ソラは、がんばらないことにした。
 誰かに代替可能な仕事はすべて人に甘えて任せて、空いた時間で極力祖母の枕元にいるようにした。
 人はそれを献身であり孝行だと言った(義母を除く)。
 実際には、学問に似ていた。
 文書館に通って文献を読み漁るようなもの。なんでもいい。情報を集めるためだ。
 ソラは、祖母が、本当には、どういう人間なのか、どうしても分かりたかった。
 明確に、ソラが生まれて以来、祖母はやり手の商売人であり、口を開けば金と土地の話と地域の噂話――どことどこの家が縁談しただの、どこの娘が出戻っただの、そんな話――しかしていなかった。
 それは賢さについての話で、慣例と経験の交差する先には一定の『正解』があって、それが分からずそれを逃した人間のことは極めて残酷に批評し切り捨てる類のものでもあった。
 いつかソラ自身も言われたように、『正解』に対して尻込みする個人の感情はすべて『わがまま』とされた。
 それは田舎町の女将軍そのもの。
 剣は持たない。学問も持たない代わりに、金と土地と血縁と手練手管で一族を統御して来た、強力な一族代表の、何十年と続いた物語だった。
 病は、決して揺らがぬものに思われたその外殻にヒビを入れた。
 その向こうに、たった一人の若い女性の姿がのぞく。
 ソラの親達は慌てまくってなんとかそのヒビを塞ごうとしている。
 ソラは、使用可能なすべての時間を使って、その傍に陣取り、なんとかその若い女性の手を、つかもうとした。
 何故なら、ソラは分かりたかったからだ。
 祖母は本当は、一体どういう『女性』であったのか。
 彼女は自由を求める個人の願望を知っていた。そしてそれを阻害された時、人がいかに苦しむかをちゃんと知っていた。
 しかし、自分自身は専制君主であり、逆らうものは誰一人許さなかった。
 ソラは混乱した。後継者として教育されていたが故に、尚更に。
 祖母が本当は何を望んでいるのか知りたかった。
 自分と同じ肉体を持っている、女としての彼女の物語を、読みたかった。
 既にいくつかの破片は手元にある。祖母の傍にいれば親類も大勢来る。もっと拾い集めて、組み上げてみるのだ。古の、物語の刻まれた石板を。





 祖母は男女合わせて六人の家の次女に生まれた。
 両親は金を稼ぐのが下手で、家は貧しかったという。
 見舞いに来た祖母の弟が言うには、そんな中でも祖母は色々工夫をして、弟たちがみっともなく見えないように古着を調えてくれたり、髪の毛を上手に切ってくれたりしたそうだ。
 祖母も祖母の弟妹達もみんな小中学校へ通ったが、何もかも手配したのは祖母だそうだ。例の、勘当された妹も含めてである。
 彼女はやがて、学校の合間にある商店の手伝いをするようになった。ソンターク青果店だ。
 ソラは父の実家が果物屋をしていたなんて初めて知った。もっとも、小さな店舗で、とっくに畳んでいるわけだが。
 祖母には、姉も一人いて、その人は本当に大人しい人だった。ちょうど祖母が眠っている時にやって来たのだが、かえってほっとした様子で、まるで彼女を目覚めさせまいとするように、椅子にそっと座った。
 まるでハンみたいだ。
 だがその人が大人しい声で話していったことに、ソラは驚いた。
 祖母には、進学の話もあったというのだ。
 祖母は、勉学が出来た。学校の校長にも目をかけられ、卒業後は少し離れた街に新設されていた女学校に行ってはどうかという働きかけが両親にあったという。
 その時祖母は、驚くソラの隣ですうすうと眠っていた。
 結局、そんな余裕はないということで断念せざるを得なかったが、兄姉達はそのことで、ずっと祖母には悪いことをしたと思っているのだそうだ。
 祖母が上の学校に行けば、残された家族が死ぬほど困るのは目に見えていた。祖母が本当は学問をしたかったのかどうかは分からない。聞けば、いつも『あんなのつまらない』と笑うばかりだった。『商売の方がずっと面白い』。
 それでも、あれほど賢かった女の子が、もしちゃんとした学校に行っていたら、どんな未来があったか。しかしその時点で、彼女にはその選択は不可能だったのだ。
 進学の可能性が消えた頃、ソンターク家から内々の申し込みがあった。祖母を跡取り息子の嫁に欲しいと。
 ――姉が結婚してしまう時、わたし達はものすごく悲しかった。
 と、別の日に来た祖母の弟は言った。
 悲しくて悲しくて毎日泣いていたら、ある日髪の毛をてかてかの油で撫でつけたやせた男の人が急に現れて、みんなに菓子を配って行った。
 『お姉ちゃんをもらって悪いね。でも絶対不幸にはしないから安心してくれ。』とかなんとか言ったそうだ。
 あんな調子のいい人は見たことがなかったから、びっくりして涙も止まったと祖母の弟は言う。
 つまりそれが祖父だったわけである。


