26. 1999. 1.31 Flight Report(JA2468 Discus bT BT)----by S.Shimada
前日、都心から帰ったのが深夜1:30で今日は眠い。南から高気圧に覆われて来たのでダメかなあと思っていたが、わずかな可能性として日光の風の予報が西で平野部が南であること。
10:00頃、既に板倉の風は南、葛生方面は西に振れているようす。機体を組み終わると風が北に振れ離陸点を変更、前線かな?とちょっと期待!
ミニニンバス(2254)に続き13:00離陸。田沼4000Fでリリース上空は風向270、20km/h。直ぐに4500Fまで上昇し、葛生の切り立った斜面までグライドし安定したリフトで6000F。前線らしき面にそって北へ進み、板倉から30kmポイントで西に折れ赤城へ向かう。桐生川ダムの北で+3で8000F。風が北に振れてきたので(280方向)大間々側から赤城へのアプローチをやめ草木湖側からのアプローチに変更したがこれは失敗、、下降風強し草木湖で5500F。風の方向が260でやんの;;浅間からの吹き出しが見えるので大間々の街へ向かうと+3で7500F。大沼上空を6000Fでターンし浅間からの吹き出しているライン上を使い葛生へ戻る。ところどころ強いプラスがあり6000F前後をキープし、鹿沼の山際で7000F。日光へ向かうのだが少し沈下がきつい。前日光牧場の上にかすった雲があるのでそこへ滑り込むが、上がらない;;;高度5000F。時間も15:30くらい、日も傾きだしたし、これ以上の深追いは私には無理と感じ板倉へ戻る。下降風強く、葛生奥の高圧線をすぎたところで4500Fになり ちょっと、びびる(十分に板倉へ届く高度だが低空の視程が悪く不安、BTにご主人様を裏切るでないぞと話しかける、、うう;;情けない)。途中、尾根の窪んだところ2カ所でせこく500Fづつ高度を取る。板倉到着16:00ごろ高度が2000F余った。結局、途中2カ所のクライムはいらなかったか1000F以下の高度では風向が170でした。
25. 1999. 1.10 Flight Report(JA2468 Discus bT BT)----by S.Shimada
9日の状況が今日も続いているようす。
まずは、12日の三整実地試験にディスカス(MM)を提供するので書類や整備記録などの説明、組み立てのアドバイス(と言うよりも引き継ぎ)をする。それと、TABのレコーディングの準備。
午前中から昼過ぎまで浅間方向からダイナミックな雲の道が板倉まで来ている。
地上はウィンドカム ときたま、西からブローが入る、、、、、、、うううむ、早く飛びたい。
13:00頃、風が北へ振れ出してきた。曳航パイロットに上空の風はどうかと聞くと、館林の先は北よりの風と言う。
無線のようすでは、染中さんのLS4が西へ進出中だが、浅間方向からの雲のラインは明らかに南(栗橋方面)から死に始めている。
新たに赤城からの気流がよくなりつつあり、宇都宮方面はもっとよさげ、、
結局、各機体より大夫遅れて13:30に離陸
曳航機に赤城へのラインへと指示するのだが浅間方向からの雲へ引かれてしまう。
下降風も弱いし無線で言うのも面倒くさくて、そのまま引かれる。4000Fでリリース、やっぱり浅間方向からの気流は元気がない。
とっとと、赤城からの気流に移る 3000F ビンゴ、、+2から+4でクライム7000F
LS4は戻りつつある、、無線で状況を伝えてから宇都宮方面のラインへ向けイケイケどんどん、、
ずっとブルーなので、、ある程度の失高を覚悟する。まあ、4000Fでたどり着ければOKと思う。
日産の工場と小山R/Wの間4500Fで旋回に入る。弱い、、(ムダだった)、、まだ雲に届いていないし、、、、、
さらに進む、ラインに入る +2で6000F 太平洋と大洗港がよく見える。
雲は太平洋まで延びているように見える(行ってみたいなあ)。板倉へ戻ってきたLS4を呼ぶ!!
鹿沼へ向かう、、雲はあるのだがよいプラスが見つからない、、予想以上にシンクきつい
宇都宮の基地と鹿沼の間で4500F あれえっ!???
