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| 03月20日(金)『Macはもしかしたら鉄腕アトムなのかも知れない』GO 03月22日(日)『そこには知的好奇心に満ちたピュアな笑顔が待っていた』GO 04月03日(金)『思わぬ目の負傷でウチにいると、どうも昔のことを考えてしまう』GO 05月27日(水)『宇宙年で考える人間の一生は、瞬間の輝き程度のものなんだね』GO 05月28日(木)『鏡はどう映るか?どう逆に映るか説明できますか?』GO 07月03日(金)『高校野球時代にすれ違った栄光の人が、それから貫いた偉大なること』GO 07月14日(火)『自分の棚卸しをしてみよう。清里、小淵沢で休Mac日を過ごす』GO 08月01日(土)『Timbuktuで遙か1万キロ彼方のMacを遠隔操作してしまった』GO 08月18日〜09月03日 『拝啓アップルジャパン様。 iMacの発売前ににお願いしたいことがあります』GO 09月09日(水)『アルバムを整理していて、ふっと想いだしたあの色』GO 09月24日(木)『小学生の私たちになぜ先生は羅生門を観せたのだろう?』GO 10月01日(木)『君の手がささやいている〜あの蒸し暑い夜を思い出して』GO 10月05日(月)『究極のやってもうた!ほとんど勢いで160MBだぁ』GO 10月17日(土)『発売直前に発表するというAppleの意図がわからない』GO 11月03日(火)『人との感動的な出会いとは、そして人に心を開くとは?』GO 11月12日(木)『実質価格と値ごろ感は変動していくもののはず』GO 11月23日(月)『抜けるような青空の下、しばしの休日を存分に堪能した』GO 12月07日(月)『法事へ往復800キロ。そこで出会ったオールドマックと紅い富士』GO 12月10日(木)『tktr少年「ボク公式を発明しちゃったみたい」の巻』GO |
| 8月1日(土)1万kmといったら地球4分の1周。その間には広大な海もあれば山もあるその先の遠い遠いところ。いまや電話やFAXならどこへでも気軽に通信ができるようになったし、そのうちテレビ電話なんてことも実現することだろう。ところが私は昨日の晩、新潟の海べりに建つ我が家のいまやMac部屋と化しつつあるリビングの8500/180で、遙か1万km離れたアメリカはテキサスに留学中のAokiさんの、8600/300のHDを開けたりコントロールバーをいじったりの遠隔操作をしたのだ。こんな凄いことができるのかと、一夜開けたいまでもかなり興奮している。 それはTimbuktuというソフトで、そのWebページにいけば1ヶ月間フル機能が試用できるデモ版がダウンロードできるから、遠隔操作を体験してみませんかとのAokiさんからのお誘いに、私がすぐにのったのは言うまでもない。空いた時間を見計らって8MBほどのTimbuktuをダウンロードした。私用のユーザ名とパスワード、IP addressやいくつかの項目をAokiさんに教えてもらったとおり設定した後に、早速アクセスしてみたのだった。 すると私のモニタに、AokiさんのMacのデスクトップが最初は白黒で、少し待つと徐々に色とメニューバーやファイル名の文字が鮮明に現れて来た。あっ、テキサスにあるMacには「たたみ」のデスクトップパターンですか。そしておそるおそるHDのアイコンをダブルクリックしてみると、その動作は重く遅いけど確かに開いたのだ。いろいろやってみてとおっしゃってもらっていたって、やっぱり人のMacをこれ以上遠くからいじるのははばかれた。そしてこのときこのMacは、モニタを切っていたというのだから驚きだ。 このソフトはチャットもできる。そこでこちらの夜の12時半、向こうでは朝の10時半にとの約束をした。実はチャットというのも私は初体験なのだ。私がタイピングが遅いので半分もお話ができなかったが、チャットをしながら彼のMacを操作するという不思議な体験に興奮して、時間はアッという間に過ぎていった。折しも8月1日12時からINSテレホーダイになったところで、接続時間を気にしないでInternetを楽しんだのは久しぶりだった。操作は重いけどチャットはとても軽くてレスポンスが速い。遅いのは私なのだ。Aokiさんに「tktrさんのは、Aを押すとAppleと出るようにしてあるの見えちゃいました」って、あちゃーっ、お恥ずかしい。 |
