浮世絵に秘められた謎の解明4


写楽「多作の謎」の、解明1

二代目市川高麗蔵と中山富三郎(写楽) 四代目松本幸四郎と中山富三郎(写楽)
上図中山富三郎の「梅川」部分図 上図中山富三郎の「梅川」部分図(角度を変更してあります)

写楽の制作枚数の多さに対する一つの考察

写楽は僅か10ヶ月の間に150枚の作品を残して忽然と姿を消したといわれております。時にその制作量の多さが問題にされる時がありますが、左上の作品をみて、中山富三郎の”梅川”の余りのそっくり度に、もしやと思って両図を重ね合わせてみました。角度は少し変更しましたが、左図のように耳と首の線以外はピッタリと合います。後日紹介しますが、この例は他図でも同様であり、写楽は同じ役者に対して一つの下絵を様々に変形して用いている事が証明できます。以前から、直接役者に取材したかの疑問は持っていましたが、これで写楽が、一枚の原図から複数の作品を作っていた事は確かであり、これは写楽の制作枚数の多さを解く一つの答えだと思います。
上両図の中山富三郎の「梅川」の重ね合わせ
四代目松本幸四郎と中山富三郎 四代目松本幸四郎
上図、四代目松本幸四郎 上図、四代目松本幸四郎の図を左右反転した図
「四代目松本幸四郎の新口村孫右衛門と中山富三郎の梅川」と四代目松本幸四郎の大和のやぼ大尽実は新口村の孫右衛門」のうち後者の図を左右反転して重ねた物です。役者絵は当時のブロバイドでもあり(当時の様々な検閲や禁止令は別に論ずるとして)、当然似ていることが要求されたのであろう。左右反転させることは版画では必然の行為であり、この図も顔の輪郭から眼鼻口とそっくりである。幾ら絵師とはいえ、ここまで素描きで似せる事は無理であり、単なる偶然でないことだけは確かであろう。






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上図左右の図を重ね合わせた図 写楽「多作の謎」の解明2へ
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