私の思惑では、鹿沼から山へ入り、赤城(まあダメなら葛生)へ抜け、そして最終的には追い風で楽々に板倉へ帰るはずだったが
世の中の厳しさを知る(泣く);;
だんだん山際から雲が崩壊する
仕方なく、風下の雲がしっかりしているところへ逃げる 3800F
LS4を呼んでしまったのマズったなあと思っていると苦しそうな無線、、こちらも余裕が無くなっているので
とりあえず、、見捨てるか、LS4は存在しなかったことにしよう
風上には もう雲はない!! 何でもいいから取れるだけ高度をとって(雨巻山で7000F)
板倉へ一気に帰るぞ と操縦桿をプッシュする LS4が小山へランディングした
ずっと下降風、向い風強し、結城の北で4000F
2254(ミニニンバス)へ板倉の状況を聞くと既に2254は降りていた。
小山の街へ入ろうとするとキツイ下降風へ入る3000F
ぎりぎり届くかなあ、、コンピューターに聞いてみると余裕500F ううむ、、
あっ、TABレコーディングまだやっていなかった!? どうしようかなあ?
そうすると、小山からのフェリーバック12000円の無線!!!!!
決めたあ、、小山のR/Wへ向かいエンジンを出す(2000F)
おおお、、かかった さて、帰るか 15:20板倉上空着
レコーディング開始。また、、不満なフライトをしてしまった。 ふうう
24. 1999. 1. 9 & 1.10 Flight Report(JA2494 LS4 O1)----by T.Somenaka
1月9日
4日の帰り、島川さんが「来週もいいよ」と予言してくれたので、9日は朝早くに板倉到着。なぜか、島島コンビ(島田/島川)は遅刻。田上さん、村井さんらと、10:30頃から機体を組む。
11:49離陸。
まっすぐストリートの下まで曳航してもらう。館林IC、2000ft離脱。最初は結構シブく、ダメかと思ったが、動き回るうちにヒット。3500ftあたりからプラスが強くなる。旋回を中止し、ストリートに沿って北西に進む(290〜300度)。
妻沼アビームを6000ftで通過。約30km地点で雲底8000ft到達。さらに北西進。利根川の約5km北側を利根川に沿って進む。
12:50
まったく何の苦労もなく、大田、伊勢崎と通過して、前橋、高崎が見えてくる。
利根川のこの辺は、河原が広く、どこにでも降りられそうで安心。もっとも、8000ftから見て、の話。
13:00
利根川の分岐点アビーム。板倉から約40km地点。この辺で、ストリートがまばらになってくる。南側に浅間方向に向けて別のストリートが見える(あとで島田さんが行ったやつ)。北側に、伊香保方向に向けてもう一本。北側を選択。北上する(000度)。
13:20
前橋上空。ストリートとぎれる。私の意欲もとぎれる。
一応、1000ft:10kmのスリバチの中とは言え、
一応、風上とは言え、
一応、利根川はどこでも降りられそうとは言え、
こんな遠くで(私は初めて)、ひとりで、つらい思いをしたくない。来たルートの約5km北を、利根川に沿って戻る。
13:50
妻沼上空の2468(BT:島田さん)と合流。このころには、さっき見た南側のストリートがだいぶ良さそうに見える。高度が下がったので、島田さんに待っててもらい、ふたたび雲底。いっしょに深谷方向へ。
BTはさすが。いっしょに飛ぶとすぐに置いてかれる。ただ、機体のせいなのかパイロットのせいなのかは、私には判断しかねる(前者?)。
