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「おぬしはミタリ一族始まって以来の最悪の愚か者じゃ!!」
「人殺しのあなたに言われる筋合いはない……! 私はただ弟を守りたいのだ! 人殺しにしたくないだけだ!」
「まだそのような寝言を言っておるのか! 筋を見たなら分かったであろう。ゴウは呪われておるのじゃ!
 おぬしは、弟が仇に呪い殺されたほうがよいというのかえ?!」
「いいえ! しかし、身を守る方法はいくらでもあります! 剛はこのまま耐え抜けばよかったんだ。そうすればじき、相手も諦めたに違いないでしょう!
 呪いでものごとを解決するようになれば、後はもう際限などなくなる! あなたがたのようにね! そして、あなた達はそれを待っているんだ! ゴウを、私の大事な弟を、同じ汚泥に染めたくて仕方がないんでしょう!」
 急ごしらえの場の上で、二人の『読み手』は大喧嘩を続けている。
 婆ちゃんも三足も、素直には才能があると言った。それは確からしい。とうの昔から自分で地下に潜る技能は身につけていたという。
 ただそれを、凄まじい自制心で決して利用せぬように生きてきた。フェアプレイを続けてきたのだ。
 だから、弟にも同じようにしてほしいのだと彼は言い募った。
「………………」
 二人が激しく言い争う脇で、友行は場の端に腰を落として、ただひたすら天の果てを見ていた。
 ここは多分、いつだったか洞窟で、ちらっと見たあの果てしなく続く世界の中なのだろう。
 外から見るのと、中へ入って見るのではだいぶ感じが違う。巨大な半透明の森の中にいるような感じだ。繊維は絡み合っているが隙間も多い。
 そして天は、繭のようにまろく、真っ白だった。見ても見ても、なんらの手がかりもない白で、青空のように月が浮かぶことも雲が浮かぶこともない。
 閉じ込められているような、開放されているような、奇妙に落ち着き、奇妙に美しい、広い広い世界だった。
 前、三足が自分に説明をしようとしていたのは、この眺めのことだったのかなと思う。
「駄目じゃ、話にもならぬ!! この母様恋しのわがまま息子の石頭が! どうにかしてくれ、奴婢よ!」
「知りませんよ」
 友行は、両膝に手をついてよっこいしょと立ち上がった。
「一族の内紛でしょ。それはあなたにお任せします。
 俺は、そろそろあいつを、探しに行ってきます」
 婆ちゃんは、落ち着いた様子の彼を意外そうに見やった後、聞いた。
「あれがたれか、分かったのか。わしにも分からなんだに」
 あれとはもちろん、三足をさらって行った光のことだ。友行は肩をそびやかす。
「誰かは知りません。でも、どこにいるかは、分かるでしょう。
 行ってきます。それが俺の、役割ですから」
「……君は、誰だ? 前、アパートで会ったな」
 場に座り、端正な顔をしかめながら、素直が友行を睨む。やがて、その優秀な頭脳が記憶を探り当てた。
「まさか……。神隠し騒動の時の、あの子か?! 校庭で剛を見つけた……」
「白尾友行です」
「そうか……。縁があるんだな……。あるいはまた剛が無意識のうちに、引きずり込んでしまったか。罪深いことだ。
 君は、一般人だろう? どうして、この婆さんの味方をする? 腹は立たないか。こんな世界は許されないと思わないか?
 剛をまともな世界に連れ戻す手伝いをしてくれ」
