heaven's candy -4-
2012/08/21









 まだ、ナビゲーターの能力が認知されていなかった八世紀、当局によって怪異の術を為す謀り者として逮捕された『魔女』マリア・クルスカは、何故初めて出会ったその若い無一文の農民に『呪いをかけたのか』という裁判官の質問に、こう答えている。
『おいしそうだったからです』
 この、著しく被告の不利にはたらいた発言から分かることは、彼らには魂の味覚とでもいうべきものがあり、それに「うまい」とか「まずい」とかいう評価が伴うということである。

 同時に、彼らは大変忠信である。
 彼らが戦の子であり、戦場に生きるものであるという前提を鑑みれば、一度『呪いをかけた』対象を見捨てたり、離反したりといったありがちな行動が彼らの間に全く発見されないことは、実に驚くべきことである。
 マリア・クルスカも生涯その農夫に助力し、後年危機に陥っても傍を離れることなく運命を共にしている。
 彼らはいったいに二心を抱くといったことをまるで知らない。あたかも神からその機能を眠らされたかのようである。
(中略)
 以上の点をよく了解すれば、我々チューターの役割は、おのずから明らかであろう。
 それは、収容された生のままの、幼いナビゲーターらを訓練し、好き嫌いの別に対するこだわりを抜き去ることである。
 彼らのあるじを決めるのは教会の知恵であって、彼らの味覚ではないことを理解させ、味気なくまずそうに見える野菜でも、出されたものは黙って食べれば幸福になれると教え込むことだ。

 幸いにして、彼らは本質的に、受身的で従順である。なぜならばいみじくもマリア・クルスカの言ったように、彼らは餓えているからである。
 一生仕える主もなしに、自らの本能を無駄にすることこそ彼らにとって最もつらいのであり、そのために必要そうだと判断すれば、かなり簡単に奴隷的なまでの従順すら甘受するものである。



 我々はこうした彼らの特質をよく理解し、その才能と従順に見合う誠意を返すべきである。一生彼らを不幸にせず、彼らの栄誉となるような、高貴なる騎士と見合わせるべきである。
 最高の才能には、最高の財産と血筋で報いるべきである。
 14歳の『魔女』マリア・クルスカは、農民反乱を指揮した農夫と共に、広場で火刑に処された。
 我らが戦の子ども達をマリアと同じ運命に遭わせてはならない。





カレッジ付属図書館所蔵『戦の子 指導者のための手引き』より



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