もの読みの記録

2001/10
[読了一覧]





マツの木の王子  キャロル=ジェイムズ  フェリシモ出版

図書館の児童書コーナーをウロウロしていたら目が合った。そんなカンジ。多分、どこかのサイトでタイトルを見た記憶があったのかなあ。なんとなく、アレ? というカンジでとにかく引っかかったんだろうと思うだけど。出会いなんてモノはそんなもんだろう。
なんともはや不思議な話。主人公は、シラカバの木(少女)と恋に落ちたマツの木の王子。周囲の反対をよそにシラカバとの恋を貫いたため切られてしまったマツの木。そこから、シラカバと2人(?)流転の旅が始まります。うーん、よもやマツの木とシラカバの木を擬人化した物語なんてものがあるとはなあ。まあ、サイフを擬人化した小説もあるくらいだ、おかしくはないか(笑) とっても不思議な設定でありながら、リアリティがあるのは、マツの木たちの社会が人間社会そのものだからだろうな。そーゆーイミでは上手いなあと思わせる作品かな。
フェリシモ出版って、ホントに面白い作品を復刊させてくれますよね。




工学部・水柿助教授の日常  森博嗣  幻冬舎

これは自伝なのだろうか?
それとも回顧録?
はたまたただの自慢話?
ひょっとして、あまりに奥が深すぎて潜んでいるハズのナゾの形すら掴めないとんでもないミステリィなのだろうか?(そんなことはない。ナゾなど微塵も潜んでいない(ハズである))
もしかしたら、存在そのものがこんなにナゾに満ちているという時点でこれはSFなのか?(これは『スカイ・クロラ』を”世界の成り立ちそのものが謎に満ちているだけでSFである”と評された大●望氏の言葉を意図的に意識して書いた言葉である。パクリでは?とか類似しているとかこんな僻地にあるようなへなちょこページの感想にそんな指摘をされること方がいるとはとうてい思えないが一応ここに書いておく。端から承知の上である)
あっ! 人知れぬ場所に実は『森博嗣教』なるナゾの教団が存在し、実もこれは教徒たちへの経田だったのか?(ここまで書いてしまったら胡散臭い以外のなにものでもなくなってしまうのは偏に私のせいである。本作の作品性には全く関係ない)
などというおバカな感想はさておき。個人的にはタイヘン脱力系(癒しではない脱力である)なお話で、一息つきたい時などにもってこいだなというカンジでした。
森博嗣ぃぃぃぃっもとい水柿助教授ぅぅぅぅぅぅっ!あなたと言う人はっ! と、思わず握り拳をぎゅぅっとぎゅぎゅぎゅぅぅぅうっと握り締め、ガンバレ須摩子さん(妻)負けるな須摩子さんと声援を送り、それでも最後の最後は、結局似たもの同士よねえ、この2人...などど思いつつ、片頬にニヤリと笑みを浮かべてしまうそんなカンジですね。
しかし、私は白熊以下かと怒鳴る須摩子さんには一票を投じる思いである。ぬいぐるみに負ける妻の立場って...。アタシならグーのパンチをデコに飛ばすぞ(笑)




北京原人の日  鯨統一郎  講談社

自称カメラマンの達也は初出勤のその日、軍服を着て空から落ちてきた老人に遭遇する。何故かその老人の服のポケットには北京原人の骨が。そのナゾにかけられた2億円の懸賞を狙って、達也は調査に乗り出すのだが...
戦中から戦後にかけてのいろいろな事件と北京原人の骨のナゾが絡むあたりは面白かったです。そのあたりは、さすがだなと思わせるものが確かにある作家さんですね。が、もうこれは個人的な好き嫌いだからしょーがないんですが、私はこの作家さんの書く女性というか、女性のポジションというか、役どころというか、それに時折カチンときてしてしまうみたいです。なんとなく。それが大きなマイナスポイントになってしまって、結果的にナゾ自体は面白いけれど、それどまりという評価になってしまうんだろうな。と、一つ冷静になって自己分析してみました。多分、面白いと思う人の方が圧倒的多数で多い作家さんでしょう。しかし、私は少数派(~~;)




