東側の細い道路へ行き、山林に入り込んで尾根に出、尾根を伝って行くと標石があった。

同じルートを引き返して山林を抜け、北側の道路に出て家代側に行き、交差点を左折して新田に戻る。こんどは三角点「下垂木」を北西側からアタック。三角点がありそうなピーク(GPSを忘れて来たの)で標石を見つけられず撤退した。


#636 △43.4 四等 富部

43.4富部

撮影日 2007年5月27日

各和の永源寺を起点に富部、細谷、吉岡の三角点を巡ることにした。

永源寺から権現橋に下り、田植の終えた水田地帯を抜けて椀貸池のある丘陵に登った。池の周りを右回りしている破線を探したが、あたりはひどい竹藪で廃道となったようだ。しかたなく道路に戻って丘陵を横切り、天浜線を渡って富部へ入る。

三角点へは東南の尾根から登った。竹林があり、抜け出ると茶畑でその北西隣は雑木林。そのなかに小さな祠がある。崖側に金網のフェンスが設置されており、標石は祠の北側のフェンスのすぐ外にあった。

茶畑の北東から山を下ると民家の庭先だった。通りに出てから東側の住宅地のほうに行き、北側の路地に入って総合教育センターの裏手に向った。

(「細谷村」(#637、下欄)に続く)

#636/#636〜638


#637 △72.7 三等 細谷村

72.7細谷村

撮影日 2007年5月27日

(「富部」(#637、上欄)の続き)

「富部」から総合教育センターに行き、いこいの広場の正面ゲートに入る。日曜日なのでスポーツを楽しむ人々で賑やかだ。アーチェリー場の横から東側の斜面を登っていき、北側の小高い森に入り込んだ。草が茂っていたが踏み跡はあって、すぐに三角点に到達した。

帰りはテニス場の東側を通ったところ見覚えのある白い半円球を持つ設備があった。近付くとやはり電子基準点だった。(写真手前はいこいの広場の電子基準点、奥の赤い矢印のあたりに三角点の標石がある)

いこいの広場から西側の県道に出て、天浜線を渡ってから水田地帯を横切り吉岡へと向う。

(「下新田」(#638、下欄)に続く)

#637/#636〜638


#638 △57.1 四等 下新田

57.1下新田

撮影日 2007年5月27日

(「細谷村」(#637、上欄)の続き)

「細谷村」から吉岡橋を渡って吉岡に入り、原野谷川沿いの路地を北上して春林院へ。本堂の奥の小高い所が春林院古墳(前方後円墳)で、その「後円」の縁に標石がある。

境内を一回りしてから高田へ向った。高田橋の先からは原野谷川右岸の堤防の道を南下し、各和の木の橋のところから東に折れて河岸段丘の坂道を登っていくと左手に各和金塚古墳(円墳)がある。手持ちの地形図では61.6の三角点がその円墳にあるはずなのだが、廃点になったようで標石はない。(2000年の4月の時点でも現地に三角点はなかった。)

古墳からゴルフ場沿いの道路に出て、起点の永源寺に戻った。

#638/#636〜638


#612 △103.0 四等 寺田

撮影日 2007年3月13日

天浜線原田駅から森方向に道路を歩いていくと600メートルほどで 一等水準点(点名5262、53.8m)がある。その先の坂の途中から養鶏場のほうへ右折し第二東名の新しい側道を行く。

側道から分岐する農道を登っていくと茶畑に出た。近くに小屋がある。第二東名工事で地形が変ってしまっていて確信はないが三角点はそのあたりにありそうだ。しかし小屋近くの笹薮や農道脇の茶畑を探しても見付けられなかった。寺田に下ってから原野谷中学の横を通って原田駅に戻る。

家に帰って点の記を調べ、緯度経度のメモとGPSを持って再び出かけた。結局小屋近くの笹薮の中に標石があったのだが、伐採された桜の幹や枝の横だったので先ほどはしっかり確認しなかった所だった。帰り道、第二東名の橋脚のある原っぱにキツネがいるのを見た。

#589 △30.7 四等 村松

30.7村松

撮影日 2007年2月3日

可睡斎近くの自宅から歩く。中峰山と千鳥ヶ池は私の散歩コースの一つで、何度も訪れているところだが、この三角点は始めてだ。

中峰山展望台から千鳥ヶ池に下り、池を一回りしている遊歩道を右回りしてラドンセンターの横から道路にでた。送電線を目指して南下し、送電線の近くに行くと民家の横から茶畑に登っていく小道がある。標石は茶畑の先にある小さな墓地の隣にあった。


#562 △123.7 四等 谷崎

123.7谷崎

撮影日 2006年11月22日

宮代西の一宮不動尊から西に向う農道を歩いていく。宮川にかかる橋を過ぎると坂道の途中に馬頭観音の地蔵がある。坂の上に出ると茶畑で、民家が一軒あり、そこまでは簡易舗装してあった。

