「ネパールの生活と教育」

−−開発教育・グローバル教育教材とその実践−−


  1. 教材のねらい
  2. スライド・セット 「ネパールの生活と教育」
  3. 実践例



1.教材のねらい

  スライドの内容は以下のものを選んでいる。
    1. カトマンズの風景
    2. 田舎の暮らし
    3. 働く子どもたち
    4. 動物のいる暮らし
    5. 青空学級
    6. 識字学級
    7. 水汲みと川での洗濯

  上記の内容を、以下の多文化共生の視点から説明を加えた。
    1. ヒンズー教と仏教の共存
    2. 土にまみれて働くこと
    3. 動物との共生。動物からも生かされること
    4. 家族や地域の人々と共に働くこと
    5. 異なる年齢の友人たちと同じクラスで学ぶこと
    6. 障害を持っている友人と共に学ぶこと
    7. 働きながら学ぶ識字学級
    8. 文字を知らない人々を受け入れる社会
    9. 文明の便利さ(電気・水道・自動車など)のない社会



2.スライド 「ネパールの生活と教育」

  スライドは40枚。説明内容は以下のとおり。所用時間は約40分。

01
(1) アジアの地図――ネパールの位置と概要
 ネパールはインドと中国にはさまれた内陸国です。国の北部の大部分はヒマラヤ山脈ですが、南部の標高150mのタライ(インド)平原から、標高8848mのエベレスト(チョモランマ・サガルマーター)まで。 気候的にも亜熱帯から、高山性寒帯まで変化に富んでいます。
 1人当たりのGNPは約200ドルで、日本の200分の1の経済生活といえます。世界の最貧国の一つです。
02
(2) カトマンズの街並み――ネパールの首都の様子
 ネパールの首都カトマンズの街の様子です。レンガ造りの家並みとレンガ敷の道路がみえます。まるで中世のヨーロッパの都市の街並みのようです。歩いている人々を見てください。女性はインドと同じようなサリーを着ています。
03
(3) スワヤンブナート(カトマンズ)――ネパールの宗教と生活
 ネパールの主な宗教はヒンズー教と仏教です。そのうちヒンズー教徒は国民の8割を占めるといわれています。
 これはネパール仏教のお寺です。日本語の「卒塔婆」の語源になった「ストゥーパ」と呼ばれるのが白い丘状のものです。手前は仏像です。チベット人のラマ教(チベット仏教)徒の他、ネパール人の仏教徒やヒンズー教徒もお参りにきます。
04
(4) 祭りの山車(カトマンズ)――ネパールの宗教と日本
 カトマンズのヒンズー教のお祭りの様子です。京都の祇園祭に似ているといわれています。仏教をひらいたお釈迦様はネパールのルンビニで生まれました。ヒンズー教・仏教やそれに関係する文化は、インド・ネパールからチベット・中国、朝鮮半島を経て、日本に伝わりました。祇園精舎、涅槃、卒塔婆など、バラモン、ヒンズー、仏教に共通した概念があります。
05
(5) ゴルカの風景――マナスル、サトウキビ、シコクビエ――山村の風景
 ここからネパールの山村の様子です。首都のカトマンズでは、電気や水道が家々に引かれ、道路には自動車、バスが走っていますが、農村部には何もありません。人口の8割以上がこのような農村部に暮らし、農業に従事しています。
 画面にはサトウキビとシコクビエが見えます。後方には、1956年に日本人が初めて登頂したマナスル山(8156m)が左端に見えます。
06
(6) 田植え風景――山村の暮らし
 アジアの多くの国と同様、ネパールでもお米が主食です。しかし標高の高いところや水に便が悪いところでは、麦、トウモロコシ、ヒエ、ジャガイモが主食となります。
 田植えは近所の人たちが協力して行なう。地域の人々がお互いの協力して、仕事をする習慣があります。
07
(7) 田植えをする小学生――仕事を任されること
 田植えの場面です。この子は小学生2年の女の子です。大人に混じって、大人とともに働くことは意義深いものがあります。
 彼女は大人とは離れた田んぼの一角を植えるのを任されていました。家畜の世話、水汲み、炊事など、単なる大人の補助や付け足しではなく、子供にも一人前の仕事が任されます。
