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  2011年8月入手情報


獣医学研究の父、イギリスの病理・微生物学者ジョン・マクフェイデン先生

獣医学教育が始まって250周年ということを記念して、今年は世界獣医学年になっています。アメリカ獣医師会雑誌で紹介されている世界の獣医学へ貢献した獣医師紹介です。今回は、イギリスの獣医師のお話です〈参考文献1〉。

ジョン・マクフェイデン先生は、1853年スコットランド、ガロウェイで、小作人の息子として生まれました(補足1)。農場で働くうちに獣医学へ興味を持ち始め、エジンバラにある王立獣医学校へ入学し、1876年に卒業。ちょうどこのころ、パスツール(フランス)とコッホ(ドイツ)が活躍していましたから、感染症の細菌説の重要性をよく理解していました(補足2)。当時は獣医臨床のレベルは低く、マクフェイデン先生は科学的根拠がない治療に満足できないため、研究の道を選びました。獣医学校で解剖学を教えるかたわら、エジンバラ大学医学・理学部の学生として、最新の科学を学びました。

マクフェイデン先生は1880代のイギリスでただ一人の獣医病理学者でした。1888年に教科書を2冊出版し、比較病理と治療(Journal of Comparative Pathology and Therapeutics)という雑誌も始めました。彼自身の研究の発表の場を設けるために、自分一人で編集したものでした。

1892年ロンドンの国立獣医学校の病理・微生物学の初代教授に就任しました。そして2年後には学長になりました。その後、研究費不足、スペース不足、設備の不足に悩みましたが、動物の病気の解明と予防について重要な発見を次々に行いました。1905年、それまでの功績に対してナイトの爵位を受ける “Sir John”

その後1918年には、ヨーネ病(Johne’s disease)の病理学や、ヒツジのスクレイピー(Scrapie)に関する疫学調査など重要な研究を発表しています。次の年には、子馬の関節症やウマのブドウ菌症などの研究を発表。同年、Sir Stewart Stockmanとともにspirillumいう細菌によりヒツジの流産が起こると結論に達しました。彼らの発見が正しいことは、ヒツジだけでなくウシの流産の原因菌であるVibrio foetusという名前の菌であることが確認されました。1927年(73歳)で学長を辞任。1939年雑誌の編集を中止。1941年逝去。

参考文献
1)      JAVMA News (2011) Exacting Researcher brought Profession into Modern Age. J.Am.Vet.Med.Associ. 238 (No.9), 1094-95.

補足1: 1853年にはヨーロッパでクリミア戦争、ロシアは不凍港の獲得と地中海への出口の確保を目的に南下政策を展開し、ボスポラス・ダーダネルス海峡を持つオスマン帝国と対立。イギリスとフランスは中東進出を狙うロシアに
警戒し、オスマン帝国と同盟を結び、ロシアと戦いました。この戦争でロシアは負け、ロシアの後進性が明らかになりました。一方、オスマン帝国もその後、国力が衰退し領土が縮小していきました。ロシアの東に位置していた日本では、米使節のペリーが来航して浦賀で開国を要求という事件が起きていました。(最新世界史図説 タペストリー、帝国書院より)

補足2:
現在では細菌が原因で病気が起こることは、当然のこととして受け入れられていますが、19世紀半ばまでは、微生物は無生物から自然に生まれてくるという自然発生説(偶生説)が信じられていました。フランスの化学者パスツールとイギリスの物理学者ジョン・テインダルの実験によって、偶生説は否定されました。

パスツール Louis Pasteur: 1822生まれ。ナポレオン軍の軍曹の息子で、肖像画を描く仕事をしていました。本格的に化学の勉強をする前には教師もしていたということです。大学で化学を専攻し、フランスの数校の大学で化学の教授になり、ワイン作りと養蚕業へ貢献をしました。

酵母を選択することで良いワインを造ることができることを発見しましたが、他の微生物が混入すると、酵母と糖を奪い合うため、ワインの味が油っこかったりすっぱくなることも分かりました。他の微生物を殺すために、「酸素がない状態30分、そして56度で熱する」という低温殺菌法を開発しました。

一方、蚕(カイコ)の研究では、3つのそれぞれ別々の病気を起す細菌を見つけ出しました。この研究は人の病気との関係はありませんが、ある微生物が特定の病気を起すという病気の細菌説(the germ theory of disease)を証明する第一歩となりました。3人の娘さんの死や脳内出血による麻痺などの個人的な不幸にもかかわらず、ワクチンの開発にまい進しました。特に有名なのが、狂犬病ワクチンの開発です。1894年、パリにパスツールのために建てられたパスツール研究所の所長に就任。1895年に逝去。

コッホ Robert Koch: 1872年に医学研修を終えたコッホは、その後も内科医としてドイツで働きました。顕微鏡と写真装置を購入して、人の病気にかかわる細菌についての研究を行いました。炭疽の原因菌を同定。細菌には活発に分裂を続けているものと休止状態にあるものを確認し、さらに実験室で細菌を増やす細菌培養法を開発しました。コッホの業績の中でも極めて重要なものは、コッホ仮説(Koch’s Postulates)としてある病気を起す原因細菌を同定する方法として、次の4つのことを確認するように提案したことでした(=Koch's Law コッホの法則)

1)特定の原因菌をそのすべての病気の症例で見つけることができる
2)その病原菌は培養して細菌だけを単離することができる
3)単離した細菌を実験動物へ感染させると同じ病気を起すことができる
4)感染実験に使った動物から原因菌を取り出すことができる

1880年ボン大学の研究室にポストを得て、微生物学の研究に専念。結核菌を発見し、結核が遺伝病でないことを証明。さらにコレラの原因菌Vibrio choleraeコレラ菌を発見。その数年後、ベルリン大学の衛生学の教授に就任、微生物学を教える。ツベルクリンを結核に対するワクチンにしようとしましたが、ワクチン接種の結果死者が出たため、失敗。ツベルクリンはその後改良され結核の診断試験用に用いられています。1905年にノーベル生理・医学賞を受賞。Jacquelyn G. Black(2008) in “Microbiology: Principles and Explorations”, 7th edition, John Wiley & Sons, Inc.による)

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