トーキョー・アバンドン
3.Take the A Train




 雨は本降りで、暗い校舎には水に濡れた土の匂いと草の匂いが濃密に漂っていた。
 妻原高月は汚染されているというその水を全身に浴びながら一人、サークル棟へ戻った。


 ずぶ濡れになって、ぼんやり歩いたせいか、高月は入る部屋を間違えた。
 気がついたら、二階の、あの小菊が飾られた空き部屋へ来ていたのだ。
 いや、それとも正しい場所なのだろうか。
いつかはここへ、来るさだめなのだろうか。


 一月前、高月は本能でこの部屋を避けたけれど、その実ここは清潔で、静かで、整頓された平穏な場所だ。
 ほら、気がつけば、靴まで脱いでいる。
我が家だと思い込んでいる。


「……」
 雨は外をざあざあ降っている。パーティションの向こうに、とても不穏な黒い塊がいる。
 それはまるで『あの日』、恐ろしくて空けることが出来なかった和室の障子のようだ。




 高月はいつ、その場に倒れて眠り込んだのか、覚えていない。
 翌朝。様子を見に来た雪江が、全館捜索の挙句に彼を見つけて悲鳴を上げた。
 抱えあげた彼の体はひどく発熱していた。
高月は、寝付いた。





<< 戻
次 >>