 祖父はちょっと浮ついた人物だったらしい。他方で学問と教養があり、格好つけで声がいいので若い頃は女性に受けたようだ。
 だがとにかく商売にはまるで向いていなかった。
 祖母は、結婚してからソンターク家の内実を知って愕然としたという。家名は中流で、明らかに貧乏な祖母の生家よりは格上であったが、その実借金だらけで、総資産はどっこいどっこいどころか下手をすると下、という状況だったそうだ。
 これは、祖母自身が言ったのである。
 虫の声が鳴り響く盛夏の昼下がり、ぼんやりと目覚めた祖母は珍しく傍らにいるのがソラと分かって、昔話を始めた。
 その語り方は脈略なく、心に浮かぶままに話すだけで、この様子は、かつて居間に君臨していたころの彼女を知るソラを悲しませた。
 それはともかく、彼女は嫁いでから愕然としたらしいのだ。人生で一番貧しかったのは、実はその頃だったと言った。
 家には借金の返済の督促状が頻々と届き、時には債務者が押しかけてくることもあった。
 そうすると、祖父は家から逃げ出してしまうのだという。気が付いたら姿が見えなくなっていて、祖母は全くどうすることもできず、おろおろする義理の両親、そして怯えて泣く義理の弟妹達を後ろに、返済を迫る商人に一人で対応せねばならなかった。
 最初は、祖父を動かして何とかしようと思った。
 しばらくしてそれが無駄な努力だと分かった。
 自力で何とかするしかないのだと悟った。
 そんな時、妊娠した。町の外に住むやり手の産婆に相談に行って、帰り、街道の途中に荷物が一つ、置き忘れてあるのを見つけた。
 中身は、女性用の革靴だった。なかなかしっかりした拵えで、きっかり五十対あった。多分、この道を通った車の荷台から落ちたのだ。
 荷札が、着いていないこともなかった。
 当時、中央は戦争をしていた。それははるか北部から中央の軍部へ送られる配給品の一部らしかった。
 祖母はあたりを見回して誰もいないことを確認すると、その荷物を担ぎ上げ、森に入って雨に濡れない岩場に隠し、何日も何日もした後、それを取に行って、街道から遠い奥の奥の奥の、それこそアンバーの辺りの市まで行って、それを売りさばいた。
 その時、祖母は誇らしげに言った。
 言われたものよ。まあ、おしゃれな靴を履いた賢げな娘さんだこと、一足頂くわ、と。
 当時は戦争していて、色んなものが品薄だった時代ですからね。飛ぶように売れたのよ。