08
(8) 田植えのための代掻きをする少年――土と付き合うこと、動物と付き合うこと
 雄牛を2頭操って代掻き(田植えの準備)をする少年です。土にまみれて働くことは日本では、「きたない」といって毛嫌いされています。また動物とともに暮らすことも日本では、ペット以外になくなりました。
09
(9)  試験当日の朝、大豆の穫り入れをする女子中学生
 大豆の穫り入れをしているのは3人の女の子は中学生です。この日は学年末試験の日ですが、子供たちは親から言い付けられた仕事を早朝からしています。子供たちが反抗しないのは、仕事の大切さを知っているからでしょう。
 後ろにアンナプルナ山群(8000m級)が見えます。
10
(10)  稗の取り入れ
 お米がとれないところでは、麦やヒエ・トウモロコシが主食となりなす。
 逆光にヒエの穂が浮かび上がってとてもきれいです。
11
(11)  牛やヤギの飼料を運ぶ少女
 家には牛、水牛、ヤギ、ひつじ、鶏、ハトなどが飼われています。しかし日本のように飼料や肥料を簡単に買えるわけではありません。飼料用の草を刈ったり、木の葉を取ってきたりするのも子供たちの仕事です。
12
(12)  学校に行けず、牛の番をする子供たち。低位カーストの子供たち
 ヒンズー教にはカースト制度という身分制度が今も残っています。インドもネパールも憲法で身分差別を禁止していますが、社会慣習として残っています。
 この子たちは最も卑しいカーストとされてきたサルキー(皮職人)というカーストです。親も学歴がなく、この子たちも学校をやめたり、あるいははじめから学校に来なかった子供たちです。
13
(13)  水牛に飼い葉を与える少女
 水牛に飼い葉を与えているのは、小学校3年生の女の子です。小学校高学年になると、子供たちは家畜の世話、農作業、水汲み、炊事などの仕事を任され、責任を持ちます。水牛はミルクをとるために飼育されます。一般にヒンズー教徒は牛肉を食べませんし、食肉生産の限られる農村部では、ミルクは貴重な動物性蛋白質です。家畜の世話をしながら、自分たちが動物たちによって生かされていることを学んでゆきます。
14
(14)  牛糞の堆肥を撒く中学生
 手づかみで牛糞の堆肥を撒いています。汚いといってはいられません。動物とともに暮らす生活は、きれいごとだけではすまされません。また自分たちの都合だけでは動物は動きません。動物の都合に合わせる必要も出てきます。
 この中学生は早朝からこの仕事をして、この後手づかみで朝食をとり、学校に行きました。
15
(15)  食事
 地面に座って手づかみで食べるのが、ネパールの田舎の食事のマナーです。ある日本人は、地面に座って食べること、手で食べることはかわいそうで貧しい証拠だと評しましたが、これは習慣の問題です。イスがあってもスプーンがあっても、こうやって食べる方がおいしいとネパール人は言います。これが異文化なのですね。
 しかし、見てのとおりごはんが多くておかずが少ないというのは、かつての貧しかった日本と同じです。
16
(16)  天気のよい日は、暗くて狭い教室よりも、外でお勉強――青空学級
 ここは小学校です。小学校は5年生までです。1学年1クラス、全校で200人ぐらいの学校です。日本では小規模校でしょうが、ネパールの山村ではこれば標準です。
部屋の中は暗いので外で勉強しています。
17
(17)  建設中の小学校校舎と青空学級――チョウタラで勉強する1年生。
 右上に建設中の小学校が見えます。校舎ができるまで、青空教室です。大変ですが、自分たちの学校が、両親や大人たちの苦労によって建てられて行くのを見ることができるネパールの子供たちは、ある意味では幸せかもしれません。
18
(18)  校舎はできても机・イスがない。
 まだ屋根もできていませんから、陽射しが入り込んでいます。
 裸足で泥んこの足の男の子たちは、低いカーストのクマール(素焼き職人)の子供たちです。校長先生の話では、この子たちは他のカーストに比べて、中退する子供が多いと言います。
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(19)  ベンチを机代わりにして学ぶ小学生。
