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そ の 他    O _ 0 2 1

興 味 を も っ た こ と な ど ・ ・ ・
             

「 街 の 風 」   大 橋 歩

動物に話しかけるひとは多い。犬や猫をペットとして飼っているひとはその経験があるのではないだろうか。動物がひとの言葉を理解し ているのかどうかはなはだ心もとないけれど、なんらかの反応を示してくれると、意思が、あるいは心が通じ合ったようで、幸せな気分に なる。自分の言ったことがわかるに違いない、とひとは思いたいのだ。たとえ声に出さなくとも、心のなかで動物と会話するひともいるだ ろう。またその対象が「生きもの」でなく、単なる「もの」であっても同じことがいえる。たとえば小学生のとき、雨の日も風の日も、ひ とり涙を流したときや友達とふざけあったときも、6年間いつも背負ってきたランドセルなど、愛(いと)おしいものだ。「ありがとう」 「ご苦労さん」と言いたくなる。さて、ひとから言われる側の犬やランドセルは、いったいどのように思っているのだろうか。今 の科学技術では、その「思い」を知ることはできない。

それらはなにも思っていないのかもしれないし、なにかを答えようとしているのかも知れない。 「生きもの」でない単なる「もの」にそれを期待するのは難しいが、それでもひとは、絵や写真に語りかけ、愛車を撫でた りする。もし、「もの」にも「思い」が通じる、と信じることができれば、わたしたちの世界観や人生観が大きく無限に広がるような気がするのだが、ど うだろうか。「もの」の声を聴く、あるいは「もの」の「思い」をくみとる、ということは「感性」におおきく関わることだけれど、また そのような「感性」を誰もが持ちえていないかも知れないけれど、すごく大切なことのような気がするのだ。
先日、近くにあるペットショップの前を通ると、店の中から「このリスは呼んだら来ますか?」と若い女性が店主に尋ねる声が聞えた。
あなたが呼んだら、喜んでそのリスは飛んで来ますよ、きっと。。。



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