浮世絵に秘められた謎の解明2

広重だけが本歌取りか?多くの類似した絵図の存在は何を意味するか

広重 「京都名所之内<淀川>」(1834年) 秋里籬島 「都名所図会」<淀>(1780年刊)
重の 「京都名所之内<淀川>」は、これまで秋里籬島の 「都名所図会」に依る<淀>(1780年刊)の盗用だと言われてきたが、その図にも左に示す「絵本家賀御伽(長谷川 光信)(1752刊)」という、元絵があったことが解る。

広重の保永堂版東海道53次図において、「東海道名所図会」からの引用説はよく指摘されることである、しかしこの「東海道名所図会」も、「伊勢参宮名所図会」に依るところがあり、当時は今の写真のように他図が参考にされていたことが、推測される。逆説的になるが、全くの引き写しでない限り、広重が他図を参考に、東海道シリ−ズを完成させたとしても、時代性を考えれば責めることは出来ないし、まして、それを持って広重上洛説否定の決定的な証拠とは成り得ない事を示す事例だと思う。
絵本家賀御伽(長谷川 光信)(1752刊)
京都名所之内・あらし山満花 都林泉名所図会(寛政11年1799年)
都林泉名所図会(上図部分)/秋里籥島 「6本指の謎」へ
目次へ