GOA


60年代初めに、血まみれ映画を発明した人。『スプラッタームービー の祖』『血糊の王様』『ミッドナイトシアターのサイババ』等々、一時期、局所的にもてはやされた が(一部嘘)、未だに普通の人は誰一人として知らない。そんな監督だ。(たぶん、普通のホラー 映画ファンの人も、名前すら知らない)

全てはこの人から始まった。そして、この人で終わってしまった。今まで、クズも含めてたくさんの ホラーを観てきたが、彼の映画はやはり異様。他のどの映画監督の作品とも似て いない。それがいいことなのか悪いことなのかは別にして、とにもかくにもワン・アンド・オンリー なお方。ジャンル分けをするなら、間違いなく『ルイス』というジャンルにしか 当てはまらない 、そんな映画をもくもくと作りつづけたえらい人。

彼の経歴でまず驚かされるのが、一時期、ミシシッピ大学の英語、及び人類学の教授をやっていた ということ。(どうでもいいけど、『鮮血の美学』のウェス・クレーブンも大学の教員だった) 元大学教授が血まみれ映画を発明したというのはなんとも皮肉な話だ。

フィルムに関係するようになったのは50年代後半、シカゴ地区の劇場チェーンの持ち主となり、 同時に広告関係の業務に就いてから。この時、映画の配給のしくみや広告について色々と学んだ らしい。その後、60年代に入って、映画製作に乗り出す。ゴア3部作のプロデューサー として。。。というより、『SHE FREAK』等の監督としてで極一部で有名な、 デビッド・フリードマン (元全米成人映画作家協会会長)とコンビを組んで、その名もずばり、『フリードマン/ハーシェル・ プロダクション』なる制作会社を設立。低予算映画の制作に乗り出す。

記念すべき第一作『ザ・プライムタイム』、及び第二作『生きているビーナス』はいわゆる普通の 映画で、自身の映画チェーンのプログラムピクチャーとして制作されたらしい。 当然の結果として、たいした客入りは望めず、デビッドとハーシェルの二人は、いかにしてハリウッド 製の、お金だけは存分につぎ込まれた作品群に対抗できるかを考える。その結果、二人は ポルノ映画制作に乗り出し、『裸のプレイメイト』『地球のクズ』といった作品を制作、そ こそこの利益を得、もっと映画でお金を稼ぐ方法はないかと模索する。

その結果生まれたのが『血の祝祭日』だった。最初の、 本物の血まみれ映画。 当時のホラーといえば、ハマーやアミカス、AIPのムーディッシュなクラシカルホラー が受けており、ヒッチコックの『サイコ』のエピゴーネンがいっぱい作られていた頃。 そんな時代に、ルイスはポップコーンを食べながらいちゃついている観客に 血をぶちまけたのだ。これを偉いと言わず、何と言おうか。

興味深いのは、血みどろ映画を作ることになったのは、ほんとに偶然だったらしいこと。『生きている ビーナス』撮影時に購入した血糊が、実際の映画では殆ど使用しなかった為大量に余って しまい、どうしようかと迷った挙句『じゃあ血まみれの映画を作ろう』ということになったらしい。

今観ても十分に気色の悪い『血の祝祭日』はアメリカ南部を中心としたドライブインシアターで 大ヒット。(血まみれ映画であった為、、当然一般の映画館では上映不可能であった) 気を良くしたルイスは、一連の気の滅入るようなゴアムービーを狂った ように制作する。

初期の傑作、『2000人の狂人』を始め、 『悪魔のかつら屋』『カラーミーブラッドレッド』『サムシング・ウィアード』といった 作品は、血みどろ映画、及び気違い映画であった故に、せいぜい ドライブインシアターでの上映どまり、普通の劇場では上映されず、当然全米配給などはされなかった。

しかし、時代が下るにつれ、ルイス作品も興行的な面で評価がされるようになり、 『テイスト・オブ・ブラッド』『シー・デビルズ・オン・ホイール』の2作品はAIPで配給された。 ちなみに、『シー・デビルズ〜』はルイスの後期作品の中で興行的に最もヒットしたらしい。 (併映は『地獄の天使』!)

70年代に入ると、いきなり『ゴアゴアガールズ』という後にも先にも 絶対に出てこない、絶対に誰も追いつけない傑作を制作。 後世の、僕のような人間にかけがいのない遺産を残す。 しかし、72年の『血の魔術師』(これも傑作)を最後に突然映画製作 を止めてしまう。理由は定かではない。。。

彼の作品がまともに評価されるようになったのは、誰もが忘れかけていた70年代中期、何故か フランスにおいてであった。(よくわからないがいいことだ)その評価がフランス経由でアメリカ にも伝わり、80年代に入ると、あの忌まわしい『スプラッターブーム』が生じ、前述のような 呼称で持てはやされるようになった。。。が、それも一瞬で、瞬く間に忘れ去ら れて現在にいたる。

2000年現在、悲しいことだが、未だに正当に評価されているとは言い難い。ただ単に血がいっぱい 出て、趣もへったくれもない80年代以降の明るいスプラッタ−と同列に扱われているのが現状だ。
ちぇっ。



GOA GOA



僕の中では、アルジェントもロメロも、フルチもクローネンバーグもたいした存在ではない。 (もちろん、サムライミやピータージャクソンも)どちらかといえば、聞いたことも無い無名の映画 監督が撮った、制作年度すらあやしいクズ映画が大好きだった。彼らの映画には、巨匠と煽てられ、 クズ映画に大金を注ぎ込む前述の監督たちの諸作品にはないサムシングがあった。(もちろん、前述 の彼らも、無名の頃はそういった監督であった訳だけれど。。。ファンのひと怒らないでね)

観憶えなどあるはずもない、どこの馬の骨ともわからない役者が稚拙なカメラワークの前で、 ある種壮絶な死を迎える。もちろん、一般的な意味での面白さなど、期待していない。 正直いって、つまらない。だが、そこには、ひつこいようだが、 決してスピルバーグやタランティーノの映画では満たされない何かがあるのだ。 だからどうしたと言われればそこまでだが。

そういった映画の観方をしていた僕だから、必然的にあまり監督名では作品を選ばなかった。 (どっちかというと、そういうのは避けてました。今は観るけどね) が、ルイスは違った。『ゴアゴアガールズ』を初めて観たときのショックは未だに思い出して失禁 しそう、いや、する。ほんとうに、後頭部をバットで殴られた感じがした。血がでた。一生この人 についていこうと本気で思った。

とにもかくにも、僕にとってはとっても大切な監督。マイ・フェイバリト。





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