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新潟県にもたくさんの私鉄がありました。 旅客鉄道として、いわゆる生え抜きの私鉄は、この蒲原鉄道を最後に新潟県から全て姿を消すことに なりました。 大正12年に磐越西線の五泉〜村松間を開業させた蒲原鉄道は、昭和5年には信越本線の加茂駅まで延伸。 更なる路線拡大を視野に入れていましたが、折からの不況と資金難から断念。 旅客だけでなく、織物や収穫された穀物を運ぶ役割も担い、沿線の大切な足として活躍し続けてきました。 沿線には冬鳥越スキー場もありましたが、殆どの区間が山間部を含む過疎地帯を走っていたこともあり、 経営難に追い込まれた鉄道は、利用客が見込める五泉〜村松間を残して昭和60年3月に廃止。 しかし、晩年は乗車人数がピーク時と比べ10分の1にまで減少し、営業収支は赤字を計上し続けている上に 老朽化も激しく、鉄道施設を維持できない状態であることから平成11年の10月3日をもって鉄道業からの 撤退となり、75年の幕を閉じました。 最後まで立派に走りぬいた車輌たちを紹介します。 |
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最後まで走ったモハ30の車内。 元西武の車両である。 走行中はけっこう縦揺れがすごくて 車内の電灯が時々消えたりしていた。 撮影地:村松駅 |
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夕暮れの中、村松駅を発車する電車。 ヘッドライトの淡い光に物悲しさを感じた。 撮影地:村松駅 |
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時折みせる日差しの中、村松駅をでる電車。 今は跡形も無く、アスファルトで舗装されてしまった。 |
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開業当時から村松駅構内に車庫があった。 最後は4.2kmの小さな鉄道であったが、 車庫の規模を見る限り、その全盛期の様子が想像できる。 撮影地:村松駅 |
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今泉〜五泉駅をゆく。 廃止前の最後の夏である。 平日ではあったが、夏休みということで終日単行だった。 PS. テールランプはつけっぱなしのようだ。進行方向なのだが...。 |
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今泉〜村松をゆく電車。 最後に残った区間は国道に沿って走っていた。 |
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