さてその後、英雄タンジール・西『将軍』の指揮により、日本政府軍は見事渋谷の奪還に成功した。
 白土軍を神奈川県内にまで追い落として、これはもう撤退でしょうという、絶対有利な状況下で現在、停戦協議中。


 ところで、西『将軍』は無駄に街を破壊するのが趣味のドSだという噂があったのだが、何故か渋谷については色々残したっていうので、「ヌルくなった」「もうだめだ」「年じゃない?」などと噂されている。
 識者は穏やかに、「何を言っているのですか。渋谷はもともと政府軍の力が強かった。だから破壊せずに済んだのです。数少ないジョサイア・コンドルの弟子の作品が残ってよかったじゃないですか」と、コメント。
 他方で、作戦行動中に西『将軍』が、地図をぶったたいてクソッタレが! などと絶叫し、作戦を変更したなどという証言もあり、トンデモ説は迷走するばかり。
 しかし、ほとんどの常識人はそれを単なる偶然の結果と見ていて、何を言っているのですか。そんな小説みたいなことがあるわけがないでしょう、とのお説はごもっとも。


 さてその後、ついに兵隊がいなくなった渋谷にはものすごい勢いで工事屋が殺到。現在あちらこちらで瓦礫の除去作業が続いている。
 瓦礫をどかすと下から白骨死体が…。などということも多いようで、いずれ行方不明者が家族の下に帰れることはよいことだ。
 戦災にもしぶとく残った東人大・緑校舎の森はますます草ぼうぼうになっていて、カラスや鳩だの鳥類はみんなそこから飛んでくるという。墓標のようだと学生に評判の悪かった講堂はこのたびも崩落を免れて、いまや渋谷の不滅のシンボルとなっている。


 噂では、その地下に、第二次世界大戦時に整備された防空壕があって、そこでずっと避難生活をして今回の戦災を耐え忍んだ人間もいるだなんていうが、これも眉唾物の都市伝説だ。
 そいつはあまりに不真面目な生徒だったので、昔そこに忍び込んだことがあって、入り方も知っていた…。なんていかにも作り物めいている。
 ためしに、被災したサークル棟内を片付けて住んでいるという冴えない男に話を聞いてみればよい。
「あはは、まさか、そんなことはないない」
 ほうら、そう言うに決まってる。
「入るの大変だったんだよ。色々調べて、錠とかも壊してやっと入れたんだ。中にはネズミの死体があるし。やってる間にもごんごん弾飛んでくるし。もう最悪」
 サークル棟は、爆撃のあおりを食らって一部が破壊された。彼は現在、二階の階段脇の部屋に住んでいるという。
「また、帰ってくるって言うから、掃除しないとなー。
 雪ちゃん、怒りそうだなあ。私の部屋が潰れた! って」


 渋谷には少しずつ人が戻り始めている。
戻ったってろくな建物はないし、不発弾も多いし、十中八九仮設小屋暮らしになるのだが、それでもこの地を選ぶ物好きは多く、毎日、少しずつ街はにぎやかになっていく。
 新しい配給品の受け渡し場所は、大学構内の中庭に設置された。坂上だが、唯一残った講堂に見守られて分かりやすい、縁起がいいと割合に評判の模様。
 その人ごみを抜けて、現れる一人の男。
グラサンなどかけて、いかにも雰囲気が怪しい。手土産片手に、サークル棟を来訪。
「よお先生」
 楠の根元に座って本を読んでる男に挨拶する。
「まーた畑仕事サボってんのか」
「あんたがいつも休憩中にくるんだよ」
「ほい、肉と卵。あと、新聞」
「ものすごいありがとう。奥さんによろしく」
「未来の奥さんにな。新聞見ろよ」
「なに」
「ウィーンでやってた犯罪法廷、やっと審理が終了したらしいぜ。判決がまた一ヵ月後」
「うわあ。悠長だなあ。しかもコレ強制力ないんだろ? なんのためにやるの?」
「提訴するってことに意義があるんじゃないの。後々」
「そんなもんかねえ」
「そーいや、聞いたことなかった。あんた大学での専攻なんだったの? 文学?」
「こっ」
「こっ?」
「国際関係論…」
「……」
「あれ? てことはこれつまり、関係者はもう帰国するってことなの?」
「いや、とっくに帰国してんじゃねーの。分からんけど。
 つーかお前、知ってんだろうな。タンジール・西に白土系の若い通訳がついたって、超話題になってるの」
「ははは」
「あいつ、なんかとんでもない出世するんじゃないか。俺らのことなんか鼻息一つで吹き飛ばせるような」
「どーだかねー」


 バタン、と車から降りた青年は、辺りの様子があまり違うので驚いてしばらく見回した後、半分崩れた校門を過ぎて、人々で混み合う配給所を進む。
 講堂の傍に第十三号講義室を見つけるが、そこはぺしゃんこになっているので、諦めて林へと足を。
 頭上で揺れる緑が彼の銀色の髪に複雑な模様を落とし、やがて落ち葉がその流れを滑っていく。









 噂では、彼らはそこで再会を果たし、大きな声を上げて互いに喜んだと言うけれど、誰が見てた話でもない。

 見ていたとすれば、爆撃で幹半分持って行かれながらも見事に生き残った、青葉滴る楠くらいだろう。 





(終)

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