ピラネージの階段が僕の心を捕らえていた

ピラネージ (Giovanni Battista Piranesi 1720-1778 伊)は18世紀に活躍した版画家である。その彼の代表作である「幻想の牢獄」 にはおびただしい数の階段が縦横無尽に空間を支配している。この版画に魅せられた 建築家は多い。階段の形状そのものが建築空間に刺激を与えるだけでなく、階段の持つ上昇あるいは下降というイメー ジが想起されることに意味があるように思う。誰もが体験していると思うが、いまいる場所よりも高い所に移動する時の高揚感、逆に高い所から下を見な がら下降する時の優越感や安心感というものが、人間には潜在意識としてあるのかもしれない。言い方をかえれば、このような非日常的な感覚を お膳立てする道具が階段であるといえる。たとえば、演劇舞台での装置としての階段は、当然これを意識して用いられている。 宝塚歌劇のフィナーレに登場する大階段は、一歩一歩階段を下りてくるスターと、憧れや夢をもって それを見上げる観客が一体となる装置としてこれほど効果的なものはないかも知れない。サッカー等のスポーツは、すり鉢(階段)状になった競技場の観客 席から見下ろすわけだけれど、これなどは自らが競技者になったつもりで観戦できる装置といえるのかもしれない。 さて、住宅の階段を考えてみよう。リビングが狭くなるとか、空調が効かなくなる等の理由で玄関ホール又は廊下に追 いやられている階段が多いのではないだろうか。それは階段を単なる上下移動の道具としか考えておらず、階段が人間の意識や感覚に働きかける、という 大きな魅力をないがしろにしているように思えてならない。