今から二十二年前。一八八九年、夏。
 深夜。北極圏にほど近い、オンバルフク群島の、数少ない、狭く小さな浜辺に、ヴェリテイジ王国旗を掲げた一隻の小舟が上陸した。
 異変を察して居住地から出てきた毛皮の原住民達は、小舟から、七人の男達が上陸し、砂浜に立つのを見た。男達の方もまた、原住民達が武器を手にしているのを見て、小舟を後ろに固まり、容易に動き出さなかった。
 砂の光る、白夜の入り江に、僅かな疑念をはらんだ緊張が波の音と同じに満ちていく。
 だがやがて、原住民達の輪の奥から、動物の骨や羽根を使った装飾品に身を固めた威厳に満ちた長老が歩み出してくると、侵入者達の方からも、一人の小柄な男が踏み出した。
 長老は白髪と白い髭。男は寒いのか、冬用の大きな外套を着てフードを被っていた。
 向かい合うとすぐ、男は両手をゆっくり持ち上げ、そのフードの端を持つと、頭から肩へと落とした。その瞬間、すべての流れが変わった。
 原住民らの口から一斉に、感嘆の叫びが漏れ、その場にいた全員が、いきなり面を伏せ、地面に膝を落とし、完全服従の姿勢を取ったのである。
 一番最後にそれに従ったのは、長老だった。
 長老は老人らしく、時間をかけて跪くと、ハルチの言葉で言った。
『一体あなた様はどこからおいでになったどなた様でありましょうや、白夜の君、尊きお方。畏れ多いことではございますが、どうぞ我があばら家へお越しください』


 男の連れは、寧ろ残らずひれ伏した原住民達に驚いた様子だった。
 ただ、男だけが、静かに微笑んでその場に佇んでいた。
 白夜の海に風は走り、やがて人々はその風に押されでもしたように、ひとかたまりとなって、島の奥へと消えて行った。




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