世界のニュースあれこれ
  2011年2月入手情報


250年前に世界初の獣医専門学校がフランスで開校!

250
年前の1761年、フランスのリヨンに獣医専門学校が開校し、今年は世界獣医学年(World Veterinary Year)です(参考文献1、時代背景は補足1参照)。その3年後には、パリ郊外にアルフォート獣医専門学校もできました。これらの学校の創立に貢献し初代の校長になった人は、クロード・ブルジェラット(Claude Bourgelat)です。馬術と武術の達人が獣医学の重要性を感じて、専門学校を作りました。ですから、クロード・ブルジェラット(Claude Bourgelat)が獣医学教育の父ということになります。

クロード・ブルジェラットClaude Bourgelat1712年―1779)は、フランスのリヨンの貴族の家に生まれる。正統的な教育を受け、弁護士を目指していましたが、馬を愛し、馬術の有名な名手について書くことに没頭しました。1740年、28歳の時、フランスの主馬頭(しゅめのかみ)とリヨン馬術学校の校長になりました。この当時の馬術学校は、若者に馬術と剣術を中心に、数学、音楽、礼儀作法を教えるところでした。 そこで、Claude Bourgelatは、獣医学の基礎となる動物の解剖学、生理学、病理学を2人の外科医から学ぶことができました。そしてその4年後には、馬術の技能に関する新しい知見をまとめた「馬術に関する新論文(A New Treatise on Horsemanship)を発表し、その当時のヨーロッパで最高の馬乗りの一人として評価されました。当時の数学者のJean-Baptise le Rond d’Alembert(ダランベール)とDenis Diderpt(ディドロ)が編纂したフランスの百科全書(Encyclopedie)は、多くの共著者が執筆した最初の百科辞典があります。Claude Bourgelatは教養をしっかり身につけたすばらしい文筆家でしたらか、この百科全書でも200以上の項目を担当しました。その後、乗馬の方法とか馬の扱い方の研究以上に、病理学や解剖学へ興味が移り、1750年には、獣医学の基礎と馬と医学に関する新しい知見をまとめた本を出版し、フランス科学アカデミー(補足2参照)の会員に選ばれました。

この時代は、啓蒙思想(補足3参照)のころで、ちょうどフランス王のルイ15世の政府が牛の病気の予防、牧草地の保全、農民の教育を考えていた時にあたります。その農業改革を推し進める行政官になったバーティン(Henri Leonard Jean Baptiste Bertin)がリヨンに獣医専門学校をつくり、その学長にかねてから獣医学の専門教育の必要性を訴えていたBourgelatを任命することで決まりました。その予算は、当初6年間で50,000リーヴル(リーヴルはフランスの昔の通貨)ということで、740リーヴルは金240gくらいに相当したそうですから、16トンの金がその資金となったようです。現在、1gの金が\3500くらいですから、現在のお金で5,600万円。残念
ながら当時の価値ではどのくらいか不明ですが。


リヨン獣医専門学校の卒業生の活躍により家畜の伝染病を予防することに成功したため、1764年に王立議会でこの学校が「王立」になることが決まり、その後、この学校を運営する資金には困らなくなりました。その後、帝国学校、そして国立学校になり現在に至っています。

このように、250年前に獣医学教育が始まり、獣医学が科学の一分野にやっと仲間入りしました。

参考文献
JAVMA News (2011). Pioneering a profession: the birth of veterinary education in the age ofenlightenment. J. Am. Vet. Med. 238, 8-14.

補足1: 1761年というと、日本は江戸時代中期、中国は清の中期、インドはムガル帝国でイギリスの支配体制が強化されていました。西アジア・アフリカでは、オスマン帝国がやや衰退を始めたころ、ロシアは絶対王政が確立した時期、
イギリスは産業革命が進展中、アメリカでは、植民地統制強化で対立が起こり始めたころです。フランスでは、アンリ
4(1589-1610)、ルイ13(1610-1643)が絶対王政を確立し、ルイ14世(1643-1715)の全盛期を過ぎたころでした。ルイ15(1715-74)に入り徐々に絶対王政が衰退し始めていました。(最新世界史図説タペストリー、帝国書院より)

補足2: 1666年にルイ14世が設立。実質はジェントリが中心となったイギリスの王立協会とは異なり、フランスでは、王立組織として設立された。数学、天文学が重点分野とされ、各国から優れた科学者が招かれた。(ジェントリ=郷紳:大地主で土地経営、植民地活動、商業、鉱山業、製造業などを行った。身分は平民だが、少数の貴族とともに、支配層となり、庶民院議員や要職を独占、また治安判事として地方政治も押えた。ということで、国家の力で作られたフランス科学アカデミーと市民の力で作られたイギリス王立協会ということになります(最新世界史図説タペストリー pg152, 162 & 163、帝国書院より)

補足3:啓蒙思想(the Enlightenment)1718世紀のヨーロッパの思想; ロック(イギリス)の影響を受けつつ、理性を重視し非合理的なものを徹底的に批判し、民衆の中に正しい知識を広めることによって、新しい社会を作ろうとする思想(最新世界史図説タペストリー pg161、帝国書院より)

 [人と動物との絆のホームページ]へ戻る


 タカサクラガーヤ動物病院 
  
東京都世田谷区世田谷4−18−7