インコは戻ってきたか  篠田節子  集英社

女性向け雑誌の編集者・響子は取材のため地中海に浮かぶ島・キプロス島を訪れていた。同行者は初めて会うフリーカメラマン・檜山のみ。一見観光地的雰囲気にあふれたこの島は北と南で国がを分ける国境があり、その国境線では報道されることのない争いが繰り返され続けていた。そして...
「どうしてこんなささいなことで...」目の当たりにした内戦の様子にそんなような内容の言葉を呟く響子。大人だけではない。子どもまでもが銃を持ち、そして銃口の前に晒される。多分おそらくきっと、こんな現場に居合わせた日本人の大半は同じことを思うじゃないのかな。国を隔てる国境もない単一民族で形成されている島国で、愛国心なんてものはオリンピックだのワールドカップだのそんな時くらいしか発揮しなくて、揺らぐこともないことのない強い信仰心も、命を捧げられるほどの絶対の神様も持ち合わせていない、良くも悪くも『平和ボケ』していると言われているこの国で暮らす戦争体験を持たぬ者ならば。私も、多分響子と同じく、どうしてと呟くに違いないと思う。
『ハルモニア』『女たちのジハード』『弥勒』などなど、今まで何作か篠田節子の作品は読んできましたが、今回の作品が一番読みやすかったかな、私は。主人公の響子とほぼ同世代で同じような時代を生きていたからかな、わりと簡単に彼女の感情にリンクできたようなカンジで、だから読みやすかったのかもという気がします。今までの篠田作品の女性たちって、少し世代的な隔たりを感じてしまって同調できるまでがちょっと苦痛だったんだけど、今回は冒頭からすんなりと同調できたんですよね。篠田節子の描く女たちが抱えている焦りとか苛立ちとか寂しさとか空しさとかナニに起因しているのか判らない孤独に苛まれるカンジとか。以前より、同調しやすくなっていました。これは私が年をとったということっすね。やっぱり(^^;) 多分、独身の私より、同世代で家庭も持って仕事もしてという女性の方が更に同調しやすいと思うんですが。どうでしようね。あ、でも考えてみると今まで私に篠田節子を勧めてくれて人って、大体私より年上で、仕事をしている女性が多かったかも。
カメラマンの檜山が家族を捨てるようにして日本を飛び出してしまったのも、焦りとか苛立ちとか寂しさとか空しさなんかに追われてなんだろうなと思う。でも、なんですよね。この世界に同時に存在する今日を無事過ごせる保証すらない国に生まれて育って生きている人々から見たら、響子や檜山ってなんて贅沢なことで悩んでいるんだろう、という感じなんだろうなあ。明確な危機感を持つこともない国に生まれた者だからこその贅沢な焦りとか苛立ちとか寂しさとか空しさなんだろうなあ。
キプロス島というのは実在する島です。近代の中近東情勢に詳しい人ならば、あの島かとすぐに判るようですね。ギリシャ神話が好きな人ならやはりその名前にはピンとくるのでは思うんですが。私はこっち方面でアレこの島って確か...と思い至ったんで。キプロス島は島の南部をギリシャ系住民が、北部をトルコ系住民が支配している国で、70年代になってトルコ軍が北部侵攻を行ってトルコ系だけの「北キプロス・トルコ共和国」を独立させたそうです。そんな歴史的背景もすごく判りやすく伝えてくれた作品ですね。クルド人問題やイスラム問題なども作品には盛り込まれていて、今の時代に読むにはよい作品じゃないのかなと思うんですが。
でも一つひっかかったことが。ブランドの名前にはすぐに反応できるのに、オサマ・ビン・ラディンの名前にはそれが人の名前であることすら判らずに響子は首を傾げるんですけどね、10年以上雑誌の編集という仕事についている人が、本当にそんな反応するものなのかな? 一介の会社員にしかすぎない私ですら、今回の『アメリカ同時多発テロ』事件以前から、ビン・ラディンの名前くらいは知ってたんだけどなあ。平均的日本人として響子はを描いているんだろうけれど、一応、それなりに発行部数を上げている雑誌の編集者という肩書きつきの女性がそこまで世界情勢に疎いというのはどうかなあ。そんなもんなのかなあ、やっぱり。うーん。