 こちらはベンチがありますが、机がないので、ベンチを机代わりにして書き取りをしています。小学校1年生の教室です。
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(20)  学校建設
 日本の市民の支援のもと、学校建設が始まりました。学校建設に必要な屋根トタンやセメントなど、お金がかかるものは日本の民間団体が支援しますが、写真のような基礎工事の穴掘りや、石やレンガの壁作りなど自分たちでできることは自分たちで、村人総出で行ないます。
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(21)  学校建設の石運び
 先のスライドとは違う学校ですが、学校建設のための石を子供もいっしょになって運んでいます。この子たちの学校に対する愛着はひとしおでしょう。
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(22)  建設中の学校と仮教室
 学校の壁の石積みが始まりました。村人が交代で労働奉仕をして仕事をします。
 向こうの草葺き屋根のしてで、もう子供たちの授業が始まっています。校舎が完成してから生徒を募集する日本とは大違い。子供たちは親や近所の人たちの苦労を見ながら勉強します。あるいは自分たちも石運びなどを手伝いました。学校嫌いの子供はまずいないでしょう。
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(23)  トタン運び
 学校の屋根になるトタンを運んでいます。トタンは日本政府からの援助でした。しかし村の学校まで運ぶのは、ご覧のような傾いた釣り橋を渡って、何時間も歩かねばなりません。モノを援助してもちゃんと届くかどうかわからない途上国では、援助を受ける側のやる気(自助努力)が大切です。
 運んでいる女の子は高校生。その他、中学生、小学生も運んでいました。
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(24)  机やベンチを運ぶ
 完成した校舎のために机やベンチを運んでいます。ヒマラヤの森林も少なくなり、学校の近くでは木材を得られないところも出てきています。遠くの製材所で作った備品を1日かけて運ぶ村人たち。
25
(25) 丘の上の小学校
 水の便のよい平地は、田畑になっていて、後から建てられる学校は不便な土地や丘の上のことが多い。水道もなくグランドも小さい。子供たちはサッカーやバレーボールが大好きですが、しょっちゅう丘から転がり落ちたのを拾いに行かねばなりません。
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(26)  地面をはって歩く身障児
 これは何をしているところかわかりますか?
 この子は足が悪いのですね。ですから学校に行くのにはっているのです。車椅子などもちろんありません。。もしあったとしても山間部では役に立ちません。
27
(27)  坂を登って学校に行く身障児
 ごらんのとおりの石がごろごろした坂をはって登って、先ほどの丘の上の小学校に行っています。
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(28)  障害児を囲んで
 ネパールの山間部の学校は、障害児のための設備は一切ありません。机やイスすらないところも多いのですから。しかし年齢の違う子供や体の不自由な子供たちが、同じ教室で仲良くともに勉強する雰囲気がここにあります。
 真ん中の男の子は先ほどの障害児。
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(29)  識字学級
 ネパールでは、読み書きのできない非識字者が約70%を占めます。小さい頃近くに学校がなかったり、貧しくて学校に行けなかった人がたくさんいるのです。この人たちのために村の各地で、夜の教室が開かれています。ここは牛小屋の2階。電気がないので灯油ランプが灯されます。