| 10月1日(木) 『君の手がささやいている〜あの蒸し暑い夜を思い出して』 「君の手がささやいている第二章」というドラマの番組宣伝を見ていて思い出したことがあるので、きょうはMacに関係ないけど、徒然なるままに書かかせてもらいましょう。この話、ポリちゃんには話したね。 15年ほど前になる。すでにその赤道直下の国に入ってから10日もたっていて、ビジネスの方はちっとも思った通りに進まない。街では半分以上の人が裸足で歩き、子供や赤子を抱いた女性の物乞いも多いし、現地語で何かを買ってもらおうとすり寄ってくる人も後をたたない。そして独特の体臭と香の匂いが、湿気の多い一年中高温のこの街にたちこめていた。 私は仕事もうまくいかず、そして現地人でも月に一度はさけられないと慰められた極度の下痢に陥り、かなり気分も落ち込んでいて、壁に張り付くイモリだかヤモリだかを見つめながら「こんなところで死んでたまるか!」と、けっこう真剣に考えていた。 ある日を境にして急に契約がまとまりだした。それで夕食の後に街の好きなところに招待してくれると言うので、迷わず「音楽を聴けるところ」とリクエストした。そこは街に3軒しかないホテルの地下にあるかなり大きなバーだった。私たち以外に客はいなかった。まもなく間近のステージで、キーボードとギターとベース、そして女性ボーカルというシンプルなバンドの演奏が始まった。 聴き始めてすぐ私の体に電撃が走った。その女性の声は低めでハスキーなのだが、高音はスーッと張りがあってよくとおり、そしてへんなアドリブや節回しもなく、ストレートに胸に響いてくる。なんという!はるか遠い国の地方の街で、こんな魂に響く歌を聴けるなんて・ ・・ところが照明が悪くて彼女の顔がよく見えない。現地のまだかなり若い女性に間違いないのだが、見えないからよけい想像をかき立てられる。ラストに始まった曲があまりに素晴らしく、鳥肌がたつのを超えて、ついに私は激しく嗚咽するほど感動してしまった。するといままで落ち込んでいた気分や、この国に対する嫌悪感が、まさに水に流れるように心の中からさらさらと消えていったのだった。 日本に帰ってからも、そのラストに聴いた曲の歌詞は思い出せないけどメロディーは頭から離れなかった。なんとかあの曲のレコードを手に入れられないか。現地の曲だろうか?タイトルもわからないのだから探そうにも手がかりがない。そんなある日スーパーで買い物をしていたら店内BGMに、インストゥルメンタルでそのメロディーが流れているような気がした。思い過ごしか?事務所に行って聞いてみようと歩き始めたときには、すでに次の曲になっていて訪ねようがなかった。 それから1ヶ月、私は山陰の松江に出張しており、ビジネスホテルで朝食をとっていた。薄いトーストをコーヒーで流し込もうとしたときだった。あのメロディー、あの歌詞!私はテーブルからすぐ立ち上がり、その小さなレストランのマスターらしき人に聞いてみた。「あのぅ、突然すいません。いまかかっているのはなんていう曲かご存じですか?」「あぁー、これ」知らないの?というような怪訝な表情をマスターは見せながら、すこし面倒くさそうに口を開いた。「心の愛。スティービー・ワンダーですよ。全米ヒットチャートで1位になった曲ですよ」 そういえば仕事が忙しくて、最近の曲はほとんど聴いていなかったことを思い出した。なんだ!スティービー・ワンダーだったのか。