一の富 並木拍子郎種取帳  松井今朝子  角川春樹事務所

「ちょっと面白い話が」いつものように弟子の拍子郎がそう言って五餅のところへやってきた。お前の話が面白かったためしがねーよと思いつつも五餅はいつものように拍子郎の話に耳を傾ける。拍子郎が見聞きしてきた今日のネタとはと言うと...
『仲蔵狂乱』の作者・松井今朝子の最新刊。元々歌舞伎の企画制作をされていたということもあって、江戸歌舞伎が全盛の時代物を書かせると本当にいい味が出るなと思います。芝居小屋があった歓楽街の猥雑とした雰囲気の描写が上手いんですよねえ、この人。
主人公・並木拍子郎は一応武士。本名は筧拍子郎と言います。が、今は家を出て狂言作者・並木五瓶の元に弟子入りしています。でもって師匠の五瓶に脚本になりそうなネタを探せといわれたことから、町のあちらこちらを歩いてはネタになりそうな話を種取帳に書き取って師匠の元に持って行くと、その中にちょっときな臭いなというような事件も紛れていたりして、それを2人で謎解きしてみたり、または結果的に解決してしまったりします。まあ、そんな話の連作短編ですね。今までの作品に比べると、ちょっとミステリー的要素も加わって、松井今朝子の時代物の中では、1番とっかかりやすい作品じゃないのかな。
今回は登場人物の1人・おあさが料理屋の娘でこの子が店の板前たちにも引けを取らないくらいの料理上手ということもあって、季節を表現するのに随所に食べ物が出できます。それがどれもこれもおいしそうなんですよ。宮部みゆき系のおいしさというよりは池波正太郎系かな。酒の肴にすっごくあいそうな江戸っ子らしい旨い物ばかりで、読んでいるこっちが口寂しくなりました。
なんとなくシリーズ化しそうな雰囲気もあるんですが、するのかな?




親不孝通りディテクティブ  北森鴻  実業之日本社

高校時代からの腐れ縁で未だ親友のキュータがガールフレンド・千里を連れてテッキの屋台へやってきた。カクテルが売りの屋台ということで千里は『雪国』を注文する。しかしキュータはそれは作れないと言う。そしてそのカクテルが思い出させたある悲しい事件を語りだしたのだった(表題作『親不孝通りディテクティブ』)
九州は博多にある通称・親不孝通り。そこに出ている一軒の屋台を舞台した短編集。屋台のおやじ・テッキと結構相談所の調査員・キュータ、2人の視線から話が語られていきます。ボケとツッツコの漫才コンビのようなテンポで物語りは語られていき、なかなか面白い作品でした。屋台と言う狭い場所が舞台で、人間関係もすごく密度が濃いと言うか、直接的であれ間接的であれ繋がりを持つものばかりのせいか話の密度自体も非常に濃い作品、という印象です。主な登場人物は変わらない短編の集まりなんですが、連作っぽくはなっていないので、短い時間に1本だけ何か読みたいなんていうときにちょうどいいんじゃないのかな。前を読まなくても後を読まなくてもきちんと完結しているんでね。




カーマイン・レッド セトの神民(前編)  霜島ケイ  角川ビーンズ文庫

時代は人類が惑星を植民地として開拓し宇宙へと進出したはるか未来。惑星タピスは人口の激減などにより文明そのものも古代へと退化してしまったような惑星だった。そんな惑星の小さな町・クラルにやつてきた情報屋のジャスパーは、ナゾの暗殺者たちに追われる途中に出会った占い師に「赤に気をつけろ」と警告をうける。そんな中、鮮やかな赤い髪ょ持つ少年テロリスト・エイジュと出会い...
『封殺鬼』シリーズでお馴染みの霜島ケイが創刊された角川ビーンズ文庫に書き下ろした作品。『封殺鬼』以外の他の作品にはなかなかお目にかかれない作家なので(ファンタジー系とかであるにはあるんだけれどねえ)、迷わず購入してしまいました。ジャンルはファンタジー度90%SF度10%のSFファンタジーというところかな。
主人公の2人は、例えて言うなら『封殺鬼』の主人公・弓生と聖のキャラはそのままで、立場と年齢を逆転させたようなそんなカンジかな。シリアスな展開の中でも笑いをとることを忘れない、そんな霜島ケイの持ち味は十二分に出ているかと思います。キャラもしっかりしているし。設定もありがちと言えばありがちだけれど、多分それを踏まえた上で霜島ケイならはいかにも霜島ケイらしいという物語にしてくるだろうと期待できるしね。とりあえず前編は、いろんなナゾが提示されているだけという状態なんで、これが続きでどうんふうに解明されて終結していくのか、早く続きが読みたいなあ(切望)と思わせる1冊でした。