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(30)  識字学級
 民家の軒先で行われる識字学級。ここは元奴隷階級のカーストの貧しい村。まわりの森にはトラが出没し、近くに学校はなく、子供たちも学校に行っていませんので、この識字学級で学んでいます。
 勉強は毎日夜7時から2時間くらいします。
31
(31)  識字学級
 ここは素焼きの壷作りカーストの村。やはり貧しくて、当時は50人ほどの子供たちのうち昼間の学校に行っているのは4〜5人だけでした。ごらんのようにたくさんの子供たちが夜学んでいます。
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(32)  識字学級
 これまでの写真はストロボをたいていたので明るく写っていましたが、実際の明るさはこのくらいです。真ん中に灯油の圧力ランプがひとつのみ。電気がないと勉強もたいへんですが、終わってから暗い夜道を自宅に帰るのもたいへんです。
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(33)  識字学級
 灯りに寄り添って勉強する女性たち。ロウソクほどのひとつの灯りに2〜3人が頭と寄せ合って書き取りをしていました。
34
(34)  学校の水汲み
 学校には水道がありません。暑い季節はのどが渇いて泣き出す子も出てきます。そこで上級生が交代で、遠くの水場まで水を汲みに行くことになりました。後ろの丘の上の建物が学校です。
 また小学校は給食がありません。ネパールでは基本的に食事は1日2食ですから、子供たちは弁当も持ってきません。それでも育ち盛りですから、おなかがすくのでしょう。昼休みには子供たちは水場に殺到します。水でおなかをふくらませるためなのです。
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(35)  水場
 先ほどの小学生たちは水を汲みに来る水場です。
 限られた水場には、村人たちが炊事用水汲み、洗濯、水浴に訪れます。ごらんのような浅井戸ではすぐに水が汚されてしまします。きれいで安全な水の確保は、多くの途上国の課題です。
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(36)  川での洗濯と水浴
 乾季は各地で水不足が起こります。
 雨季になると付近の小川にも水が流れるが、水質はよくはありません。それでもないよりはまし。泥水でも、洗濯や水浴びをします。
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(37)  川で洗濯をする畠
 変な日本人が川で洗濯しています。週末の休みにすることは、1週間分の汚れ物の洗濯でした。リュックを担いで遠い川まで歩かねばなりません。リュックいっぱいの洗濯物を片づけるには、半日がかりの力仕事でした。
 日本に帰ってきて感激したことのひとつは、洗濯が全自動洗濯機のボタンを押す指先1本の「力仕事」に代わったことです。
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(38)  石臼で挽いたトウモロコシを持って帰る女の子
 貧しい子沢山の家の子供で、自宅に石臼がないので、近所の石臼でトウモロコシを粉に挽いて、持って帰るところです。小学校1年生の女の子です。でも、1人前に仕事をする顔はしっかりして頼もしく見えますね。
39
(39)  川砂を運ぶ少女
 川砂は片道3時間かけて、大きな川まで取りに行かねばなりません。村の水道工事用の川砂を運ぶ村人たちの一行に出会った。小学校2年で中退したこの子も大人に混じって働いていた。
40
(40)  刈った草を持って帰る女の子
 家畜用の飼料を刈るのは子供たちの仕事です。学校から帰り、夕方遅くまで草を刈ります。。
 この子のお姉さん2人は、中学在学中に、14〜15歳で結婚してしまいました。今はこの子が家の家畜の世話をすべてしています。



