イル・カフカス・イラカにとって、世界は今、大雨を被った後の大地のようだった。
 しかも粘土質の大地である。
 いたるところに水たまりが出来て、土地はぬかるみ、くぼみに塵芥がわだかまり、どのように用心深く歩いても結局衣服に黒いシミが飛び、足元は汚れてしまう。
 彼はいっとう軽く歩くことが出来たし、かなり早い段階から精神的な準備もできて、諦めを覚えていた。
 最も重大な最後の部分を諦めないために、それ以外の期待はすべて諦めても仕方ないと割り切っていたのである。
 だが、そんな彼も、夜友人の家を訪れてまたすぐに出て行けと言われた時には驚いた。そこは街道を外れた中部の田舎で、非アルスス学徒の協力者がいたのである。
 何が起きているのか知らないのか。街道警邏隊がお前を手配しているんだぞ。男を殺してものを盗ったと思われてる!
 ――は?
 イラカは、誰が死んだのかさえ知らなかった。しかし名前を聞いて血の気が引いた。
 みな、彼がやったのだと思っているのだという。もちろん、強盗殺人は死刑である。
 すぐに街を出ろ。夜のうちに!
 寝間着姿の仲間が血相を変えて言う。
 ほとぼりが冷めるまで安全な場所に隠れているんだ。お前は目立ちすぎる!
 イラカは彼に迷惑をかけないためにすぐにその家を離れた。しかし、心当たりのある可能そうな場所には逃げなかった。
 普段の彼ならそうしただろう。しかし、今はそうできなかった。その泥は最後の重大な部分にまでその粘り気のある舌を伸ばそうとしたからだ。
 その疑いだけは、容れられなかった。決して。
 彼は街道を避けて休みなく野辺を行った。空に昇って来る太陽の方角目指して。



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