霧のむこうのふしぎな町  柏葉幸子  講談社

「今年の夏は霧の谷へ行ってみないか?」毎年夏休みは長野のおばあちゃんちで過ごすことにしているリナはおとうさんにそう言われ、一人で電車を乗り継いで「霧の谷」へとやってきた。そして風にとばされた傘を追ううちに霧にまかれてふしぎな町に迷い込んだ...
スタジオジブリの最新作「千と千尋の神隠し」の原点とも言われているこの作品。かなり影響を与えたらしいですよね。確かに、そんなカンジです。設定はよく似ていると思います。
「働かざるもの食うべからず」リナの下宿先の大家・ピピットお婆さんはそれをポリシーとする人で、下宿人には必ず仕事を与え、自分の稼ぎで下宿代を支払わせます。リナも仕方なしにその町にあるいろんなお店でアルバイトを。
いろんな店で働くことでリナ自身も変わっていきますが、リナと接するふしぎな町の人たちもまたリナによって助けられ変わっていきます。
ファンタジー慣れしてしまっている人には、一つ一つのエピソードはいいんだけれど、今ひとつピントが合わないようなもどかしさを覚えてしまうかもしれないけれど、なんて言うか、ああもったいない〜ってカンジなんですよ。一つ一つのエビソードはすごくいいのに全体的にみると山もなく谷もなくそつなく無難にまとまってしまったっていうかそんな感じでね、それでもそんな点を差し引いても子供はもちろん大人でも読んでたのしい作品と言えるのではと思います。




三人目の幽霊  大倉崇裕  創元社

大学を卒業し念願だった出版社に入社した間宮緑。しかし、本人の希望とは違い配属された先は『季刊落語』の編集部。気が付くと寄席通いの毎日。一見楽しそうな表舞台と違って裏では噺家たちの悲喜こもごもな出来事が...。
落語をネタとオチに上手に生かした落語ミステリー。創元社で落語ミステリーというと、北村薫の『私』シリーズがありますが、落語そのものや落語の世界を上手く使っているなあと感じたのは私的にはこちらのほうかも。何よりよかったのは『落語』を愛する人たちのその思い入れが伝わってくるところですね。伝統を受け継いでいくということはホントに大変なことなんだろうなあ。シリーズ化しても十分面白そうだと思うんですが、どうだろう。するかなあ。




ルイスと魔法使い協会 闇の中の影  ジョン・ベアレーズ アーティスト・ハウス

ルイスはジョナサンからおじいさんの形見のコインを貰う。そのコインにはひょっとしたら魔法がかけられているのでは? そう思ったルイスはコインに魔法がかけられているかどうか調べようとしたところ...
1作目ではホンの少ししか登場のなかったルイスのガールフレンド・ローズ・リタが今回からはバンバン登場。ルイスと違ってこの子は暴れん坊で有名な男の子にすらケンカを挑んでしまうようなおてんばさん。ルイスとはいいコンビです。
1作目、2作目とあわせて読んで感じたこと。世界観もしっかりしていて、出てくる道具もいかにもの魔法グッズというカンジで、本当に正統派の魔法使いファンタジーという感じですね、この作品。
この世界では魔法使いは決して人間から隠れるようにして暮らしているわけでもなく、普通に暮らしています。魔法使いになるには学校に行って勉強して魔法使いになります。でもってツィマーマン夫人なんぞは論文なんてものまで発表していたりもします。ハリポタを読んだ時、あまりアメリカのファンタジーで魔法の世界と人間の世界が共生しているような世界の物語ってみないよなあ...なんてことを書いてしまいましたが、それはやはり私がアメリカ文学に疎かっただけのようです。ちょっぴり反省。