彼のアルバムならすでに2つ持っていた。メロディーの流れから、東洋のものとばかり思っていた。アメリカにいる盲目の彼が創った曲を、はるか赤道直下の国の娘が歌い、それをはるばる日本から来て疲れ果てたビジネスマンに聴かせて、どん底の気分をすくい上げる。音楽の力は偉大だ。 それからこの「心の愛」は日本のCMでもさかんに使われてきた。そしてこんどはドラマの主題歌らしい。あらためて買い直したCDを聴きながら、私はあの蒸し暑い夜を思い出している。♪ I just called to say I love You. |
| 10月5日(月) 『究極のやってもうた!ほとんど勢いで160MBだぁ』 喇叭のプロ、Mac日記の日々のWAOさんが、はるばる我が街の小学校の指導に来られた。前々からその節はとメールで約束していて、ようやく実現したのだ。彼のWebページは、けっこうテクニカルなことを箇条の日記風に表現してくれていて、とてもわかりやすい。しかも最近は手が痛いの、肝臓がと書かれていたので、お会いするまではちょっと心配だったが、それはまったくの杞憂であった。ポンポン反応してくれるとても明るい人だ。その人柄に気をよくして、私はMacにまつわるバカやったことを連発で話したが、彼もネタは豊富であった。水平線に沈む夕日の見られる岬のレストランは、亡くなったご友人との思い出の場所でもある。WAOさん、楽しい時間をありがとう。 今週から生活のグラウンドが増えることになり、そこにもどうしてもMac環境を作りたい。といってそう出費もできないので、中古もしくは出物でもないかといじらしくも徘徊していた。何はともあれ新潟唯一のiMac販売店を見てみようと、T-Zoneを横目で見ながら島村楽器へ。おやまぁ、入口にiMacが楽器に囲まれて、たった1台ポツンといるじゃないか。周辺機器もなんにも置いてなくて、「在庫がないから予約になる」旨を説明したタテ看が横にあるだけだ。ポツッポツッと親子連れや女の子が触っては通り過ぎていく。これが新潟県にたった1台の展示品か。寂しい。それでもiMacはこうして見ると、やっぱりアメリカンで、カジュアルで、スマートなMacだと思う。女の子に人気があるはずだ。 5200/225がメモリ48MBに増設され、ビデオ入出力カード付きで178000円現品限りで出ていた。おっ!と思ったが、iMacの値段と比較すると考えてしまう。中古はG3への買い換えだからか、8500/132,120、7600/120、7500/100あたりが、10〜14万あたりで大量に出ていたが、それでも高く感じてしまう。 ふとNEWG3の白い箱の大量陳列を見ると、ひとつだけ茶色の箱が積まれている。それはこの店の先週日曜日、チラシ日替わり目玉「旧G3/DT266+聞いたことがないメーカーの17インチモニタ+キーボード」セットの残り1台であった。恥も外見もない私は、さっそく店員さんをつかまえて勝手にも「モニタもキーボードもいらないんで、単品だったらいくらにしてくれます?」と聞いてみた。「単品は・・相談してきます」と奥に行かれた隙に、この旧G3/DT266とNEWG3/DT266を穴のあくほど仕様など見比べてみたが、私にはまったく同じにしか見えない。むしろ旧にはZIPが内蔵されていて、NEWにはそれがなくなっているのだ。それでNEWは228000円で展示されていた。店員さんが戻ってこられて曰く「それじゃお客さん、NEWから1万円引きってことで」「えっ、じゃあ217000円でZIPつきってこと?」「そうなります」「買った!!」あぁぁぁーっ、やってもうた!中古のはずが・・ 「じゃ32MBのメモリに64MB増設して下さい」と頼むと、64MBは欠品しているという。「なら32MBを2枚」「そちらもないんです。G3用のDIMMは品薄で・・1週間待っていただければ。128MBならあるんですけど・・」「ムムム、待てない。やっちゃって!」「ありがとうございます」あぁぁぁーっ、またまたやってもうた! こうしてようやく私もG3オーナーになった。それも160MBの!ほとんど勢いで。G3の使用感は?素晴らしい!詳しくは明日また書きましょう。 |
