「ネパールの教科書から」

「スラヴァン・クマール」

(小学校2年 旧課程「マヘンドラ・マーラー」(国語))




 あるひとつの村にひとりの少年がいました。彼の名前はスラヴァン・クマールといいました。彼は自分の両親にとってのたったひとりの息子でした。彼はたいへん丈夫で、活発な少年でもありました。
 スラヴァン・クマールの両親は、盲目でした。両親は年も取っていました。彼らはある場所から別の場所に、自分たちで歩くこともできませんでした。しかしスラヴァン・クマールが、両親の手を引いて歩かせ、また彼らの沐浴の世話もしました。彼は自分の両親のための礼拝儀式の品々をきっちりと用意してあげました。彼は自分でごはんも作りました。彼はまず両親に食べさせてから、自分が食べました。それから彼は、果物を探しに森の中へも行きました。彼は時々施しを乞うてまでして食べ物を持って帰りました。彼は両親にどんなささいなことでも苦労させないように、と考えていました。このように彼は、朝から晩まで両親の世話をしていました。息子のこのような孝行ぶりを見て、両親はたいへん喜んでいました。


 ある日のことです。スラヴァン・クマールの両親は聖地巡礼に行きたくなりました。両親は自分たちの心の中の気持ちを息子に言って聞かせました。スラヴァン・クマールはこのことを聞いて、いっそううれしく思いました。なぜなら、彼は両親にさらなるお世話ができる機会を持つことができるからです。翌日両親の手を引いて、彼は聖地巡礼の旅に出発しました。
 
 道中は雨が降ることもありました。河川の水かさが増えていることもありました。時には、嵐にあうこともありました。時には、雹も降りました。しかしスラヴァン・クマールは、決してひるみませんでした。彼は自分の両親の世話をし続けました。彼のこのような立派な働きぶりを見て、他の人々も驚いたということです。
 
 両親がどこそこへ行きたいといえば、スラヴァン・クマールは両親をその場所に連れて行きました。彼は両親にその場所場所で聖地参拝をさせました。神々への参詣をもさせました。スラヴァン・クマールは両親に、その場所場所の名前を言ってあげました。彼はその場所の説明もしてあげました。彼の両親はまるで自分の目で見たように感じました。


 ある日、彼らはある聖地から別の聖地へと向かっていました。森の中の道でした。たいへん暑くもありました。スラヴァン・クマールの両親はのどが渇きました。彼らは水を飲もうと探しましたが、その近くには水場、浅井戸、あるいは小川などは何もありませんでした。年老いた両親は、息子に面倒をかけると思って何も言いませんでしたが、スラヴァン・クマールの方はそのことがわかりました。彼は言いました――「あなたたちはちょっとお休みください。ぼくはすぐに水を探して持ってきます。」
 
 それからスラヴァン・クマールは、両親を近くのある大きな木の陰に座らせました。そして自分は水瓶を持って水を探しに行きました。その森には水はどこにも見当たりませんでした。水を探しながらスラヴァン・クマールは、こちらからあちらへ急ぎました。ようやくあるところに小池を見つけました。彼は急いでそこに着きました。彼は水瓶を池に沈めました。ちょうどその時ひとりの狩人が、離れた森から矢を放ちました。その矢はスラヴァン・クマールに当たりました。憐れなスラヴァン・クマールはその池の縁に倒れました。


 その矢はひとりの狩人が放ったのでした。彼がシカだと思って放った矢は、スラヴァン・クマールに当たったのでした。池の方にやって来て初めてそのことが彼に分かりました。その狩人はアヨディヤのダシャラト王でした。スラヴァン・クマールに矢が当たったことを見て、ダシャラト王はたいへん心を痛めました。

 スラヴァン・クマールの方は池の縁で、もがき苦しんでいました。彼の脇腹に矢が刺さっていました。彼は叫んでいました――「あぁ、お父さん!あぁ、お母さん!ぼくは死んでしまいます。」 ダシャラトは走り寄りました。彼はスラヴァン・クマールのからだから矢を抜いてあげました。ダシャラトはスラヴァン・クマールの頭を膝の上に抱きかかえました。彼はスラヴァン・クマールの体に水をかけてあげました。ダシャラトはスラヴァン・クマールに許しを乞いました。スラヴァン・クマールはもがきながら言いました――「もういいです。今はもう、いろんな事をぼくに言わないでください。それより、ぼくの父と母が、少し向こうの森の木の下で、のどが渇いて苦しんでいることでしょう。すぐにそこに行って、あの方たちに水を飲ませてやってください。行ってください、今すぐに!」 そして彼はしゃべることができなくなりました。両親のことを想いながら、しばらくして彼は息を引き取りました。ダシャラトはますますうろたえました。彼はその水瓶に水を入れて、スラヴァン・クマールの両親のいる方に、息せき切って走りました。


