社会開発協力センター(SODECC: Social Development Cooperation Center)
途上国社会開発セミナー 発表
これは1999年7月31日、とよなか国際交流センターにて開催された、社会開発協力センター(SODECC:
Social Development Cooperation Center)による第24回途上国社会開発セミナーにおける発表の内容のうち、時間の都合上割愛した項目です。
あらためて、SODECCの報告書に載せる機会があり、文章化したものです。
(本文はSODECCの「第24回途上国開発セミナー」における畠氏の報告の中で、時間の制約上割愛した「開発と環境」の部分を、再構成したものである。したがって、山下文責の「セミナー報告」の文脈の中で読んでいただきたい。)
(ァ) 大量生産・大量消費型文明への反省
以前から公害輸出の呼び水となったり、森林破壊や海洋汚染を引き起こすような開発プロジェクトの問題が指摘されてきた。最近では開発プロジェクトを進めるにあたって、地球環境に配慮する動きも出てきているが、それだけでは十分とはいえない。開発あるいは発展の方向性自体が問題なのである。
この20世紀先進国は、石油エネルギーを基軸にして、モノの大量生産・大量消費を追求してきた。そして資源を人間社会へ、人間社会から廃棄物をと、一方通行の太いパイプができてしまったわけである(図の右側)。この一方通行の維持には大量の石油エネルギーが使われる。その結果は資源の枯渇と廃棄物の蓄積、そしてエネルギー源の石油の浪費である。これは持続可能な発展ではない。そこでリサイクルということになるが、これも石油を使うパイプなのである。今は細々としているので、いかにもいいように見えるが、これが太いパイプになると石油の浪費と廃熱・廃棄物の増大という弊害が顕著になってくる。実はこれは、エントロピーの増大の法則から逃れられない結果なのである。エントロピーについては後述する。
(イ) もうひとつの道(オルタナティブ)を求めて
ではどういう開発の方向性がいいのか、というのは難しい問題である。何故なら、開発のリーダー・シップをとっている先進国に、そのモデルがないからである。しかしまったくモデルがないわけではない。かつてはどの人間社会も何世紀にもわたって持続可能な社会を営んできたわけであり、またその最良のモデルは実は自然社会なのである(図の左側)。しかし何も昔に戻れとか、自然に帰れといっているわけではない。 自然生態系と調和した社会発展のあり方やライフスタイルを提起しているエコロジー論や、環境問題を経済学の研究対象に取り込んだ環境経済学が、最近注目を集めている。また、資源問題から出発して、地球環境問題や現代文明のあり方に疑問を出している、エントロピー論の立場がある。以下エントロピー論について言及する。
(ウ)エントロピーとは?
エントロピーは、熱や物質の「拡散の程度」を示す計量可能な物理量である。紙面の都合上詳しい説明は省くが、拡散の程度が小さいときエントロピーは小さく、拡散の程度が大きいときエントロピーが大きいと理解していただきたい。具体的には、気体の拡散でもいいし、水の中にインク粒を落としたときのインクの染料分子の拡散でもいい。また熱源からの熱の拡散や、ダイオキシンなどの汚染物質の拡散でもいい。エントロピーがしばしば「汚染の度合い」といわれるのもこのためである。そして、通常外から特別の操作をしなければ(閉鎖系であれば)、気体は分子運動によって拡散し、インクの染料分子も水の中に拡散し、熱や汚染も広がっていく。すなわち閉鎖系のエントロピーは不可逆的に増大し、これを「エントロピー増大の法則」といって、熱力学の第2法則になっている。ちなみに第1法則は、「エネルギー保存の法則」である。
これらは何も物理実験の中だけでなく、自然界の動植物の活動や人間の社会活動をも支配しているのである。米国の経済学者ジョージェスク=レーゲン氏や日本の物理学者槌田敦氏経済学者室田武氏などが、エントロピーと経済活動、文明のあり方を考察している。
(エ)エントロピー論からみた文明論
簡単に言えば、汚染や廃棄物を処理する過程においても、さらにエントロピーが増えるか、どこかに転嫁するしかないのである。例えば汚れたお皿を布巾でぬぐえば、お皿はきれいになるが汚れは布巾に転嫁される。その布巾を流しの水で洗えば、布巾はきれいになるが汚れは水の中に拡散する。汚れつまりエントロピーは、なくなることなく増大してゆくのである。今まではお皿さえきれいになればよかったのであるが、人間の活動が大きくなると、エントロピーの増大を受け止める地球環境の限界が問題になってきたのである。 こんな話なら何もわざわざエントロピーを持ち出さなくても、いろいろな人々が地球環境の危機を指摘しているというかもしれない。しかし重要なことはエントロピー増大則は、技術的解決の限界性を示唆していることである。エネルギー保存則を壊す「永久機関」がどんなに技術が発達しても実現不可能だったように、エントロピー増大則を無視した汚染処理は、いかなる技術でも実現不可能なのである。
「(汚染の)端末処理技術は、水と空気については一定の有効性を発揮しえたが、(中略)。その帰結として汚泥やダストを含む膨大な量の廃棄物を処理するということに問題が転嫁されたのであり、それが今日世界中で廃棄物問題が深刻化している基本的原因の1つでもある。」(植田和弘氏「環境経済学」)
お皿がきれいになったように、一見私たちのまわりから汚染や廃棄物がなくなったように見えても、実は問題はより深刻化しているという現象は、エントロピー増大則からみれば当然の帰結である。ゴミ問題はその典型である。一部の学者や政策者が主張するように、技術の発達がやがて(原発が生み出す放射性廃棄物を含めて)すべての環境問題を解決するという、おめでたい楽観論に政策を任すことがいかに危険か、また将来世代に対していかに犯罪的かを指摘しておく。
エントロピー増大則が技術的に克服できないからといって、何も悲観することはない。地球は太古からもちろんエントロピーは増え続けてきたのだが、破滅的にならなくてすんだ。これは、地球表面上の増大したエントロピーを、うまく宇宙空間に放出するシステムがあるからである。そのカギを握るのが「水と土」にあると、「開放定常系の地球論」で槌田氏は見事に描いた。持続可能な社会は、その「水と土」にそのカギがあるのである。
国際協力のあり方も、途上国の「水と土」を破壊するような経済成長一辺倒ではない、もうひとつの道を探る必要がある。それと同時に、国際協力のもう一方の主体である今の先進国の浪費型文明のあり方を省みるのが、先決であるのはもちろんである。
【読書案内】
*植田和弘,「環境経済学」,岩波書店,1996
*槌田敦,「資源物理学入門」,日本放送出版協会,1982
*室田武,「エネルギーとエントロピーの経済学」,東洋経済新報社,1979
*N・ジョージェスク=レーゲン,「経済学の神話-エネルギー資源環境に関する真実」,小出厚之助他共訳,東洋経済新報社
なお入門書として、
*室田武,「君はエントロピーを見たか?」,朝日文庫,朝日新聞社,1991 がわかりやすい。巻末にエントロピーや地球環境問題に関するブックガイドがある。
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