ルイスと魔法使い協会 壁の中の時計  ジョン・ベアレーズ アーティスト・ハウス

両親を無くしたルイスは叔父のジョナサンに引き取られた。ジョナサンとそして隣に住むツィマーマン夫人は実は魔法使い。そしてジョナサンが住む古い屋敷には、『黒魔術』に取り付かれた魔法使いが残していった時計が隠されているらしいのだが...
今から20年以上も前に書かれたゴシック・ファンタジー。アメリカでは今でも人気のこのシリーズも昨今の海外ファンタジー作品の人気にあやかってなのか、ついに翻訳本が。
ルイス少年は、かなりふとっちょで運動も苦手、いじめられても泣いて逃げることしか出来ない弱虫っ子、、コツコツ努力するということも好きではないし、怖いことや辛いことからはすぐ逃げ出してしまう、そんな少年。そしてそんな男の子がホンの少しの勇気を懸命に振り絞って逃げ出さず立ち向かっていくんです。『闇』に向かって。この物語を読む子どもたちってこんな主人公のそんな姿に結構等身大の親密感を覚えるんじゃないのかなあ。

ゴシック・ファンタジーというだけあって、心躍るようなワクワク感よりも、ベットに潜り込んで毛布を頭からすっぽりと被ってしまいたくなるようにひんやり感の方が強いかな。




DOOMSDAY −審判の夜−  津村巧  講談社ノベルズ

元SEAL(海軍特殊部隊)隊員でレイプ犯として服役していた日系アメリカ人・コウイチ=ハヤシは出所後の生活を  で送ることを希望する。そして出所したハヤシを受け入れることとなった人口わずか7000人ほどの小さな町・  ではハヤシの処遇を巡り大騒動が繰り広げられていた。そんな町に予定にもない『招かざる客』が町を訪れ...
第22回メフィスト賞受賞作。メフィスト賞受賞作は私的にはアタリハズレが大きいので、今回のこの作品も読もうかどうか悩んでいたんですが、書店で主人公の名前と設定を見てほぼ一目ぼれ状態でレジに直行してしまいました(爆)
感覚的には映画『プレデター』かな。あの手の作品を楽しめる人ならば、きっと面白いのでは。特撮好きにも面白いかも。
戦闘シーンにしても非日常に放り込まれた群集の描き方も、それなりにリアリティがあったと思うし、中国も朝鮮も日本もみんなごちゃまぜで『オー、ジャパーン。オー、ジャパニーズ』っていうアメリカらしさも実にそれらしく現実的。それだけに、突然降って沸いてきてあまりにも許容範囲を超えた非日常が娯楽大作的要素ばっちりでエンターティメントとしては成功している作品でしょう。個人的にはハヤシの惚けたキャラがめちゃくちゃ好み(爆)。




ルー=ガルー 忌避すべき狼  京極夏彦  徳間書店

時は21世紀半ば。世界はネットワークで構築されネットの世界でしか人とのコミュニケーションを図れないそんな子どもたちが増えていた。そんな世界で突然起こった連続殺人事件。偶然にもその事件に関わることになってしまった少女たちが事件の解明へと乗り出すのだが...
今までの京極作品とは趣が全く異なるこの作品。帯にある「近未来少女武侠小説」という言葉に踊るような踊らんような。いや〜、なんだかんだ言っても『仁義なき戦い』好きだしねえ、この女(笑) それはさておき、どの程度の期待感で読めばいいのか全く判らなかったので、とりあえずいつもの半分程度の期待感で読みました(笑)
前半はあまりにも説明的過ぎてちょっとタルイかも〜というカンジだったんですが、後半の展開にはスピード感もあって一気に読めましたね。京極夏彦の作品ということをあまり意識して読まなければ、十分満足できる作品じゃないのかな、と。
私は京極夏彦ってあくまでも娯楽大作を書く人という認識なんで満足しているだけなのかもしれませんけどね(^^;) いや、でも、それほど強いテーマを感じたこともないしメッセージを受け取ったことないし、ねえ。私の場合。京極夏彦にそーゆーものを感じている人には今ひとつという作品かもしれません。




