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  2010年1月入手情報


獣医療における認識論の重要性: EBM

今回は少し難しいテーマに挑戦です。 アメリカ獣医師会雑誌に掲載されていたケンブリッジ大学獣医学部のHolmes先生の論説(commentary)です(文献1)。evidence-based medicine(より確実な根拠に基づく医療, EBM)という言葉をご存知ですか。 エビデンスという英語は「根拠」と訳されていますが、「より確実な根拠」というようなニュアンスになるのではないでしょうか。治療を行う時に、今までの研究成果に基づいて、その治療がどれだけ科学的根拠に基づいて行われるものかをしっかり説明ましょうという、当たり前といえば当たり前のことです。

この論文の中で、Holmes先生が重要だといっていることは、臨床獣医師がもっと認識論(epistemology)を勉強すべきだということです。 認識論というのは、物事をどのように正しく知ることができるか(方法)、物事の正当性、見通しの限界、正しい事実と意見との違いなどの知識の理論に関する哲学の一分野と説明されています(Weblioによる)。少しわかりにくい表現ですが、認識論をしっかり勉強して、ある治療が科学的な根拠に基づいたものかどうかをしっかり見極めるように述べています。これは臨床獣医学で本当に弱い分野です。

まず、Holmes先生が説明しているのは、「考え」と「真実」の違いを見分けるこが重要だということです。 少数の研究論文で教科書レベルの内容が変わり、世の中に広まってしまい、みんなが信じてしまうということがあります。だれだれ先生の考えだから信用できるではなく、真実は何なのか、これが重要だということです。こんなこと当然と言えば当然なのですが、私たちは、すぐに他の人の新しい意見やもっともらしい意見や考えに流される傾向にあります。

科学的方法について習熟することも重要なことだと述べています。その結論にどのような方法で到達したか、よく調べてみることです。その研究がどのように行われて結果を得たか、そして疑いを持って研究成果を見ることも述べています。方法をあまり知らないで結果だけを見たり知ったりして、判断することを反省しなければなりません。研究方法や統計処理についてもしっかり吟味しなければなりません。

ある集団から得られた研究結果を参考にして、それぞれ個々の治療が行われます。そのために治療のもとになる研究計画がどのようになっているか大変重要です。根拠になる事実は徐々に積み上げられ、最終的にどんどん真実に近づいていきます。研究結果がピラミッドのようにどんどん積み上げられ、その頂上に最強の根拠(エビデンス)に基づいた獣医療が行われることが理想です。

臨床研究の一連の流れは次のようなものです。
1)まず試験管内の研究を行います。このあたりの研究結果だけで、「この物質はこれこれに効果があるだろう」ということがよく言われますから注意が必要。
2)次に動物実験を行います。このレベルでも「マウスで証明されたから、これに効果があります」ということがありますが、まだまだのレベルです。
3)この時点で、ある考えや論説、意見などが出てきます。ある団体(会社)から資金的なバックアップをしてもらっている先生方がいろいろな意見を発表している場合はあります。このレベルでは不十分。
4)その後、一症例報告(Single case report)が発表されるでしょう。まあ、論文にしておこうかとかなんとかで発表されることが多いので注意が必要です。特に学会発表のレベルは要注意!
5)そして、複数の症例報告シリーズ(Case series) こうなってくると少し信頼できる事実かなと思いますが、内容をよく吟味する必要があり。同一グループからの報告だけであれば注意しなければなりません。
6)横断研究(cross-sectional studies)と呼ばれているもので、単一の時点あるいは期間に特定の集団を観察することで、曝露とアウトカム(結果)は同時に確認されます。研究者が時間や集団を自分の都合に合わせることができるので、まだまだ注意が必要な内容です。
7)ケース・コントロール研究(case-control studies, 症例対照研究) コントロール群の被験者は、仮説の主題とされる特性を除き、試験群の被験者と同じ特性を持っているような研究です。たとえば、癌のケース・コントロールでは「試験群の被験者は癌であるが、コントロール群の被験者は癌でない」こと以外の特性(たとえば年齢、性別など)について両群間で均衡がとれている研究です。対照となる集団が入るので、かなり信頼がおけるデータを得ることができます。
8)コホート研究(cohort studies) ある曝露を受ける群と受けない群の2群(コホート)に分け、目的とするアウトカムの発生を追跡する研究。以前に行われた研究をまとめるもの(レトロスペクティブな研究といわれるもの)と、ある時点からグループを特定して追跡する研究(プロスペクティブな研究)があります。
9)任意抽出の対照をおいた比較試験(blinded randamized controlled trials)。ある集団をランダムに実験群とコントロール群に分け、これらの群について特定の変化を追跡する。たとえば、被験者には何を飲ませているか分からないようにしたものなど。
10)メタ・アナリシス(meta-analyses) 今まで行われていた研究をまとめて統計分析をした論文で、発表論文から要約されたデータ(または、研究者から直接入手したデータ)をもとに再分析するものです。
11)系統だった総説(systematic reviews) ある特定のテーマについて、文献を系統的に検索、吟味し、それらを要約した論文。やっと信頼できる獣医療が行われるわけです。それ以前の段階での治療には要注意ということになります。残念ながら、日本ではこのレベル11)をまとめるような人があまりにも少ない!。

Holmes先生は、臨床獣医師の多くはempiricistでありpositivistでもあると指摘しています。empiricistというのは、経験偏重主義者、そしてpositivistは事実・現実重視主義者とでも日本語でいうことができるでしょうか。empiricistは、今まで自分が行った治療などの成績をもとに自分の考えをまとめ、その後の治療を進めます。positivistは、論文や学会などで報告されたものをどんどん取り入れて、今後の治療に役立てます。前述したEBMを行っていないことが多い。

今後しっかり勉強します。

参考文献
Holmes, M.A. (2009) Philosophical foundations of evidence-based medicine for veterinary clinicians. J.Am.Vet.Med.Assoc. 235, 1035-1039.

用語を理解するための参考文献
1)EBMの道具箱(第2版)(2007年)カール・ヘネガン&ダグラス・バデノック著、斉尾武郎監訳、中山書店
2)エビデンスに基づくヘルスケア(2005年)J.A.Muir Gray著、津谷

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