3.実践例
 
 2000年6月と7月に、神戸市内の2校の高等学校において、「開発教育」の授業のために、この教材を使った。その時のアンケート(感想)の集計を以下に示す。

 この教材の実践の機会を与えてくださった、両校の校長・教頭先生をはじめ担当の先生方に感謝いたします。

          *********************

K高等学校(定時制)での実践

(1) 学年・時間等
    K高等学校(定時制)第1学年4学級 「現代社会」の時間 各40分授業
    
(2) アンケート(感想)の集計結果から

 アンケート用紙には、次の項目についての印象の強さを、1(弱い)〜5(強い)までの5段階で聞いた。その他、感想や意見を書く欄を設けた。
    1. カトマンズの風景
    2. 田舎の暮らし
    3. 働く子どもたち
    4. 動物のいる暮らし
    5. 青空学級
    6. 識字学級
    7. 水汲みと川での洗濯
 
 学年は高校1年生。回答数は4クラス、計53名。年齢層は10〜60代である。分析のためのグループを次の3つに分けた。
    1. 20〜60代 12名  (うち男子3名、女子9名。60代が9名)
    2. 10代男子  29名
    3. 10代女子  12名


(表1) 印象度の平均とその標準偏差

   項目 全体(n=53) 20〜60代(n=12) 10代男女(n=41) 10代男子(n=29) 10代女子(n=12)
平均 標準偏差 平均 標準偏差 平均 標準偏差 平均 標準偏差 平均 標準偏差
1. カトマンズの風景 3.151 1.156 4.000 1.000 2.902 1.078 2.966 1.159 2.750 0.829
2. 田舎の暮らし 3.642 1.030 4.333 0.850 3.439 0.989 3.517 1.133 3.250 0.433
3. 働く子どもたち 4.250 1.191 4.909 0.287 4.073 1.276 4.000 1.414 4.250 0.829
4. 動物のいる暮らし 3.170 1.161 4.000 0.816 2.927 1.135 2.759 1.194 3.333 0.850
5. 青空学級 4.019 1.037 4.667 0.471 3.829 1.080 3.724 1.142 4.083 0.862
6. 識字学級 3.462 1.200 4.750 0.433 3.075 1.081 2.929 1.193 3.417 0.640
7. 水汲みと川での洗濯 3.698 1.222 4.500 0.764 3.463 1.232 3.414 1.300 3.583 1.370
     平均 3.627 1.142 4.451 0.660 3.387 1.124 3.330 1.219 3.524 0.830



(表2) 各グループ別の印象が深かった順番

順番 全体(n=53) 20〜60代(n=12) 10代男女(n=41) 10代男子(n=29) 10代女子(n=12)
1 3. 働く子どもたち 3. 働く子どもたち 3. 働く子どもたち 3. 働く子どもたち 3. 働く子どもたち
2 5. 青空学級 6. 識字学級 5. 青空学級 5. 青空学級 5. 青空学級
3 7. 水汲みと川での洗濯 5. 青空学級 7. 水汲みと川での洗濯 2. 田舎の暮らし 7. 水汲みと川での洗濯
4 2. 田舎の暮らし 7. 水汲みと川での洗濯 2. 田舎の暮らし 7. 水汲みと川での洗濯 6. 識字学級
5 6. 識字学級 2. 田舎の暮らし 6. 識字学級 1. カトマンズの風景 4. 動物のいる暮らし
6 4. 動物のいる暮らし 1. カトマンズの風景 4. 動物のいる暮らし 6. 識字学級 2. 田舎の暮らし
7 1. カトマンズの風景 4. 動物のいる暮らし 1. カトマンズの風景 4. 動物のいる暮らし 1. カトマンズの風景



 5段階の印象度の平均をとったものが、(表1)である。1から5までの印象度は順位尺度であり、間隔尺度ではないので、正確には平均は意味をなさないが、ここでは印象の深かった順番に並べ替えるために使うので、便宜上使用する。この平均の大きさをもとに、印象の深かった順番に並べたものものが、(表2)である。
 
 全体および各グループとも印象に残ったものの第1位は、「働く子供たち」であった。
 第2位は年齢層によって異なる。10代の生徒は「青空学級」をあげ、20〜60代(大半は60代)の生徒は「識字学級」をあげている。10代の生徒にとって「識字学級」は第5位と低く、60代の生徒の際立った対照をなしている。
 第3位、第4位には、「水汲みと川での洗濯」や「田舎の暮らし」が入っている。下位には、「動物のいる暮らし」「カトマンズの風景」が入っている。スライドも少なく、説明も十分ではなかったためであろう。

 標準偏差をみてみると、最も小さいのが20〜60代のグループで、最も大きいのが10代男子のグループである。つまり10代男子は、1〜5まで広く解答している。自分の印象を素直に答えるのはいいのだが、7項目すべてにわたって興味を持たない若者がいるのが気になる。

