さようなら蒲原鉄道

Last update : April 28, 2001.


〜 最初に 〜

新潟県にもたくさんの私鉄がありました。
旅客鉄道として、いわゆる生え抜きの私鉄は、この蒲原鉄道を最後に新潟県から全て姿を消すことに なりました。

大正12年に磐越西線の五泉〜村松間を開業させた蒲原鉄道は、昭和5年には信越本線の加茂駅まで延伸。 更なる路線拡大を視野に入れていましたが、折からの不況と資金難から断念。
旅客だけでなく、織物や収穫された穀物を運ぶ役割も担い、沿線の大切な足として活躍し続けてきました。
沿線には冬鳥越スキー場もありましたが、殆どの区間が山間部を含む過疎地帯を走っていたこともあり、 経営難に追い込まれた鉄道は、利用客が見込める五泉〜村松間を残して昭和60年3月に廃止。
しかし、晩年は乗車人数がピーク時と比べ10分の1にまで減少し、営業収支は赤字を計上し続けている上に 老朽化も激しく、鉄道施設を維持できない状態であることから平成11年の10月3日をもって鉄道業からの 撤退となり、75年の幕を閉じました。

最後まで立派に走りぬいた車輌たちを紹介します。


最後まで走ったモハ30の車内。
元西武の車両である。
走行中はけっこう縦揺れがすごくて
車内の電灯が時々消えたりしていた。

撮影地:村松駅

夕暮れの中、村松駅を発車する電車。
ヘッドライトの淡い光に物悲しさを感じた。

撮影地:村松駅

時折みせる日差しの中、村松駅をでる電車。
今は跡形も無く、アスファルトで舗装されてしまった。


開業当時から村松駅構内に車庫があった。
最後は4.2kmの小さな鉄道であったが、
車庫の規模を見る限り、その全盛期の様子が想像できる。

撮影地:村松駅

今泉〜五泉駅をゆく。
廃止前の最後の夏である。
平日ではあったが、夏休みということで終日単行だった。

PS. テールランプはつけっぱなしのようだ。進行方向なのだが...。

今泉〜村松をゆく電車。
最後に残った区間は国道に沿って走っていた。



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