14:20
よさそうに見えたのだが、こちらのストリートはちょっとトリッキー。深谷上空で、一時3000ftまで落ちる。無線では、島川さんや田上さんは結構苦労しているらしく、雲底から離れるとヤバいみたいなので、ちょっとあせる。いざとなれば、妻沼に滑り込める。が、妻沼に降りると殴られる、とか正座させられる、と、みんなにさんざん脅かされている(まあ、噂だけどね//^^)ので、なおあせる。この歳で正座はつらい。島田さんと別れて『とりあえず』妻沼に向かう。彼は、もう少しトライするらしい。
14:30
妻沼でふたたび4000ft回復。ホッとして足利に向かう。正座はいやだ。
14:50
足利手前で板倉に振る。ブルーの下はやはり何もない。無事板倉到着。帰ってきた島田さんと上空でしばらく遊ぶ。
15:25板倉着。
島川さん、田上さんが、すねている(なぜだ)。
1月10日
条件は、9日とほとんど同じ。ただ、昨日たっぷり飛んだので、何となくみんなの目が「今日は曳航しろ!」と言っているように見える。はっきり、口でそう言うヤツもいる(島川さん)//^^;;。なぜか、僕に恨みでもあるらしく、やさしくしてくれない。なにさ。さりげなく機体を組む。
12:56離陸。
島田さんにTABチェックの義務を課せられたので、時間を節約するため城沼4000ftリクエスト。曳航中、高い高いところにDD(あとで知った)。
離脱して半旋回でいきなり+5。回りもせずに、館林上空で雲底7000ft。南側に別のストリートが見える。妻沼の真上を通って、そちらに移動。途中、スクリーンがかかったような雲の流れで、かなり落とされるが、なんとか到達。妻沼からあまり離れないようにして、再び雲底。
13:20
北西進開始。昨日の南側のストリートと、まったく同じ方向。しかし、昨日より安定している。ほぼ上越新幹線に沿って進む。
またまた何の苦労もなく深谷、本庄を過ぎて上越自動車道、上里PA通過。南からの日射で、ストリートの影が地面にはっきり見えて、とてもわかりやすい。藤岡JCTの北で、ストリートが終わっているのがよくわかる。
13:30
藤岡JCT到着。「ここまできたんじゃ」という想いをこめて、そこらを2〜3回旋回し、しかし、すぐ引き返す。犬のマーキングのようだ。
13:50
深谷市で落とされて一時3000ft。正座はいやじゃ。がんばって、渡瀬方向へ。今日はブルーの下でも結構プラスがある。が、4000ftまでしか上がれない。
途中、無線で島田さんが宇都宮方面のストリートへ向かうとのこと。親切に、佐野のプラスの位置まで指示してくれた。ありがたく頂戴し、再び6000ft。「私も行きます」と言って、島田さんの後を追う。
14:00
日産テストコースの南。3000ftまで落ちてこれ以上上がれず。宇都宮のストリートが目の前に見えるが、届かない。次第に、小山に向かって降りて行くしかない。島田さんも苦労している模様。
14:30小山着
−−−*−−−
小山からのフェリーバック。加藤さんに「いくらでしたっけ?」と尋ねると「菊地さんに聞いて」と言うので、無線で曳航機の菊地さんに聞いた。菊地さん「う〜ん。今日は西風つよいからねぇ。12000エン!」
(どひゃー。小山のフェリー料金は時価だったのか)と思っていると、上空でBTがブーンとか言っている。この会話を無線で聞いていた島田さんが、めったに出さないエンジンを出して自力で板倉まで帰ったのでした。
ぐやじぃー!
