[サモワール]
サモワールを買った。ロシアからの輸入品だ。通信販売サイトの写真ではあまり大きく見えず、普通の花瓶ぐらいに思われたが、実物はなかなか貫禄があった。直径約45センチの丸いボディで、高さは60センチあまり。ステンレス製で、白銀色の光沢を放っている。金額的には、ちょっと贅沢な調度品といったところ。
ご存知の人もいると思うが、サモワールはロシア式の湯沸かし器である。ロシア人はよくお茶を飲む。そこでサモワールが日々活躍するのだ。湯をたくさん沸かしておき、別に用意した濃いお茶をそのつど割って飲む。朝の起きがけや、三度の食事の時、午後のお茶の時間など、サモワールは一日中働き続けるといっても過言ではない。
その外見は、大ざっぱに言うとダルマストーブの煙突を外し、太らせたようなものである。腹の部分が丸くふくれていて、ここに水を入れる。中心部には上下に電熱線が走っていて、電気の力で水を熱する。昔のサモワールは中心の空洞に炭を入れて燃やしていたそうだ。天井部分は平らになっていて、ここに水と茶葉を入れたティーポットを置いておき、下から上がってくる熱でお茶が濃い目に煮出されるのを待つ。湯が沸いたら、サモワールの横腹についている蛇口をひねって出す。そして、濃くなっているお茶を薄めて飲むのである。
本場のロシアン・ティーは、ジャムをなめながら飲む紅茶のことである。日本の喫茶店で、ジャムを初めから紅茶のカップの底に沈めておいて、ロシアン・ティーと称している場合もあるが、あれはあまりいただけない。やはりジャムは別にしておいて、甘さを加減しつつ、味を楽しみながら紅茶を飲みたいものだ。ロシアの家庭ではいちごやさくらんぼで自家製のジャムを作ることが多いという。
さて、道具やお茶の葉を用意し、紅茶を入れてみたが、紅茶といえばマドレーヌが思い浮かぶ。焼き菓子をスプーンに乗せて紅茶にひたして食べると、失われた昔の思い出がよみがえってくるかもしれない。そう思って戸棚を探してみたが、お茶の方はちゃんと良いものを準備していたのに、お菓子まではあまり考えが及んでいなかった。目ぼしいものというと、のりせんべいしかなかった。それで僕は、せんべいを小さく割ってスプーンに乗せ、紅茶にひたして食べてみた。味は残念ながらちょっと表現しにくいものになってしまったが、優雅さとは本来こんなものなのだろう、と無理に自分を納得させた。昔の思い出は何もよみがえってこなかった。
僕は紅茶のカップを置いて一息ついた。注文してから届くまでの間は、これからの紅茶三昧の生活についてあれこれ空想していたものだが、いざ届いてみると、はて、一体これから何回使うことになるのだろう、と思うようになった。もともとお茶をそんなにガブガブ飲む方ではない。お茶以外にコーヒーなどを入れるのにも使えるけれど、ちゃんとコーヒーメーカーはある。それに、日本古来のヤカンを使ってガスで湯を沸かす方が早いし、電気で沸かすより経済的なのも確かである。
サモワールは、早晩僕の部屋のただのインテリアと化すことだろう。丸いボディに薄くほこりが積もるようになった頃、部屋に誰か人を招いた時、これは何だい、と問われることがあるかもしれない。僕は黙ってサモワールのほこりを拭って水を入れ、湯を沸かしてお茶を入れることにしよう。水が徐々に熱されて煮立ってき、白銀色の外壁がチンチンと鳴る音を聴いてもらうことにしよう。
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