三角・四角・円という単純な形体で建築を構成

自然界に存在する物はすべて球、円錐、円筒に還元することができる、と後期印象派の画家・セザンヌは指摘したけれど、逆にいえば、結晶や分子・ 原子レベルは別として、自然界に幾何学的な形態は存在しないということでもある。しかし建築は、特にモダニズム以降の近代建築は、幾何学的な形 態で成り立っていると言っても過言ではない。その理由は形而上的なものも含めいろいろあるけれど、単に「つくりやすい」ということも大きな要因 ではないだろうか。幾何学的な形態は、工場で大量生産しやすいことに加え、現場での施工が簡単である。またそれが、工事費を安くするということ にもつながる。このように考えると、世界中のあらゆる地域の人々から、近代建築が圧倒的な支持を得たのもよく理解できる。これと同じ理由でよく使 われているのが、ビニールクロスや(合板に薄く削った木を貼り付けた)フローリング等の新建材だ。こちらはどうも、「つくりやすい」ということ よりも、「本物に見せかける」という、人間のさもしい心が見え隠れするように思うのはわたしだけであろうか。新建材がすべてダメだというのでは ない。確かにそれにしか出せない味もあるし、それを逆に皮肉って(面白がって)使う場合もあるだろう。しかし、本物(無垢)を使うと工事費が高 くつくので、見せかけの新建材で代用するというのは、卑しいというより情けない気がするのだ。わたしはなにも高価な材料を薦めているのではない。 つまらない虚栄心を咎(とが)めているだけだ。なにも難しく考える必要はない。自分の予算の範囲内で手が届く材料を選び、それをありのまま使って 建築をつくればいいだけの話だ。いくら建築家が関わったとしても、出来上がった建築は施主の人間性をよく現している。見せ掛けの建築は、そこに住む ひとが見せ掛けだけの人間であると表明しているようで、面白くもあり、情けなく悲しいことでもあるのだ。