(3) 感想文から

  • 日本でかせいだお金が、ネパールに人たちにとってとてもすごい大金だというのがおどろいた。水、電気、車がない生活なのに、力強さを感じた。農業中心の国なので、”子供を多く産む”ということが家族を支えることなんだと思いました。差別問題を早くなくした方がいいと思った。子供は教育を受ける権利がどこの国でもある方がいいと思った。(10代、女性)
  • スライドを見て、私の子供時代を思い出しました。終戦直後の日本も、特に私の生まれ育ったところでは、スライドとまったく同じでした。ほとんどはだしの生活でしたし、子供は大切な労働力でした。50年前の日本も今のネパールと一緒でした。見ていて遠い日を思い出しました。ありがとうございました。ネパールには高校、大学はありますか? (60代、男性)
  • なんとなく、授業がまともにできなくて、かわいそう。(10代、男性)
  • その人たちはえらいなって思う。私だったら、もう今さらって思って、学校に来ないと思う。(10代、女性)
  • 田舎のくらしと識字学級のビデオ(注:スライドのこと)を見て、50年前の日本の暮らしを思い出し、私たちも、大人といっしょにのら仕事、弟妹のこもり。そのために学校に行けなかったので、青空学級や識字学級で勉強しているのを見て、思い出しました。子供達の目が、かがやいているのがすくわれました。(60代、女性)
  • ネパールでは、子供たちが働いているのがすごいと思った。小さい子たちなのに、物をはこんだりしているのがすごい。(10代、女性)
  • ネパールの教育について、もっとえん助して、勉強出来る様にならないものでしょうか? (70代、女性)
  • ネパールは昔の日本みたいだと思った。学校に行けない子供たちも昔の日本にはいっぱいいたから。ネパールも今の日本みたいになるかなぁ。『仕事』が『遊び』に変わればいいなぁと思った。(10代、女性)
  • 子供がみんな細かったのが印象的です。別に細くていいやん。と思うかもしれない。だけど、また違うんだナ。細い、ということはあまり食事をしていない。ということだ。聞いたところによると1日2食。もしくは食べない時もある。と聞いた。日本では信じられない事だ。日本はぜいたくすぎると思う。毎日、お金を出しては欲しいものが買えて、いらなくなったらそくゴミ箱。発展途上国のことを考えたあげた方がいいと思う。(10代、女性)
  • ふべんだけと、とてもたのしそうに生活していて、とてもいいなと思いました。(10代、男性)
  • 電気がないのはかわいそう。水道がないのはかわいそう。不便でかわいそうだけど、自然のくらしは楽しそう。(10代、男性)
  • あしの不自由な人、かわいそう〜だった。(10代、男性)
  • テストの日の朝に、農作業をしているのには驚いた。僕も農家の子供だが、自分から進んで農作業を手伝ったりしたことはないので、ネパールの子供達はえらい。(10代、男性)
  • ネパールという国が全然知らなくて勉強になったと思います。(10代、男性)
  • 足のない子供がかわいそうだった。ネパールにもよるの学校があったのが印象にのこった。(10代、男性)
  • 私は、インド、ネパールを観光で行き、ほんの1部しか見ませんでした。きれいな空と澄んだ空気、そして物売り等をしている子供の澄んだ眼。でも、一方であんな状況の中で勉強している姿を見て、なんて私たちの恵まれている環境がもったいない位です。小さな子供が生活の為に力になろうとしている姿に、かんどうしました。又考えさせられました。(60代、女性)
  • ネパールのくらしと日本のくらし、どっちが幸せなのかな? 私たちは、イヤイヤ勉強している。ネパールの人々はやりたくてしかたない...。(10代、女性)
  • 人々が毎日、大変な仕事で生計をたてている。子供ですら、労働している。そのせいで学問を学べない子がたくさんいる。日本から出た事のない私は、その風景が考えられない。日本の発たつする前は、ネパールみたいだったに違いない。(20代、男性)



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