(社)日本ネパール協会
第26回ネパール研究学会 発表
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7. おわりに
| ネパールへの国際協力は、世界銀行などの国際機関、日本をはじめとする各国ODA、そして多くのNGOが関わっている。しかしながら、貧困の解消どころか、貧富の差の拡大を防ぐことすらできないでいる。ネパールの社会構造を理解し、最貧層の実態を把握しないまま、先進国ドナー中心に立案された援助プロジェクトが、うまく機能しないのは明らかである。開発の世界ではPRA(参加型農村調査法)やPLA(Participatory
Learning and Action:参加型学習と行動)などが提案され、最も無視されてきた人々の参加やエンパワーメントの必要性が叫ばれている。そのためにはネパール社会におけるダリットの存在とその現実を正しく理解することが第1歩であるが、本発表の第4節で述べたダリットの教育の実証的研究は、その基礎的資料を提供しうるものと考える。また、第5節のダリットの運動は、彼ら自身のアイデンティティの確立とエンパワーメントにいたる動きとして紹介した。ここから日本の私たちがとるべき道、あるいは学ぶものがあるものと考える。 なお、ネパールの現代社会は、カーストという観点ですべて理解されるものでもない。グローバル化・市場経済化によって、経済的階層化、あるいは階級化という観点で理解される部分もある。カーストという観点はネパール社会を理解する切り口のひとつにしか過ぎないかもしれない。またインドでもそうであるが、カーストに基づく研究や留保制度などの政策が、逆にカースト制度を認め強化するものだという批判もある。それらの批判や懸念に対しては、謙虚に受け止めるとともに、カーストに基づく差異が統計的有意性でもって示されること、被抑圧者やダリット運動の当事者たちがその差別の現実を語り始めていることでもって応えたい。 最後にいくつかの写真をお見せしたい。(写真4)は、ビシュヌ神と並ぶヒンズー教の2大神のひとつであるシバ神を祭るシバ・ラートリ(シバ神の夜祭)のひとコマである。サルキのこの女性たちは、リンガ(シバ神の力を象徴する男根)が祭られている本堂には入れず、外の集会所で礼拝を行っていた。 |
(写真4) シバラートリの日に (ゴルカ郡)
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| (写真5)は、昨年(2001年)8月30日に行われた、カトマンズのパシュパティナート寺院立ち入り運動の様子を報道したカトマンズポスト紙である。この間のダリット運動のおかげで、政府もこのときは露骨な弾圧をせず、混乱もなく成功したそうである。 |
(写真5) ダリットによるパシュパティナート寺院立ち入り運動
2001年8月30日
Source: "The Kathmandu Post"紙より
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| (写真6)は、(写真3)で示したガルティの村の識字学級での話し合いの様子である。小学校を卒業した村人がいないので、その運営のために、隣の高位カーストの村からボランティアがその補助にやってきた。カースト/エスニック・グループの研究や報告は、その違いや対立点を際立たせてしまいがちであるが、実際は多くの場面で、高位カーストも低位カーストも共に協力しているということを知ってもらいたい。 |
(写真6) 低位カーストの村の識字学級のコーディネイトをする隣村の高位カーストのボランティア
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| 本発表が今後のネパールの教育開発のあり方やネパール社会を理解する一助となることを願っている。(終わり) |
【参考文献等】
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