「残念ですけど、俺の仕事はあいつを見つけることだけです。どんな迷路に迷い込んでいても、迎えに行く。それだけが俺の役割です。
 あなたは、幾度でも彼の邪魔をして彼を殴りつけるといいですよ」
「……そんな言い方をするな! 俺は、あいつのためを思って……!」
「何も知らないくせに?」
 碧は一体どこまで自分達の運命の女なのだろう。
 気持ち悪い。うそつき。偽善者のけちん坊。
 全部彼女が言った言葉だ。だから友行は、いかにも『正しい』その男の前に立ってただ静かに、自分であることが出来るのだ。
「俺はあなたの説得をするような役回りじゃない。そんなヒマはありません。お婆ちゃん、頼みますよ」
「案ずるな。任せておれ。宗主の役目じゃ……」
 婆ちゃんは派手な衣装をかさかさいわせて腰に手をつき、ため息を吐いた。
 素直は侮辱されたような顔をした。友行は、最後に一度彼を見やり、それから、その手元に目を移す。
「…………!!」
 素直ははっとしたように腕を押さえた。シャツに隠れて見えないが、まだ痛むはずだ。三足剛が、ウサギのようにかじったのだから。
 それが三足剛の答えだ。もう全ての材料は出ている。
 後は素直が、認めるだけだ。自分が本当は何をしていたのか、知るだけだ。
 その時初めて彼は、自分に課した罠から、自由になることが出来るだろう。三足が呪術師になろうがなるまいが、本当は、関係ないのだ。
「じゃあ、行ってきます」
「おぬしらの体はどこにある?」
「江南台駅の南口にあるアズーロ一番館の六〇七号室です。
 でも、戻りますよ。自力で」
「うむ」
 友行は老婆の返事を聞いた後、場から歩き出した。
 どうなるか保証はなかったが、老婆の術からはみ出しても、足場は崩れなかった。
 まるで透明な水の上を歩いているようだった。やがて違和感は消え、静かな気持ちで、彼は歩いて行った。
 ただ、導かれるままに。
 何も考えていなかった。
 ふと、横に門神が立っていたこともあるが、次の瞬間には消えていた。
 彼は長い間歩き続けた。前後も天地もあやしい中で、二十分ほどは歩いたろうか。
 さすがに、何か手がかりが欲しくなってきたその時、視界をはらりと、一匹の蝶が掠め飛んだ。
 鼻を返してその後を追うと、それは、鳶色の羽に大きな目のある、若くて、きれいな蝶だった。
 蝶は彼の周囲を二度ほど回ると、それから、まるで先導するかのように少し先を飛び始めた。
 友行は、柴犬のようにしばらくそれを眺めていたが、やがて、従うように、歩き出した。
 蝶に導かれて、またさらに歩いた。気がつけば透明の管をほとんど見なくなっていた。周囲はただぼわりとした光の塊として知覚され、どれだけ目を凝らしても逆に焦点は合わなかった。
 蝶ははたはたと翼をはためかせて飛んだ。その進む先に、瀟洒な虹の半円が姿を現す。
 思えば、関東平野に来てから虹などめったに見たことがない。故郷では、よく見た。毎日のようにかかる季節もあった。
 蝶はその美しい真下へ向かっている様子だった。
 そして、ついに、友行は、そこへ辿りついた。
 決して大きくはない、細身で素朴な虹の下。女が長い着物のすそを白に半ば溶かしてうずくまっていた。
 友行はその顔を見て、どうしようもなく苦しくなる。
 大きな瞳。流れる水のようなきれいな髪の毛。小さな唇。
 眠る三足剛に、我が身を絡みつけて抱きすくめ、責められた子供のような顔をして友行を睨み付けるその半獣の女の顔は、加賀碧のものだった。