 さすがに、この話を聞いた時にはソラは寝台に頭が付きそうになった。
 ばあちゃん。それ、泥棒だよ。
 苦労した苦労したとは聞いていたが、まさかそんなことまでしていたとは。
 さすがに盗品を売りさばいたのはそれが最初で最後のようだったが。とにかく何でもしなければならなかったのだろう。それくらい家内の状況がひどかったのだろう。
 その後彼女は長女、次女を産み、子育てをしながら借金を返すために働き、最終的には青果店をたたんで売り、その金を元手にもっと扱いやすい衣料品の売買を始めた。
 そこで成功し、生まれた余剰資金で土地を買うようになったわけだ。
 やがて長男次男を産んだが、その頃にはもうほとんど、ソラの知る中堅で落ち着いた経済状況になっていた。ソラの父でさえ、本当に苦労した頃のことは知らないようだ。
 そして、この頃から、祖父の本格的な迷走が始まる。
 誰に聞いても、祖父はこのソンターク家の再興についてほとんど何もしていない。とにかく商才のない人だったようで、祖母から資金を渡されて土地運営を行おうとしたこともあるようだが、ことごとく失敗に終わって赤字を出してしまった。
 祖母がその赤字を埋めるたび、投機で当てる度、人から褒められる度、人望を集める度に、祖父は狂って行った。
 しかしならば一体どうすればよかったのかとソラも思う。
 せめて祖父が祖母の代わりに家内の仕事を引き受けたならまだしも、そんな形跡はない。それどころか、祖父の弟妹に教育を受けさせ、きちんとした行く先を調えてやったのも祖母である。仕事は山積みだったのに、ほぼすべて祖母が片づけたのだ。
 人によったら、そうはいってもやはり、夫としての面目を立ててあげるべきだったと言うかもしれない。しかし、何もできず何もしなかった人間の自尊心をどうやって救うというのか?
 とにかく、祖父は馬鹿げた行動を起こしては、祖母を煩わせるようになった。大したことではなく、笑って済ませられるようなこともあったが、さすがに占いへの傾倒と巫女との山ごもりについては醜聞になったようだ。
 だがその件も祖母は自力で解決した。身重で遠くへ出かけ盗品を売りさばいたあの時のように、乳幼児を二人連れて山へ登り、金を払って祖父を連れて帰った。
 さすがにそれ程の珍事はもう起こさなかったものの、祖父はそれからも地に足のつかない坊ちゃんであり続け、結局馬鹿げた意地を張って風邪をこじらせて若くして死んだ。
 そこにも何か、面当てめいた気配が、なくもない。
 とにかく祖母は苦労したのだ。ずっと人の面倒を見続けた一生だったのだ。
 今、彼女の傍らには、彼女の最後の苦労の種が座っている。それもまた、彼女は片づけたのだけれど。
 ソラは心苦しくもある。彼女は耐えた。だから自分も耐えるべきなのか。
 同じ道を歩むべきなのか。
 ……どんな結末になるか分かっているのに?
 何のためにもう一度?




「……あなたは、色が白くていいわね」
 ある日、祖母がまた言った。その日は、ソラが誰だか分かっていない様子だった。
 ただ、傍に座っている若い人。だ。
 ソラも慣れているのでうろたえなかった。
「おばあ様も別段、色黒ではないでしょう」
 ため息が答えた。
「……奥様は、……黒いって……」
「『奥様』?」
「……奥様はねえ……、上品な人だったから。あたしのこと、嫌いでしょうがなかったみたい。何をしても、不細工でみっともないって、叱られてねえ……」
「……お姑さんの、ことですか? ――おじい様の、お母様?」
 またため息。
 つまりソラにとってはゾンネンの母親に当たる立場の人だ。
「……あの人は……、あたしのことが嫌いだった。……あたしのことを、ブスだブスだと言っていじめた。……あたしは、16歳だった……」
 ソラが見ている前で、信じられないことが起きた。
 上を向いた祖母の瞳の半球に、涙が盛り上がって来たのだ。
 年寄りの眼もとだから、すぐに破れて脇へ流れた。
 祖母はまるで女の子のように、いじめられたことを思い出して泣いていた。
「――忘れられないわ……。容姿が劣っていると言われた。本当にみじめで……。あの人はあたしのことを嫌いぬいて死んでいった。呪いをかけるように、最後まで憎まれ口をたたいて。あたしが幸せになることを許さなかった。
 ……あの人が死んだ時、本当にほっとした。でも、本当は、悲しかった。あれは嘘だと言ってほしかった。あんたはよくやったと言ってほしかった。あたしは、あの上品な人に、……認めてほしかったのに……。駄目だった。色が黒くて、醜いから……」


 ソラはぽろぽろと落ちる祖母の涙を手拭いで端から吹いた。
 やっと彼女が落ち着いて、そのまま眠りに落ちると、最後に自分の頬に落ちた涙を手で拭った。
 怒りのためか、悲しさのためか、手が、震えていた。顔が真っ赤になっているのが分かる。
 ――おばあちゃん。分かりません。
 こんなこと、繰り返さなければならないことでしたか。
 どうしても繰り返さなければならないことでしょうか。
 自分は苦しんだ。お前も苦しめ。
 あなたがそんな卑近な下らない知恵の持ち主だとは思えない。
 どうして同じような場所に私を放り込んだのですか。完全に私をあなたの模倣にしたいのですか。
 私はあなたの本当の望みが知りたい。
 お願いです。まだ、間に合うでしょうか。









