畠 博之
「わしらは印刷機なんだよ」。
普段はまじめなハリ・クマール先生がおどけて言う。彼は謄写版原紙の下端をしわにならないように両手で持ってピンと張りながら、上げ下げをする役だ。ここは山村の小学校の職員室。中間テストの問題を印刷しているのである。職員室には、なぜか物々しく置かれている国王・王妃様の写真の他には、教材教具は何もない。印刷機なんてもちろんない。年に2回の試験(注1)は、他に行事のない村の小学校では一大イベントである。

子供たちから集めた試験代で、人数分きっかりの印刷用紙と謄写版原紙を買う。今日はその印刷日である。原紙の上端を左手で押さえて、インクのついた靴磨き用のブラシを右手に持つのはバーブラム校長先生。反対側に座っているハリ・クマール先生が原紙を下げた時に、ブラシで原紙をなぞるのだ。ブラシはローラーの代わりである。原紙の下には印刷用の更紙がクラスの人数分きっかり置かれる。わきに陣取るカマラー先生が、すばやく印刷された上の1枚を取り除く。ハリ・クマール先生の手が下がるとバーブラム先生のブラシが動く、ハリ・クマール先生の手が上がると、カマラー先生の手が紙をつかむ。絶妙のタイミングで印刷される3人がかりの「印刷機」にしばらく見入ってしまった。
実はこの「人間印刷機」をみたのは最初ではない。2ヶ月前、パンチャヤト選挙のための投票用紙も、この3人の印刷機から吐き出された(注2)。村役場の仕事がなぜ学校に来たのかはわからないが、非識字率が高く新聞もテレビもない村では、学校が唯一の印刷所だからであろう。この時、3人もの教師が授業そっちのけで(他の教師も授業をほったらかして見物)、取り組む様子をため息交じりに見たものだ。その直後、私は簡易謄写版印刷機を自作して、1人でも印刷できることを実証してみせた。しかし先生方は、感心しながらもその反応は鈍かった。印刷機なるものを見たのははじめてであろうか。印刷は機械ででもできることを知って戸惑ったのかもしれない。彼らは私の簡易印刷機を無視して、また自分たちの方法で印刷をはじめたのだ。それを自嘲気味に表現したのが、冒頭の言葉である。
ネパール人教師への悪口として、「時間どおりに仕事をしない」とか「一人で仕事をしない」とかがある。この10年後、手回しの輪転機が研修センターに入った。近隣の学校の先生方は試験問題の印刷にやってくる。様子を見ていると、紙を送る人、輪転機のハンドルを回す人、印刷された紙を取る人、やはり3人がかりである。彼らは機械に弱いのではない、一人で仕事をしたくないのである。
田舎の教師はまた、農民でもある。田植えや収穫は、家族近隣との共同作業である。田植え歌を歌いながら、ガフ(雑談)をしながら、つらい仕事に耐えてきた。教師になったからといってその習性は変わらない。機械が入っても労働集約的に作業は進むのである。今後も機械文明の波はネパールの山村にも否応なく押し寄せるだろう。しかし、物がなくとも工夫する、彼らの豊かな発想とコミュニケーションを、いつまでも失ってほしくないと願っている。
(注1) 1993年から順次導入された新教育課程では、試験は年3回行なわれることになった。
(注2) 現在の選挙では投票用紙は、偽造防止のため中央から印刷されたものが搬入される。
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