 加賀。カガチ。滅んだ西国の『読み手』の一族。蛇の別名。見住の山の主。神隠し。三足と遊びたがったという、大きなマムシ。

 ――お前がここに来るのは分かっていたわ。

 と、女が言った。人間の声とは明らかに違った。薄い羽根が震えるような繊細な声。

 ――どうせ、この人を、取り返しに来たのでしょう。

 白い顎を、三足剛の髪の中へ埋める。

――お前はいつも、わたしたちの逢瀬を邪魔するのね。白い犬。

「すいません」

 ――人間は、心にもないことを言うから、嫌いよ。
 ほんのこどもの頃から、残虐で嘘ばかり。
 この人は、違うわ。こころのきれいな人。一目で、欲しくなってしまった。

 碧の顔でそれを言われると、胸が痛む。自分もまた、いつわりの言葉を吐き、自分の不幸を人のせいにする下らない人間の一人だ。

 ――人間は、この人を大事にしないではないの。いじめてばかりではないの。
 だったら、わたしがいただくわ。お前たちには、もったいないわ。
 わたしは知っているのよ。お前たちが何をしてきたか。わたしに感応する女の子の目を通して、見ていたのだから。

「……加賀碧ですね……」
 それで、彼女の思いは増補されたのだ。文字通り、とり憑かれたようになる瞬間が、あったのだ。

 ――この人を痛めつけ、中傷するだけでは足りずに殺そうとするなんて。
 あまつさえ、神世界とつながる地下でまで、見苦しい争いを繰り広げるなんて。
 かわいそうに。この人のこころは、ぼろぼろよ。ほんとうにかわいそう。
 帰ってよ。白い犬。わたしには、この人が必要なの。
 ずっと待っていたの。彼が、がんじがらめの罠から解き放たれる瞬間を。

「……申し訳ありません」
 友行は謝って、両手を差し出した。碧の顔をした蛇の神は、目を眇めて両腕に力を込めた。

 ――お前たちは、この人を大事にしないではないの。いじめてばかりではないの。

「大事にします。これから。約束します。
 私は彼の、随者です。さだめの続く限り、共に行きます。
 どうか、お許しください」

 ――…………。

 見住の神は、横を向いた。美しいその横顔に、寂しさが漂っていた。

 ――戻したら、この人は、わたしを忘れてしまうわ。お前たちとの幸福におぼれて、わたしのことなど忘れてしまう。

「そんなことはありません」

――嘘ばかり。人間は、嘘ばかり……

「俺は忘れません。あなたの流す霧も、青葉に覆われたあなたの美しさも、一度燃えた時の、あなたの痛ましさも。
 彼が忘れそうになれば、俺が語ります。どうか彼を、放してやって下さい」
 涙が、大きな目元に盛り上がり、やがて破れて頬へ流れた。

 ――お前が、来ることは分かっていました。
 お前が来たら、彼を放さねばならぬことは分かっていました。
 わたしは悲しい。彼を愛しているの。どうか忘れないで。彼を愛しながら、放さねばならなかった神がいたことを。

「はい」

 ――彼を大事にして。

「はい」

 ――彼と共に行って。

「はい」
 友行が三度頷くと、蛇神は三足剛の顎に手を沿え、その唇に口付けした。
 心臓に針がぶち込まれて手荒に掻き回されたような気持ちがした。
 それでも、進み出て、一度下ろしていた両手を、掲げる。
 蛇は、そこに三足剛の体を委ねた。
 その胴に撒きついていた着物のすそがしゅるしゅるっと回転しながら解けた。
 流れるように、女は大きな蛇の姿になって、うろこに覆われたその目で一度、友行を恨めしげに見た。
 それから、身を波のようにくねらせながら頭を返すと、泳ぐように踊りながらかなたへ消えて行った。



「………………」
 友行は三足剛の体を下に置いた。その鼻先を蝶がはためき、それから、同じようにどこかへ飛んで行った。
 静かだった。友行の体は、仕事が終わったことが自分で分かっているかのように動こうとしなかった。
 ただ呆然と、みんなが消えて行った白い世界を眺めていると、
「帰ろうか」
 声がした。
 顎を引くと、地面に半ば寝そべる三足が、まぶたを閉じながらとっくに目の覚めた顔をしている。
 その頬に残るフラグを見ながら、友行は言った。
「そうだな」
「ずいぶん、遠くまで来てくれたね。友ちん。
 ここ多分、神と人間の領域の境目辺りだよ」
「……空気が、いいんだな」
「ね。朝の山の中みたいだよね」
 三足が目を開いて、よっこいしょと体を起こした。
「昔から、こんな場所があるんだっていうことは、なんとなく知ってた。
 来られて、よかった。
 名残惜しいけど、でも、戻ろう」
「ああ」
 そして、三足剛はレグバを呼んだ。
 彼に頼むと、最初の起点――入り組み、因縁と愛憎渦巻く鳥羽永子のさだめの位置まで、一瞬にして戻してくれた。