 あまりに根をつめすぎるのも駄目だと言われて、数日、祖母の枕元を離れた。
 ソラは家にいる気になれず、管理を任された土地を再び尋ねた。
 あの食えない管理人と向かい合い、飲み物も出されない机の上に自分が調べてきた書類を示す。
 隣村での、最新肥料の導入の成果を示す報告書だ。気候条件はほぼ同じで、同じ作物である。導入前と導入後では一割弱の、収穫高の増加がみられる。
 しかしこの村では、同じ肥料を導入したのに収穫が向上していない。しかも三年にもわたって、全く。
 前にも手紙で問い合わせた一件だ。
 管理人は鉄面皮だった。皮肉っぽい顔をしているだけで、眉根一つ動かさない。
 が、ソラも、久しぶりの仕事で戦闘意欲は十分である。
「どうでしょうね。私は、義父である町長から管理を任されている以上、理屈に合わないことがあれば報告をせねばなりません。町長がどんな印象を持たれるかは分かりませんが、ひょっとしたらもっと詳しく調べるお気持ちになられるかも」
「……町に住んでおられる方にはお分かりにならないでしょうが」
 管理人が言った。
「同じ農地でも、作業者によって結果は異なります。農業には計り知れないところがありますから。なにしろ自然が相手ですからな」
「同じ作業者ですよ」
「…………」
「同じ小作農の一家が耕しています。報告書にある農地は、別の農家を間に挟んでこの村の小作農に下請けに出されているのです。おかしいですよね。同じ耕作者、同じ作物、同じ肥料。なのに結果が違う。――提案があります。この不思議な現象は、今年で最後にしてもらえませんか」
 管理人は相変わらず顔色も変えなかった。
 ソラはしかし、押す。
「私の祖母も商売人ですから、商売の世界ではいろんなことがあると、分かっているつもりです。新しい肥料に含まれる一部の鉱物が、そのままそれなりにいい値段で売れることも知っています。現金収入は貴重なものですよね。特に農村にとっては。
 その事情は、重々分かります。だから、事を荒立てたいとは思っていません。もし今年で最後になるなら、私は義父に『異状なし』と報告を上げるでしょう。いかがですか?」
 かなり長い沈黙があった。
 辛抱強く待っていると、しまいに管理人は全く無表情のまま、言った。
「――町長の息子さんはどうしていらっしゃるのですか」
「ゾンネンですか?」
「ええ。あの人はちょろかったんですがねえ。ここにも来ないし、威張りくさった手紙を送り付けてくるだけ。喉の下をくすぐってやれば、収穫率のことなんて気づきもしない」
 ソラは答えずにおいた。
 夫のことだ。管理人が信頼できる人物という保証はどこにもない。
 相手もまた話を変えた。
「あなたのおばあ様のご健康はいかがですか。長く患っていらっしゃるとか」
「祖母をご存知ですか?」
「この辺りで知らぬ者はおりませんよ。すぐ近くに土地も持っていらっしゃいますしね」
「……そうでしたか」
 初耳だった。
 もっとも、祖母は方々に土地を持っているので覚えきれない。
「近親の方のお墓がありますよ」
「え?」
「ご自身の、妹さんでしょ。不手際をして勘当された。――恐ろしいおばあ様をお持ちですな」
 ソラが目を見開いている間に、管理人は気が済んだのかふーっと息を吐いて、机の上で手を組み合わせた。
「よく分かりました。みなに申し伝えましょう。貴重な現金収入は今後諦めざるを得ないと。町長の家には、息子より手ごわい嫁が来たと」
 もちろん、わざと嫌味に言っているのだ。
 ソラは譲歩を引き出し、そして恨みを買ったわけだ。
 どれほど正しいことだったとしても。
 そう。こういうことはこの先もいくらでもあるだろうし、あっただろう。
 学問の世界でも同じように恨み嫉みはあった。勝ち負けもあった。活躍すれば活躍するだけ、一目置かれながらも、嫌われる。人の悪意も投げつけられる。
 しかしならば侮られ騙されたままでいたほうがよかったというのか?