 スラヴァン・クマールの両親は、息子の来る方向をうかがっていました。のどが渇いて彼らの唇とのどは渇き切っていました。ちょうどその時、ダシャラトは水を持ってそこに着きました。彼は近づいて言いました――「水を持って来ました。飲んでください。」 しかしその声はスラヴァン・クマールのものではないと、両親は気がつきました。彼らはたずねました――「あなたは誰です? わしらの息子はどこ?」

 ダシャラトは言いました――「まず水を飲んでください。あなたがたはたいへんのどが渇いているでしょう。あとで、私はすべてのことをお話します。」 しかし年老いた両親は、聞き入れませんでした。彼らは言いました――「まず、みんなお話してください。そうしたら、水を飲みます。」

 ダシャラトは本当のことを言わざるをえなくなりました。自分の過ちでスラヴァン・クマールを死なせたことを彼は言って聞かせました。年老いた両親は悲嘆に暮れて泣き出しました。ダシャラトは彼らにいろんな方法でなだめました。彼は、彼らを自分の領地に連れていって、自分の両親のように養いますとも言いましたが、慈悲深いダシャラト王の申し出も何の役にも立ちませんでした。ついにスラヴァン・クマールの大変年老いた両親も、息子への悲しみでもがきながら、その場所で亡くなってしまいました。この不幸な出来事で憐れみ深いダシャラト王に、大きな心の傷ができました。

 あっぱれなスラヴァン・クマール! 彼は両親の世話に自分の生命をも捧げました。この行いによって、親孝行については彼の名前は偉大なのです。

(終わり)


【練習1】 口頭で答えなさい
(ア)  スラヴァン・クマールの両親は、どのような状態でしたか?
(イ)  スラヴァン・クマールは、自分の両親の世話をどのようにしましたか?
(ウ)  両親は、なぜスラヴァン・クマールのことで喜んだのですか?
(エ)  スラヴァン・クマールは自分の両親に、どのようにして聖地巡礼の旅をさせたのですか?
(オ)  他の人々は、なぜスラヴァン・クマールのことで驚いたのですか?
(カ)  スラヴァン・クマールは、なぜ水を探しに行ったのですか?
(キ)  スラヴァン・クマールは、なぜ池の縁に倒れたのですか?
(ク)  ダシャラトの持ってきた水を、なぜ両親は飲まなかったのですか?
(ケ)  ダシャラト王は、なぜ悲しく思ったのですか?
(コ)  ダシャラト王はスラヴァン・クマールの両親に、何と言って慰めたのですか?


【練習2】 誰が言ったのですか? カッコの中から選びなさい。
(ア)  ぼくはすぐに水を探して持ってきます。 (ダシャラト、スラヴァン・クマール)
(イ)  水を持って来ました。飲んでください。 (スラヴァン・クマール、ダシャラト)



[教師への助言]
(ア)  教師は生徒に、スラヴァン・クマールの物語を簡潔に口頭で語らせる。
(イ)  教師は生徒に、君たちは自分の両親を喜ばせるために何々をするか、と問いかけて話し合いをさせる。
(ウ)  教師は、親孝行の大切さについて、教室で話し合いをさせる。



《訳者注》

 
この話は「シャラの森の孝行息子」という話で、インド・ネパールではたいへん有名な話です。大叙事詩『ラーマーヤナ』では、コーサラ国の都アヨディヤの名君ダシャラト王は、主人公ラーマの父親として出てきます。ダシャラト王の三人の妃に、ラーマ、バラタ、ラクシュマナ、シャトゥル・グナの四人の息子がありましが、王妃の間の確執でラーマを追放しなければならなくなり、その悲嘆にうちに病の床につき亡くなったということです。その悲劇について、『インド神話入門』(長谷川明著)では次のように記されています。
 「(ダシャラト)王が昔、狩の途中に誤って若い修行僧を殺してしまい、その父親から、おまえも息子を失った悲しみの中で死ぬだろうという呪いをかけられたためという因果説で説明されています。この獲物とまちがえられて射殺された「シャラの森の孝行息子」は、盲目の両親をカゴに乗せて担いで歩く姿がしばしば絵に描かれています。」(『インド神話入門』,長谷川明著,新潮社,p94)
 また、ダシャラト王はここではシカと間違えて矢を放ったとありますが、スラヴァン・クマールが水を汲むために水瓶を池に沈めた時の「ドゥルル・・・」という音が、象が鼻を使って水を飲む音だと思って、ダシャラト王が音の方向に矢を放ったいう説明をしているものもあります。
 ネパール語の発音では単語の最後の a があいまいなので、ヒンディー語発音に準拠した『インド神話入門』では「ダシャラタ」と表記しているのを、ここではネパール語発音に近い「ダシャラト」と表記しました。同様に、「ラーマ」が「ラーム」に、「バラタ」が「バラト」に、「ラクシュマナ」が「ラクシュマン」に表記されることがあります。なお「アヨーディヤー」と「アヨディヤ」も同じです。




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