 それからは夢の後片付けという感じだった。
 四辻でミタリの老婆と素直に再会した。素直は青ざめた顔ですっかりしょげていた。
 老婆から一部始終を聞かされて、自分がとんちんかんな妨害をしていたことに気付いたようだ。時に頑迷にもなるが、根は真面目な男なので、落ち込んでいた。老婆の横に立って、弟のすることを黙って見ていた。
 三足剛は、初めの計画通り、医療神を呼び出して鳥羽の運命を保護した。循環する奇妙な筋が誕生し、多分今頃、バロンは戸惑っているはずだと蛇みたいに笑った。
 これから肉体に戻り、鳥羽の回復を待って、本人に呪いを解除させるつもりらしかった。
「しかし、万が一このロワゾの娘が拒んだらどうするつもりじゃ」
 老婆が尋ねる。
「その時は、このまま行きますよ。呪いは別に、かけたままでもいい。この程度の負担なら、俺にはなんでもないです」
「お人よしじゃの」
「自由です」
 はーっと、老婆は盛大なため息を吐いた。後継者の悩みは尽きない。
「仕方がないのお。紡子の婿を他に探すしかないのお。やれやれじゃ」
「あんた、俺を紡子と結婚させるつもりだったんですか」
「当然じゃろう。年も実力も釣り合う」
「文彦ちんにパス」
「文彦では紡子は頷かぬわ。あれも相当な頑固者なのじゃぞ……」
 老婆はぶつぶつ言いながら、騒がせた周囲の筋の点検を言いつけるため、文彦に連絡を取っていた。
 いいつらの皮だと友行は文彦君に同情した。
「――剛」
 次に近寄ってきたのは、素直だった。
 三足よりもいっそう濃く、混血の面影を残す彼は、水をかぶったようにうなだれながら、頭一つ背の低い弟の前に立った。
「すまなかった。剛。
 お前のことを、まるで理解せずに……。
 ――俺は放っておいたらお前が、母さんと同じになってしまうと思ったんだ。俺の目の前で、殺されてしまうと思った。だから、なんとしても止めたかった。
 不安を抑えられなかった……」
 それで、弟を殴っていたのだ。ぬぐってもぬぐいきれない大きな不安を殴るように。
「それが、俺こそがお前を、死の瀬戸際に追いやっていたなんて……」
「…………」
「すまなかった……。許してく」
「もういいよ、兄貴」
 頭を下げようとする兄を、慌てた手つきで押しとどめる。
 三足剛はきっと、誰からも頭を下げられたり、謝られたり、土下座されたりしたくないのだ。
「俺は俺で、兄貴に分かってもらえる日なんて、永遠に来ないと思ってた。
 だから、もう、十分だ。何もいらないよ」
 兄は弟を抱きしめた。
 友行には兄弟がない。なんだか不思議な気持ちで、それを見ていた。