小山のみなさん、曳航料はこっそり伝えましょう。(でも、ほんといつもお世話になります。ありがとうございました。)
23. 1999. 1. 9 Flight Report(JA2468 Discus bT BT)----by S.Shimada
板倉へ着くとミニニンバス(2254)、LS4(2494)、PW5(2542)の組立が終わっている
いつものことながら、また出遅れた。。既に、浅間方面から前線性の2本の雲のラインがこちらへ伸びてきている
本日は自家用の実地試験飛行があるので、そちらを優先;; 先行して離陸したLS4は利根川上空のラインを西に向け深谷の先あたりまで進出しているもよう//^^、、12:30 試験の合間にようやく離陸 利根川上空 3500Fでリリース
羽生スーパー堤防上空、、+3で6500Fまで上昇、、妻沼へ向かうが270から40km/hの風、シンクきつく昭和橋へ出るのに4200Fになってしまう;;再び+3で5200F そして前進、、シンクきつく利根大関 3500F;;;たかだか10km前進するのに偉い苦労だ
なんだかんだしながら、妻沼R/W上空 3800F、、この辺で戻してきているLS4と合流。。当然、妻沼の機体(早稲田と慶応さんの機体とどっかのPW5)が5、6機ほどいるみたい
強いプラスで高度も6500Fへ回復//^^ さらに西へ向かう、、利根川上空の雲は深谷と伊勢崎の中間で切れているので荒川側(南)にあるラインへ移動、、続いているLS4は苦しくなり妻沼へ戻るとの無線//~~;;
雪を被った浅間がよく見える、、強い西風にあおられながら、7000から9000Fで西へ向かう高崎を抜け安中へ出るとブルーになる 5700F;;、、浅間まであと20kmくらいかなあ、、思い切って行くか!! そこへたどり着けば、浅間の裏に見える高い山も良さそう、、長野までと思うが?(でも長野は雪かなあ?)、、、帰りのことを考えると、、これが4月か5月ならば行くのだが
風が北に振れてきたので状況が悪くならないうちに戻ろう! 先に戻ったLS4からの情報が役に立つ、また、早稲田の学生達の機体がVHFに切り換えていて情報が増え、ありがたい
妻沼を経由し、赤城からの気流を試したくて足利から山へ入ろうとするが強い下降風のため失高し 2800F
板倉へ戻る 15:40着
22. 1999. 1. 4 Flight Report(JA2468 Discus bT BT)----by S.Shimada
正月3が日、栃木周辺では北西風強くかなりグッドな天候が続いていたが
初詣へ行き、年賀状書いて、餅喰って、、日本選手権のことを気にしながらダラダラとしてしまう
1/4、遅い時間(10:30ごろ)に板倉着 島川さんに「遅いじゃあないですか」と怒られながら
そそくさと、機体を組む
北西風7〜8m/s 島川さんの2254に続き11:30に離陸 葛生3000Fで赤城からのストリートへ入るが荒れているだけで上がれない;;;;;風は290方向から40〜50km/hだったかな? 下降風強く、板倉へ戻る、、高度800Fで頑張ってみるが新しく赤城から発生してきたストリートを横目で見ながらあえなく12:20着陸
発航点まで滑走し、12:24 再度離陸(・・少しキレ気味)
佐野SAの西側でリリース、すぐに+2で5000Fまで上昇、、雲に添って足利へ、、下でタイヤの山が燃えている
消防ヘリが低空でホバリング中、風が強いのに大変だなあと高見の見物・・・ なんて、余裕みせていたら足利の先で下降風にたたかれ3500F そのとき、2254と2494が「みかもでウェーブ1万なんとか」と無線で言っている、、、これで私は完全に壊れる
風は290から80km/h、狭いが+3で5500Fまで高度が回復すると、ビッグなウェーブを求めてさらに赤城へ向けて進むが向かい風が強くて、なかなか進まない、、しかも凄く荒れていて気持ち悪くなってきた
大間々まで出たが風が強くなるは、雲が崩れてきた 5000F しかし、赤城が遠い・・12/30のこともあるので長居は無用//
折り返し、追い風にのって佐野まで一気に戻り 4500F、、+3で6000Fへ回復、
さらに雲のライン沿いに追い風に乗って筑波へ向かう。。途中、遊水池で+3で 7000F、、下妻で6000F、ここから風下はブルー;;
板倉へ戻るかと思い振り返ると??今まであった雲のラインがない;;;、、目を擦っても無いものは無い
気を取り直して前進5km進のに2000F使う、、小さくて強いプラスで4000Fから6000Fへ回復
でも、また下妻まで戻されている、、悲しい;; 小山へ行くか考えるが、、今日はオペレーションしていないようす//~~。。関宿は?フェリーバック高いからなあ;;
ガスガスさせながら戻ればなんとかなるさと、、利根川のO/Lポイントを押さえながら板倉へ戻るが、何ともならず古河の南 1800F;;;;; 我慢できず、アビーム気味で栗橋へ向かい 上空400Fで旋回し滑り込む 14:24
新年早々、なんてこった、、-_-// 板倉へ携帯で電話すると