クラゲの海に浮かぶ舟  北野勇作  徳間デュアル文庫

3作続けて読んで得た結論。北野勇作のSFって受け手側によっていろんな世界が出来るのかも。例えて言うなら、物語の一つ一つはプロックなんですよ。そのブロックは丸だったり三角だったり四角だったり。で、それを渡された受け手側が、思い思いに積み上げていっていく。そして出来上がったものは、人によってきちんとした形あるものになっていたりいなかったりそれぞれで。とにもかくにもそれぞれが作り上げたそれこそが北野勇作ワールドで、多分100人いたら100個の世界が出来るんだろうなあ、と。実に知的なあそび心を必要とするんたわ、この人の作品は。で、それにハマれる人は絶賛するんですよね、北野勇作ってすごい〜って。でもそれにハマれない人はどこまでいっても訳判らーん! なんだろうなあ。
この作品も実に難解でした。多分、これに類似した作品を探せと言われても探せない。不思議な雰囲気のSF。それが北野勇作ですね。




昔、火星のあった場所  北野勇作  徳間デュアル文庫

...ムズカシくって判らないっすぅ〜(TT)
北野勇作のデビュー作で第4回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞受賞作のこの作品。世界観的には『かめくん』に通じるものなんだと思うんですが、私の頭では理解不可能っす。自分はつくづくSF慣れしていないなあ、と実感しました。
多分ね、量子力学にロマンを感じてうっとりできるような人ならば、きっと楽しい作品なんだろうなあ。別段、量子力学な話ってワケじゃないんですけど。この作品の面白さ素晴らしさを実感できる人っていうのは、きっとそーゆー人だろうな、と。そのくらいアタシには難解な作品だったのだぁ〜(TT)
もう少し自分はSFを読める人間だと思っていたんですけどね、それはつくづく思い上がりも甚だしい幻想だったと思い知らされました。ああ、がっくり。




かめくん  北野勇作  徳間デュアル文庫

SFなんだと思うんですが(デュアル文庫だし)、のほほんとした雰囲気はどことなくおとぎ話のようで、不思議な世界を作り上げているなあ、というカンジです。
北野勇作はe-Novelsで掲載中のエッセイがなんとなく楽しくてそのうち読んでみようと思っていたところでデュアル文庫から相次いで今までの作品が出てきたのでとりあえず購入しておいたんですが、ついつい積ん読の山に。買ったはいいんですけどね、今ひとつこの雰囲気にハマれなくて、ね(^^;) だったら買うなっていう意見もありますが。ホントに文体も描き出す世界もなんだか不思議なものがあって興味は尽きなかったんです。
かめくんというのは動物のカメではなくカメ型レプリカント。人間の世界でひっそりと暮らすかめくんには記憶がない。なんとかそれを思い出そうとするんだけど、やっぱり思い出せない。そんなかめくんの姿はどこかいじましくて寂しそう。けれどそんなかめくんを取り巻く日常は実にほのぼのとしてユーモアたっぷり。ホントに『不思議な世界』なんですよね。でもね、後半になるとちょっと内容がハードになってくるんですよね。なんかひょっとしてこれはかの名作『ブレードランナー』のパロディか? と思うくらい。但し、心して読まないとそのハードさも判らないくらい、さらりとその部分も描かれてしまっているですが。テーマとしては『ブレードランナー』と同じものを抱えていると思うんだけどなあ。
今までにちょっとお目にかかったことのない不思議な不思議なSFでした。