 その後、ようやく肉体に戻ったら、疲労困憊した人見が「あああ、よかった……!!」と呻きながら床に突っ伏した。
 彼は一人で、二時間近く放置されていたのだ。室内には体が三つが転がったままだし、このまま最悪の事態に陥ったらどうしようと、いっそ逃げ出したい気分だったという。
「俺は二度と、オカルトなんかに関わらないぞ、畜生……!!」
「彼女にもそう言っておいて下さい。
 ――もう、目覚めるはずだけどな。ベッドに運びましょうか」
 男三人で女の体を持ち上げ、隣部屋に運ぶ。その時既に、死の痣ははっきりと薄く褪め始めていた。毎度のことながら、その変わり映えの速さに友行は感嘆するやら呆れるやら、だ。
 ベッドに彼女を寝かせると、人見を残してそそくさと台所へ引き上げた。今更だとは思うが、人見は彼女の両手を握って離さないし、ベッドはクイーンサイズだしで、さすがの彼らも恐縮したのである。
 ダイニングの二人がけのテーブルに勝手に座る。三足がにやにやしながら楽しそうに言った。
「気恥ずかしいやねえ」
「お互いついさっきまで死にかけてたのにな」
「死と性は裏腹だよ。言ったでしょ。バロンが司るのは死と、セックスだって」
「これ返しとく」
 友行は首からオーナメントを外して、彼に渡そうとした。
「婆ちゃんが仰天してたぞ。勝手にあげたって。もう必要ないだろう」
「……いや、持ってなよ。友ちんが持っててくれたほうがいい気がする。なんとなくだけど」
「なんだ? もう、終わりだろ? 俺だって懲りたぞ。もう二度とごめんだ。こんな騒ぎ」
「はは。うん。そうだろうね。
 ……でも、やっぱり持ってて。
 俺、多分、心配性なんだろうねえ。なんか、そのほうがいいような気がするからさ」
「…………」
 会話にならない。
 三足剛は早くも社会性ゼロの不思議人間に戻ってしまったらしい。
「……しょうがねえな。じゃ、そのうち返すよ」
 友行も占いだのお守りってガラじゃないが、渋る相手につき返すのもためらわれたので、とりあえず首に戻した。
 三足はまだ、気が立っているのかもしれない。すべて終わって、事が落ち着いた頃に返せば、受け取るだろう。
 時計が、九時を回ろうとした頃。寝室から、ようやく人見教官が出てきて、女が目覚めたと告げた。
「彼女は、君に、会わせる顔がないそうだ」
「いいですよ」
「……呪いは、取り消すと言ってる。これから作業するから待ってくれと言って、今、祭壇に向かってるよ」
 三足は頷いた。
「じゃあ、じき、落着ですね。
 彼女にかけた保護の呪いは、もう少し、維持しておきます。体力が回復するまで」
「……どうも、済まなかった、三足君」
 憑きものでも落ちたような表情で、人見が謝る。
「――履修登録、なんとかなりますよね?」
「もちろん、なんとかする」
「やったー」
 友行は、こぶしを上げて笑う三足の顔に純粋な喜びしかないので、いっそのこと呆れた。
 自分を呪った相手をこんなに寛大に許してしまって。
 分かってはいたが、甘い。いくらなんでも、甘すぎるだろう。
 本当にこんな調子でこの先、大丈夫だろうか――。
「あ。抜けだした」
 三足が自分の腕を見ながら言った。彼の言う通り、フラグが、死の斑が、彼の全身からしゅるしゅると煙のように消えて行く。
 頬からも闇が抜け、ほとんど忘れかけていた、斑点なしの顔に戻って行く。
 その光景の不思議さに、人見さえ釘付けになった。
「すごいな……。どうなってるんだ?」
「あ、先生。ちょっと見てください。耳も、消えてます? 消えた?
 ――よし。じゃ、俺ら、帰りますから。彼女さんによろしく。
 言っておいてください。また学校で会いましょうって」
「伝えるよ。……ありがとう。三足君」
「いいえ」
 三足が、椅子を立ちながら、友連れの自分の方へ行こう、と視線を投げかけたその時だった。
 静かな幸福に彩られていた三足の顔が、さっと、青ざめた。
「?」
 友行は、何が起きたか分からず、動作を止めることなく立ち上がる。
 と、その瞬間。
 目の前にさかしまの骸骨が上顎をがくんと開いてぶら下がった。
「………………」
 視界が一気に闇になった。
 え? え? と自分で思う間に足がもつれ、友行は、床に転倒した。




 オーナメントが割れた。正確には、中央の石だけが砕けて四方に飛び散った。
「し、白尾君!!」 
 人見が叫ぶ間に三足剛は友の体に飛びつく。襟元を掴み、ぐったりとなった重い頭を起こす。
 そこに、フラグがあった。
 世界の全ての生命を嘲笑うかのような死神の、黒いシルシ。
「ど、どうして……!」
 三足剛の絶叫を、人見の言葉が代弁した。
 自分のフラグが消えた次の瞬間、白尾友行に死亡フラグが立った。
 そんな偶然は、有り得るはずがない。
 自分のせいだ。何か、対処を間違えたのだ――。
 混乱しながら、勝手に回転する勘と思考でそう分かった時、怯えたようなしわがれ声が、彼の耳を打った。
『……奴婢よ。そこに、おるのか』
 三足の手が、友行のジャケットのポケットに入る。そして、愛用のスマートフォンを取り出した。
「……友行は、倒れた」
 話す間にも、みるみるうちに彼の顔が黒に侵食されて行く。凄まじい、速さ。三足はその眺めに魂を削られ、自分の時より、動揺した。
『……ゴウ、か。よう、聞くのじゃ。
 わしは今、脅されておる。斎場へ、閉じ込められておる』
「………………」
『紡子じゃ。最初から、全て。こやつは知っておったのじゃ』
 三足の唇が開き、狭間に闇を抱く。
『おぬしを呼んでおる』
「すぐ行くと」
 三足剛は電話を戻した。それから、自分の携帯を引っ張り出すと、登録された兄の携帯に電話をかけ、車を回すように伝えた。
 兄が二十分で駆けつけると、三足は完全に意識を失った友行の体を担いで、鳥羽の部屋から出た。
 最初は顔を合わせられないと言っていた鳥羽だが、最後は部屋から出て、人見と一緒に見送った。だが、三足剛の横顔に漲るあまりの緊張感に、一言もかけられなかった。 



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