| 11月3日(火) 『人との感動的な出会いとは、そして人に心を開くとは?』 「グッド・ウィル・ハンティング」・・いい映画だった。ロビン・ウィリアムスの台詞ひとつひとつにため息が出た。やっぱりアカデミー賞というのはみるべきものはみている。彼にはB級のコメディー映画にはもう出て欲しくないと思ったりする。脚本も良いが、やっぱり演技に魅せられた。人との感動的な出会いとは、そして心を開くということはどういうことなのかと、語りかけられているような気がした。こういう映画に出会った静かな週末は貴重だ。 Macな仲間たちに次々と最初のお子さんが誕生して、バカ親1号、2号、V3と揃ったらしい。それにしても生まれる前、後と、豊かな愛情を注がれる様子をWebページやメールで拝見して、エライお父さんたちだなあと感心している。おおよそ子育ても終了しつつあるが、我が息子たちには申し訳ないけど、私など足元にも及ばないことばかりしてきた。それでもいま離れて暮らす息子から、時折Macな話題やトビトビ日記の感想メールが届く。だからあまりバカは書けないのだ、とか言っちゃったりして。そして彼とは別に、彼の友達とMacなやりとりが続いてもいる。これもMacがなければなかった出会いかもしれない。 「おじいちゃん家にマックがやってきた」の河田知子さんのWebページが、Mac Fanが主催したホームページコンテストで大賞をとられたのはご存じの通りだ。発表があった直後に、トップページにお祝いのメッセージを書かせてもらったのだが、発表のあった日前後1週間は仕事の方が忙しくて連日深夜に帰宅でらっしゃったとかで、見逃してしまったとメールをいただいた。あらためておめでとうございました!! ご両親にMacをプレゼントされ次々に来る質問に、家族総出で優しくアドバイスされるやりとりが暖かい。そしてそのアドバイスが、実に相手の側に立った説明で簡潔になされている。見事だ。そのへんをMac Fanの審査員の方々は評価されたのだろうが、見る人は見てくれているのだなとこの受賞は嬉しかった。 河田さんによれば、「1年前両親にPerforma5440を贈った時は、両親は周りの人から『マックってウインドウズ(一般の人はマイクロソフトというのは知らない)に吸収合併されたつぶれかけの会社でしょ。ウインドウズをもらったらよかったのに』と言われました」とのこと。いまのAppleの好調な業績は、きっとおじいちゃんも喜んでおられることだろう。私も河田さんのサイトのように、ビギナーに勇気を湧かせられるようなページを、これからも目指したいと思う。 |
| 11月23日(月) 『抜けるような青空の下、しばしの休日を存分に堪能した』 朝食前にペンションの奥の森を歩いてみると、パチ、プチプチ、カサカサとあっちこっちから聞こえてくる。それは高い空からの眩しいほどの力強い日射しに、木や草に凍りついた露が融ける音なのだった。まるで鋭気を養う時のBGMのように私には感じられた。 行く末を悩んでいたこの夏に来た小淵沢に、こんどは落ち着いた気持ちで訪れた。さらに足を伸ばして今回は、私の憧れの生活を具現化されている中谷耿一郎氏のお宅におじゃまするという大きな目的もあって、タイヤも履き替えて勇んで雪の新潟を出発したのだが、信州路に入ったとたん、そこは抜けるような青空だった。 中谷さんは、高名なランドスケープやガーデンデザイナーで、やはりMacを通して知り合いになれた。標高1000メートル以上の駅で待ち合わせ、少し森の中の斜面を走ると山小屋風のお宅に辿り着く。自家菜園で採れた野菜や、ご自身で打ってくださった蕎麦など、これ以上ないほどのご馳走を堪能させていただいた。