受け手:「ああ、島田さん あけましておめでとう
今年もよろしく」
私 :「あけましておめでとうございます。こちらこそ、よろしくお願いいたします
ん、、そ、そうじゃなく;;栗橋に降りちゃいました」
受け手:「何々、どうしたの?」
私 :「え、、だから栗橋へO/Lしました」
受け手:「ああ、そう。それで?」
私 :「うう;;リトリブお願いします」
受け手:「そうかそうか、ピストへ伝えます」
私 :「すんません」
それから、栗橋のクラブハウス?へ
「すいません、降りちゃいました」と言いに行くと「あ、そう」と素っ気なく言われ
寂しく機体へ戻り、びゅーびゅーの風が冷たいのでコックピットの中へ入り世の中は平和だと妙に感動しながら眠りにつくのでした
1時間後、島川さんと染中さんが7000Fちかい高度からわざわざ降りてくれリトリブに、、
開口一番「こんな時に風下へ行っちゃ、ダメじゃないですか」と怒れちゃいました、、ごもっともで
板倉へ戻り、リクエストの鍋の食材を買い出しし鍋をつくり、、それをつつきながら、2人に風の強い日の飛び方を丁寧に説明を受けてしまいました
リトリブに感謝しつつも。。。。くそ〜お、と思うのでした
21. 1999.12.30 Flight Report(JA2468 Discus bT BT)----by S.Shimada
12月は耐空検査強調月間のためしばらく飛んでいない
しかも11月は最悪な天気だったし、、
しかも12/30は冬型の気圧配置、友達たちとの約束も二の次にして久々のフライト
TP05の丸伊さんの記事の影響もあり 今日は「インディペンデンスの証明」だあと言いながら、ほとんどカラ状態のタンクへ燃料を数カ月ぶりに補充(結局ENGは使用しませんでしたが)
11:50離陸、
赤城山から鹿沼方面へ繋がっている前線性の雲のラインへ曳航 葛生4000Fでリリース
1人で「コア」とか、「ん〜狭い」とか言いながら+4で直ぐに 6500F
風向270、20km/h、雲底にへばり付き赤城山へ向けてグライド、ほとんど旋回せず大間々へ到着 5500F
ここから、ブルー 2494と2254を呼ぶが続いて来ない
変だなと首を傾げながらブルーの中、揉まれながら赤城の西側へ出てなんとか上がろうと色々試してみるがうまくいかず 4500F、、(ここで20分くらいロス)
ひえ〜と思いながら大間々へ戻り、ガスガスしているところで 5500Fまで回復させ、雲が生きているうちに
鹿沼へ抜けようとダッシュするが、とき既に遅し葛生テストコースで 2500F
板倉へ向かうと、雲のラインは形が下の方から崩れ消えてしまう、、風も北へ振れ出す
赤城へビューと行って、ビューと帰ってきて着陸13:20
今一つ、消化不良 はやめ早めの移動が必要でした
私の後に離陸した2494の染中さんは大枚はたいて4000F曳航を3回繰り返し上がれず、、完全に壊れてました
2254の島川さんも葛生から移動できなかったようで 何も語ろうとしませんでした、、
20. 1999. 1. 4 Flight Report(JA2494 LS4 O1)----by T.Somenaka
寝坊してしまい、10時ごろに栗橋駅で東武線を待つ。すでに北西方向にダイナミックなストリートっぽい(駅なので遠くがよく見えない)雲が形成されており、板倉の真上を通って、栗橋付近でちぎれて、残骸が関宿方向へ流れてゆく。
特急が通過する。こういう日に寝坊して、こんな時間に駅にいる私と、栗橋駅、藤岡駅に特急を停車させない東武鉄道の方針に強い怒りを覚えた。通過する電車に飛び込んでやりたい。
11時板倉到着。島川さん開口一番「遅いっ」
2254(MiniNimbus:島川)に続き、2468(DiscusBT:島田)離陸。2人とも、葛生方面4〜5000ftをリクエストしている。先ほど車窓から見た板倉上空の雲は、少し風下に流れて、まだ、まとまりはあるものの力を失った感じ。その風上はブルー。葛生方面には、北西からのストリートが見えるが、少し遠く、かつ、周辺が乱れちぎれている。12月30日、同じ雲で苦労し、あげく、何もつかめずに4000ftからの20分フライトを3回も繰り返した失敗を彷彿とさせる。あれは厄落としだったと思いたい。
11:51離陸。前の2人に習って、葛生5000をリクエストする。曳航中に2人のどちらかが帰ってくるのが見える。うう...葛生はだめだったのか? ここで次の3つの選択を迫られる。
自分もとりあえず葛生をためす(そして、明らかに12月30日と同じ失敗を繰り返す)
大平山方向(風下!)に振って、2人とは違った展開を期待する(そして、たったひとりで正月早々冷や汗をかく)
すぐに離脱して金銭的被害を最小限に止め、飛ばなかったふりをする
とにかく中途半端はいかんと思いつつも、すでに曳航機は佐野の北端に達しており、否応なくプランa.の失敗パターンにはまりつつ、、あっ...と強いプラスを感じ、反射的に離脱。右旋回を半周もしないうちにマイナス5。必死にその辺を探すが、マイナスは減らない。葛生はまだ遠い。くそ。これがその「中途半端」というやつではないか!