そして粛清の扉を  黒武洋  新潮社

卒業式を明日に控えたある高校の教室。いつも通り始まったその日は、突然、いつも通りではない時間へと変貌する。ある女性教師が銃を手にその教室にいた生徒たちを1人また1人と殺害し...
第1回ホラーサスペンス大賞受賞作。
設定を聞いただけでは『バトル・ロワイヤル』を彷彿とさせますが、アレとは全く質が違います。こちらなら自信を持って面白い小説とお勧めできますね、私は。読み終えて受けた印象は、宮部みゆきの『クロス・ファイア』に近いものがありました。『RPG』で宮部みゆきが読み手側に投げかけてきたものにも通じるものがあるような気がします。または戸梶圭太の『赤い雨』。そんなカンジです。
簡単に言えば娘を殺された女性教師の復讐劇なんですけどね、実はそんな単純なものではないんです。この作品では『殺される側』(主に生徒たち)に対して微塵の正義も同情の余地も読み手に与えず、ただの『悪』として描かれていて、『悪』である生徒たちを1人また1人と殺していくことで教師は娘を殺した者たちだけにではない、そんな者たちを生み育ててしまった社会そのものにも復讐しているんですよね。じゃあ、『悪』である生徒たちを殺していく『殺す側』の教師が正義なのかと言うと決してそうは描いていない。決して正義の象徴としては描かれていないです。そこがこの作品の深いところ。最後の審判は読み手のこちらが下すしかないんです。復讐(もしくは報復)のための殺人は果たして正義と呼べるのか? その問いかけに対する答えを。
『バトル・ロワイヤル』は決して私から人に勧めるようなことはしませんでしたが、これはね、一読の価値は十分ありとお勧めできますね。




ライオンハート  恩田陸  新潮社

時を超えて出会いと別れを繰り返す「エリザベス」と「エドワード」の物語。名作『ジェニーの肖像』(ロバート・ネイサン、ハヤカワ文庫)のオマージュなんだそうですが、私は『ジェニーの肖像』未読なのでそれとの比較は出来ません。
恩田陸初の恋愛小説ということで、実は長いこと読もうかどうか悩んでました。私は恋愛小説というものが苦手だったりする。『ボーイズ・ラブ』系の作品に対してさして抵抗ないですよ、と言えるのは所詮絵空事の物語と私は受け止めているからだけど、『男女』間の恋愛ものとなるとちょっと具合が違う。なんだかんだいっても現在形であれ過去形であれ『恋愛経験』って保有しているじゃないですか、大抵の人って。こんな私でも多少なりともそーゆーものはあるわけで、そのせいで恋愛小説って読んでいてどうもこそばゆくなってきてしまうんですよ。所詮は小説の中の非現実だと判っていても、それでもなんか自分の中にある『体験』や『感覚』とリンクしてしまう部分があって、なんとなく居心地の悪さというかバツが悪いと言うか、そんな感じなもんで。なんの恋愛小説が一番苦手なんです。
それはさておき作品の話。もっとコテコテの恋愛ものを予想していたんですが、予想ほどではなかったかな。5枚の絵をモチーフに時間を超え場所を変え出会いと別れを繰り返し続ける「エリザベス」と「エドワード」の5つの恋愛が描かれています。たった一枚の絵を元に恋愛小説を生み出せる恩田陸の才能にはただ脱帽のもかも。どりもこれも実に不思議で実に切ない話ばかりです。そして『永遠に繰り返される出会いと別れの物語』を読み終えて思ったこと。人はみなこうやって『自分だけのライオンハート』を探し続けていくというのなら、その旅はなんて遠くて果てなく寂しい旅なのだろう、と。




黄金の島  真保裕一  講談社

半端なヤクザ者・修司。組織からも追われることになってしまった彼は自分で作った偽造パスペートを手にバンクコへ、そしてベトナムへと逃走する。その国で修司は『黄金の島・日本』を夢見る若者たちに出会う...
今でもまだこの国には『黄金の島』という幻想が付きまとっているんでしょうか? 確かに、諸国と比べれば、自由があって治安も良くてなんだかんだと言いながらも職さえあれば食っていけて...という国かもしれないけれど、海外から来る人には、暮らしにくさも物価の高さも半端じゃないと思うんだけどなあ。
ベトナムでの苦しい生活から逃げ出したくて『日本』を夢見るベトナムの若者たちと、『日本』に居場所を見つけられずにベトナムへと逃走してきた修司の出会いはあまりにも皮肉的。実に真保裕一らしい真保裕一ならではの小説でした。



とっぷ
***
りんく