 ソラはいい仕事をしたはずだった。しかしさして気分は晴れぬまま、管理人の示唆した祖母の土地に向かった。
 かなり探し回った挙句、そこに墓を見つけた。
 墓石には、名前が二つ。
 うち下の一つが目に入って来ると同時、脳髄がぐらぐらと左右に揺れて、自分でも信じられないうちに、座り込んでしまった。
 ニキ・スズキリ・アガタ。
 仕方がないので、ソラは、四つん這いで草の上を進み、首から下げた袋を手で包むと、その墓石の角に、静かに押し当てた。









 見舞いに来た祖母の姉を再び捕まえて事の顛末を聞いてみた。
 彼女は話づらそうにし、詳しくはないのだと言い訳した。
 事件が起きた時にはすでに嫁いで家を出ていたためらしい。
 問題の妹と祖母は仲が良かった。だから、本当に詳しい事情は祖母しか知らない。
 ――祖母は彼女に期待を掛け、一緒に商売をしたがっていた。
 ところがそれも、あの一件で台無しになった。
 無責任な男が彼女を唆して、彼女は未婚の子を身ごもった。男はその後、彼女を捨てて逃げ出した。
 祖母は怒り狂った。手が付けられないほど怒り、妹を一家から追放してしまった。
「……期待をかけていただけ、失望が大きかったんでしょう」
 祖母の姉はひっそりと言う。
「期待ってどういうことですか」
「だから、あの子は妹にも資金を分け与えて成功して欲しかったのよ。ところが、未婚の母なんかになってしまっては、もうどうしようもなくなるでしょう。まず結婚ができない。結婚ができなければ、女は土地も持てない、商売もできない。親の財産分与も受けられない上に、悪評があれば雇われ仕事だって断られる。一気に最底辺に落ち込んで、決して戻れなくなってしまうわ。その子供も同じで、東部ではまず生きていけないでしょう。
 つまらない男にひっかかったせいで、本人だけじゃなくその子供までが破滅させられるのよ。私だって、妹のことは愚かだと思ったわ。迷惑も被った。そんな愚か者が一族にいると思うだけで、恥ずかしかったものよ」
「……私の友達は、未婚のまま生きていくと決めて、お店を開いています」
「まあ。町の中で?」
「…………」
「例外は、何にでもあるでしょうね。でもそれはあくまで例外で、正しい道とは違うのよ。末の妹はそれを分かってなかった。それくらい愚かだった。私はお墓がどこにあるかも知らないわ。お参りしたいとも思わない。
 ……あのね、あなた達には、馬鹿馬鹿しいことのように思えるかもしれないけれど、家というのは、潰れるの。ちゃんとしないと、本当に潰れてしまうのよ。貧乏は本当につらくて惨めなものよ。人からもすごく馬鹿にされる。私達は、あなたやあなたの子孫が、ひどい目に遭わないようにと懸命に手を尽くすの。だからそのことを、恨みに思ったり、軽く見たりしないで頂戴。
 たとえその手が、完璧なものでなかったとしても」






 真っ白い陽の光の照り映える夏も峠を越しつつあった。
 祖母の病状は進行し、分からない状態であることがほとんどになった。
 彼女は時々、悪夢にうなされた。目を閉じたまま、眉根を寄せ、何を思い出すのか、口元でブツブツとつぶやく。
「ええ。ええ。分かっているわよ。あたしが悪かったんですよ。うるさいわね。もう知らないわよ。あたしが悪かったんでしょう……」
 そのたびにソラは思った。
 もういい。もうあなたが苦しむことはない。
 この後のことは私がみんなと一緒に引き受けるから。
 もうあなたは苦しまなくていい。


 初めから全部自分の責任だった。
 結婚に主体的になれないことも、それを拒み通すこともできない意志の弱さも。
 性的な無知も、無関心も、未熟さも。
 私は主体を放棄しながら受動にも徹さず内心不満を唱えた。
 私はあなたが皇后だという理由で全てをあなたに責任転嫁し、被害者面をしようとした。
 それもみんな、自分の力で財産を作り、身を立てることのできない自分自身の弱さが原因だったのに。
 その弱さ未熟さが、下らない芝居の再上演を許すのだ。
 私もまた、あなたを食い物にした一族の一人だ。








 夏の終わり。
 ソラの祖母は亡くなった。
 眠ったまま息を引き取ったのだ。ソラは町長宅で朝、その報せを聞かされた。



(つづく)
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