おりこうなワンちゃんの起源(参考文献1)

この論争はまだ続いています。

以前、「おりこうなワンちゃんの起源」の論文(2002年)を解説して以来、2010年2011年、そして2013年とホームページの内容を更新していました。昨年(2016年)またまた新しい論文(参考文献2)が発表されました。ゲノムと考古学の研究からのワンちゃんの起源は、2か所存在する可能性があるというものです。

いままでの論争を整理してみると
2002年 ワンちゃんが人と生活を始めた起源は東アジア地域(東アジア起源説)
2010年 中東のハイイロ・オオカミがワンちゃんの起源(中央アジア起源説)
2011年 揚子江の南あたりのオオカミから家畜化された(東アジア起源説)
2013年 ワンちゃんの祖先はすべてヨーロッパにいた(ヨーロッパ起源説)

このように、いろいろな起源の研究が発表されています。考古学の研究(主に形態学)によるとワンちゃんの起源は複数の地域の可能性があることが指摘されていますが、遺伝学(DNA)の研究では、家畜化されたのは一回だけで、その起源は、ヨーロッパ、中央アジア、そして東アジアと意見が分かれていました(参考文献2)。

“おりこうなワンちゃんの起源の研究は、「東アジア起源」を主張するスウェーデンの遺伝学者Peter Savolainen先生のグループと、「ヨーロッパ起源」を主張するUCLAの進化生物学者Robert Wayne先生のグループに中心に行われてきました。この二人は今回の研究に参加していません。今回の研究は、オックスフォード大学の進化生物学者Greger Larson先生と進化遺伝学者Laurent Frantz先生が中心となって行ったものです。 

今回のScienceの研究では、一つ特徴のある研究材料を使った点が重要です。それは、ニューグレンジ(Newgrange)というアイルランドの東海岸の泥と岩のサッカー場くらいの大きさの古墳の中で、5,000年くらい眠っていた犬の内耳の骨からDNAを抽出して、その全塩基配列を解析したことです。ニューグレンジは、ストーンヘンジ(Stonehenge)時代(英国の巨大石柱群の時代で石器時代から青銅時代、紀元前2,500年から2,000年ころ)に作られたと考えられています。この論文で古代のワンちゃんの全ゲノム配列を初めて発表されました。比較されたDNAは、世界中の605頭の現代のワンちゃんから集められたものです。家系図を作ってみるとヨーロッパのワンちゃんとアジアのワンちゃんには大きな違いが存在していることが分かりました。

今回の研究で分かったことは、
1)6,400年~14,000年前の間でヨーロッパとアジアのイヌの系統は分かれている
2)ヨーロッパのイヌでは、遺伝的ボトルネックと呼ばれる「犬の頭数が急激に減少することに関係して遺伝的な多様性も少なくなる」という現象が起こっていた
3)アジアでは、14,000年より前に、ワンちゃんと人が一緒に生活していた
4)(たぶん人の移動に伴って)、少数のイヌがアジアからユーラシア大陸の西へ移動した
5)現代のイヌの起源はアジア

それまでの考古学者による研究では16,000年以前にドイツに犬がいたことを確認していました。ということは、アジアからワンちゃんが移動してきたときには、すでにヨーロッパにワンちゃんがいたということになります。現在のヨーロッパに住んでいるワンちゃんに、人と一緒に生活し始めたころのイヌの遺伝子と同じような特徴があるかもしれませんが、化石になっているドイツのイヌからのDNA抽出がうまくいっていないので、まだ確認できていません。現在のワンちゃんのDNAの中には、人と一緒に生活し始めたころのワンちゃんのDNAの痕跡はほとんど残っていないということは確かなようです。

今回の報告に対して、Savolainen先生は、自分たちの主張している「アジア起源」説に好意的な論文と考えています。 Wayne先生は、ワンちゃんとオオカミの交雑がはっきりしていないため、全容解明に至っていないと主張しています。特に古代中国のワンちゃんのDNAサンプルを含んだ報告がないことが問題です。二人とも、もっと多くの古代のワンちゃんとオオカミのDNAを解析する必要であると考えています(参考文献1)。

今回発表された“おりこうな”ワンちゃんの起源の現在の仮説は、
1)    オオカミの祖先からヨーロッパとアジアのオオカミの祖先が生まれる
2)    ヨーロッパのオオカミから旧石器時代のヨーロッパのワンちゃんが生まれる
3)    アジアのオオカミから古代のアジアのワンちゃんが生まれる
4)    古代のアジアのワンちゃんがヨーロッパへ移動
5)    ヨーロッパに移動したアジアのワンちゃんから新石器時代のワンちゃん, ニューグレンジのワンちゃん(4,800年ころ)、そして現代のワンちゃんたちが生まれる(この過程は少なくとも6,400年前くらい前から徐々に進んでいく)
ということになりました。

かなり長い間論争が続いていますが、まだ結論が出ていない分野です。 Greger Larson先生が中心となって、世界中の研究者と協力する体制は整ってきたようですから、数年後には全容が解明されるかもしれません(補足1)。

参考文献
1)Grimm, D. (2016) Dogs may have been domesticated more than once. But all living dogs have Asian roots. Science 352, 1153 – 1154.
2) Frantz, L.A et al. (2016) Genomic and archaeological evidence suggests a dual origin of domestic dogs. Science 352, 1228 – 1231.
3) Grimm, D. (2015) Dawn of the dog. Science 348, 274 – 279.

補足1.(参考文献3からの内容から)
1868 Charles Darwnが「飼育動物と栽培植物の多様性(The Variation of Animals and Plants under Domestication)」という本の中で、ワンちゃんはある一つの動物種から進化したか、またはオオカミとジャッカルの交雑によって生まれたのではないかと推論しています。

1977年 イスラエル北部の12,000年前に建てられた家の下から人に抱かれた子犬が発見されました。それは、その当時、ワンちゃんは人と一緒に生活していたということになり、農耕生活が始まる少し前のことです。その後、ロシアの洞窟やドイツの古代の野営地からワンちゃんの骨が発掘され、その4,000年も前から狩猟採集民とともに行動していたことが分かりました。

1997年、300頭以上のワンちゃんとオオカミのDNAを解析して、いつごろオオカミからワンちゃんになったかをいう研究では、135,000年前くらいに人との生活が始まったのではないかという結論になりました。ワンちゃんとハイイロオオカミのDNAの比較では、99.9%似ているという結果です。今までの研究(参考文献2)では、30,000年前の旧石器時代にワンちゃんが人と一緒に生活しているという報告もありますが、一般的には、ヨーロッパでは15,000年前、アジアでは12,500年前というところに落ち着いているようです。時正確な時代や場所については、まだはっきりしていません。

マーヤ(サイタマ犬)の祖先はどこから・・・まだまだ論争が続いています
          

過去の論争
2013年の「おりこうなワンちゃんの起源」
2011年の「おりこうなワンちゃんの起源」
2010年の「おりこうなワンちゃんの起源」
2002年の「おりこうなワンちゃんの起源」

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