「美しい昔」









振り返って懐かしむほどの過去はない
高校にあがるまでの自分の生活は温水プールのようなものだったし
唯一楽しかった高校は卒業前に校舎刷新で取り壊された
そんなものだろう
「美しい昔」は美しい言葉だけれど
実際にはあまりないよなあ
と新幹線の中で私は考えた







ところが故郷に帰ってみると
最近は美しいと思うところが多い
風景は以前とあまり変わることが無いから
対岸の火事は美しく見えるということだろう
観光客みたいに原爆ドームの前でカメラを構えながら
遠くまで来たと思った







遠くまで来た
何も知らなかったのに
遠くまで来た
何も知らなかったのに









遠いものは美しく
美しいものは身体から遠い
だから人がもし美しい昔の話をするのなら
彼は今その時から遠くはなれて
昨夜生まれたばかりの退屈の中にいるのである







モドル