高蒔絵 手焙り

漆や時に炭粉を使用して盛り上げた部分に、金銀粉を蒔いて絵付けしたいわゆる高蒔絵の火鉢です。絵付けは秋草に見える取り合わせからか、大輪の菊との説明でしたが、牡丹とも思われる花の蒔絵には、グラデ-ションが施されております。田舎なら何処にでも、あるいは都会の一隅でも良く見かける風情有る風景です。繰り返されたモチ−フなので、様式化されていることは云うまでもありませんが、それでも実写ともデザインともとれる意匠が面白いと思います。
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船箪笥

「船箪笥は江戸時代から大正時代にかけ、全国津々浦々を結んで流通に大きな役割を果たした千石船に積まれた小ぶりな箪笥の総称であり、外は丈夫な欅財などが使われ、中は軽くて密閉性の高い桐が使われたという。船が難破しても浮いて漂い、どこかの浜に打ち上げられたときには必ず持ち主に連絡することが義務付けられていた」といいます(「古民具の世界」・安岡 路洋著より)。とすればこの「船箪笥」も、どこかに持ち主の名前が書かれていなくてはならない筈なのでしょうが、これは名無権兵衛さんです。

大きさは間口31、高さ37.5、奥行が44pです。扉、天井など周囲は水には強い栗材、内部は桐で出来ているようです。

銭箱

大きな商店には、必ず銭函と銭を量る銭升と呼ばれる物があった。一般の人達が使うのは銭。これを放り込んでおくのが銭箱。店を閉めてからこの箱を開け、銭勘定をするとき升が必要になる。銭は通常一枚が四文として通用した。幕末には一文通用の銭もできたが、大方は四文通用。そこで、店をしまってから今日の商い高を調べることになる。
(参考:道具で見る江戸時代−高橋幹夫著・芙蓉書房出版)


懸け硯

商店の店先や帳場に置かれた、懸硯といわれるものです。この全面に、さらに防水扉のある船箪笥の一種もあるようですが、これは持ち運びの出来るもので店に置かれた物でしょう。どちらにしても、商いに必要な筆、硯、帳面等を入れた物です。鍵もかかるようになっているので、ここには印鑑や銭などの貴重品を入れたものと思われます。この鍵箱の丁度上に、銭入れの穴の開いた物もあり、それを下に紹介します。。

銭升
銭升、あるいは銭皿と呼ばれ、形こそ違うもののつい最近まで、郵便局や銀行でも用いられていたようです。100枚単位で数えられるもの、あるいは80枚単位のものがあるようです。江戸の通貨が4進法であったせいかもしれません。左の物は80枚のものですが、一朱銀80枚で5両、二朱金80枚で丁度10両になります。どちらにしても、両替や一日の商売の売り上げを、この道具の升目に入れて計算したことは間違いないことでしょう。
天秤秤
今で言う長さ、体積、重さは、度量衡の道具として幾つもの興味深い道具として残されている。江戸時代、何故か長さについての取締りはそれほどでもでもなかったらしいが、量については枡座、衡については秤座を設けて、かなり厳しい取締りがされていたらしい。武士の俸禄たる年貢米の計量に用いられた枡には、焼印が捺されて検閲がなされている。右の秤にも刻印がいくつか押され木製の収納にも焼印が捺されている。上方は銀本位制であったから、商いの取引は銀の重さでされたので、商人にとっては必需品であったのだろう。

(参考、道具が証言する江戸の暮らし 前川久太郎 小学館文庫)
座繰り
ザグリとは、絹糸を枠に巻き取る用具である。円筒に波形の案内溝が掘ってあり、取っ手を回すと糸を通した腕木が左右に往復運動をして、糸が枠に平均に巻き取られるように考案したものである。(日本の美術3 民具 至文堂)
大前神社の骨董市で見つけた「砧」です。前回来たとき砧をみつけて、木の温もりの味わいの良さに魅かれていました。これまで何度も見てきたものですが、人の趣向の変化とは面白いものです。砧はその昔、藁や布を打った単純な道具ですが、昔話の絵本などにも良く描かれているので、実際の記憶はないものの、なんとなく懐かしい気持ちにさせられます。

欲しいと思わなかった時には幾つも見掛けるのに、欲しくなると中々無いのは不思議な現象ですね。多くの出店数を誇る市なのですが、今回は二点しか見つけられませんでした。味わいの違いはなかったけど、4千円と千円。お店はかなり離れた所に位置していたが、変わりが無いのだから勿論千円のほうをゲット。最近腰が凝るので、腰を叩くのに調度いい。しかし暫く続けていたら、今度は肩が痛くなったきた。それではと肩も叩いたら、今度は腕が痛くなってきた・・・・ウ〜ン、やはりアトリエの隅に置いて眺めるだけにした。
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