その茶畑の北側の奥の尾根が歩き易そうなので、破線路とは違うが登ってみた。そこは獣道で、上にいくと羊歯が多くなり、直に破線路らしい踏み跡の続く山道に出た。石碑のあるピークに出ると、崖下が農道だ。農道を一キロほど南に下り、右手の崖の上に登ったところに三角点があった。

もとの道を130標高点近くまで引き返し、そこから東に農道を行くと茶畑で、そこが行き止まりだった。山の中を覗くと薮はなさそうなので、そのまま突っ切ることにした。途中から沢に降りて沢沿い進むと道があり、行きの時に歩いた農道のひとつ南側の農道に抜け出た。


#545 △57.5 四等 一本松

57.5一本松

撮影日 2006年10月21日

可睡斎の門前から歩いて行く。テストコースの横を通り、坂を下って道路を横切り、正面の山の小道に入るのだか薮っぽいので分りにくい。しかし、草が深いのは入口のあたりだけで、その先は蜘蛛の巣が多くなる。

テストコースの青い囲いが見えてくると、左側にぽっかりした空間があって、そこに標石が鎮座していた。

元の道を引き返して、先ほど横切った道路に戻った。

(「棚ヶ谷」(#546、下欄)に続く)

#545/#545〜547


#546 △61.8 四等 棚ヶ谷

61.8宇刈

撮影日 2006年10月21日

(「一本松」(#545、上欄)の続き)

「一本松」から一色を通り抜け三沢に行く。宇刈川沿いの道を歩いて馬ヶ谷を過ぎ、大日のほうに向う。

送電線と鉄塔から左前方の小高い山が目指す所と知れる。近付くと山の南側の民家の近くに黄色い札が見える。巡視路の案内札に違いないが、どうも民家の裏庭という感じで入っていき難い。そんな訳で茶畑の端を歩いて山の南尾根の取り付きに行くと薄い踏み跡があったので登って行った。

踏み跡はやがて草で隠れ薮漕ぎとなった。尾根にはゴルフ場との境界に鉄条網が設置してあり、それに沿ってピークにたどり着く。鉄塔の西側の草むらに三角点を見付けた。

藪漕ぎは懲りたので巡視路を下って、民家の裏に抜け出た。遠くから見えた黄色の札はやはり案内札であった。

(「可睡の杜」(#547、下欄)に続く)

#546/#545〜547


#547 △21.0 四等 可睡の杜

21.0可睡の杜

撮影日 2006年10月21日

(「棚ヶ谷」(#546、上欄)の続き)

「棚ヶ谷」から馬ヶ谷、三沢と宇刈川沿いを歩いてから、春岡南側の田園地帯を通り抜けて可睡の杜へと向った。

公園と宇刈川の間の土手の上の標石を見てから、可睡斎門前に戻った。

#547/#545〜547


#540 △54.3 四等 草谷

54.3草谷

撮影日 2006年9月5日

円田駅近くの金生寺を起点に歩くことにした。南側の道路を森市街に向い、草ヶ谷の西幸町で左の路地に入って金山神社へと登っていく。

神社周囲の鎮守の森は下草が刈られてきれいにしてあったので、参道西側にある標石はすぐに見付かった。神社横の茶畑の間を通り抜けて西側の水路沿いの道路に下り、次の「円田」三角点に向う。

(「円田」(#541、下欄)に続く)

#540/#540〜541


#541 △66.5 四等 円田

66.5円田

撮影日 2006年9月5日

(「草谷」(#540、上欄)の続き)

水路沿いの道を溜め池の少し先で左の丘陵の茶園のほうに登っていった。このころから雨粒が落ちだしてきたので先を急ぐ。農道の北端から山林に入って草の茂る道路脇の斜面から広域農道に下ったのだが、少し先に茶園と広域農道をつなぐ道が出来ていた。

広域農道を南西に進み、第二東名を越してすぐ左の道を登っていく。このあたりのピークに80.9の三角点があったはずだが、いまは第二東名工事で均されていた。地形が変ってしまっているし、南西に移転された三角点を探すためにGPSを使用することにした。

フェンスを乗り越え指示する方向へ向うと、道路隣の崖の近くに標石があった。雨が強くなって、雨具も用意してなかったので予定していた109.0「五川村」三角点へ行くのは中止して、円田に下り、起点の金生寺に戻った。

#541/#540〜541


#473 △95.9 四等 大阪山

95.9大阪山

撮影日 2006年4月8日

何年か前に探したが見付けられなかった所だ。その時は西の崖から登って、南側の茶畑に下った。

本三角点のすぐ北西の90超ピークに東側の田圃から登った。そこから尾根を南下して崖横のピークに行き、そこから東側のピークに移る。たいして広くもない山頂だが、すぐには三角点を見付けられなかったのは茂みに隠れていたためだった。

