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  2011年6月入手情報


カナダで最初に獣医学校を創立したアンドリュー・スミス先生

獣医学教育が始まって250周年ということを記念して、今年は世界獣医学年になっていますが、今回はアメリカ獣医師会雑誌で紹介されている、カナダの獣医学教育の父と言われているアンドリュー・スミス先生に登場していただきます
(参考文献
1)。

アンドリュー・スミス先生は、1880年代(補足1)に二年制の私立の獣医学校、オンタリオ獣医学専門学校を創立しました。1908年にオンタリオ州立の学校になるまでに3,000人を指導・卒業させました。教育の質や入学者の学力などの問題はあったものの、早くから獣医学教育を提供したことは、今日のカナダの獣医学にとって大変プラスになりました。

アンドリュー・スミス先生は1834年にスコットランドで生まれ、25歳でエジンバラ獣医専門学校に入学。1861年に卒業後、カナダのトロントへ移住。翌年から獣医学の講師としてセミナーを開いて準備をして、1864年には二年間二学期制の獣医学を教える正式な教育を始めました。これがオンタリオ獣医専門学校の始まりでした(現在のゲルフ大学オンタリオ獣医学部)。カナダではその後(1866年)モントリオールに三年制の獣医専門学校ができますが、人気がなく1903年に閉校になりました。

1906年に3年制のコースに変わり、その後(1908年)オンタリオ州立の学校になりました。スミス先生は、1901年逝去されるまで、名誉教授として学校に残っておられました。

今年になってこのコーナーで紹介しているフランス、オーストラリア、カナダの獣医学教育は、いわゆる私塾からスタートして、それから公立の学校へ移行し、現在では獣医学のトップクラスの教育機関となっています。これってすばらしいことですね。

参考文献
1)  JAVMA News (2011) Canada’s Practical Educator: Andrew Smith founded country’s first veterinary college, educating thousands. J.Am.Vet.Med.Associ. 238 (No.7), 830-831.

補足: カナダがなぜイギリス連邦の一員として現在にいたっているのか?フランスのカナダ殖民開始は、1604年。そして、1608年にはケベック市を建設しています。1642年にはモントリオール市を建設。この辺までは、フランスの植民地として繁栄していました。その後、ヨーロッパではプロイセンとオーストリアの対立に、オーストリアをフランスが応援し、それに対抗する形でプロイセンをイギリスが援助し、7年戦争(1756-63)が起こりました。プロイセンの勝利で終わり、フランスは国王の浪費と膨大な軍事費の出費により財政危機になりました。そんなころパリ条約(1783)で、イギリスはミシシッピ以東のルイジアナを含むカナダの東部もフランスから獲得しました。これがイギリス領カナダの誕生です。その後、1867年にカナダ連邦成立で自治領となりました。現在もCommonwealth Countries(旧英連邦の集まり)の一員として、文化やスポーツ交流を、イギリス、オーストラリア、ニュージーランド、南アフリカ諸国と盛んに行っています。しかし、カナダでは、アメリカの影響が強く、Commonwealth Countriesで盛んに行われているクリケット、ラグビー、ホッケーに代わって、野球、アメフト、アイスホッケーが主流になっています。

最後にまったくの独り言: 最近の個人的なカナダとのつながりの一つは、マニトバ州(オンタリオ州の西)ウィニペグ市から来日した中学生です。区の中学生交流事業で10日間ホームステイをしたオースティン君。狭い部屋で寝泊りし、分かりにくい英語を
しゃべる日本人と付き合い、野菜と魚がきらいなのに日本食を出され、よくがんばりました。一方、日本からカナダに行った愚息はというと、ウィニペグで広い部屋に泊まり、英語はゆっくり分かりやすく話してもらい、大好きな肉をもういらないというくらい食べさせていただきました。対照的な2人でした。オースティン君が日本で一番気に入ったところは、東京ディズニーランドだったようです。カナダ人といえば、もう一人忘れてはならない人がいます。オーストラリアでお世話になったボード教授(Professor Philip G. Board)の奥様、マリリンさんはカナダ出身でした。カナダも大好きです。


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