プラスを振り切ったかと思うと、マイナスを振り切る。キャノピー内をカロリーメイトが無重力状態でただよう。みるみる高度は下がり、泣きながらミカモ山まで帰ってくる。ここまで12月30日と全く同じ展開。
12:20。ミカモの北端で何とかプラスをつかみ、回る、というよりGPSの航跡ではラセン状に風下へ流される。流されっぱなしだと、すぐに上がらなくなるが、幅が狭く、蛇行すると外してしまう。流され、上がり、前へ出て、下がるの繰り返し。2000〜3000ftを行ったり来たり。とにかく、これを繰り返して状況の変化を待つ。
13:00。他に選択の余地が無い私は、ひたすら耐える。相変わらず、のたうち廻りながら、やっと高度4000ftまで戻す。少し風上、5000ftあたりでMiniNimbus(島川さん)が同じことをしている。彼と私のラインが異なるので、少し南に移動して、同じラインに乗る。プラスが安定してきたが、まだ気流は悪い。しかし、しばらく前からMiniNimbusは回っていない。すぐ後ろ、500ftほど下につけて、同じラインで風上を向く。非常に弱いが+1が持続。5500ftを越えたあたりで、+2安定。「2254 ミカモ6000でウエーブに入りました」との島川さんのコール。
しばらくして「2468 DownWind」のコール(島田さん)。さらに3分後、少しキレた声で「2468ィ準備よし」とか言っている。すぐにまた飛ぶわけだ。つまり、島田さんは12月30日の私と同じ状態。自分よりウマいヒトが、自分と同じ失敗パターンにはまりつつあるのをウェーブに入りながら見る(聞く)。なんというしあわせでしょう。グライダーをやっててよかった。
13:40。高度11000ft。サーマルウェーブなので、位置がころころ変わる。また、風が強く、135km/hを維持してもなかなか前へ出ないGarminのWindAloftに「AirSpeed 135、Heading 330」と打ち込むと、風は330度から130kmと出た。そのまんまじゃねえか。距離計が0.01km(10m)進むのに10秒くらいかかる。つまり時速3.6km。ウェーブって退屈なのね(私は初めて)。
島川さんと相談し、前へ出てみることにする。170kmで足利方向へ進む。特に沈下、というほどでは無いが、当然バリオはマイナスに転じる。何より風が強いため、足利到着時点で6000ft。途中で島田さんのコール「桐生と大間々の間で6500ft 気流悪いっす」、、ひえ。どうやって行ったのさ?
14:00。足利と桐生の中間、山沿いで、さっきウェーブに入る前と似たパターンのプラスを見つける。さんざん探るが、雲底(6000ft)以上には上がれない。一時、3000ftまで落ちて、少し泣く。
14:20。島田さんからのコールで、栗橋に降りるという。この風で、よく動く人だ。リトリブ準備のため、板倉に戻ることにする。
14:41。板倉着。
−−−*−−−
島田さんは、なんと、あれから下妻まで行ったらしい。我々は結局、11000ftありながら、25kmしか移動していない。これではXCとは言えない。
あとで島川さん曰く 「我々は『すりばち』というよりは、『シャンパングラス』から出ていない」
島田さん曰く 「はは、グライダーは移動しなきゃだめですよ」
再度、島川さん曰く 「移動して破綻するならサルでもできる」