北東に尾根を下って、田圃のほうに抜け出た。


#443 △58.5 三等 国本村

58.5国本村

撮影日 2006年1月22日

三角点ハイキングを始めた頃に、東の神社側から本三角点を見に行ったことがある。今回は可睡から歩いて行くことにした。

油山寺から南北に伸びる丘陵には狭いトンネルがあって、村松の西と東を結んでいる。可睡からここを通って田園地帯に抜け、今度は南の東名高速道路の方に向う。東名の少し手前で進路を変え東の丘陵へ農道を登っていくとゲートがあり、その先はヘリポートだ。その東側から山に入り込み、ゴルフ場の芝生と山の境を歩いて三角点に到達。

帰りは東名沿いの道路を西に向い、鷲巣の久野城址にまわってから可睡に戻った。


#401 △117.1 三等 睦実村

117.1睦実村

撮影日 2005年8月18日

東組の公民館の北側にある狭い路地に入っていくと素堀のトンネルがある。いまにも崩れるのではと心配になるが、ここは天井に貝の化石がみられるという化石のトンネルだ。

そこを抜けてゴルフ場の取り付け道路に出てから北の丸の方に向う。トンネルを抜けて直ぐ右側に急な農道があったのでそこから山に入ってみた。尾根沿いに三角点に向ったが、あと少しの所で薮が深くなって断念。

道路に戻って坂を登っていくと右側に鉄塔の案内札があって、そこからゴルフ場のフェンスに沿って道がある。その道を進むと突き当たりは茶畑で横に鉄塔があった。茶畑の西側は斜面になっていて、そこに三角点の表示杭がころがっていた。地形図には送電線の真下あたりに三角点記号が描かれているので、送電線の下を重点的に探したが見付からなかった。

別の日、今度は「点の記」で位置を調べ、長さを計った紐を用意して現地に向う。基準の国調杭から紐を伸ばして茶畑の中を探し、ようやく株の中ほどにあった標石を見付けた。茶の列は北から五番目で、西端から4.3mのところである。 目印に竹ざおを立てておいた


#391 △51.1 三等 山梨村

51.1山梨村

撮影日 2005年7月3日

地元にあるのに入り込んだことがない里山で以前から気になっていた。前日に自転車で周囲を一回りして、小道の有無を調べたり、山の上にある貯水槽に登ったりした。

掘越上から東名高速を潜って直進すると工事中の新設道路になる。行き止まりの左手にはクレー射撃場が見え、大きな音をが聞こえてくる。右手にある小道を奥にむかって歩いていくと狭い田圃と畑が現れプラスチックの椅子も設置されていた。さらに奥には物置が三つ並んでいる。

その物置の横から左手の山に登っていく。蜘蛛の巣が多いが用意したステッキで払う。すぐにピークに着いたが三角点がない。北側にもう一つピークがあったので行ってみると草の間に標石が見えた。すぐ北側は山が削られていて、いずれ道路が通るようだ。


#266 △92.4 四等 権現原

92.4権現原

撮影日 2003年12月13日

和田岡古墳群のところに駐車。古墳の上に登ってから、茶畑の広がる台地の北方にある三角点を目指して歩く。この時期、空っ風は厳しいがこの台地からの見晴しはとてもよい。

平坦な道から坂を登ると、左側に同じような高さのピークがいくつも現れる。最後のピークのここはと思う場所は茶畑で、開墾されたばかりの土が見えるだけ。畑と山の際(このへんの言葉ではクロ)は笹薮である。

笹薮をかき分けたら偶然にもすぐに三角点を発見。地形図によると三角点はピークにあることになっていて、どうも実際の位置とは違うような印象を持った。


#228 △72.7 四等 本城

72.7本城

撮影日 2003年6月22日

可睡斎から春岡三山(西楽寺、林光寺、極楽寺)を巡るハイキングコースを歩く。

可睡の杜を通り、田圃の中の道を春岡に向かって進む。西楽寺、林光寺に立ち寄り、極楽寺の裏山の三角点を目指す。

以前、この山の東側の斜面を適当に登ったことがあり、その時、春岡神社へ下る道があるのを確認してあるので、今回はそのコースで登ることにした。

春岡神社の横の道を奥に登っていくと、茶畑が現れ、その間の小道をさらに進むと、ピークのあたりはまた茶畑となる。周囲の雑草がだいぶ侵入してきており、笹と雑草をかき分けて、茶畑の隅にある三角点を見つけた。


#155 △115.6 四等 寺東

115.6寺東

撮影日 2002年10月6日

9月のこと。あじさい寺の前の道路を北西に進み、神社のところで車を駐車。そこから先は豊岡村に抜ける道を歩く。

その道は草が茂り、いまはあまり使われていない様子。峠ちかくで右に踏み跡があったので、そのまま進んでみると急に樹木がなくなり、地面がむき出しになっている。第二東名の工事だ。崖下ではトラックが走っている。