大きめのリビングの窓からは、まるで絵画のように美しく並んだ森の木々が目に飛び込んでくる。そして隣の部屋にはMacがいくつも並んでいる。 設計をこの部屋でされて、クライアントやパートナーとは、Macでやりとりして大きな仕事をされていらっしゃるようだ。理解者で控えめな奥様と、もの静かなお嬢さん。そしてきょうは、Mac教室の講師を勤めておられるというご長男も戻って来られて、私たちを迎えてくださった。この自然の中の生活と、大きな仕事、それをつなぐいくつかのMac。あぁ、私の憧れの生活。 離れて暮らす中谷父子の両方に、読んでいただいているというトビトビ日記のおバカな話などしていたら、時間はどんどん過ぎていってしまった。後ろ髪を引かれつつも、妻K、長男Tと既に日の落ちた山道を帰ることにした。短い休日なのに、何とも充実した気分で車を走らせる。 何かが動いたような気がしたのでよく見ると、道の脇からなんと角の生えた鹿がこちらを見送っていた。やぁ鹿さん、頑張って仕事をしてきっとまた来ますよ、じゃぁねー。 |
| 12月10日(木) 「tktr少年『ボク公式を発明しちゃったみたい』の巻」 少年tktrは、その頃ソロバン塾に通っていた。というより、通わされていた。本人は3級から上に進めなくなっていて、もう煮詰まっていたのでそろそろ辞めたくなっていた。とくに1から10までとか、1から500までの合計をソロバンで弾くなんてのが面倒で、答を暗記しておいて、やってるフリをするなんてこともし始めていた。 ある日トランプで一人遊びをしていて、左から右へA・2・3・・13のキングまで13枚並べた。そしてそのカードのすぐ下に、何気なく今度は反対の右から左に向けて、1から13まで並べてみた。少年tktrの前頭葉に、稲妻がバリバリと走ったのはその時だった。 いちばん左の上の列には1、その下には13があって、これを縦に足せば14だ。となりは2と12でこれも14。そのとなりも3と11で14。そうだ!ぜんぶ上下の2枚を足すと14になるのだ。天井に目を据え、興奮しながら考えを進める。すると14の合計のかたまりが縦に13列あることになる。14×13=182 1から13までの合計はその半分のカードだから、182÷2=91 や、やったぁ!1から13の合計は91だ。これを計算式に直すとaからbまでの合計をyとすると、y=(a+b)b÷2になる!! これなら1から1000までだって、1001×1000÷2=500500と一瞬で出せるではないの。私はさっそく母に、少々青ざめながら「公式を発明してしまった!」旨を報告した。ウチの母は、これまた親バカちゃんりん、この母にしてこの子ありの人だから「これは大変なことになったわ。いい?あした先生に解りやすく説明できる?」と高らかに言い放った。私はその頃さかんにエジソンやアインシュタインの伝記物を読んでいた。もしかしたら、この一員に加わったかもしれないとまで思いつめて、その夜は寝つけなかった。 翌日、授業の始まる前に、私は職員室にいる担任の先生のところへ飛んでいった。「せんせいー、聞いてくださいっ!」私の説明をじっと聞いたH先生は「高橋クン、これはスゴイことを考えついたねえ。でもね、これは高校になると『順列・組み合わせ』というのがあって、先生は確かそこで習った。残念だけど第一発見ではなかったなあ」と、終始ニコニコとしながら答えてくださった。先生は授業が始まると、皆に私が考えついたことを説明し始めた。しかし、誰一人その話を理解できないようだった。先生は話しながら私にウインクをしてよこした。 このtktr少年の手許に「マッカーズ・ブギー」があったら、どんな人生に変わっただろうか。Macには少年時代から出会いたかったと思う。こんな話を書くとずいぶんと優秀そうだが、最後の一句で終わりにしよう。 「栴檀は双葉のときだけ芳しかった」(tktr改)ジャン、ジャン。 |