付近の小高いところを探したが、三角点は見付からないので引き返した。

家に戻って、「点の記」を調べたら、平成12年5月24日に北へ70メートル移転したことが判明。

工事は日曜日は休みになると思い、10月6日に再度訪れ、工事中の道路を横切り、崖の上に登ると(階段が作ってあった)移転した三角点があった。写真下の崖上が、先月探した地点。


#125 △107.8 四等 新町

107.8新町

撮影日 2002年3月28日

新町の泉龍寺のお墓の横を小道が丘の上に続いており、登り切ると舗装した狭い農道にでた。

見晴しのよい茶畑の中を進んでいくとJ-Phoneの鉄塔のある小高いピークが現れる。三角点はその鉄塔の近くにあり、ちょうど航空写真用の目標が三角点の上に設置されていたので、すぐに柱石を見つけることが出来た。

農道をそのまま進んでから向天方の桜を見に丘を下る。堤防沿いの桜並木はちょうど満開。堤防沿いだけでなく、この地区はあちこちに桜があり、じゅうぶん堪能した。


#83 △138.3 四等 馬頭山

138.3馬頭山

撮影日 2001年12月26日

遊家の養豚場横(本点の南500m)のから入る。破線の道になっても林道なみに幅員があり、すぐにダートになるが、荒れてはいない。

地形図では道の左手のピークに三角点があることになっている。実際、それらしいピークが現れたので探してみるが、見当たらない。読み違えたかもしれないので、さらに先に進み、169のピークを確認して、やはり先ほどの地点しかないと確信し引き返す。

もう一度探すが、やはり見当たらない。同行者の一人(写真)が、道の反対側のピークまで捜索範囲を広げ、三角点を発見。林道が地形図と違っているのか、三角点の位置が間違っているのか?

--------

2006年4月8日 再調査したところ地形図の林道が間違えていることを確認した。実際の道は三角点ピークの西を捲いている。ルート図の赤ラインが実際の道。

route

#84 △158.3 四等 観音山

158.3観音山

撮影日 2001年12月26日

ここ知連に浜岡町にあった「ねむの木学園」が移転してきた。その「ねむの木村」の南側の小高い山に三角点がある。

山頂から西の尾根と道路の交差するあたりから入る。シャガの群生する斜面から尾根にのると、「ねむの木村」が見渡せた。

山頂からの展望はない。


#82 △194.0 四等 桑地

194.0桑地

撮影日 2011年3月3日

遊家の39標高点から軽車道を登って中腹の茶畑に行き、169ピークのところからは徒歩道を歩いた。

途中の170超ピークの鉄塔からは、送電線方向に展望が開けている。北西に続く徒歩道は、さきほどの鉄塔の巡視路にもなっているとみえ、明瞭な道であった。

(ここは、2001年12月26日、加茂荘南側の神社脇の農道から入ったのが初回である。)

blog

(「遊家村」(#13、下欄)に続く)


#13 △161.5 三等 遊家村

161.5遊家村

撮影日 2011年3月3日

(「桑地」(#82、上欄)の続き)

「桑地」から南西の茶畑を通り抜け、150超ピークに取付くと、137標高点にある鉄塔への巡視路があった。150超ピークから南西に続く尾根も、薮はないし、踏み跡もあった。しかし、最後の軽車道に抜ける時だけは、道のない、ちょっとした羊歯の薮の急斜面を登る。

本点を11年ぶりに見てから、軽車道を東に向かった。150超ピークの鉄塔の先で軽車道が終わっても踏み跡は続き、結局、溜め池の北側の沢の分岐点のところに降りた。

池の西岸の小道を行き、堰堤を下って畜舎を通り抜け、起点に戻る。

(ルート図は上欄のブログ参照。本点、初回は2000年4月28日、本郷西から。)


#12 △115.2  二等 油山

115.2油山

撮影日 2010年3月3日

【2010年3月3日】油山寺の大師の森は照葉樹の多い森で、心安らぐ落ち着いた雰囲気がある。特に好きなのは、ヤマハテストコースの境界のある尾根道だが、油山寺を訪れる人も、ここまではこない。

久しぶりに三角点まで行ってみると、表示杭が新しくなり、ICタグが取り付けられていた。

そこから東に少し行ったところに掛川方面の展望がよい場所がある。以前、現地で出会った人から三つの郡(山名郡、周智郡、小笠郡)が接するところなので三郡峠というと教えてもらった。

【2000年4月22日】何度も訪れている所だが、三角点のある所まで行ったのは、この日が始めてだ。標石はコンクリートの貯水槽のすぐ隣にある。